仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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唯一の仮面ライダー成分:イワン=タワノビッチ(死神博士)


第三節 格闘

ざんばらの髪の男であった。

刃物のような光を、眼に湛えていた。

血走った、狂犬の眼であった。

 

「格好悪いぜ」

 

もう一度、言った。

日本語であったから、まだ、通じていないようであった。

 

イワンに馬乗りになった白人兵士が、ざんばら髪の男を睨んでいる。

 

「幾ら勝った側だからって、そういう事を、お上は認めてないだろう」

 

今度は、英語であった。

意味が通じた。

 

「その兄ちゃんの上から退きな」

「誰に向かって口を利いてるんだ?」

 

イワンの上から、白人兵士が言った。

声に、こわいものが潜んでいる。

 

「あんただよ。さもないと、酷い事になるぜ」

 

男が、軽い調子で言った。

しかし、決して、眼は笑っていなかった。

 

少しつつけば、破裂してしまいそうな危うさがあった。

 

「どう酷い事になるんだい」

 

もう一人の白人の男が、訊いた。

 

ざんばら髪の男は、唇を吊り上げて笑うと、自分の鼻を指差した。

 

「おたくの高いここが、潰れる事になる」

「――」

「次に、その白い肌が、赤く染まるだろうさ」

「――」

「その上、もっと白いものが、出て来る事になろうぜ」

「何――」

「骨さ」

 

強烈な台詞であった。

 

ざんばら髪の男は、見るからに屈強なこの兵士たちに向かって、解放性の骨折をさせる事を、宣言していた。

 

「面白い小僧だな」

 

イワンの上から、退いた。

 

「へい、ジム――」

 

その後ろで、ガムを噛んでいた白人兵士が、笑い掛けていた。

 

「ぼうやの言う通りだぜ。やり過ぎは良くない」

「――」

「でも、向こうから喧嘩を売って来たんなら、身を守る必要があるな」

 

それを聞くと、ジムが、嬉しそうに顔を歪めた。

 

「ああ。何せ、向こうは、最初から俺に怪我をさせる心算なんだからな……」

 

ジムはそう言うと、ざんばら髪の男に向かい合った。

若干、前傾して、両方の拳を顔の前に持ち上げた。

 

ボクシングの構えであった。

 

「ぼうや、やるんだろう――」

「――」

「もう、引き返せないぜ……」

 

そう言いながら、ざんばら髪の男に、間合いを詰めて行くジム。

 

その姿を、イワンが眺めていた。

 

見事に整った構えである。

少しばかり、武道を齧った程度の人間では、打ち込む事は出来なかった。

 

それに、ジムと、ざんばら髪の男では、体格が違い過ぎた。

 

ざんばら髪の男も、当時としては高身長である、一七〇センチ。

国民服の内側の肉体は、八〇キロ位はあるだろう。

筋肉が、良く発達して、引き絞られていた。

薄らと、脂肪を載せている。

 

ジムは、身長で、一八五センチはあった。

体重は、九〇キロを越えている。

ヘヴィ級だ。

 

一〇キロの体重差は、格闘に於いて、大きな壁である。

 

打撃の威力というものは、質量×速度である。つまり、同じ速度のパンチを出す二人であっても、片方が八〇キログラム、もう片方が九〇キログラムであれば、後者に一〇キロ分の威力がプラスされる事になる。

 

ジムと殴り合いになれば、ざんばら髪の男の不利は、否めなかった。

 

ましてや、ジムはボクサーである。

人を殴る事には、慣れている。

 

イワンを殴っていた時は、それでも、かなり手加減していたのであろう。

しかし、今度は、本気で相手を殴りに掛かっている。

 

「行くぜ、ぼうや――」

 

ジムが言った。

 

ざんばら髪の男は、自然体のままであった。

両手を、体側にだらんと垂らしている。

足は、肩幅に開いているだけだ。

狂犬のような眼だけが、ジムを眺めていた。

 

ジムが、フット・ワークを使って、男に接近して行く。

 

そうして、

 

「――ひゅっ」

 

と、呼気を吐くと共に、左足で踏み込みながら、左の拳を飛び出させた。

 

ジャブ――

 

本来ならば、間合いを測る目的で使われる技だが、ヘヴィ級のボクサーが、それ以下の階級の相手に使う時、それは必殺の威力を誇る。

 

しかも、牽制の意味も込めて打ち出される為、素早い。

 

打ったら、すぐに引き戻す。

そして、すぐに打つ。

 

まるで閃光である。

 

ざんばら髪の男と同じ程の身長体重の人物が、それなりに腰を入れた突きを、何発も叩き込まれるようなものであった。

 

だが――

 

 

すぅ、

 

 

と、ざんばら髪の男の身体が、沈んだ。

 

ジャブが、男の頭上を擦り抜けて行く。

ぶつり、と、髪の毛を幾らか引き千切って行った。

 

次の瞬間、ジムの顎を、男の軍靴が打ち上げていた。

上下の歯が噛み合い、そのまま、砕けてしまう。

 

ジムが、膝から崩れ落ちた。

 

顎を叩かれる事で、脳が、頭蓋骨の中で激しく揺れたのである。

暫くは、立ち上がれない。

 

ボクシングのリングの上であれば、テン・カウントを鳴らすまでもなかった。

 

見事な一撃であった。

 

膝を抜く事に因り、自然落下する身体を急激に持ち上げ、その動作で、落下エネルギーを攻撃に加えたのである。

 

自らの反射を基盤とした蹴りは、ジャブよりも速い。

 

「糞ッ」

 

と、黒人兵士が唾を吐いた。

 

ざんばら髪の男に向かって、タックルを仕掛ける。

 

こちらは、ボクサーの男よりも、更に一回り、身体が大きかった。

もろにぶち当てられれば、ざんばら髪の男でも、川に吹っ飛ばされてしまうであろう。

 

しかし、ざんばら髪の男は、冷静であった。

 

両脚を狙って来る為、体勢を低くしていた黒人兵士の頭を両手で押さえて、跳び上がった。

両脚は脇に振り出している。

 

跳び箱の要領であった。

 

黒人兵士が、川の中に、頭から突っ込んだ。

 

小さな水柱が上がり、米軍服はびしょ濡れになってしまったが、ざんばら髪の男の国民服は、その飛沫さえも浴びていないようであった。

 

「笑わないのかい――」

 

残った、もう一人の白人兵士に、ざんばら髪の男が言った。

 

白人は、有色人種を下に見ている気配がある。

日本人だけではない。黒人たちに対してもそうだ。

 

だから、無様に川の中に頭から突っ込んだ黒人兵士を見て、心の中では、嘲りたい情動に駆られている筈である。

 

しかし、一応は、自分たちの同胞であった。

しかも、そうさせたのは、敗国の敵兵なのである。

 

どれだけの差別的感情があっても、今だけは、笑える筈がなかった。

 

ふふん、

 

と、いった顔をするざんばら髪の男の後ろから、黒人兵士が立ち上がった。

 

瘤のように、全身を盛り上げている。

黒人特有の、素晴らしい筋肉が、ざんばら髪の男を倒す為に、総動員されていた。

 

「るるぁっ」

 

黒人兵士が、拳を叩き付けて来た。

ボクシングの、精錬されたパンチではない。

喧嘩っぽい。

しかし、それだけに、実戦向きな一発であったと言えるだろう。

 

ざんばら髪の男は、それに、冷静な対処を下す。

 

ダッキング。

 

膝を使って、頭の位置を変えた。

黒人兵士のパンチは、男の顔の横をすり抜けて行く。

 

ざんばら髪の男は、黒人の右側――つまり、振り出した腕の外側に位置していた。

 

 

とっ、

 

 

と、ざんばら髪の男の左足が跳ね上がった。

 

弧を描いて、背足が、黒人兵士のこめかみに直撃する。

 

先程のボクサーと、同じ事が、彼の脳内で起こっていた。

 

廻し蹴り――

 

使う部位や、足の運び方など、異なる所はあるが、近年では、空手、キック・ボクシング、テコンドー等々で、見た目の派手さもあり、決め手として使われる事が多い技だ。

 

しかし、この当時の日本には、廻し蹴りはなかった筈である。

 

空手が琉球から伝来したのは、大正時代であるが、それにしても、廻し蹴りは存在しない。

 

今で言う前蹴りとか、横蹴りのようなものしかなかった。

ざんばら髪の男が、最初に使ったのは、こちらに近い蹴りだ。

 

だが、このざんばら髪の男は、それと同じような自然さで、廻し蹴りを使ってみせた。

 

これから先、或る空手家がタイに武者修行に出て、そこで取り入れて、初めて日本で開発される筈の、背足での廻し蹴りである。

 

「あんたもやるんだろう?」

 

ざんばら髪の男が言った。

 

残った白人兵士は、顔を真っ赤にしていた。

 

 

決着は、すぐに付いた。

 

ざんばら髪の男が、襲い掛かって来た相手の襟を掴み、腰に乗せて投げ飛ばした。

 

下は、砂利の敷き詰められた地面であった。

一発の投げで、かたが付いた。

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか」

 

ざんばら髪の男が、イワンが立ち上がるのに、手を貸した。

 

「ありがとう……」

 

イワンが、擦過音の混じった声で、答えた。

歯が折れており、そこから、空気が漏れるのだ。

 

「大変でしたね」

 

男の口調が、丁寧なものに代わっていた。

 

「いや――」

 

イワンは、首を横に振った。

 

思えば、こうして殴られても、仕方のない事をして来たのである。

ドイツで、何人の人間の身体にメスを入れた事か。

彼らの中に、その親類縁者がいないとは、限らない。

 

「強いな……」

 

イワンが言った。

 

「ええ」

「――助かったよ、私は……」

 

と、言い掛けて、イワンは口を噤んだ。

 

若し、外国人という事がばれれば、この男も掌を返すかもしれなかった。

 

「イワン=タワノビッチ博士――」

 

と、ざんばら髪の男が言った。

 

「え?」

「貴方を、迎えに来た者ですよ」

 

ざんばら髪の男は言う。

 

「俺は、松本克己といいます」




……あ、宣言通りの事をやっていない。

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