仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

15 / 140
この頃のイメージって、大体『空手バカ一代』なんですよね……。


第二節 来日

イワンは、復興の中々進まない、東京の町を歩いていた。

 

イワン=タワノビッチ――

 

その風貌に、多くの人々が、思わず振り返った。

 

イワンは、一八〇センチにも及ぶ自らの身体を、殊更に縮めて歩いていた。

 

当時、一七〇あれば、充分に高身長であった。それを更に一〇センチも上回るイワンは、最早、異質であった。

 

それでも、何とか、その視線に晒されるだけで済んでいたのは、彼の顔立ちが、日本人に寄っていたからである。

 

母親が、ロシア人であるが、父親は、日本人だ。

 

その顔が、げっそりとしていた。

頬が、ナイフで抉ったかのように、ぞっくりと削れているのである。

 

眼が、虚ろであった。

精神的に、かなり参っているように見える。

 

それに、周囲の人たちの視線に依るストレスが加わり、益々、イワンの顔には疲労が浮かび上がっていた。

 

とても、二六歳には見えない。

 

終戦後、イワンは、日本へとやって来た。

 

ドイツから、である。

 

アウシュヴィッツで、生体実験を主に執り行っていた。

 

同盟国に所属していたとは言え、何故、日本へやって来たのか。

幼少期は、東京で過ごした。しかし、戦後間もない故郷に再び足を踏み入れたのは、何の為であろうか。

 

或る男に、呼ばれたからだ。

 

いや、男とは言うが、本当に男であるかどうかというのは、分からない。

 

しかし、どちらでも良かった。

 

終戦後、絶望に暮れるイワンに、或る筋から連絡が入った。

 

“日本へ来給え”

 

最初、イワンは、それに返答する心算はなかった。

 

ナターシャの事があった。

三つ下の妹である。

元から病弱であったのだが、終戦前に、命を終えた。

 

イワンは、ナターシャの遺体を冷凍し、彼女を蘇らせる術を探し始めた。生体実験に協力したのも、ナターシャの延命の為の技術を手に入れる事が目的であり、終戦までナチスに籍を置いていたのも、余りにも早い死を迎えた彼女を生き返らせる為だ。

 

だが、それらの願いは叶う事なく、戦争は終わった。

 

ナチスの施設から、完全に追い出された。

実験の一つも、許されなかった。

凍て付いた遺体も、回収されてしまっていた。

 

生きる希望が潰えた――

 

そう思った時、イワンの肉体は、一気に衰えてしまう。

髪は抜け、肉は削げ落ち、唯の不健康なのっぽになってしまった。

 

そんなイワンに、連絡があったのだ。

 

“君の妹の遺体は、我々が、占領軍から押さえている”

“君の技術が欲しい”

“君の妹を生き返らせるのに、協力しよう”

 

だから、日本へ来いと、言ったのである。

 

イワンは、藁にも縋る思いで、日本へ飛んだ。

そうしての、東京である。

 

具体的な場所は、指示されなかった。

東京で、使いの者を出すとの事であった。

 

それから、三日である。

 

野宿をした。

宿など、望むべくもなかったのである。

 

使いの者は、まだ、接触して来なかった。

 

動き回って、自分がいるという事を、アピールしなくてはいけない。

 

だが、そうして町中を歩いていると、必ずと言って良い程、奇異の視線に晒される。

 

日本人には、進駐軍だと勘違いされる。子供などは、食べ物をねだったりするだけだが、大人になると、いやらしい程のへつらいか、敵意のようなものを向けられる。

 

日本人だと分かると、特に大人は、更に嫌悪感を明らかにする。背の高いイワンを嫉妬して、妙な嫌がらせをしたりするのである。

 

アメリカ兵にも、似たような対応をされた。連合軍側であると思われれば、優しく声を掛けてくれたが、日本人と分かった途端、掌を返して、見下して来る。更に、ナチスであった事が分かると、暴力を振るわれる場合があった。

 

早く見付けて貰わなければ、過労死するかもしれなかった。

 

イワンは、人々の視線を避けるようにして、町を抜けた。

川の傍にやって来た。

 

夕暮れ時――

 

川原に、大きめの石があった。

そこに、腰掛けた。

 

座り込んだ途端、ここ暫くの疲れが、一斉に襲って来た。

 

川を眺める。

濁った川だ。

ねっとりとした水が、流れている。

 

つい最近まで、焼死体がごろごろとしていた川だ。

 

空襲があった。

爆撃から逃れようと家を飛び出し、そのまま火炎に包まれてしまった。

 

その脂が、まだ、残っている。

時には、まだ回収されなかった、焦げた身体の一部が覗く事もあった。

 

それでも、川は流れている。

水の流れは、止まらない。

 

元に戻ろうとしている。

 

人の肉体にも、怪我した部分を治そうという働きがある。それと同じように、川が、溜まった脂を洗い流そうとしているのだ。

 

その自浄作用が、かなり、遅れているようであった。

 

イワンの眼には、そのように見える。

 

と――

 

そのイワンに、声を掛ける者があった。

 

見れば、アメリカ兵である。

ガムを噛みながら、三人、やって来た。

 

黒人が一人。

白人が二人であった。

 

「日本人か?」

 

と、英語で聞いて来た。

 

「そうだ」

 

と、英語で答えた。

 

「英語が分かるのかい」

「ああ」

「へぇ」

 

感心したように、白人の兵士が言った。

ガムを、くちゃくちゃと鳴らしている。

 

「丁度良かった」

「丁度良い?」

「通訳を探していたんだ」

「――」

「日本人は、教養がなくて困る。滅多に、我々の言葉が分かる者がいない」

 

不便でしょうがないので、英語と日本語の両方が分かる人物が、必要であったらしい。

 

報酬は払うとの事であった。

食糧などの事である。

 

殆ど、腹に入れていなかった。

若し、単に日本を懐かしんで東京に戻って来たのなら、受けても良い仕事であった。

 

だが、今の自分は、人を探している。

他人の事を考えている精神的余裕は、イワンにはなかった。

 

すると、米兵たちは、舌を鳴らし始めた。

かなりの好条件を提示したのに、断られたのが、気に喰わないようであった。

 

「もう一度、考え直してみたらどうだ」

 

と、白人兵士が言った。

 

「済まない」

 

と、言ってから、

 

「今は、そういう事をやっている、余裕がないんだ」

 

と、イワンははっきりと断った。

最初に、自分なりに誠心誠意、謝罪をした心算であった。

 

「イエロー・モンキー」

 

ぽつりと、白人兵士の一人が呟いた。

それだけならば、まだ、我慢も出来た。

 

「阿婆擦れた親を持った小僧が」

 

それには――

 

「何だと?」

 

我慢が出来なかった。

 

「何だと⁉ 貴様――」

 

混血児――ハーフであるという事が、分かってしまったようであった。

 

それを、阿婆擦れと思われた。

生まれた国の違う両親の事を、愚弄された。

 

それは、イワンだけではない。

 

ナターシャ――

 

最愛の妹さえ、侮蔑する言葉であった。

 

「訂正しろ」

 

イワンが言った。

ドイツ語が出ていた。

 

「訂正するんだ」

「――ジャーマン?」

 

と、黒人兵士が訊いた。

 

「ナチスか」

 

白人の一人が言った。

ガムを吐き出すと、胸倉を掴んで来た。

 

パンチが飛んで来た。

イワンの頬骨が軋んだ。

 

川原に倒れ込んだ。

 

イワンを殴った男が、倒れ込んだイワンに馬乗りになり、又、襟を掴んで、パンチを落として来た。

 

イワンは、抵抗しようとした。しかし、細い腕では、屈強な現役兵士の身体には、通じなかった。

 

パンチが落ちて来た。

拳が落ちて来た。

 

鼻が曲がった。

歯が折れた。

唇が裂けた。

瞼が切れた。

顔が腫れた。

 

「くああぁっ!」

 

イワンが叫んだ。

叫んだその口に、拳がめり込んで来た。

 

「かあああっ!」

「あきゃああっ!」

「けわっわわわっ!」

 

イワンは、男の脚の下で暴れた。

 

意味がなかった。

 

パンチ。

拳。

右。

左。

 

落ちて来る暴力に、抵抗した。

抵抗が、尽く、潰されていた。

 

泣いていた。

血が混じっていた。

 

糞――

 

と、思っている。

 

何故だ。

何故、俺が、こんな目に遭わねばならない⁉

 

最愛の妹は、どうして、あんなにも身体が弱く生まれたのだ。

 

そんな事まで、思い始めていた。

 

何で、戦争なんかが起こったのだ。

どうして、両親の生まれた国が違うと言うだけで、差別されるのだ。

 

髪の色?

眼の色?

身長?

言葉?

 

ふん。

 

それが、どうして、差別の対象になるのだ。

 

糞だ。

糞だった。

こんな奴らは、糞なのだ。

 

では、その糞に、殴られている俺は、何なのだ。

やはり、同じ、糞なのか。

それ以下なのか――

 

「おええええああぁぁぁっっ!」

 

イワンが吠えた。

その時であった。

 

「そこまでにしときな――」

 

日本語であった。




別に私に差別主義はありません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。