「驚きました……」
相澤が、Xライダーと、立花藤兵衛を交互に見つめて、言った。
「まさか、神さんと、立花さんがお知り合いだったなんて」
「まぁな」
照れたように、藤兵衛が頭を掻いた。
「しかし、妙な偶然もあるもんだなぁ、敬介」
「そうですね」
かつて、Xライダーを含む仮面ライダーたちに助け出された二人が、ライダーたちと関係の深かった藤兵衛と出会いを果たす――
それだけではなく、この日、共にその仮面ライダーと再会したのである。
何もかも仕組まれているかのような、偶然であった。
「所で、敬介、あの連中は……」
「“財団”と呼ばれる組織です」
Xライダー・敬介が、簡単に説明した。
藤兵衛は、眉を顰めながら、
「また、戦いが始まるのか……」
と、絞り出すような声で言った。
「――おやっさん?」
敬介が、怪訝そうに首を傾げる。
今までの藤兵衛であれば、
“よぉしっ! この立花藤兵衛、もう一度世界の平和の為に立ち上がろうじゃないか!”
などと、腕捲りでもしながら、血気を漲らせた事であろう。
しかし、それがない。
加齢……それだけではない何かが、藤兵衛には起こったらしい。
岬ユリ子の事だ。
デルザー軍団との戦いで命を落とした、タックル・岬ユリ子の事は、敬介も知っている。
城茂が、彼女を、仮面ライダーという戦士の名前で呪縛したがらなかった事も、知っている。
だが、藤兵衛が、ユリ子がドクターケイトの毒ガスを浴び、茂に心配させまいと気丈に振る舞い、そして、助からぬと知ってケイトを巻き添えに死を選んだ事に、ショックを受け、かつての戦士の気力を萎えさせていた事までは、分からなかった。
敬介は、他のライダーたちともそうであるが、この藤兵衛にも、必要以上に、接触はしたがらなかった。
多くの組織との戦いの中で、辛い事や苦しい事が幾つもあり、例えばそれが肉体の苦痛であれば我慢が利くが、人の生命が失われてしまったとなると、そうもいかない。
誰もが誰かを失って、その人の時を止めている。
これを思い出してしまうからだ。
戦場を共にした仲間たちとの再会は、彼らへの友情と共に、戦いの嫌な記憶を呼び起こす。
だから、戦士として立たねばならない時以外、仲間たちと触れ合う事は、極力、しないようにしていたのである。
それが、本郷や一文字と共に、藤兵衛の所を訪れたという事は、やはり、次なる戦いが始まろうとしているという事なのだが――
「おやっさん、実は……」
敬介がそう言い掛けた所で、近くで、大きな爆発が起こった。
一文字を巻き込んで、改造兵士が自爆したのである。
その爆炎が、店の前の道路まで駆け抜けて来た。
炎の中から、白い車体が躍り出る。
「ひゅーっ、危ない所だったぜ」
そう言うのは、強化服を纏った一文字隼人であった。
緑のプロテクターと、赤い手足。
相澤と吉塚は、初めて見る仮面ライダーである。
「平気ですか、一文字先輩」
新サイクロン号で、咄嗟に脱出した一文字ライダーが、バイクを押して、店の前までやって来る。
「平気じゃねぇよ、ったく……見ろ、これ」
こつんと、赤いグローブで、仮面を叩いてみせた。
「綺麗な緑色だったのが、真っ黒に焦げちまったぜ」
一文字の言う通り、飛蝗をモチーフにしたらしい仮面が、黒く煤けている。
仮面ライダーのヘルメットを焦がす程の強烈な熱が、放射されたのだ。
「自爆しやがったぜ」
一文字が、低く言った。
「こちらもです」
敬介たちに向かって、カノン砲を発射しようとした改造兵士たちの攻撃を、Xライダーは防ぎ、戦力を奪い取った。
しかし、拘束しようとしたその時、彼らは海に身を投げて自爆したのである。
「あの、神薙とかいう男は、改造部分が少なかったから、本郷に期待だな」
「ええ」
一文字がそう言うと、まだ燃え盛っている炎の奥から、バイクの唸りが聞こえて来た。
揺らめく紅蓮の中に、マシンに跨る人影が見える。
最初、一文字も敬介も、それを本郷猛・仮面ライダー第一号と思ったのだが、炎の中から飛び出して来たのは、全く異なる姿であった。
黒いGSX1000を炎の中からジャンプさせ、着地したのは、黒い強化服のサイボーグ忍者である。
「こいつは⁉」
その姿を見て、強化改造人間――仮面ライダーを連想した。
続けて、本郷ライダーの新サイクロン号が現れた。
「本郷、神薙は?」
「済まん……」
「奴は⁉」
「分からない。しかし、神薙を攻撃したのは、あいつだ」
言葉少なく、ダブルライダーが情報を交換した。
敬介が、藤兵衛たちの守りに入っている。
サイボーグ忍者が、マシンから降りた。
背負った日本刀を引き抜き、ダブルライダーに向かって構えている。
切っ先の向こうにある黒いヘルメットは、昆虫のようである。
一対の緑色の複眼。
眉間には、白毫の如きランプ。
それらの上から、左右に触角が伸びている。
口元を覆うマスクの形状は、数枚のプレートを重ね、牙に見立てている。
又、その円形のマスクを歪に歪めている溝は、花びらのようにも見えた。
「気を付けろ、隼人」
「うん?」
「奴は、身体の至る所に武器を隠し持っている……」
本郷が見ただけで、
苦無
爆弾
鎖
これら三つである。
更に、ホログラム――自分の幻影を造り出す装置まで組み込んでいた。
「それに、奴の身体がスキャン出来ん……」
「お前でもか!」
本郷の感覚は、あらゆる物体を、リアルに脳内に描き出せるまでに強化されている。
箱の中に入っているものを当てるだけに留まらず、外見は何処も壊れていない機械の故障部分を、触れる事なくして探り当てる事も可能だろう。
その本郷の感覚が、通じない。
そのような装甲で、身体の表面を覆っているのだ。
透視、不可。
無臭。
音を吸収してしまう。
暗闇に紛れれば勿論、例え真昼であろうと、ホログラムの投射で身体の表面を覆ってしまえば、全く姿を消してしまう事も出来るだろう。
極めて高度なステルス能力――サイボーグ忍者というのは、言い得て妙であった。
「“財団”製じゃなさそうだな……」
「ああ。まるで、俺たちの事を、最初から想定して造られたような」
「つまり……」
サイボーグ忍者が地面を蹴った。
真っ直ぐに、ダブルライダーに向かって飛び込んで来る。
第一号と第二号は、左右に展開した。
これで、どちらを追おうと、片方に対して隙を見せる事になる。
唐竹割りに振り下ろされた刃に対し、本郷が右、一文字が左だ。
どちらにゆくか⁉
その迷いを、寸毫にも見せず、サイボーグ忍者はホログラムを発動した。
背中から分裂するようにして、二人のサイボーグ忍者が、左右の本郷ライダーと一文字ライダーに向かって斬り掛かる。
「むっ」
「ちっ」
本郷ライダーの廻し蹴りが、サイボーグ忍者の頭部を突き抜けた。
幻影だ。
しかし、刀を躱すと同時に顔面を殴り抜いていた一文字ライダーの拳も、サイボーグ忍者の頭部を砕くには至らなかった。
どちらも、ホログラムだ。
本物は、立花オート・ショップに向けて、走っていた。
その剣を、Xライダーがライドル・スティックで受ける。
「神さん!」
相澤が叫んだ。
「おやっさん、二人を店の中に⁉」
敬介が、サイボーグ忍者の剣を弾き、胴体を薙ぎ払う。
ライドルの腹を刀の柄で受けて、サイボーグ忍者は右腕を振るった。
腰を屈めて躱したXライダーの頭上を、サイボーグ忍者の右拳が駆け抜ける。
と、その手首が射出され、モーニング・スターのように、店の中に避難した藤兵衛たちに迫った。
それを、一文字ライダーが身を挺して受けた。
一文字は、店の看板に身体を打ち付けられてしまう。
「は、隼人!」
藤兵衛がうろたえた。
「心配するねぇ!」
一文字が言う。
Xライダーは、サイボーグ忍者の胴体を蹴り飛ばし、ライドルで殴り掛かった。
引き戻された右手首のチェーンが、ライドルに絡み付く。
サイボーグ忍者は、Xライダーのマフラーを掴んで引き寄せると、胸に膝を押し当てた。
爆発する。
閃光の中から、ライドルをロング・ポールに変形させ、上昇する事で脱出したXライダーが現れた。
サイボーグ忍者の爆弾は、衝撃を一ヶ所に集中させる。
密着状態で爆発する瞬間に離脱してしまえば、周囲への被害は少なくなるのだ。
Xライダーは、上空から、ライドル・スティックで脳天を狙った。
サイボーグ忍者が、剣を下から打ち上げる。
ぶつかり合った鉄と鉄は、火花を散らし、互いに破損した。
ライドルを切断したはいいものの、衝撃でひびを入れられた刀は、呆気なく折れてしまう。
着地したXが、肉弾戦を挑んでゆく。
鋭いパンチを打ち込んだ。
ラッシュで攻めてゆく。
それらを、サイボーグ忍者は見事にブロックした。
今度は、サイボーグ忍者から攻撃に出る。
ロー。
左のストレート。
顔を傾けて躱したXの頭部に向けて、右足が跳ね上がる。
ハイキックが、Xマスクを直撃した。
「えッ……」
吉塚が声を上げた。
「よっちゃん、今の……」
相澤も言っている。
Xライダーの身体が傾いた。
これに対して、下段に構えようとするサイボーグ忍者であったが、背後から迫る圧力に振り向いた。
仮面ライダー第一号である。
振り向きざまの右のバック・ハンド。
これを、飛び込み前転で躱した本郷ライダーが、畳んだ両脚を解き放ち、サイボーグ忍者の胴体を挟み込んだ。
蟹挟みで、相手を転がし、頭を地面に打ち付けさせる。
引き倒したサイボーグ忍者の両足を掴んで、振り回した。
その際に、持ち上がり切らなかった頭部が、ごす、ごす、と、地面を掠める。
ジャイアント・スイングで平衡感覚を失わせ、上空に放り投げた。ここで、相手の両脚を掴んだ手をひねる事によって、空中に向かうサイボーグ忍者は錐揉み回転させられる事となる。
そこで跳躍し、両膝でサイボーグ忍者の頭部を挟み込んだ。
相手の体重も加えて更に回転しながら、海と道路を仕切っている塀目掛けて、サイボーグ忍者の頭部を叩き付けてゆくのであった。
ライダーハンマー、錐揉みシュート、ヘッドクラッシャーの連撃が、サイボーグ忍者の上半身を、塀に埋め込んでいた。
「やったか?」
一文字が駆け寄って来る。
「いや……」
本郷が首を横に振ると、その言葉の通り、サイボーグ忍者は立ち上がって来た。
だが、流石にノー・ダメージという訳にはいかなかった。
その仮面が、破損している。
砕けた仮面から、サイボーグ忍者の素顔が覗いていた。
やはり、改造した素体に、強化服を装着させる、仮面ライダーと同じ強化改造人間であった。
素体の改造部分が多い事に加え、強化服に武装を積み込んでいるのだ。
「女……⁉」
一文字が言った。
黒い仮面の奥の素顔は、女性のそれであった。
店から駆け出して来た吉塚と相澤が、その顔を見て、驚き叫んだ。
「さくらさん!」
「前田先輩⁉」
サイボーグ忍者の仮面の奥にあったのは、前田さくらの顔であった。