仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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少し顔を出さない内に感想欄が荒れておられる……。
どのタイミングで閲覧数が増えるのか全く分からないのが怖いなぁ。


第二十六説 旋風/黒忍

 「久し振りね、さくら……」

 

 マヤは言った。

 

 さくらが、首を傾げる。

 マヤ――星河深雪の事を、さくらは、彼女の手によって忘れさせられている。

 デッドライオンと暗黒大将軍は、曼陀羅を創り上げるのに、人間たちを殺して攫っていた。

 その中に、親友の星河深雪がいた事から、当時から空手使いの鉄火娘として名高かったさくらが、事件解決の為に動き出したのである。

 こうした時に、城茂ら仮面ライダーと出会い、デッドライオンと暗黒大将軍の陰謀に巻き込まれてゆく事になった。

 七人ライダーと暗黒大将軍との決着が付いた後、さくらは、深雪の生存を知る。

 しかし、その深雪自身、つまりマヤが、さくらの記憶を消したのであった。

 

 それを、さくらは憶えていない。

 それでも敢えて、マヤは、

 

 “久し振りね”

 

 と、言ったのである。

 

 兎も角、そのマヤが美しく微笑む傍らには、歪な死体が立てられている。

 魔蛇団の用心棒の女剣士、山口真美だ。

 

 魔蛇団は、地元の暴力団の鬼花組と組んで、主に女性の人身売買を行なっていた。

 麻薬の顧客としたり、違法ポルノに出演を強制したり、秘密ショーでのスターとして調教したり……

 卒業後、地元に戻り、空手の腕を生かして私立探偵を始めたさくらは、ズベ公グループ・魔蛇団に捕らわれた女性の身内を助け出すように依頼され、単身、魔蛇団と鬼花組に乗り込んで行った。

 そこで、数人のやくざとズベ公たちをぶちのめし、用心棒であった真美と対戦する事となったのだ。

 

 自分と戦い、勝ったなら、魔蛇団はこの一件から手を引く――

 

 山口真美は、地元の剣道場の娘であった。

 古くから鬼花組と付き合いのある道場で、その腕を見込まれて用心棒として雇われた。

 しかし、年月を経るごとに腐敗してゆく鬼花組に嫌気が差し、滅多な事では刀を抜かなくなった所に、この話が舞い込んだ。

 

 真美は、さくらと、自分を、両天秤に掛けた。

 さくらが勝てば、鬼花組の悪事を全て暴露する心算であったのだ。

 ここで敗けるようならば、自分の剣の腕も、鬼花組と共に腐敗していたという事になるからだ。

 

 少なくとも、この山口真美という女は、真っ直ぐな性質であった。

 その相手を、横からしゃしゃり出て来て惨殺したマヤを、さくらは許せなかった。

 

 「あんた、覚悟は出来てるんでしょうね……」

 「その心算で、来たのよ」

 

 マヤは、自分の姿を見せ付けるよう、両腕を広げた。

 蒼い柔道衣――戦う心算があるから、道衣を身に着けているのだ、と。

 

 「では、早速……」

 

 マヤが、両腕を持ち上げて、構えた。

 車のハンドルを握るような形だ。

 若干、身体を後ろに反らしている。

 

 さくらは、左肩を前にして、膝でリズムを刻みながら、マヤに接近してゆく。

 左右に身体をぶらし、マヤの視線を翻弄しようとする。

 

 マヤは動かない。

 目線を含めて、動かさなかった。

 虚空を眺めているような表情でさえある。

 

 さくらは、蹴りの間合いに入った所で、動きを止めた。

 マヤの右斜め前方。

 

 そこで、右に一回転する。

 後ろ蹴り。

 狙ったのは、下段であった。

 膝を、真正面から壊す、踵での蹴りだ。

 

 マヤは、右足を後方に下げて、蹴りを躱す。

 膝を抜き、真正面への突進に、その反動を利用しようとした。

 片足立ちになったさくらは、タックルで容易に転倒せしめる事が出来る。

 

 しかし、それより早く、さくらの右足が動いた。

 関節を蹴り抜いたと思われたさくらの右足は、地面に着く前にもう一度跳ね、マヤの顔を狙って来たのである。

 

 スウェーで、躱そうとする。

 スウェー・バックで回避してしまえば、下衣の裾を取って投げる事も、足に取り付いて膝や足首やアキレス腱を破壊してやる事も、可能であった。

 

 だが、マヤの顔に向けて、さくらの右のスニーカーが飛んで来た。

 リズムを取りながら、左右に動いていたのは、靴を緩める為だ。

 後ろ蹴りと、横蹴りの二段蹴りは、踵をスニーカーから外す勢いを付ける為だった。

 

 マヤが、後方にたたらを踏む。

 タックルに行こうと重心を変えたのを、更にスウェーに切り替えなくてはならなかったので、バランスが崩れたのだ。

 

 どん、と、歪な真美の死体に、マヤの身体がぶつかった。

 これで、意識が真美の方に向く。

 さくらの左の正拳突きが、マヤの胴体に突き刺さった。

 

 「おえっ……」

 

 マヤが、身体をくの字に折って、後退する。

 左手を伸ばし、地面に突き刺さった真美の剣を、取ろうとした。

 左手が柄を握った時、その指を、さくらの右足が押さえた。

 左手を刀に縫い付けられたマヤは、その部分を足場にして跳躍したさくらの、左の飛び廻し蹴りを、顔面に喰らう事になる。

 

 鼻から血を、口から歯の欠片を飛ばしながら、マヤが逃げてゆく。

 さくらが、倒れ込みそうになったマヤに、追い討ちを掛けた。

 

 と――

 

 バランスを崩した筈のマヤが、蛇の笑みを浮かべた。

 倒れるのを堪えながら、さくらの渾身の右ストレートを、左の腕刀で弾く。

 この時、両腕を、内側から円を描いて持ち上げるようにする事で、さくらの視界をも封じた。

 

 続けて、その遠心力を利用するように、右腕が、肘の所からもう一回転した。

 掌を上に下右手の、虎口――親指と人差し指の股が、さくらの顎を横から打つ。

 

 さくらの頭部が、横に傾く。

 脳が、頭蓋骨の中で激しく揺さぶられた筈だ。

 

 そして、更に両腕を回しながら、さくらの左脚を左足で払いつつ、遠心力を加えた左の掌底で、さくらの左側に傾いた顎を押し込んだ。

 この時、右腕を後方に引く事で、左腕を開く力に加えている。

 

 さくらの頭蓋骨が、頸骨から外れ、そして、重心から遠い両端を別方向に押された事で、さくらの身体は容易く宙で一回転した。

 

 さくらの身体が、地面に落下する前に、マヤは右の片足立ちから跳躍し、旋風脚を放った。

 宙で回転するさくらの中心に、マヤのキックが炸裂し、さくらの身体が大きく飛んでゆく。

 

 地面に落ちて、一度バウンドし、さくらは、後頭部と胸をくっつけ、顎を脊髄のてっぺんに載せた形で、動かなくなった。

 

 

 

 

 

 本郷猛は、黒い強化服の人影と対峙している。

 仮面ライダーと似た雰囲気を持つ、忍者のような装甲服であった。

 その緑の複眼が、崖の上から本郷猛を見下ろしている。

 

 強化服の忍者が、右手を持ち上げた。

 その手に、いつの間にか苦無を持っている。

 神薙の肩を刺したのと同じものだ。

 腕の装甲に隠していたものらしい。

 

 それを、本郷に向けて、投擲した。

 本郷が横に逃げる。

 アスファルトに苦無が突き立った。

 

 強化服の忍者は、更に続けて、苦無を放り投げる。

 それらを、時には躱し、時には手刀で打ち落として、本郷はやり過ごした。

 

 苦無では埒が明かないと、強化服の忍者が崖から本郷の所へ降りて来る。

 近くで見ると、ますます強化改造人間のそれと似た出で立ちであった。

 

 「何故、神薙を殺した」

 

 本郷が訊いた。

 

 強化服の忍者は答えず、背中の剣に右手をやった。

 忍者刀ではない。

 反りのある、二尺三寸の日本刀だ。

 少なくとも、敵を前にして背負うものではない。

 抜刀している間に、やられてしまう。

 

 強化服の忍者は、腰を低くし、左肩を前にして構えていた。

 右半身を後ろにする事で、抜刀の邪魔をされないようにする為らしい。

 

 「お前も、“財団”の者か? それとも……」

 

 本郷が、剣を握った右手に注目しながら、訊いた。

 強化服の忍者が、動いた。

 右手――ではない。

 前に出し、自然に垂らしていたと見えた左手が、実は膝に添えられており、その膝のプロテクターに偽装されたものを取り外していたのだ。

 左の掌底で、膝のプロテクターを押すようにして、取り外す。

 脛を滑ったそれを、足首のスナップで蹴り上げて、本郷の方へ飛ばした。

 

 本郷の手前で、それが爆発した。

 

 両腕を身体の前にやり、爆風から逃れる本郷。

 抜刀した強化服の忍者が、本郷に斬り掛かっていた。

 

 袈裟懸けに振り下ろされる一閃を、本郷は左側に身を翻して回避。

 強化服の忍者はすぐに剣を跳ね上げ、右側に位置した本郷の胴体を、下から斬り上げた。

 刀を、走高跳の選手のように、飛び越えて躱す。

 本郷は、刀を振り切った為に胸を開いている忍者の、正面に位置した。

 

 「だぁっ!」

 

 素早く、右のパンチを打ち込んでゆく。

 それを、左の掌で受け止めた。

 

 ぐぃと、右側に引っ張った。

 バランスを崩す本郷の顔面に、刀を握った拳が迫る。

 

 強化服の忍者の右手首を、本郷が握り、右肘を相手の顎に当てて、腰を相手の胴体に打ち付けながら、ひねった。

 顎を肘で押されるようにして、強化服の忍者の身体が、浮かび上がり、投げ飛ばされた。

 

 この際に手首をひねり上げ、日本刀を奪い取ろうとする本郷。

 しかし、強化服の忍者は、自ら手首を切り離して、刀を奪われるのを防いだ。

 

 「ぬ!」

 

 強化服の忍者の右手は、手首から外れるものの、腕とはチェーンで繋がっていた。

 腕が完全に機械になっており、手首を射出する事が出来るのだ。

 

 刀を持った右手が転がる。

 その鎖を、本郷の左腕に巻き付け、咄嗟に刀を左手に投げ渡す。

 

 チェーン・デス・マッチの様相だ。

 

 本郷を右腕の鎖で引き寄せながら、左手の刀で、強化服の忍者が斬り付けてゆく。

 本郷は、逆に、自分の左腕に巻き付いた鎖を引き、刀を受ける。

 刀身に鎖を絡げ、へし折ろうとした。

 鎖が延長し、刀の拘束が緩む。

 

 強化服の忍者は、刀の柄で本郷の咽喉を狙った。

 

 と、横手から、強化服の忍者に向かって白い塊がぶち当たって来た。

 本郷が呼び寄せた、自身の新サイクロン号だ。

 この衝撃で強化服の忍者が吹っ飛び、本郷との繋がりが途切れ、地面に転がる。

 

 本郷は、新サイクロン号から強化服とヘルメットを取り出して、纏った。

 

 緑のコンバーター・ラング。

 銀色のレガース。

 深紅のマフラー。

 飛蝗を思わせる、人間の頭蓋骨に似た仮面。

 

 ベルトの横の、エナジー・コンバーターのスイッチを入れる事で、タイフーンの風車ダイナモが回転を始める。

 風が巻き起こり、風車の回転が、改造人間の機能を発揮させる状態に持ってゆく。

 

 仮面ライダー第一号だ。

 

 右腕の鎖を引き戻した強化服の忍者と、始まりの仮面ライダーが対峙した。

 

 本郷は、動かない。

 動かないが、自然と、強化服の忍者は後退っていた。

 その脳内には幾つもの攻撃パターンが浮かんでいる筈だが、どのように攻めても、瞬く間に逆転される未来しか予想出来ない。

 

 本郷の脳裏にも亦、その予想が立っている筈であった。

 しかも、本郷の場合は、相手が動いてからでも充分に間に合う。

 

 他の改造人間が、想像しか出来ないのに対して、本郷の場合は、その場に動きがあってから、実際に僅か先の未来に起こるであろう事を予知して対処出来る。

 

 強化服の忍者が、刀を、八双に構えた。

 だっと地面を蹴り、本郷を斬り付ける。

 

 フェイントで横に飛び、斜めから剣を打ち下ろした。

 本郷ライダーが、僅かに、横に移動した。

 剣が、本郷のいた場所を通り抜けてゆく。

 又、本郷の左手に、強化服の忍者が投擲した苦無が握られていた。

 剣を両手で振り下ろすとみせながら、右腕に隠されていた苦無を射出した。

 本郷はそれを見切っていたのだ。

 

 動揺が、強化服の忍者に走った。

 恐怖に似たものだ。

 強化服の忍者は、素早く後退した。

 本郷ライダーが、それにぴったりと追い付いて来た。

 

 パンチを鋭く打ち込んでゆく。

 強化服の忍者のバックルが、かっと光った。

 強化服の忍者の姿が、陽炎のように歪み、本郷のパンチが擦り抜ける。

 

 ホログラムだ。

 バックルを発光させた一瞬、本郷の動きが止まった。

 その一瞬の間に、離脱したのだ。

 

 ライダーパンチを躱した強化服の忍者は、本郷が新サイクロン号を呼んだのと同じく、自分のマシンを召喚した。

 黒い、SUZUKI GSX1000であった。

 それに飛び乗ると、立花オート・ショップに向かって、駆け出していった。

 

 「待てっ」

 

 本郷ライダーが、新サイクロン号に搭乗し、強化服の忍者を追った。


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