仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第二十五節 決着/乱入

 「な⁉」

 

 真美が、驚愕の声を上げた。

 さくらの寸前で、刀が止まったからだ。

 

 俎板の鯉の如く、地面に寝そべったさくらに、包丁を振り下ろすように、刀で斬り付けていった真美であった。

 しかし、その胴体に喰い込むと思われた刀身は、さくらの左の指によって止められていたのだ。

 しかも、驚くべきなのは、さくらの身体には、しかと刀身が触れている事だ。

 刀身の中頃よりも少し先が、さくらの胴体に、道衣を押し付けているのだ。

 

 その、さくらの胴体から少しはみ出した剣先を、さくらの左手の親指と人差し指が、挟んでいる。

 それで、固定されているのだ。

 

 日本刀と、それを操る剣技の性質上――

 

 刀は、剣先を斬り下ろしてゆくに連れて、威力を失ってゆく。

 振り下ろす加速度が充実するその一瞬にこそ切断力を発揮するのであり、上から地面ぎりぎりまで斬り下ろしてしまっては、威力が減少するばかりだ。

 

 又、日本刀は、西洋剣と比べると、切断に適した形状だ。

 反りがある為だ。

 しかし、西洋剣が押し潰したり、打撃したりする事を目的とした幅の厚い直刀であるのに対し、幅を薄め、反りを大きくした日本刀は、対象に当てて、引かなければならない。

 膂力がものを言う西洋剣とは逆に、押し当てて引く事さえ出来れば力の弱い者でも対象を斬殺せしめる代わりに、それが出来ねば只の鉄の塊である。

 

 さくらは、地面に寝そべった自分に対して振り下ろされる剣の、威力が減少する瞬間――即ち、運動を停止する身体に触れる瞬間と、真美が刀を引いてさくらを切断しようとする刹那を見切り、その間隙に剣先を掴んで、斬殺される事を防いだのだ。

 

 刀の威力を見切る動体視力と、真美の引く力を留める把持(ピンチ)力、そして何より、自分が斬り殺されるかもしれない恐怖に打ち克つ精神力がなければ、出来る事ではなかった。

 

 さくらは、真美が動揺した隙を狙って、地面から拾い上げた石を、真美の顔に向けて放った。

 真美が眼をつぶる。

 

 さくらは、右手で帯をほどいて、刀に巻き付け、真美の腕を右足で蹴りながら、刀を奪い取った。

 そうして、立ち上がりざまに真美の頭から、両腕を抜いた上衣をおっ被せてやり、視界を封じた上で、道衣の上から打撃した。

 

 たたらを踏んで、背中からばたりと倒れる真美。

 さくらは、上半身にさらしを巻いただけの姿になり、真美から奪い取った刀を持ち上げ、帯をほどいた。

 

 真美が、さくらの上衣を放り投げて、立ち上がって来る。

 

 「返せッ」

 

 と、真美が叫んだ。

 

 「わ、私の、刀……」

 「あんたの敗けさ」

 

 さくらが、冷たく言い放った。

 

 「私の……私の、刀……返せ……返して……!」

 

 夢遊病者のように、刀の身を視界に入れて歩み寄る真美。

 

 既に戦闘の意思はない――

 

 そう理解したさくらは、刀を地面に突き立て、自分の上衣を回収しにゆく。

 と、一瞬、真美から眼を放したさくらは、ふと気配を感じて、振り向いた。

 

 すると、自分の刀を手に取ろうとした真美の前に、一人の女が立っている。

 

 蒼い道衣――柔道衣の女だ。

 黒い髪が、海からの風になびいている。

 日本人よりも、少し、肌の色が濃いようであった。

 分厚い生地の道衣を着ても、胸と尻を前後に突き出したそのスタイルが映えている。

黒い瞳が真美を捉えると、ぽってりとした唇が、にぃと吊り上がった。

 

 「山口真美っ……!」

 

 さくらが、声を上げた。

 それまでの真美であれば、間違いなく気付いたであろう殺気が、柔道衣の女から溢れていた。

 

 真美は、さくらの言葉に反応した。

 しかし、さくらが彼女の名を呼んだ意味に気付く事はなかった。

 

 柔道衣の女の手が、真美の頭に触れる。

 真美の世界が、ぐるりと半回転した。

 横に、ではない。

 縦に、だ。

 

 真美の瞳には、逆さまになった天地と、その中心にいるさくらが映っている。

 だが、その映像が、脳にまで届いたとは思えない。

 

 女の手が、真美の頭を、大きく反り返らせていた。

 左足で真美の右足を踏み、入れ込んだ左肩に真美の腰を載せ、そのまま頭を後方に引っ張ったのである。

 それで、腰から、折れた。

 真美の身体が、腰から、女の肩を支点にして、背後に二つ折りにされていたのである。

 頸骨から頭蓋骨が外れ、背骨がべきべきと折り曲げられた。

 女が真美から身体を離すと、真美は、両足の踵と後頭部をぴったりと張り合わせて、恥骨を天に掲げる形で、死んでいた。

 

 「あんた……ッ」

 

 さくらが、怒りに歯を軋らせた。

 

 魔蛇団と鬼花組が共謀して行なった人身売買――

 

 その計画を巡り、用心棒であった女剣士・山口真美と戦ったさくらであったが、その戦いの中で、真美に対する憎しみはなかった。

 生きるか死ぬかを懸けて、卑怯とも取られかねない手は使ったが、悪意を持って相対した訳ではないのだ。

 そういう立場にあったから、相応のやり方で戦ったというだけだ。

 

 その相手を、いきなり現れて、無残に殺した女に、怒りを隠し切れなかった。

 この怒りを、女は、シャワーでも浴びるかのような心地良さそうな顔で受け止めて、長い舌で唇を舐め上げながら言った。

 

 「久し振りね、さくら……」

 

 マヤであった。

 

 

 

 

 

 「マスター、神さんと、お知り合いなんですか?」

 

 相澤が訊いた。

 藤兵衛は、短髪の男と、アジア人の男、白人の男を縛り上げながら、

 

 「何だ、君、敬介の知り合いか」

 

 と、逆に訊き返した。

 

 「はい。何年か前、神さんに……仮面ライダーに、お世話になったんです」

 「ライダーに⁉」

 「はい」

 「そうか……」

 

 藤兵衛は、感慨深く頷くと、

 

 「敬介は、儂の……息子の、一人のようなものだ」

 

 と、しみじみと言った。

 “財団”の使者である三人を、背中合わせに縛り付けながら、そんな事を言うものであるから、何処となくシュールな光景であった。

 

 「照れるぜ、おやっさん」

 

 すると、敬介が戻って来る。

 吉塚を、両腕で抱きかかえていた。

 物語の中で、ヒーローが、お姫さまに対してするような格好だった。

 

 「あー、よっちゃん、ずるい!」

 

 相澤が言った。

 吉塚は、顔をぱっと紅潮させて、

 

 「莫迦っ」

 

 と、言った。

 敬介が、藤兵衛が縛り上げた三人を見て、

 

 「流石です、おやっさん」

 「放って置くと、何をするか分からんからな」

 

 藤兵衛は、どん、と、胸を叩いた。

 アジア人の男は吉塚に眼を突かれ、白人の男と短髪の男は敬介にノック・アウトされている。

 それでも警戒を緩めず、すぐに拘束した藤兵衛は、流石は、戦争や、ショッカーとの戦いを潜り抜けて来た男であった。

 だが、相手は、単に武器を持って、藤兵衛を脅しに来た程度のちんぴらやくざではない。

 

 「く……」

 

 と、蘇生した白人の男が、低く笑った。

 縛り上げた三人に眼をやった敬介が、藤兵衛たちを非難させる。

 

 彼らを縛った縄が、切断された。

 三人が立ち上がる。

 その内、アジア人の男の両腕の、小指側から、長い刃物が生えていた。

 両手を持ち上げれば、丁度、蟷螂のようになる。

 

 「甘く見たな、立花藤兵衛!」

 

 白人の男が言い、スーツの前を開いた。

 胸から、カノン砲の砲身が突き出して来た。

 その背を、短髪の男が支える。

 

 「ひぃっ」

 

 と、相澤が悲鳴を上げ、藤兵衛が顔をさっと蒼くした。

 敬介が前に出る。

 

 「ファイア!」

 

 白人の男が、カノン砲を発射した。

 至近距離で、大きく爆発が起こった。

 店の窓ガラスが、遍く割れ、吹っ飛び、或いは溶融した。

 バイクは軒並み倒れ、ハンドルやフォークが曲がり、ぶつかり合ってタンクがへこんだ。

 

 爆風が、“財団”の男たち――改造兵士らの髪や衣服を撫で上げた。

 白人の男が笑みを浮かべている。

 

 すると、爆炎の中から、銀色の筋がびゅんと伸びて来て、白人の男の胸に突き刺さった。

 銀色の棒は、白人の男の胸と、その背中を支えていた男の胸を纏めて貫き、道路まで追いやってしまう。

 道路と海を仕切る塀に、二つの身体が折り重なってぶつかった。

 

 両腕が刃になっている改造兵士が、おろおろとしていると、二人の胸を貫いたスティックが、煙の中に引き戻されてゆく。

 

 煙の中に消えたスティックが、風車のように回転し、煙を振り払った。

 煙が晴れると、そこには、銀の仮面と赤い胸、黒い手袋とマフラーを身に着けた男が立っていた。

 

 神敬介は、カノン砲の爆発の直前、マーキュリー回路から、セット・アップの隙を防ぐ為のマイクロ波を発して藤兵衛たちを守り、その間にクルーザーを呼び寄せて強化服を装着したのだ。

 

 「ぎっ」

 

 刃の改造兵士が、神敬介・仮面ライダーXに斬り掛かってゆく。

 Xライダーは、ライドルをホイップ形態に変形させると刃の改造兵士の両腕を、瞬く間に切断した。

 その断面から、噴水のようにオイルが迸る。

 

 敬介がそれ以上の攻撃をしなかったのは、アジア人の男の改造されている部位が、両腕に仕込まれた刃物だけだったからである。

 塀に押し付けた二人も、そうであった。

 白人の男は、カノン砲を搭載した胸部。

 短髪の男は、カノン砲の改造兵士を支える為の両足が、改造部分だ。

 

 「敬介……」

 「Xライダー!」

 

 藤兵衛と、相澤が、声を上げた。

 

 

 

 機関銃の改造兵士と、一文字が対峙している。

 改造部分は、他の三人よりも多く、頭と胸と右腕――上半身の殆どだ。

 機関銃の改造兵士は、炎上する車の中から立ち上がると、一文字に向けて発砲した。

 剥ぎ取った車のドアを盾にする一文字。

 それが蜂の巣にされてしまうと、放り投げて、横に跳んだ。

 

 一文字を追って、改造兵士が奔る。

 改造される以前から、見事な身体能力を持っていたのだ。

 酷い火傷で引き攣れた左腕で、一文字を掴もうとする。

 

 その腕を払い、右の膝に、蹴りを入れた。

 関節が破壊され、がくんと崩れ落ちる。

 一文字は、熱を孕んだ右腕を担ぎ、一本背負いで改造兵士を投げ飛ばした。

 機関銃の砲身の熱が、一文字のシャツと、人工皮膚を焦がした。

 その熱に顔を顰めつつも、一文字は、右足で改造兵士の右肩を踏み、腕をねじって、もぎ取った。

 

 これで、戦力は無効化した。

 その砲身を放り投げて、一文字がその場にしゃがんだ。

 

 「色々と、話して貰うぜ」

 

 機械の顔は何も言わない。

 

 かつてのショッカー戦闘員は、敵に捕らわれても情報を漏らさぬよう、口が利けないようにされていた場合もあった。

 しかし、それでも、何処とない人間味が残っていたように感じる。

 

 改造兵士には、それがない。

 理科室の標本と同じ、只の頭蓋骨を、金属で再現しただけのものだ。

 

 それが却って、哀しい。

 やったのは、ショッカーではない。

 人間だ。

 

 人間ではない支配者が、人間を改造したものには人間味が残り、人間が改造した人間には、人の温かみがない。

 

 一文字が、苦虫を噛み潰したような顔になった時であった。

 ぱかっ、と、改造兵士の頭蓋骨が、展開した。

 

 脳。

 その傍に、点滅するランプを持った、四角い箱がセットされている。

 火薬の匂い。

 

 ――しまった。

 

 そう思った時には遅く、改造兵士の頭蓋骨は、自爆を選んだ。

 

 

 

 

 本郷は、神薙を追った。

 本郷の見た所、神薙は、他のメンバーと比べると殆ど無改造に近かった。

 “財団”内での地位が、まだ、低いという事なのか。

 何にしても、わざわざ身体に機械を埋め込んでまで、人殺しをする必要はない。

 例え、それが自ら望んだ事であったとしても、望まないままに身体に冷たい金属を埋め込まれた本郷としては、他人に薦めたくはない事であった。

 

 「待つんだ!」

 

 本郷が、逃げる神薙の背中に声を掛けた。

 神薙は、ガードレールの所まで追い詰められてしまう。

 ガードレールを飛び越えれば、すぐに、海であった。

 崖だ。

 下を見れば、白い波が、寄せては返している。

 高所から落下すれば、例え水と言っても、コンクリートと同じ硬さである。

 運良く助かるかもしれないが、その衝撃で死ぬ事もあり得た。

 

 「神薙くん、落ち着き給え」

 

 本郷は、冷静に言った。

 

 「君が所属している“財団”という組織は、自らの利益の為に、大勢の人々の命を脅かそうとしている。君は、金の為に、他人の生命を無差別に奪って良いと、本気で思っているのか?」

 「い、いぃぃ……」

 

 神薙は、歯を剥いて、その場でがくがくと震えていた。

 本郷の説得が、果たして届いているだろうか。

 

 「今ならまだ後戻り出来る。さぁ、冷静になって、こちらに来るんだ……」

 

 本郷は手を差し伸べた。

 少し力を込めれば、水道の蛇口も、人の手も、簡単に壊してしまえる手だ。

 その事を理解するからこそ、本郷猛は、誰よりも優しくあろうと思う。

 

 本郷と神薙の距離が、段々と近付いてゆく。

 

 「神薙くん……」

 

 本郷の声は優しかった。

 神薙の手が、本郷に向かって伸びようとする。

 と、その肩口に、何処からか金属の塊が飛翔し、突き刺さった。

 

 「げっ」

 

 神薙が悲鳴を上げる。

 ガードレールにもたれ掛かり、そのまま、海に落下してしまった。

 

 「神薙ッ」

 

 本郷がガードレールから身を乗り出した時には遅く、神薙は、崖に何度か体をぶつけながら、波の中に消えていった。

 

 本郷は、神薙が落下の寸前に自分の肩から引き抜いていたそれを、拾い上げた。

 菱形の頂点の一つを長く伸ばした剣の、反対側から柄が伸び、下端はリングになっている。

 

 苦無――手裏剣の一種だ。

 しかも、何処となくメカニカルな印象を受けた。

 

 「これは……」

 

 本郷が呟く。

 気配を感じた。

 

 見れば、本郷を見下ろす崖の上に、一つの黒い影が立っていた。

 

 黒い、特殊部隊のそれに似たプロテクターを纏っている。

 背中に刀を背負っており、頸には緑色のマフラーを巻いていた。

 素顔を隠すヘルメットには、昆虫のような意匠がある。

 緑色の複眼。

 一対の触覚。

 銀色の、折り重なった牙。

 

 昆虫の顔をした、強化服の忍者。

 

 そのような印象であった。




山口真美は元ネタではサソリ奇械人に改造されてしまったので……。

『平成対昭和』でXの変身空間が実際に出て来たのは(こちらではマーキュリー回路後ですが)、そういう事なのではないかしら、と思いました。

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