仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

135 / 140
第二十四節 実戦/兵士

 さくらのハイキックを、顔の中心にもろに受けて、真美の上体が後方に反り返る。

 足を引き戻すさくらであったが、その速度を速め、軸足であった右足で強く地面を蹴って、後方に跳んだ。

 

 直前までさくらの身体があった空間を、翻った真美の刃が斜めに切り下ろした。

 逃げ遅れたさくらの髪が、その蒼白い光に当てられて裂かれ、虚空を舞う。

 

 距離を取って、さくらが構えた。

 その額に浮いている汗は、夏の気温の所為ばかりではない。

 

 「貴様……」

 

 真美が、低く言った。

 鼻の先端が明後日の方向を向き、広がった方の鼻孔から、血が滑り出していた。

 

 「この、卑怯者め!」

 

 そう叫ぶと真美は、血を絡ませた眼でさくらを睨み付け、剣を正眼に構えて、つつぅと間合いを詰めて来ようとした。

 

 さくらが下がってゆく。

 さくらが下がった分、真美が進む。

 

 「堂々と勝負したらどうだ。前田!」

 「莫迦だな、誰が、刀の正面から駆け込んでいって、斬られるもんか」

 

 さくらが薄く笑みを浮かべた。

 それで、真美の顔がぱっと赤くなる。

 

 「奇襲などと、武道家の風上にも置けぬ」

 「いーんだよぅ。武道家はそうかもしれないけど、これは、実戦なんだから」

 

 言いながら、二人は少しずつ動いている。

 真美が距離を詰めようとし、さくらがそれを外そうとする。

 

 「死んだら、終いなんだよ……実戦はね」

 「ぬぅっ」

 

 真美が、殺気を迸らせ、さくらに向かって踏み込んだ。

 両手を前に突き出しながら、ひねる。

 刃が空気を巻き込んで唸り、真っ直ぐさくらの咽喉元を狙った。

 

 さくらが、左に飛んで、突きを避ける。

 そのさくらを追って、真美の剣が薙ぎ払われた。

 

 さくらが、胴体を狙って来る剣に対し、身体を沈める事で回避する。

 回避したそのまま、右手に飛び込んだ。

 駆け抜けてゆく刃の下で、でんぐり返しをする形だ。

 これで、距離が詰まっている。

 

 刀の間合いではない。

 蹴りでもない。

 拳の間合いだ。

 そして、地面から起き上がる反動で更に進み、これで肘の間合いである。

 

 剣を引き戻そうとする真美の腕を、持ち上げた左脛で受け、その足を踏み下ろすと同時に、右肘を跳ね上げた。

 

 「吩ッ」

 

 震脚を用いた猿臂の一撃が、真美の顎にぶつかって来た。

 このまま擦り上げれば、打撃の衝撃が脳へ向かい、脳震盪が起こる。

 

 しかし、さくらは、肘で打ち抜く事が出来なかった。

 真美の左腋の下から、刃が生えて来て、さくらを狙ったからである。

 

 さくらは、急遽右半身を引き戻し、胴体を貫こうとする剣から身を引いた。

 真美が、弾かれた右腕をすぐに背中にやり、そこで左手に持ち替えて、さくらが自身の右腕で隠してしまう空間に、刃を突き出して来たのだ。

 

 左手のみで剣を握った真美が、さくらを追い掛けて来る。

 左片手の脇構えになった真美は、刀身を身体で隠しつつ、さくらに接近する。

 左肩を前にして、体勢を低く沈めていた。

 さくらが攻撃を放っても、左肩が盾になる。

 左肩を犠牲にして、右腕で斬り付けて来るという事もあった。

 

 さくらは、右に跳んだ。

 真美が素早く反応し、左肩を突き付けて来る。

 

 今度は、さくらが左に跳んだ。

 真美の右足が半円を描き、さくらから離れてゆく。

 

 さくらは、右に逃げると見せ掛けて、左に思い切って跳んだ。

 真美は、刀を右手に持ち替えている。

 腰を切る勢いで、反り返った刃を、地面と平行に走らせた。

 

 刀で人を殺す時、何も、頸や胴体を両断する必要はない。

 頭や頸に、三寸も喰い込めば、それで充分だ。

 脳を切り、頸動脈を切断する。

 胴体ならば、内臓を少しでも斬り付ければ、あっと言う間に傷口に雑菌が繁殖する。

 それを目論んでの事だ。

 

 さくらは、眼の前に迫った刃に対し、背中から倒れ込んでゆく。

 その鼻先の薄皮を、逃げ切れなかった前髪の幾らかを、刃がもぎ取っていった。

 地面に、完全に寝転がってしまう。

 

 「莫迦め⁉」

 

 寝転がったさくらの胴体に、薙ぎ払った剣を両手で握り直した真美が、斬り付けてゆく。

 刃が唸り、さくらの胴体を真っ二つにしようと落下した。

 

 

 

 

 

 「敬介……」

 

 藤兵衛が、感極まった声を上げた。

 神敬介は、藤兵衛に優しく微笑み掛けると、自分を睨み上げて来る白人の男に、鋭い視線を返した。

 

 「話は聞いているぜ。“財団”とかいう奴らだな」

 

 敬介が言った。

 白人の男が、悔しげに歯を噛んだ。

 

 「俺たちが邪魔なら、直接、俺たちを狙えば良いだろう」

 「くぅっ」

 

 そう言う敬介に、すぐ傍で倒れていた短髪の男が掴み掛った。

 敬介は眼もくれずに男を蹴り飛ばすと、白人の男に駆け寄り、鳩尾に拳をめり込ませた。

 白人の男を押し飛ばした敬介が、今度は、相澤と吉塚を捉えている黒人の男に目線を移す。

 

 「二人を離すんだ」

 「――」

 「離せッ」

 

 敬介が鋭く言うと、男は、片手のみで、相澤を放り投げた。

 敬介が相澤を受け止めている間に、吉塚を抱えたまま、自分たちが乗って来た車に向かって走り出した。

 それとほぼ同時に、藤兵衛に投げ飛ばされた眼鏡の男も蘇生している。

 

 「待てっ」

 

 敬介が相澤を下ろし、二人を追う。

 黒人の男が、吉塚を車の後部座席に押し込み、敬介に向かって発砲した。

 敬介が、銃弾を吹き矢の筒で受ける。

 

 眼鏡の男が、車のエンジンを掛けた。

 走り出してゆく。

 

 「ちぃっ」

 

 舌を鳴らし、車を追う敬介。

 だが、少し行った所で、車は停止していた。

 いや、その車輪ばかりが、きゅるきゅると地面を噛んでいる。

 

 そのバンパーに、二人の男が手を当てている。

 一人は、ベージュのサファリ・シャツを着た男だ。

 もう一人は、紺色のTシャツを着た逞しい男であった。

 

 「いけねぇな、兄さんがた。女の子は、もっと優しく扱うもんだぜ」

 

 Tシャツの男が言った。

 運転席に座った眼鏡の男が、

 

 「い、一文字隼人……」

 

 と、声を上げた。

 

 「本郷猛!」

 「すっかり俺たちも有名人だ、なぁ、本郷」

 

 一文字が、隣の本郷に笑い掛けた。

 二人は、進もうとする自動車のバンパーに手を当てて、その進行を妨げている。

 凄まじいパワーであった。

 若し、スピードが乗った状態で同じようにやれば、バンパーがへこんでいただけでは済まなかっただろう。

 

 「神薙! 何をしている!」

 

 後部座席から、黒人の男が叫んだ。

 その顔に、放り込まれた吉塚が蹴りを見舞っている。

 暴れる吉塚に、手を焼いているようだった。

 

 神薙と呼ばれた眼鏡の男は、強くアクセルを踏み込んだ。

 しかし、タイヤは空回りするばかりである。

 その車の横手に、敬介がやって来た。

 敬介は、後部座席のドアに手を掛けると、蝶番の部分に蹴りを入れて破壊し、ドアを毟り取ってしまった。

 

 「たまには、おやっさんに仕事を回してやらなくちゃな」

 

 敬介は黒人の男の襟首を掴むと、車の外に引っ張り出した。

 

 「大丈夫か」

 

 と、吉塚を抱き寄せながら、車から出してやる。

 

 「ほら、お前も出るんだよ」

 

 一文字が、運転席のドアを、敬介よりもパワフルに毟り取り、神薙を道路に放り出してやった。

 

 神薙が早速逃げ出そうとするのに対して、黒人の男は、懐から拳銃を取り出して、本郷たちに向かって発砲した。

 一文字が、本郷の前に、毟り取ったドアを盾のようにかざして、銃弾を受け止める。

 そうして、そらよ、と、黒人の男の身体の上に放り投げた。

 

 一文字は逃げた神薙の事も追おうとする。

 すると、眼の前で男を踏み潰していた筈の車のドアが、ばん、と跳ね上がって来た。

 

 黒人の男が、両足で一息に蹴り上げたのである。

 扉だけであるとは言え、金属の塊だ。

 それが、一文字たちの身長程の高さまで、飛び上がったのであった。

 常人の為せる業ではなかった。

 

 黒人の男は、車のドアを蹴り上げた両足を、そのまま頭の上にやり、気味の悪い動きで立ち上がった。

 

 男の両手が、本郷たちを睨んだ。

 その指の先端から、銃弾が飛来した。

 

 一文字と本郷が、横に逃げる。

 弾丸は車を貫通し、爆発炎上させた。

 その爆風を、黒人の男は、真正面からもろに受ける事になる。

 

 「死んだな……」

 

 敬介が小さく呟いた。

 

 「いや……」

 

 本郷が首を左右に振る。

 

 炎上する車を背にして、黒人の男が、歩み寄って来る所であった。

 その服は勿論、皮膚も焼け爛れ、引き攣れている。

 その、高温を浴びて縮んだ皮膚の内側から、金属が覗いていた。

 

 「サイボーグ⁉」

 

 一文字が声を上げる。

 しかし、赤熱化した金属が覗いているのは、顔と胸、そして右腕のみであった。

 他の部分は、ほぼ生体と同じである。

 

 「これが、噂の改造兵士(サイボーグ・ソルジャー)か……」

 

 本郷が言った。

 

 “財団”を調べていたのは、風見と結城だけではない。

 その情報を共有し、本郷たちも同じく、謎の組織について探っていた。

 

 これらの情報の中に、ショッカーの改造人間計画と類似の案件を発見した。

 熱帯のジャングルや、寒冷地、砂漠などの、劣悪な環境の中、単独で目的を遂行する為の兵士を製造しようという目論見だ。

 人体に機械を埋め込む、或いは、遺伝子の段階から操作して別のものに作り替える――

 ショッカーや、その系統の組織が改造人間と呼ぶものを、“財団”は改造兵士と呼んでいた。

 

 異常に進んだショッカーの技術よりも、一枚落ちる“財団”の技術では、まだ、全身を機械で賄う事は出来ないでいた。

 アメリカ国際宇宙局と違い、FBIやICPOの協力を受けられない、非合法組織であるからだ。

 

 それでも、身体の一部に、兵器を仕込んだ機械を埋め込む事で誕生したのが、この改造兵士とである。

 

 今、本郷たちの眼の前に立ったのは、改造兵士の試作品――或いは、Lv1であろう。

 “財団”の計画では、Lv2は全身を機械に造り替え、Lv3以降は遺伝子工学を用いた怪物兵士の作成に取り掛かる予定であるらしかった。

 

 「とすると、おやっさんと、あの女の子が危険だ」

 「あ、相澤!」

 

 敬介の腕の中で、吉塚が声を上げた。

 

 「敬介」

 

 本郷に言われ、敬介が頷いた。

 店に戻ってゆく。

 

 「本郷、ここは、俺が」

 

 一文字が、右腕に内蔵された機関銃を構える改造兵士と向き合い、言った。

 

 「うむ」

 

 本郷は、逃げ出した神薙を追った。

 改造兵士が、本郷に右手の先を向ける。

 

 その前に一文字が立ち、改造兵士の腕を蹴り上げた。

 空に向かって、銃弾がばら撒かれる。

 改造兵士は、一文字の胴体に、左脚で蹴り付けて行った。

 蹴りを右足で受けて、その右足で改造兵士の鳩尾を蹴り込んだ。

 

 改造兵士はそのまま後方に下がってゆき、自分で蹴り上げたドアに躓いて、炎上する車の中に突っ込んでゆく。

 

 肉の焦げる匂いが、空気に混じった。

 しかし、改造兵士となった男は、悲鳴を上げなかった。

 金属の部分を、真っ赤に染めながら、立ち上がって来る。

 顔の皮膚が全て燃え落ちて、金属の頭蓋骨が剥き出した。

 その中で、赤い瞳がぎらりと輝く。

 

 一文字が、左手を前に突き出し、右手を顔の前にやって、構えた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。