仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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まさか再び出て来るとは思うまい(書くまでは想定していなかった)。


第二十三節 決斗/再会

 ごつごつとした岩肌に、白い波がぶつかって来る。

 

 すっきりと晴れた空の下、駆け抜ける爽やかな風に、女は、髪を揺らしていた。

 紺色の道衣と、黒い袴を身に着けた、若い女であった。

 腰には、刀を帯びている。

 二尺三寸の日本刀である。

 

 女は、水平線に向かい、眼を閉じて、その場に佇んでいる。

 海から吹き付けて来る風が、彼女の纏った空気に当てられ、真っ二つに裂けてゆくようであった。

 

 そうしている内に、女の後方から、軽やかな足取りで近付いて来る者があった。

 こちらも女である。

 

 剣道衣よりも薄手の上衣と、ズボン状の下衣。

 上衣は袷て、ささくれだった黒い帯を結んでいる。

 足元は、剣道衣の女が草鞋であるのに対し、履き潰されたスニーカーだ。

 

 「遅いぞ、前田……」

 

 剣道衣の女が、振り向きながら、言った。

 前田と呼ばれた女――前田さくらは、ぽりぽりとこめかみの辺りを指で掻きながら、

 

 「いや、どうもね、緊張しちゃってさ」

 

 と、全く緊張を感じさせない口調で、言った。

 

 向かい風が、海から吹き付けて来る。

 その風が、自然と、さくらの身体を通り抜けてゆく。

 さくらの髪も、道衣も、帯も、彼女の皮膚も、風を確かに感じている筈なのだが、風の方は、そこには何もないかのように通り過ぎてゆくのだった。

 

 「今日日、海岸で決闘なんて、想定してなかったもので……」

 「ふふん」

 

 剣道衣の女が、鼻を鳴らす。

 

 「実戦空手がどうのと言う割には、所詮、女という訳だ」

 「貴女だって、女のくせにぃ」

 

 ぷく、と、さくらが頬を膨らませる。

 それに対して、剣道衣の女は、ぴりぴりとした空気を途切れさせない。

 

 「で、その腰の物騒なもの、使う訳? 私に……」

 

 言いながら、さくらと、剣道衣の女との距離が、近付いて来ている。

 五メートル程だ。

 そこから少し先に進み、さくらは立ち止まった。

 

 「無論だ。お前も、その心算で来たのだろうに」

 「そりゃ、天下の女剣士、山口(やまぐち)真美(まみ)さんに呼ばれたって事は、そういう事なんだろうけどさ」

 「ならば、それが答えだ……」

 

 剣道衣の女――山口真美が、左手を腰の刀に掛けた。

 親指が、鯉口を切り掛けている。

 

 既に、真美の中では、さくらとの戦闘が始まっている。

 間合いを計算し、自分の剣技の程を確認し、さくらの動作を予測し、心の中で、前田さくらを斬殺する――そのプランを立てている。

 

 ここから、さくらがどのような空手の技術を行使しようが、彼女の頸、或いは胴体、又は四肢を切断し、脳か心臓を刺突するという、それだけを、考えている。

 

 一方、肝心のさくらはと言うと、

 

 「厄介な事になっちゃったなぁ……」

 

 と、溜め息を漏らしていた。

 

 「その心算で、魔蛇団に喧嘩を売ったのだろう」

 

 真美が言う。

 右手も、刀の柄に掛かっている。

 

 「なぁんで実家に戻って来ていきなり、やくざとズベ公共と一悶着しなくちゃいけないのやら……」

 「私立探偵などと言う職業を選んだ事を、後悔するが良いさ」

 「だわな」

 

 けらけらと、さくら。

 片足を持ち上げて、爪先でとんとんと地面を叩いている。

 

 「……所で、私が勝ったら、魔蛇団と鬼花組が売り払おうとしている、あの女の子たちを、解放してくれる訳ね」

 「そういう約束だ」

 「それを聞いて安心したよ。それじゃ、あんまり長引かせる事でもなし、さっさと――」

 

 そう言ってさくらは、顔を上げ、それと同時に、地面を叩いていた方の脚を、素早く、鋭く持ち上げた。

 踵から滑り落ち、爪先に引っ掛かっているだけとなっていたさくらのスニーカーが、びゅんと、音を立てて真美の顔に向かって飛来する。

 

 「ぬ⁉」

 

 咄嗟に剣を抜き、柔らかくなったスニーカーを切断した真美であったが、その顔面に、さくらの左足によるハイキックがめり込んでいた。

 

 「終わらせますか」

 

 さくらが、途中であった言葉を言い終えた。

 

 

 

 

 

 「最近、ここらで大きな雷があったんだって」

 「あー、知ってる。お天気だったのに、いきなり、って奴でしょ?」

 

 そのような事を話しながら、二人の女性が、オートバイを手押ししている。

 これも、海の傍の事であった。

 

 神奈川県三浦半島――

 

 海の傍をツーリングしていたが、片方のバイクに故障があり、そちらに付き合って、もう一人の方もバイクから降りている。

 途中で、外見こそやんちゃではあったが、根は悪くないであろうバイク乗りと出会い、彼らから近くにモーター・ショップがあると聞いて、そこへ向かっている所であった。

 

 「ってか、夏で、ここら辺で、雷っていうと、どうしても思い出しちゃうね」

 「そうね。決して良い思い出じゃないけど、今の私にとって、大切な事……」

 

 落ち込んだ顔で、バイクを押しているのが、相澤だ。

 その隣で、仕方がないという顔をしているのが、吉塚であった。

 

 元城南大学空手部に所属していた二人であり、数年前の夏、デッドライオンと暗黒大将軍の計画に巻き込まれた所を、五人の仮面ライダーたちによって救出されている。

 

 「大切な事?」

 

 相澤が訊いた。

 

 「生き方って奴よ。何て言うか、あの日から、悪い事をする意欲が失せたわ」

 「悪い事って……よっちゃん、悪い事する心算で生きて来たの?」

 「そういう訳じゃないけど、よりそう思うようになった、って事……」

 「より?」

 「ほら、あんたがさ……その、神さんを」

 

 そこまで言って、吉塚が言葉を切った。

 

 デッドライオンと暗黒大将軍配下の、改造魔虫たちは、三崎美術館を訪れていた、相澤と吉塚を含む多くの人々を人質に、その場にいた神敬介と城茂を追い詰めている。

 

 その時、改造魔虫アリジゴクが作った蟻地獄に、身動きの取れない神敬介・仮面ライダーXを、人間たちの手で突き落とさせるという、いやらしい作戦を行なった。

 その、魔虫たちに脅され、Xライダーを突き落とした中に、相澤がいたのである。

 

 「私だって、城さんを……」

 

 と、吉塚が言うのは、彼女も亦、魔虫たちによるライダーへの私刑に、加えられたからだ。

 鎖で縛られた城茂を、岸壁に追い込み、鉄パイプや、角材などで叩かせた。

 そうしなければ殺すと脅迫されていたとは言え、最後に茂を叩いて生き延びようと決断したのは、自分である。

 

 特に、身動きの取れない茂を叩かず、魔虫たちのリーダーであったハチ女に、身を捨てるようにして殴り掛かった前田さくらがいるからこそ、より、自分の判断を悔やんでしまう。

 

 「大学生にもなって、あれだったけど、ああいう集団心理って奴かな。あれが、怖くなった」

 「――」

 「他の人がやっているから正しいんだって、そうやって、間違っている事が分かっている筈なのに、流されてしまうっていうのがね」

 「成程ね……」

 「うん?」

 「だから、よっちゃん、会社でいつも独りぼっちなんだ」

 「はぁ⁉」

 「だって、そーでしょう?」

 「ぐむ……」

 

 吉塚が唸った。

 悪意なく痛い所を突いて来る相澤であったが、しかし、

 

 「でも、独りぼっちって、独り法師……修行するお坊さんっていうのが語源になってるって聞いたよ。つまり、よっちゃんは沙門なんだね。格好良いや」

 「嬉しくない……」

 

 どよん、と、今度はこちらが落ち込んでしまう吉塚。

 

 「修行と言えば」

 

 と、相澤が話を再開した。

 

 「さくらさん、どうしてるかな」

 「前田先輩? えーと、確か、ご実家に戻られて、探偵やってるとか」

 「実家って、青森だっけ。そこで、探偵?」

 「うん。私立探偵……今、鬼花組とかいうやくざと、魔蛇団とかいうズベ公グループがやってる人身売買とばちばちやってるとか……」

 「遠い所に行っちゃったなぁ」

 「女だてらに探偵なんて、危ない事も色々とあるだろうけど……ま、何てたって前田先輩だもの。大丈夫でしょ」

 

 そうこう話している内に、二人は、目的の店の前までやって来ていた。

 街道沿いに、ぽつんと立っている小さな店である。

 

 立花レーシング――

 

 お世辞にも、立派とか、綺麗とかは言い難い店であった。

 店の前に、幾らかバイクが並んでおり、その内の一台に、店主らしき男性が張り付いている。

 

 「済みません、ちょっと良いですか」

 

 と、相澤が声を掛けた。

 

 灰色の作業着を着た店主が、すすだらけの顔で、二人を振り向いた。

 肌は浅く焼け、髪には白いものが混じっている。

 背が高いという訳ではないが、体格は良く、何よりも柔和な雰囲気の中に、ぎらりと光る牙と、妙な哀しさを湛えていた。

 

 「いらっしゃい。バイク、どうかしたのかい」

 

 店主――立花藤兵衛が、言った。

 

 

 

 藤兵衛にバイクを任せ、相澤と吉塚は、店の中でコーヒーを飲んでいる。

 コッフェルで湯を沸かし、ミルで豆を挽いて淹れ、アルミのカップに氷を入れて、アイス・コーヒーにして飲んだ。

 

 相澤は、砂糖を二杯。

 吉塚はブラックのままで飲んでいる。

 

 藤兵衛が相澤のバイクを相手取っている間、二人は、店の中を見回していた。

 男一人でやっているだけに掃除の粗などは目立つが、少なくともバイク関連の整備は抜かりがない。

 

 棚に眼をやると、トロフィーや、入賞した時の写真などが飾られている。

 しかし、そのトロフィーを貰ったのは、藤兵衛ではない事が殆どであった。

 

 藤兵衛自身がレーサーというのではなく、レーサーを育てるトレーナーというのが、藤兵衛の在り方であるらしかった。

 

 それらの写真の中で、一際眼を引くものがあった。

 一〇年位は前の写真であろうか。

 バイクに跨った青年と、藤兵衛の、ツー・ショット写真だ。

 今よりも少し若い藤兵衛と、髪に癖のある青年が、爽やかな笑顔をこちらに向けている。

 

 「良い写真ですね……」

 

 ぽつりと、吉塚が漏らした。

 一旦、工具を取りに立った藤兵衛が、その吉塚の呟きを捉え、

 

 「そうだろう。そいつは、儂の、一番の弟子だ」

 

 と、誇らしげに胸を張った。

 しかし、その後で、何となく寂しそうな顔を、藤兵衛は浮かべた。

 単に、過去を懐かしんでいるというのではない。

 その思い出す過去に、何らかの遺憾でもあるかのような、どうとも言い難い表情であった。

 

 愛しさがある。

 けれども同じだけの哀しみがある。

 

 「お弟子さんですか。今は、何処に?」

 

 相澤が訊いた。

 

 「うん? ああ、今は、少し、な」

 

 藤兵衛は言葉を濁した。

 こら、と、吉塚が相澤の脇腹を小突く。

 

 藤兵衛が、目当ての工具を持って、バイクの方へと戻って行った。

 

 藤兵衛の背中を眺める吉塚であったが、その視界に、黒い自動車が滑り込んで来た。

 店の外の道に、高級そうな外車が一台、停まったのである。

 見ていると、白いスーツを着た男たちが、店にやって来た。

 

 「立花藤兵衛さんは、貴方ですか?」

 

 男の一人が、言った。

 

 五人。

 国籍は、様々であった。

 最初に言ったのは、白人の男だ。

 

 「そうですが、何か……」

 

 藤兵衛が言い終える前に、その白人の男が、藤兵衛の作業着の襟を掴み、店から引っ張り出した。

 

 「マスター!」

 

 相澤が駆け出してゆく。

 その後を追った吉塚諸共、アジア人の男と、黒人の男が、店から出るのを妨げた。

 

 「何をする⁉」

 

 藤兵衛が吼えた。

 白人の男が顎をしゃくった。

 二人の日本人が、藤兵衛に掴み掛ってゆく。

 

 「こいつ!」

 

 藤兵衛は、袖を掴んで来た眼鏡の男を、えいとばかりに投げ飛ばすと、もう一人の短髪の男の襟を掴み、更に地面に叩き付けた。

 

 「貴様!」

 

 白人の男が、懐に手を突っ込んだ。

 藤兵衛は、まだ、背中を向けている。

 

 「危ないっ」

 

 相澤が叫んだ。

 

 藤兵衛が白人の男を振り向いた時には、既に、男は銃を取り出していた。

 一見すると、玩具のような、小さな拳銃だった。

 しかし、脅しであんなものを見せる訳がない。

 

 吉塚が、眼の前のアジア人の男の顔目掛けて右手を繰り出した。

 人差し指と中指を突き出している。

 その指の先端が、男の両眼に潜り込んでいた。

 

 げぇ、と、顔を両手で覆って仰け反る男。

 そのアジア人の男の身体を、黒人の男の身体にぶつけて隙を作り、相澤と共に駆け出した。

 

 だが、その前に、黒人の男が長い腕を伸ばして、二人の後ろ襟を掴んで来た。

 スリップして、空中で足をばたばたとさせる。

 襟を掴まれたまま、持ち上げられてしまった。

 

 藤兵衛と対峙した男が、拳銃を突き付けている。

 

 「無駄な抵抗はやめて頂きたい」

 「お、お前さん、何が目的だ?」

 

 藤兵衛が訊いた。

 

 「我々と来て貰おうか」

 「我々だと? 貴様ら、さてはショッカーか!」

 「言う事を聞かないのなら、その手足に風穴を開けてやるぞ」

 「やってみろぃ! そんな事で屈する立花藤兵衛じゃない!」

 「上等だ!」

 

 白人の男が、引き金に掛けた指に、力を込めた。

 刹那、その手の甲に、何処からか飛来した太い針が突き刺さった。

 照準を付けられなかった拳銃は、弾丸を放ったものの、狙いは大きく逸れてしまった。

 

 「だ、誰だ⁉」

 

 男が、手から拳銃を取りこぼしながら、針の飛んで来た方向を睨んだ。

 藤兵衛も、そちらを振り向いた。

 黒人の男に吊り上げられていた相澤と吉塚も、その姿を見て、

 

 「あッ」

 

 と、声を上げる。

 

 「神さん!」

 

 神敬介が、手にした吹き矢の筒を弄びながら、こちらへと歩み寄って来る所であった。




山口真美はすがやみつる先生の『ストロンガー』から。
“魔蛇”の名前は本来の出典とは特に関係もなく……←

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