……いつぞやでブックマークして下さっている方がぼんと増えたので、その方が初期からの読者に追い付く為の時間……という言い訳←
「とぉっ!」
風見志郎・仮面ライダーV3のパンチが、黒井響一郎・仮面ライダー第三号のコンバーター・ラングを叩いた。
銀色の手甲が、蒼い仮面やプロテクターを打ち据えてゆく。
バッファルにしたのと同じ、左右のパンチを、素早く打ち込んでいった。
パンチを喰らい、蒼い飛蝗の仮面が左右に揺れる。
体内で生じた熱を吐き出すプレートが、ごつんごつん、と、音を立てた。
V3はパンチを繰り出す。
自身の感情を、一撃ごと、一発ごと、噛み締めるようにして打ち込んでゆく。
父。
母。
妹。
彼らを守れなかった、後悔、憤怒、哀切、憎悪、怨恨。
それらを越えて、人類を守る使命を受け継ぎ、戦って来た。
赤いブーツで、力強く地面を踏み締める。
銀のグローブで、鋭く技を叩き込んでゆく。
大自然の色を帯びたスーツが、力と技を伴って、躍動していた。
V3のパンチを受けて、黒井ライダーが体勢を崩した。
その隙を逃さず、風見は必殺キックを叩き付けてゆく。
自慢の跳躍力を揮えない砂地で、けれども跳び、三号ライダーを蹴る。
その蒼いコンバーター・ラングを足場に後方に跳んで、反転し、二度目の蹴りを打つ。
これを、両腕を交差して、黒井・第三号はガードした。
衝撃を殺し切れず、後方に吹っ飛んでしまう。
「――何の心算だ?」
風見が訊いた。
黒井が、反撃しない為である。
「お前は、先程の俺のキックで、ダメージを負っている……」
立ち上がりつつ、黒井が言った。
バッファルの翼を、ライダー三号が蹴り砕いた時の事だ。
あの時、三号ライダーは、V3の肩の強化スプリング筋肉を足場に、飛翔するバッファルを追って上昇した。
鉄球を弾き返す程の強力なスプリングだが、第三号のスプリング・シューズも、それに勝るとも劣らないバネが組み込まれている。
蹴った方の黒井は、それを足場として見て、上昇に反動を利用したのだから良いとして、蹴られた風見は、ライダーキックを肩にピン・ポイントで受けた事になる。
幾ら、様々な衝撃を和らげるV3の強化スプリング筋肉とは言え、仮面ライダーの最大の武器であるキックを受けては、只で済む訳もない。
「言った筈だ、V3。三号の名を懸けて勝負だ、と」
「――」
「お前とは、正々堂々と戦い、決着を付けねばならないんだ」
それを聞いて、風見は、
「ふん」
と、鼻を鳴らした。
「仮面ライダーV3を甘く見るな……」
「何⁉」
「例えこの身が砕けようと、俺は、人間の為に戦う。情けは無用だ」
風見・V3は、黒井に蹴り込まれた右腕で、三号ライダーに打ち掛かってゆく。
仮面を真横から叩いたパンチは、威力こそ劣るものの、気力は充実していた。
身体の機能が低下しているから、戦わない。
そのような弱音を、風見は吐かなかった。
直せる機会があるのならば、そのチャンスを、しっかりと利用する。
しかし、真剣勝負を挑んで来た相手が、こちらの不利を慮った為にその機会を与えられる事を、風見は嫌ったのであった。
黒井響一郎という男が、恐らく、今まで風見志郎たちが戦って来た組織の者とは異なる精神的な潮流を持っている事に、風見は気付いている。
それは、風見が受け継いで来た、仮面ライダーという名前に近いものかもしれない。
しかし、黒井は自らをショッカーのライダーと称し、ショッカーの一員として、仮面ライダーV3に挑戦して来ている。
それならば、彼の言う通り、真に仮面ライダー三号の名前を懸けて、戦うべきであった。
今ある肉体。
今ある精神。
若し、黒井が負傷していても、風見は手心を加えたりしない。
風見がそう思っているからだ。
黒井も、恐らくそう思っている。
だから、風見のダメージの分、自分から攻撃を仕掛けないというのは、黒井の意地だ。
飽くまでも対等な立場で、ショッカーでも、ライダーでもなく、単なる黒井響一郎として。
シンパシーを感じる同士、一人の敵として。
そうした戦いの中で、少しでも手を抜く事は、相手がダメージを負っていても、礼を失する。
対等ではないからだ。
相手が傷付いているから、自分も同じだけ傷付いていなければならない。
これは、情けでも何でもない。
相手を見下している事だ。
見下し、蔑ろにし、侮る事である。
それだけのダメージがあるなら、お前は、俺に勝つ事が出来ない。
そんな明らかに俺より劣っているお前に勝っても、それは真の勝利ではない。
例え相手のコンディションがどれだけ整っていないにしても、そうやって戦いに臨んでいるのだから、こちらから勝手に侮る事は、許されない。
風見の方から、
“待て”
と言うのなら、黒井は待つ。
彼がダメージから回復するまで、どれだけでも待つ。
それを言わないのならば、戦う。
どのような時であっても、全力だ。
悪いコンディションで戦って、叩きのめされ、コンディションを言い訳に使う事は、出来ない。
一度、戦場に立ったなら、そんな言い訳は聞かないからだ。
兵士は優秀だった。
兵器は最新鋭であった。
敗けたのは、司令官が無能だからだ。
無意味だ。
あるのは、敗北という結果だけだ。
出てしまった結果に、若しもはない。
今の現実のままに戦い、結果を出すしかないのだ。
「……分かった」
黒井・三号は言った。
「済まなかった……あんたを侮っていたようだ。もう、加減はしない……」
「それで良い」
「完膚なきまでに、叩き潰す」
第三号の黄色い瞳が、ぎらりと光った。
タイフーンが、風を取り込み始める。
駆け出した黒井が、容赦なく、V3の肩を蹴りにゆく。
風見は、右肩を狙って来たキックを、左掌で受けると、蹴りの威力で回転し、第三号の胴体に左の踵をめり込ませた。
赤いブーツの後ろ蹴りで、蒼いプロテクターが陥没する。
僅かに下がる黒井ライダーに、風見・V3が追い縋る。
左のパンチで仮面を叩いた。
次は、右のローだ。
金属の脛同士がぶつかり、高く音が鳴る。
黒井は、ローをブロックした左足を、着地と同時に跳ね上げ、身体の内側に向かって回した。
風見の視界を遮るように、地面から半回転した三号ライダーの左脚が、半円を仕切るようにして縦に振り下ろされた。
踵落としを、左の腕刀で受けようと、右足を下げる風見。
だが、黒井の左脚は、踵が銀のグローブにガードされるより先に、膝から翻り、飛燕のようにV3の仮面の右側に直撃した。
マッハ蹴り――或いは、ブラジリアン・キックと呼ばれるものだ。
日本では、頸蹴りという名前もある。
その名の通り、頸部への急襲に効果的な技だ。
踵落としや廻し蹴りから派生する事で、相手の予想を裏切って、打撃する。
頭部を鉄の脛で蹴り込まれ、V3も流石によろめく。
追撃。
黒井の、右のローリング・ソバットが、V3の脇腹を打ち抜いた。
サウスポーに構えた黒井が、ロー、ミドル、ハイの順で右足を叩き込んでゆく。
どれも、膝、肘、側頭を、正確に射抜いた。
膝を蹴られた事でバランスが崩れ、肘を蹴られて更に身体が傾き、通常の上段よりも低くなった頭部に足の甲がぶつかって来た。
黒井・三号が、スイッチをしつつ、V3に向かって飛び込んでゆく。
左の跳び突きが、風見を押し飛ばした。
追う。
今度は右のパンチで、V3を正面から殴り付けようとする。
風見が、ノー・ガードになった。
入る!
しかし、殴り付けなかった。
V3の胸には、やはり、強化スプリング筋肉が仕込まれている。
特に、胸の中心を走る赤い蛇腹は、レッド・ボーンと呼ばれるものだ。
反動で、こちらにダメージが返って来る。
それを厭い、黒井は、パンチの勢いのまま斜め前方に、柔道で言う受け身を取るようにして回転し、振り上げた踵をV3の顔面に叩き込んだ。
べぎぃっ!
と、V3の仮面の、白い蛇腹部分に、ひびが走る。
V3のすぐ足元に着地した黒井・三号は、風見の右腕を取りながら、その場に寝そべってゆく。
腕に両足を絡め、自分の体重で、V3を引き倒した。
V3が、顔から砂地に倒れ、その右肩から背中に掛けて、三号ライダーの両脚が載っている。
腕はひねり上げられていた。
黒井は、折った。
V3の右腕の肘関節を、へし折ったのであった。
金属の骨格がゆがみ、人工筋肉を裂く。
如何に合金製の骨格と雖も、原理には敵わない。
風見は、声を上げなかった。
しかし、その右腕は、強化服越しにも、いびつな形に変えられている。
黒井が、技を解いた。
すぐさま、V3は反撃に出た。
しかも、右腕で掴み掛って来た。
頭を反らす黒井だったが、仮面の僅かな凹凸に、V3の指が引っ掛かった。
関節が壊れている為、微妙に腕の長さが変わり、その分の見切りを誤ったのだ。
爪で、こりっと引っ掛かれるようにして、黒井の視線が僅かに逸れた。
その一瞬の内に立ち上がって来た風見が、黒井の顔面に、真っ直ぐ左のパンチを入れた。
腰の乗らない一撃ではあったが、鉄の拳は重たかった。
凄い、男だ……。
風見志郎が、である。
改造人間と言っても、痛覚はある。
脳改造を受けていないのならば、尚更だ。
身体は機械のくせして、心は人間のままだから、痛みは、実際のものよりも今までの経験や、想像から感じ取られる。
幻肢痛のようなものだろうか。
その心算になれば、激痛を無視する事など、容易い。
痛くないと思えば、痛くない。
だが、痛くないと思う事は、痛いと感じている事だ。
風見志郎のパンチが、重いとは言え僅かに威力を弱めたのは、痛みを感じようとしているからだ。
痛みを無視しない。
コンマ何秒の隙が、生死に繋がりかねない改造人間同士の戦いの中で、わざわざ、切り捨ててしまった方が良いに決まっている痛みを、掬い取ろうとしている。
掬い取って、その上で、耐えようとしている。
その痛みが、自分を繋ぎ止めるものであるかのように。
痛みを、無視しない。
痛みさえ、切り捨てない。
痛みを感じない事も出来る身体でも、その心は痛みを感じ続けている。
凄い、男たちだ。
でも、それは、黒井響一郎だって、同じなのだ。
妻と子を、自分の生き甲斐を奪われた。
その痛みを、忘れないように、生きて来たのだ。
だから、黒井響一郎は、胸を張って言う。
例え、ショッカーに与していても。
例え、人間社会の崩壊を促していても。
例え、人間の心の自由と平和を侵略していても。
――俺が、仮面ライダー三号だ。
黒井が、跳んだ。
風見が、跳んだ。
互いに、その瞬間を、機と捉えたのだ。
決して万全ではない。
体調。
足場。
それでも、黒井響一郎・仮面ライダー第三号はライダーキックを、風見志郎・仮面ライダーV3はV3キックを放ち、互いにぶつけ合わせた。
衝撃が迸り、二つの肉体は弾かれた。
どちらも、砂の上に、落下する。
先に立ち上がったのは、黒井であった。
風見の腕を圧し折っていた……それが黒井が先に立てた理由かもしれない。
けれども、黒井だってV3の攻撃を浴びて、自身に同じ分だけダメージを負わせようとしていた。
V3が先に立つ事だって、あり得た。
今回は、そうでなかったという事だ。
それを、幸運や偶然と呼ぶ事だって構いやしない。
唯、黒井ライダーが、V3よりもほんの僅かに先に立ち上がっただけに過ぎない。
黒井は、今、起き上がろうとするV3に向かって、ふらふらと、歩いてゆく。
起き上がり掛けたその頭部に、横から蹴りを入れた。
がくんと、V3の蜻蛉の仮面が、地面に激突した。
指が砂を掻く。
黒井は、ブーツをV3の頭部に打ち付けた。
まだ、風見は動いていた。
踏み付けた。
踏み付けた。
踏み付けた。
踏み付けた。踏み付けた。
踏み付けた。踏み付けた。踏み付けた。
踏み付けた。踏み付けた。踏み付けた。
踏み付けた。踏み付けた。踏み付けた。
踏み付けた。踏み付けた。踏み付けた。
踏み付けた。踏み付けた。踏み付けた。
踏み付けた。踏み付けた。踏み付けた。
踏み付けた。踏み付けた。踏み付けた。踏み付けた。
踏み付けた。踏み付けた。踏み付けた。踏み付けた。
踏み付けた。踏み付けた。踏み付けた。踏み付けた。
踏み付けた。踏み付けた。踏み付けた。踏み付けた。
踏み付けた。踏み付けた。踏み付けた。踏み付けた。
踏み付けた。踏み付けた。踏み付けた。
踏み付けた。踏み付けた。踏み付けた。
踏み付けた。踏み付けた。踏み付けた。
踏み付けた。踏み付けた。
踏み付けた。
踏み付けた。
遂に、V3は動かなくなった。
蹂躙ではない。
必要以上の事でもなかった。
ここまでやらねば、風見志郎は、立ち上がって来る。
完膚なきまでに叩き潰さねば、風見志郎は何度でも蘇って来る。
それが分かる。
それが分かったから、黒井は、V3を踏み付けた。
彼が憎かったからではない。
彼が強かったからだ。
誇り高い相手を、シンパシーすら感じた相手を、ここまでせねばならなかった。
ここまでしなければ、仮面ライダー三号は、仮面ライダーV3には勝てないと思った。
黒井は、小さく嗚咽を漏らした。