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結城・ライダーマンと、克己・第四号の前に、はらわたを飛び出させたウルガが倒れ込んでいる。
ハイエナの顔でも、人間の顔でもない、不気味な姿をしており、戦闘力は皆無であった。
「終わりだ……」
裏切り者に引導を渡すべく、克己が動く。
ひぃっ、と、ウルガは血と共に短い悲鳴を吐き出し、処刑人から逃げ出そうとした。
すると、そのウルガと克己ライダーとの間に、イーグラの運転するバギーが滑り込んで来た。
イーグラは、既に、V3と三号ライダーの連携で翼をもがれたバッファルを回収しており、バッファルに命じて、ウルガをバギーに引っ張り上げさせた。
「イーグラ⁉」
克己が訊く。
イーグラは、にっと赤い唇を吊り上げて、克己に後輪を向け、思い切りアクセルを吹かす事で、克己ライダーに向かって砂を掛けた。
「ぬぅっ」
イーグラが、その場から離脱してゆく。
克己はバギーに飛び付いて、運転席のイーグラに掴み掛ろうとした。
イーグラは、シートの横から、一振りのレイピアを取り出すと、克己に向けて突き出す。
咄嗟に片手を前に出す克己であるが、イーグラのレイピアは、鉄のグローブの間隙を縫い、強化服を貫通し、そのまま、咽喉元に潜り込んで来ようとした。
仮面や、プロテクターを狙われたなら兎も角、装甲とスーツ、スーツと身体の隙間を狙われては、強化改造人間と言っても形無しである。
生物を殺す毒と、機械を狂わせる磁気を帯びたイーグラのレイピアを受ける事は、仮面ライダーであっても致命傷であった。
克己が、ガードを失敗して動揺した時、イーグラはハンドルを左右に振り回してバギーを暴走させ、克己ライダーを振り落とした。
地面に転がる克己・四号を轢き殺そうとする。
そこを救ったのは、ライダーマンであった。
轢かれそうになった克己に、横からタックルを仕掛けて吹っ飛ばし、共に車線上から離脱したのである。
「ウルガ!」
イーグラが命じた。
ウルガは、ぼろぼろになりながらも、背中の柱を再び出現させ、後方に衝撃波を放った。
地面が波打ち、砂塵がバギーの姿を隠してしまった。
「な、何故、私たちを……」
ウルガが、イーグラに訊いた。
「首領の意思よ」
「何⁉」
「ああっと、勘違いしないで、ウルガ。貴方を首領が認めた訳じゃないわ」
「――」
「進化の螺旋に至るには、敵が必要なのよ」
「敵だと?」
「そ、貴方のような、ね」
「ショッカーの敵という事か?」
「ええ」
「進化だと……舐めた事を。我々を泳がせて、どう言う心算なのだ……」
「良かったじゃない、ウルガ」
「良かった⁉」
「貴方たちは、ショッカーの敵と……仮面ライダーと同格だと認められたのよ」
「な、な……」
ウルガは声を震わせた。
「ふざけるな⁉ だから、古臭い連中は嫌なんだ……やたらと裏切り者共を持ち上げて、毒を以て毒を制すなどという神話に憑りつかれていやがる。だから、俺たちのような者が、いつまで経ってもちまちまとした活動しか、させられなかったのだ!」
捲し立てたウルガは、大きく咳き込んで、空気の混じった血を吐き出した。
機械油と混じり合った赤い液体は、ぶくぶくと泡立ち、ウルガの身体を濡らした。
「格好良いわ、ウルガ」
イーグラはそう言いながらも、鼻で笑った。
「イーグラ、お前は、私に協力するのか?」
「そういう事になるわね……」
「ふん……見ていろよ、ショッカーめ……」
ウルガが、昏い声で呟いた。
「やがて、この私が、私のやり方で、世界を征服してくれる……人間共を、奴ら自身の意思で、私の前に平伏させてやるッ」
血みどろながらも、高らかに宣言したウルガと、その傍に無言でかしずくバッファルを載せ、イーグラの運転するバギーは進む。
首領の意図に困惑し、その意思に反逆しようとするウルガだが、しかし、若しかするとそれさえも、ショッカーの意思であるかもしれなかった。
イーグラの唐突な裏切りと、ウルガとバッファルの逃亡を許した事を、克己は不満に思っていたが、ここで、克己にだけ、マヤからの連絡が届いた。
イーグラにウルガたちを救うように言ったのは、マヤであるという旨だ。
克己は、その理由を問わない。
マヤの意思が、首領の意思であるならば、それに従うまでの事だ。
首領が、何故、ウルガたちを自由にしたのか。
イーグラがウルガに言ったように、ショッカーの礎とする為か。
又は、次々に宿敵である仮面ライダーを研究し、新しい可能性を模索するのと、同じ意味合いを込めているのか。
首領の真意は、分からない。
それでも、首領の意思ならばそれに従うというのが、脳改造を受けている松本克己・強化改造人間第四号であった。
そして、ウルガとバッファルがいなくなったのであれば、一時的な共闘は解消だ。
克己ライダーは、すぐさま、自分をイーグラのランクルから救ったライダーマンに、殴り掛かった。
態度を瞬く間に翻した克己・四号に、結城は戸惑うも、すぐに切り替えて応戦する。
克己が脳改造を受けているのは、結城にも明らかであったが、四号の奇襲に対応するライダーマンは、彼の姿にかつての自分を見ていた。
ヨロイ元帥を敵とみなしながら、デストロンには忠誠を誓い、風見志郎との関係は一時的なものとしか見ていなかった自分と――
何処なく、この松本克己という男に、結城丈二はそうしたズレを感じ取っていたのだ。
倒れたバッファルがイーグラに助け出され、ウルガと共に逃走した。
イーグラの心変わりの真の理由を、黒井は知らない。
イーグラは、マヤから自由にするように言われ、彼女の意思で、ウルガたちを裏切り者とするも、彼らに与するも、好きにする権利が与えられた。
その権利を行使して、ショッカーではなく、ウルガたちの仲間となる事を選んだのだ。
そこに、ショッカー首領の意思が介在している事など、黒井響一郎は知る由もなかった。
共通の敵を失った黒井は、風見に向き直った。
仮面ライダーV3だ。
怨みはない。
黒井が憎んでいるのは、妻と息子を奪った仮面ライダー第一号・本郷猛のみだ。
風見志郎には、寧ろ、シンパシーさえ感じている。
父と、母と、妹を、デストロンに殺されている。
その復讐の為に、風見志郎は、改造人間となる事を決意した。
そうして、今の人間たちの社会を守るべく戦っている。
黒井とは、立場が少しだけ違うだけだ。
黒井響一郎はショッカーの戦士だ。
ショッカーの理念や行動に、疑念がないという事は、ない。
けれども、一〇年だ。
一〇年、黒井はショッカーにいた。
その思想に触れて来た。
そこで仲間たちを得た。
今更、ショッカーが間違っているから、仮面ライダーの仲間に入れてくれ、とは言わない。
それは、自分の一〇年間を否定する事になるからだ。
自分が練り上げて来た、本郷猛への憎しみを――裏を返せば、自分の胸の中の、妻と息子に対する愛情を、それらを奪われた事に対する哀しみを、偽りであったと切り捨てる事になる。
黒井は、知らない。
妻と息子を奪ったのが、松本克己であるという事を。
例えショッカーが、その後続の組織が、どれだけ多くの人間を殺し、口から出まかせの世界平和などを説く偽物であったとしても、黒井の妻子への愛だけは、本物であるからだ。
自分自身という本物だけは裏切れない。
自分が
ストロンガーに勝った。
このV3にも、勝つ。
そして本郷にも。
勝って。
勝って。
勝ち続けなければ、ならなかった。
「ゆくぞ……」
黒井が、鉤爪にした手を、前に持ち上げた。
「“三号”の……」
第一号と第二号を受け継ぐ者としての第三号。
第一号と第二号を超越する者としての第三号。
「仮面ライダー三号の名を懸けて、勝負だ……」
V3も、構えた。
風が吹いた。
熱風だ。
心に燃える炎が起こす、熱い風であった。
蒼い炎と、赤い風が、激突した。
克己ライダーは、結城・ライダーマンに対して、鋭くパンチを打ち込んでゆく。
銅色の手甲が唸り、ライダーマンの蒼いヘルメットを掠めた。
表面の塗料が剥ぎ取られ、マスクにまだらの模様が出来上がる。
結城は、拳を振り抜いた四号のボディに、右の下突きを放った。
それを、克己は右脚を持ち上げて脛でブロックし、引き戻した右のバック・ハンドを見舞う。
克己・四号の懐に入り込んだライダーマンは、克己の右腕を取って、背負い投げの要領で投げ飛ばした。
しかし四号ライダーは、空中で身体をひねると、ライダーマンと向き合うようにして着地し、自分の右腕を介して、ライダーマンの重心を崩した。
合気投げであった。
バランスを崩した結城の鳩尾に、第四号の前蹴りが滑り込んでゆく。
砂の上に倒されたライダーマンに、克己が跳び掛かる。
ストンピングを、横に転がって躱したライダーマンは、右腕にカセットを挿入した。
パワー・アーム。
三日月型の分厚い刃が、ライダーマンの右手に出現し、それで打ち掛かってゆく。
湾曲した鉈の一撃を、克己・四号の左の前腕が受けた。
同時に克己はライダーマンの右腕を左腕で捉え、右拳を相手の胸に当てた。
「吩ッ!」
気合と共に、四号ライダーの身体が一瞬ぶれて、衝撃が叩き込まれた。
ワン・インチ・パンチだ。
右腕を解放されたライダーマンが、ふわりと吹っ飛ばされる。
赤いプロテクターに、亀裂が入っていた。
左腕のダメージを気にしている素振りを見せる克己・四号の前で、結城がマシンガン・アームをセットする。
カセットに装填された銃弾を、指先から発射するのだ。
その指先が煌く直前、四号ライダーは地面に拳を打ち込み、砂の壁を作った。
一瞬、視界が封じられる。
克己は、ジャンプ力を生かせない場所ではあるが跳躍し、ライダーマンに上空から襲い掛かった。
鉄のブーツが、ギロチンの刃のように、ライダーマンに迫る。
横に飛び退きざま、結城は弾丸を使い果たしたカセットを排出し、次のカセットへ入れ替えようとした。
着地した克己は、刹那、結城目掛けてナイフを投擲した。
そのナイフが、陽光を反射しながら、カセットを弾き飛ばした。
ライダーマンがアタッチメントを交換する隙――カセットの挿入と、アームによる読み込み、そして変形――を、それまでの戦いの中で見抜いていたのだ。
そして、ナイフがカセットを弾くと同時に、克己ライダーが駆けている。
ライダーマンが、向かって来る飛蝗の仮面に、右腕を横薙ぎに振るった。
これをダッキングで躱して、右ストレートで、ライダーマンの顔を打ち抜いた。
仮面の半分が吹っ飛んで、結城丈二の顔が剥き出しになる。
どぅ、と倒れた結城丈二・ライダーマンに、克己がとどめとばかりに迫った。
振り上げた右拳を、叩き込む心算だ。
その前に、結城は地面から右手で拾い上げた克己のナイフを、四号ライダーに放り投げた。
克己が動きを止め、右手で弾く。
この時、結城が使ったのが右手であった事が、克己の油断を誘った。
ライダーマンは、ナイフを投げた勢いで腰を回し、左手を突き出して来た。
神啓太郎による改造手術で、結城丈二は全身サイボーグ――他の強化改造人間らと同じ構造を持っている。
カセット・アームも、仮面ライダー第一号・二号のデータが一部利用されている。
つまり、全身改造を受けているライダーマンは、左腕でもカセットを使う事が出来るのだ。
スイング・アームの、棘突き鉄球が、ライダー四号の顔面に向かって射出された。
鉄の仮面に、鉄球が打ち込まれ、金属同士の激突が強い振動を起こした。
きぃん、と、克己の脳を刺すヴァイブレーションであった。
「ぐぁああっ!」
克己・ライダー四号が、身体を大きく仰け反らせて、叫んだ。
しかし、これはおかしい事である。
脳改造を受けている克己は、痛みを認識する事は出来ても、それに反応は出来ない。
皮膚を叩かれても、刃物を突き入れられても、克己自身は痛みに対する反応を示さない。
眼の前で強烈なフラッシュを焚かれても、視界が利かなくなるだけだ。
身体を折り畳んだり、眼を覆ったりはしない。
その筈の強化改造人間第四号が、苦悶の声を上げていた。
金属同士の接触による振動が、皮膚を伝わり、骨格を伝わり、克己に残ったほぼ唯一のオリジナルの部分――脳へと、影響を及ぼしているのだ。
脳に埋め込まれた、小型の人工知能だ。
強化改造人間の鋭敏な五感が感じ取る、膨大な情報を処理する為の機械。
改造部分の中で、仮面と同等の硬度を持つ頭蓋骨に守られているそれが、外側から加えられた衝撃を波紋のように広げられて、誤作動を起こしているのだ。
本来ならば拾わなくて良い筈の痛みを、神経に巡らせていた。
「ぐわわわわっ!」
「ぎひぃぃぃ」
「あ~~~っ!」
発狂したようにのたうち回る克己。
スイング・アームがもたらした、想像以上の威力に、結城は寧ろ戸惑っていた。
やがて、痛みが脳の許容量を超えた為か、克己ライダーは、その場に倒れ込んだ。
仰向けになり、後頭部から、砂の上に落ちた。
受け身を取る事も、出来なかったようであった。
大の字に腕を広げて横たわる四号ライダーに、結城が、自身もダメージを負いながらも歩み寄る。
仮面の半分がなく、弾け飛んだり、歪められたりして顔を傷付けられ、血を流していた。
胸部プロテクターも、亀裂が入っている。
スイング・アームのカセットを左腕から抜き、克己の傍にやって来る。
身じろぎ一つしない克己を、結城は見下ろした。
そうして、彼の戦闘力を起動させている仮面を外すべく、腰を屈める。
その時、ライダー四号の瞳がぎらりと輝き、唐突に、蹴りが跳ね上がって来た。
鉄の爪先が、ライダーマンの腹部を強打した。
「ぐ……」
衝撃の為、崩れ落ちる結城。
膝を突くのを堪えたライダーマンの眼前に、立ち上がった四号の姿があった。
幽鬼のように、おぼろげな佇まいだ。
恐らく、意識を失っているのだ。
意識はないが、敵対する改造人間の存在を倒すべく、その身体が立ち上がったのだ。
結城・ライダーマンが、克己にパンチを打ち込んでゆく。
ライダーマンの銀の拳が、四号ライダーの銅色の仮面の上を走り抜けた。
結城の視界から消えるようにして下降したライダー四号は、自然落下力と反発力を利用して、右足を跳ねさせる。
バッファルに対しては不発であった蹴りが、ライダーマンの頭部を蹴り上げた。
蹴りを受けて仰け反ったライダーマン・結城丈二と、蹴りを放って仰け反った仮面ライダー四号・松本克己は、同時に、仰向けに倒れたのであった。