ウルガが、V3から距離を取った。
怪訝そうな顔をする風見の眉間で、Oシグナルが激しく点滅する。
身体を半回転させながら体勢を深く沈めたV3の頭上を、仮面ライダー第四号・松本克己が駆け抜けていった。
更に続けて、ライダーマン・結城丈二が、風見の横手をすり抜けてゆく。
克己・四号を、まだ信頼し切る事が出来ない風見であったが、恐らく結城が手術したのであろう彼の左腕と、ライダーマンが四号ライダーと共にウルガの許へ向かった事から、共闘の続行を認めている。
そして自分は、バッファルと対峙している、黒井ライダーの許へと走った。
ライダーマンのロープ・アームで、無様に転がされたバッファルは、すぐに立ち上がって、黒井ライダーに襲い掛かっていた。
そこに風見・V3が乱入する。
二人の三号とバッファル。
二人の四号とウルガが、それぞれ対峙する事となった。
「見る眼がない……」
くっくっ、と、ウルガが牙の間から笑いを漏らした。
ライダーマン・結城丈二に対するものであった。
彼が、克己の左腕を修理した事へのものである。
克己の経歴は、ウルガも分かっている。
強化改造人間として、マヤが最も重要視していた自由意思を奪われている事も、だ。
そして、それ以前に、黒井響一郎の妻と息子を殺している事も、知っている。
如何に強力な改造人間を相手取る為とは言え、その克己の破損部位を直してしまった結城丈二は、何ともお人好しで、人を見る眼がない。
そのような嘲弄などものともせず、結城と克己は、ウルガに対して一時的なタッグを組む。
ウルガとバッファルの事は、風見と結城よりも、黒井と克己の方が知っている。
だからこその、仮面ライダーとショッカーの共闘だ。
風見と結城が、ウルガかバッファルのどちらかを倒したとして、残った一方と、ショッカー側のダブルライダーに協力されては、疲弊したV3とライダーマンで、二対三の戦いになる。
監視の意味合いも、この急造タッグには込められていた。
「があっ!」
ウルガが、衝撃波を放った。
ライダーマンと四号ライダーが、それぞれ左右に展開し、その中心を見えないパワーが削ってゆく。
ライダーマンは、ウルガの左側から、四号ライダーは、ウルガの右側から攻めた。
結城は、アタッチメントをパワー・アームに付け替え、打ち上げるフックの軌道で、ウルガのボディを狙う。
克己は跳躍すると、空中でバーニアや各部の排風口から風を噴射して加速し、拳を打ち下ろしていった。
パワー・アームを受ければ、克己に背中を向ける。
四号のパンチをガードすれば、結城に背中を見せる事になる。
ウルガは動かなかった。
その背中で、ぐりぐりと柱が動き、迫り来る二人のライダーに向けて衝撃波が打ち込まれた。
地面に打ち付けられるライダーマンと、更に上昇させられる四号。
ウルガは、結城・ライダーマンに飛び掛かった。
前後の肢の爪を振り下ろして来るウルガを、ライダーマンは横に転がって躱した。
砂が舞い上がる。
その砂塵の奥から、ウルガが右腕を叩き付けて来た。
結城は身体を屈めて、ラリアットをやり過ごす。
パワー・アームで、振り抜いた腕の付け根を狙った。
ウルガは、右側に衝撃波を放って、くるりと左側に半回転する。
左のバック・ブローがライダーマンを襲い、接近して来た克己・四号の右のパンチを、右手で受け止めた。
「ふんっ」
四号ライダーに、真正面から、衝撃波を打ち込んだ。
銅色のコンバーター・ラングが、眼に見えて陥没した。
後ろに下がろうとする克己の拳に、ウルガの爪が喰い込んで離さない。
更に数度に渡って、四号のボディに、衝撃波が叩き込まれた。
よろめく克己の懐に入り、ウルガは克己を投げ飛ばした。
ライダーマンに向かって、である。
克己ライダーを受け止めたライダーマン諸共、衝撃波で吹っ飛ばす。
砂の上を転がる、二人の四号。
駄目押しの指向性衝撃波が、ライダーマンと四号ライダーを襲う。
吹き飛ばされる二人――しかし、ウルガも、転倒した。
「何⁉」
尻餅を付くウルガ。
その足首に、ライダーマンの右腕から伸びたロープが絡み付いていた。
すぐにほどこうとするウルガであったが、その前に、ライダーマンがロープ・アームを手前に引っ張った。
堪えるウルガ。
右腕の先から伸びるロープを、右肩と左手で引っ張り上げる結城。
そのロープに、克己が両手を添えて、思い切り、手前に引いた。
「うぉっ!」
ウルガの身体が浮かび上がった。
空中のウルガに、克己が躍り掛かってゆく。
浮かび上がるウルガの上にまで飛び上がり、縦のフックを鳩尾に入れた。
そのまま地面に落下させ、膝を押し当てる。
「ぅおらぁっ!」
雨のように、拳を叩き込んでゆく。
銅色の拳が、何度も、何発も、ウルガの顔と言わず、胸と言わず、叩き込まれていった。
ガードをしても、そのガードの上から、鉄のパンチを入れて来る。
「しぃえぁっ!」
最後のパンチを入れようとする。
だが、克己の身体は揺らぎ、その拳はウルガの顔の横に落ちた。
ウルガが、逆関節の両脚を使って、マウントを獲られた状態でありながら、克己の腰を捕らえていたのだ。
異形のクローズド・ガードであった。
腰をひねって克己の体勢を崩し、更に、ライダーマンがウルガの足首に巻き付けていたロープを使って、克己ライダーを緊縛しようとする。
「いかん!」
結城が、ロープを引き戻した。
自由になったウルガが、克己に組み付いた。
両肩を、両手で押さえ、地面に押し付ける。
克己ライダーが、ウルガの胴体に膝を当て、空間を作った。
「無駄だ!」
柱の先端が、身体の下の四号を睨む。
その前に、克己はウルガのせり出した顔面を右手で掴み、左手は腰に回して、ベルトを掴んでいた。
「ぬっ」
克己は足の踏み込みと腰を跳ね上げる力を使って、その場でウルガと共に裏返った。
ウルガの顔と腰に両手、ボディに膝がある。
その状態から、裂帛の気合と共に、跳躍した。
月面宙返りだ。
三点ドロップ――
しかし、ウルガは落下直前に衝撃波を地面に放ち、一瞬、浮遊した。
その一瞬を使って、両手で克己を弾き、難を逃れる。
だが、宙へ浮かんだ克己の手に、ロープが絡み付いた。
ライダーマンは、四号ライダーを空中で旋回させると、ぱっとロープを手放させた。
克己・仮面ライダー四号が、空中で激しく回転しながら、ウルガに蹴り込んでゆく。
その両脚を胸まで引き上げ、旋回と回転によって加速した勢いで、三度、同時にキックが放たれていた。
右足、左足、そして、右足。
ライダー大回転三段キックだ。
ブーツに仕込まれたスプリングが、何倍にも増幅された衝撃をウルガに与え、そのダメージはベルトに組み込まれた爆弾を作動させる。
「くぅぅぅあああああっ!」
ウルガは、激痛に呻きながらも、柱を体内に戻し、自分の胴体に向かって、衝撃波を放つ。
ウルガの腹が突き破れ、ショッカーの紋章が刻まれたベルトが、機械の内臓と共に弾き飛ばされた。
改造人間の技術を抹消する為の爆弾が、虚空で爆発する。
内臓をぼろぼろとこぼれさせ、体重を大きく減らしたウルガが、爆風によって砂塵と共に舞い上がった。
改造人間の状態を維持する事も出来ず、かと言って、人間の姿への擬態も出来ず、獣と人との間の、中途半端な姿で、ウルガは惨めに転がった。
バッファルのパンチが、V3の顔を狙った。
右。
左。
右。
それを、ダッキングで躱して、今度は風見の方からパンチを繰り出してゆく。
左。
右。
左。
横手から、黒井ライダーが飛び掛かる。
黒井ライダーと組んだバッファルは、その自慢のパワーで、黒井・三号を投げ飛ばす。
投げられながら、寝技に持ち込もうとするのを、翼を使って逃れた。
空中へ逃げるバッファルに、風見・V3が追いすがる。
それを、旋回して躱してしまうバッファル。
「ちぃ」
着地するV3と、彼に立ち並ぶ三号を、バッファルが空中から見下ろしている。
コンドルの改造人間であるバッファルにとって、飛蝗や蜻蛉をイメージした改造人間は、所詮、虫けらでしかない。
猛禽の翼と爪の前に、昆虫は翻弄され、捕らえられるしかないのである。
それでも、足場が砂地でさえなければ、風見や黒井の方が有利な筈であった。
バッファルが、空中から襲い掛かる。
斜めに落下して来るのを、横に飛び退いて回避する。
身体をひねったバッファルは、黒井に狙いを付けた。
指揮棒が、伸び上がる音色を率いて空を切るような流麗させ、バッファルの武骨な身体が黒井ライダーに急接近する。
胴体に、がっちりと組み付いた。
そのまま、黒井・三号を捕らえて、上昇する。
三号ライダーは、バッファルに肘を打ち入れるが、間合いがなくては威力もない。
高く上り詰めたバッファルは、頭を地面に向け、急降下を始めた。
そうして、自分に影響が及ばず、且つ、相手が受け身を取れない高度で、黒井ライダーを地面に放り投げた。
三号の蒼いボディが、流星のように光って、砂の地面に勢い良く潜り込んでいた。
咄嗟に頭部を庇ったから良いものの、黒井ライダーは、頭から地面に突っ込んだ。
黒い強化服と、蒼いブーツが、黄土色の地面から生えている、奇妙な光景が出来上がる。
黒井を放り投げたバッファルは、今度はV3に視線を向けた。
その視界の隅で、ハリケーンが、V3に向かって来ている。
バッファルの判断は素早く、風見・V3ではなく、無人で迫るマシンに向かった。
風見が気付いた時には遅く、バッファルは、V3を援護する為に駆け付けて来たハリケーンに跨り、アクセルを吹かしていた。
前輪を持ち上げて、V3を轢き飛ばそうとする。
風見が回避すると、ターンしてV3に向き直り、その眼の前で、ハリケーンの計器類に鉄槌を打ち下ろしていった。
ハンドルを引き抜き、フォークを切り飛ばし、カウルをめちゃくちゃに破壊した。
「貴様⁉」
風見が、動揺して、声を上げる。
サスペンションを引き抜いたバッファルは、スクラップ同然のハリケーンを、自らの腕力を誇示するように頭上に持ち上げ、V3目掛けて放り投げた。
風見の眼の前に、ダブルライダーから譲り受けた愛車が、ぼろぼろの姿で打ち棄てられた。
風見の動揺は、二つ、あった。
一つは、不利な足場を覆すべく、ハリケーンを使ったジャンプが出来なくなった事。
一つは、自分が改造人間となって蘇ってから、長年に渡って共に戦って来た愛馬が、見るも無残な姿にされてしまった事。
その動揺の隙を狙って、バッファルが襲い掛かった。
跳び蹴りで、斜め上から襲撃する。
それを、十字受けでブロックした。
バッファルはV3のガードを足場に跳び、空中で体勢を変えると、再び飛び付いて来る。
そのバッファルに、砂地から帰還した黒井・三号が、跳び突きを放ってゆく。
バッファルは躱し、黒井の背中を蹴り付けた。
風見の傍に着地しつつ、バッファルに眼を向ける黒井。
「おい……」
と、風見が黒井に呼び掛けた
Oシグナルの点滅は、二人の間にメッセージの交換があった事を意味する。
三号ライダーが、蒼いクラッシャーを手前に引いた。
赤と青、二つの仮面が、バッファルを睨んだ。
同時に駆け出してゆく。
真正面から、だ。
小細工をされれば、バッファルも、小細工をする。
けれど、真っ直ぐ挑んで来る相手には、真っ直ぐ戦わねばならない。
V3のパンチを躱して、ローキック。
三号の蹴りをガードし、裏拳。
バッファルの腕を、黒井が獲った。
腕に腕を絡めてゆくのを、力で振りほどく。
V3は、投げられる三号の背に手をやって、跳び箱に対してするように跳び越え、バッファルに向けて足を薙いだ。
肘でブロック。
すぐにパンチで反撃する。
黒井が、タックルにゆく。
がぶって、堪えた。
黒井ライダーはバッファルの股間に腕を差し込み、もう片方の手で相手の左手を引っ張って、斜めに投げた。
翼を動かす事で、加速。
投げ落とされるタイミングを狂わせたバッファルは、無事に着地し、三号ライダーの仮面を掌底で叩いた。
後ろのV3に、踵を跳ね上げてゆく。
風見は身体を沈め、肩で、蹴りを受けた。
鉄と鉄が弾ける音。
強化スプリング筋肉が、バッファルの足を弾いた。
バッファㇽが、軸足で、V3を蹴り上げる。
そのまま、後方に、飛翔しようとする。
ふわりと、バッファルが舞い上がった。
舞い上がるバッファルの足を、風見・V3が掴もうとする。
間に合わない。
ここで下手にジャンプすれば、それは、風見の体勢を崩し、バッファルに隙を見せる事になる。
高く舞うバッファル。
しかし風見の狙いは、バッファルの飛翔を妨げる事ではない。
腕を、折り畳んだ。
肩を向けている。
V3の、その肩に向かって、黒井ライダーが跳んでいた。
折り畳んだ両足を、V3の肩に乗せ、身体を跳ね上げた。
下から、V3・三号・バッファルの順で、斜めに一直線になっている。
ライダー三号が、V3の肩を、強く蹴り出した。
三号のスプリング・シューズと、V3の強化スプリング筋肉が作用し合って、黒井響一郎・仮面ライダー第三号の身体が、バッファルよりも更に高い位置へと上昇した。
三号を見上げるバッファルは、太陽の光に眼をやられた。
黄金色の惑星を背に受けて、反転したライダー三号が、強烈なキックを放つ。
バッファルの翼が、根元から、叩き折られた。
バッファㇽが落下し、黒井ライダーが着地した。
――進化による淘汰を、この地球上のあらゆる生命体は遂げて来た。
その原型は、幾許も残っていない。
哺乳類。
魚類。
鳥類。
しかし、昆虫類のみは、生まれたその時より、淘汰の必要がない姿であるものも、いた。
こと、生存という事に掛けて、小さき虫は、大空の覇者に勝るのである。