仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第十節 惨轟

「た、猛――」

 

藤兵衛が、泣きそうな顔で、仮面ライダー第一号に歩み寄った。

 

ライダーの足元には、頸を掻き切られて死んだ黒井奈央と、その腕の中で背中を貫かれた黒井光弘が、血の池に沈んでいる。

 

冷たくなっていた。

死んでいるのだ。

 

本郷は、何も言わなかった。

 

「黒井には、俺から説明する」

 

そう言って、滝が、飛び出して行った。

 

「猛、お前、お前は――」

「おやっさん……」

 

仮面ライダーが、クラッシャーの奥から、声をひり出した。

 

「俺だ……」

「え――」

「この二人を殺したのは俺だ。俺は、守れなかった……」

「猛……」

「俺は、守れなかった……」

 

髑髏にも似た仮面は、鉄のように、どのような表情も浮かべてはいなかった。

しかし、赤い瞳が、昏いながらも、光を帯びていた。

 

 

 

 

 

黒井響一郎は、マンションから飛び出した後、滅茶苦茶に駆け回った。

 

何処をどう走っているのか、分からなかった。

 

腹の底から、自分の肉体を突き上げるものだけを、感じている。

 

奈央――

光弘――

 

その顔が、黒井の頭の中を、何度も駆け巡る。

 

笑顔。

泣き顔。

怒った顔。

嬉しそうな顔。

頬を染めた顔。

生まれた頃の顔。

 

色々だ。

 

奈央と出会ってから、彼女が黒井に向けてくれた全てが、蘇って来ていた。

黒井の瞼の裏側に現れては、しかし、シャボン玉のように消える。

光弘が生まれてからの事も、そうだ。

 

桜の花びらが、道端の溝に消えて行くように――。

 

黒井は、滾々と沸き上がる黒い感情を、吐き出すように、走っていた。

速く走れば、それが尽きるとでも言うかのように。

 

だが、それは消えなかった。

 

ぶっ倒れる。

走り続けて、遂には、道端に倒れる。

 

しかし、倒れて、消えそうになった黒井の全身を、再び黒い炎が包む。

 

奈央と光弘の死に様が、白昼に鴉が羽を広げるようにして、浮かび上がって来るのだ。

 

その黒い翼の向こうに、夕陽の逆行を浴びて佇む、異形の人影が現れる。

その手にナイフを握っていた。

その身体を赤く染め抜いていた。

 

殺したのだ――

 

あの怪物が、奈央を殺したのだ。

あの化け物が、光弘を殺したのだ。

 

それを思うと、又、黒井の中に溜まった疲労の果実が、一皮剥ける。

黒い果実の中から、黒い感情が迸るのだ。

 

走った。

走った。

走った。

走り続けた。

 

何処へ?

いつまで?

何故?

 

分からない。

分からなかった。

分からない黒井が、走っていた。

 

どれだけ速く走っても、どれだけ遠くまで走っても、それは消えなかった。

 

黒井が尽きる事はなかった。

黒井の身体の底から湧き上る感情が、やむ事はなかった。

 

走る事で、その感情を、完膚なきまでに叩き潰そうとしているかのようだった。

それが、勝利するという事だった。

 

だが、この時の黒井は、決して勝利を掴み取る事が出来なかった。

 

黒井は、やがて、無意識に辿り着いた場所で、倒れた。

 

東京から、かなり、離れてしまっていた。

 

遊園地だ。

 

やつれている。

 

夜だ。

 

あの夕方からの夜かもしれないし、それからもう何日か経っているかもしれなかった。

 

黒井には分からない。

 

走り続けたのだ。

走り続けて、ここまで来たのだ。

 

憶えがあった。

 

奈央と、光弘と、一緒に訪れた事のある遊園地だ。

近くに湖がある。

観覧車が、高くそびえていた。

コンクリートの中に、川が造られて、そこを屋根付きのボートが流れる。

ゴーカートに、一緒に乗った。

 

“僕も、パパみたいなレーサーになりたい”

 

胸の中で、光弘がそう言った。

奈央が、コースの外から、それを見ていたのだ。

 

メリーゴーランドにも乗った。

ティーカップでは、はめを外した。

ジェットコースターでは、奈央が、学生時代に戻ったかのように、抱き付いて来た。

 

開園時間は、とっくに終わっている。

 

闇の中だった。

闇の中で、全ての遊具が、時を止めていた。

 

黒井が、どうやって、その中に入っていたのか。

黒井には、どうでも良かった。

 

その場に、へたり込む。

 

動きを止めると、あの光景がフラッシュ・バックする。

 

光弘を抱いて死んだ奈央――

傍に佇む怪人――

血の色。

死の匂い。

怒りの味。

自身の哭き声。

身体にべっとりと纏わり付く、生命の終幕。

 

「うぐぅ」

 

黒井が、歯の奥から、声を軋らせた。

 

「うぐぅ」

「ぎぃぃ」

「ぐぅぁ」

 

頤を反らして、夜空に叫んだ。

 

「うがあああ~~~~~~~っ!」

「うるるらあああああ~~~~!」

「あぎゃああ~~~~~っっっっ」

 

獣のように吠えた。

猛獣のように吼えた。

悪獣の如き咆哮であった。

 

時が止まっていた。

時間の闇に、呑み込まれてしまいそうであった。

 

凍て付いた時の中で、叫んでいた。

狂おしい叫びであった。

 

怒りと怨みと憎しみと――

 

嘆きと哀しみに満ち満ちた、黒々とした哭泣であった。

 

鬼哭――

 

その黒井の背中を、抱き締める者があった。

 

マヤであった。

 

「黒井響一郎――」

 

優しく、マヤが囁いた。

 

「憎いのね……」

「――」

「怨んでいるのね」

「――」

「復讐――」

 

マヤが言った。

 

「あの男に、復讐をしたいと、思わない――?」

 

マヤが言った。

 

黒井が頷いた。

血の涙を流していた。

 

「手伝うわ……」

「――」

「私たちショッカーが、貴方の復讐を……」

「――」

「上げるわ」

 

マヤが、黒井の胸を背中から抱いた。

 

「貴方に勝利を上げる――」

「――」

「貴方に正義を上げるわ」

 

勝利。

正義。

 

二つの言葉が、黒井の中で結び付いた。

 

正義とは――

勝利する事だ。

 

「貴方にとって、勝利って何?」

 

マヤが訊いた。

 

「貴方にとって、正義って何?」

 

黒井が、拳を握り締めた。

立ち上がって、マヤに、覆い被さった。

 

マヤの背中が、地面に着いた。

 

「ねぇ、教えて――響一郎」

 

マヤが、黒井の顔を、下から撫で上げた。

 

「……ぅ」

 

黒井が、呻くように言った。

声が嗄れている。

血の味が、咽喉の中に、充満している筈だ。

 

「何?」

「――っぇぃ、て、きに……」

 

黒井が声を絞り出す。

 

「た……ぁ、つ、ぶ…ぅ」

 

咽喉に、石のようなものが、詰まっているようであった。

それを吐き出すようにして、黒井は、血を吐いた。

 

マヤの美麗な顔に、血が振り掛かった。

 

「徹底的に――」

 

黒井が、漸く、言葉を取り戻した。

 

「叩き、潰す、事だ……」

 

黒井が言った。

 

「そう、それが――」

「勝利と、いう、事だ。勝者と、いう、事だ……!」

「勝者には、何が、与えられるの?」

 

マヤの、他の女と比べると、長めの舌が、口の周りに落ちた黒井の喀血を、舐め上げた。

 

「正義――」

 

黒井が言った。

 

「勝てば、正義……」

「じゃあ、敗ければ……?」

「敗ければ、悪、だ……!」

「貴方は、どっち?」

「俺は、勝つ……俺が、正義だ」

 

黒井が言った。

 

その脳裏には、自らの勝利が、浮かんでいる。

 

復讐だ。

 

奈央と、光弘を殺した、あの怪人を倒す事。

勝利して、正義を手にする事だ。

 

「じゃあ、勝利する貴方は、誰?」

 

マヤが訊いた。

服を脱ぎ始めている。

黒井の衣服も、肌蹴させていた。

 

「黒井、響一郎――」

「違うわ」

 

マヤが、首を横に振った。

 

「貴方の名前は――仮面ライダーよ」

 

マヤは、黒井の身体を受け止めた。




第一章の後書きは、活動報告の方で。
次回から、第二章に入ります。

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