仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第十八節 共闘

 「何ぃ⁉」

 

 ウルガが、獣の口の端を捲り、牙を見せた。

 

 克己は、ウルガに対して鋭い視線を向けると、

 

 「貴様はショッカーの理念に反する者だ。だから、殺すと言ったのだ」

 「――」

 「それに……」

 

 克己の視線が動いた。

 地面に、咽喉まで埋められているアシモフを、その眼に捉えている。

 

 疲弊したアシモフを見る克己は、その脳裏に、あの家族の事を思い浮かべた。

 アシモフがあの家族に送る予定であったパワード・スーツ。

 ウルガたちの目的は、アシモフの新エネルギー理論だが、結果として、あの家族へのパワード・スーツの贈与が、横から掻っ攫われてしまった事になっている。

 

 若し、アシモフがウルガたちに従って行方を晦ませれば、再び歩き出せるという希望を見出した少女が、次に立ち上がれるのはいつになるであろう。

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 克己は言った。

 それを聞いてウルガは、小さく溜め息を吐いた。

 

 「貴方が言いますか、それを……」

 

 それからウルガはバッファルに眼をやった。

 

 「それがショッカーの総意であるのならば、仕方がない」

 

 バッファㇽが、上着を脱ぎながら、前に出て来る。

 見事な身体であった。

 

 更に、風見たちの周囲で、砂の地面がもぞもぞと盛り上がり、黒いコスチュームの者たちがわらわらと這い出して来た。

 

 「戦闘員たちも連れ出していたのね」

 

 イーグラが呟いた。

 基地に保存されていた戦闘員を数十名、ウルガとバッファルは引き抜いていた。

 

 風見と結城、黒井と克己が、それぞれ背中合わせになり、円の形で囲って来る戦闘員たちに対して、構えた。

 

 「貴方たちを葬り、首領に、私たちの意思を示しましょう」

 

 ウルガの号令で、戦闘員たちが、風見たち四人に襲い掛かる。

 分厚い刃が、緩くカーブを描く、大きめのナイフを持っていた。

 銀の刃物が一斉に砂漠の陽光を煌かせ、踊る。

 更にウルガも、その混戦に身を躍らせた。

 

 風見たちはそれぞれ刃物を受け流し、戦闘員に対処した。

 

 「結城、アシモフ博士を!」

 

 風見が、突き掛かって来る刃を躱し、肩を極めながら言った。

 

 「克己!」

 

 頭の上を通り過ぎるナイフに合わせて、黒井の掌底が跳ね上がる。

 戦闘員の横っ面を叩いた黒井が、鋭く叫んだ。

 

 「分かった」

 「うむ」

 

 結城と克己が、ウルガと戦闘員の攻撃を潜り抜け、アシモフの許へ走る。

 

 「させん!」

 

 ウルガが砂を蹴り、結城たちに迫ろうと跳ぶ。

 風見が、戦闘員から奪い取ったナイフを、ウルガ目掛けて投擲した。

 ウルガがそれを手で払い落す。

 

 その進行方向を、黒いコートが隠した。

 視界を封じられながら着地し、コートを剥ぎ取るウルガ。

 そのウルガに、黒井が、風見と同じようにナイフを放り投げた。

 

 

雄々(おお)ッ!

 

 

 ウルガの背中の柱が、ナイフを衝撃波で弾き飛ばした。

 それは同時に、周囲の戦闘員たちにも影響を及ぼしている。

 ウルガを中心として地面が窪み、近くにいた戦闘員たちが大きく吹っ飛ばされた。

 

 舞い上がる砂塵、その中で、緑と黄色の複眼が輝いた。

 

 「むっ」

 

 赤い仮面の仮面ライダーV3と、蒼いボディの仮面ライダー第三号が、立っていた。

 

 

 

 

 

 アシモフの許へ向かう結城と克己。

 その前に、バッファルが立った。

 

 バッファルは両手を持ち上げて構えると、鋭く蹴りを繰り出した。

 

 鞭のようにしなる大鉈――

 

 結城は大きくステップ・バックして、蹴りを避ける。

 

 克己は、頭を深く沈め、跳ね上がる勢いで右足を蹴り出した。

 膝を抜く事で敢えて重心を崩し、そこから立ち上がる反動を利用して眼にも止まらぬ蹴りを繰り出す、琉球空手のキックであった。

 

 が、バッファルはスウェー・バックで容易に躱すと、懐まで入り込んでいた克己の左側頭部に、右肘を打ち下ろして来る。

 

 結城が克己の襟を後ろに引き、バッファルの肘が克己の鼻先を裂いた。

 克己は、自分の蹴りが外れたのが、信じられない顔だ。

 

 「重心が違うんだ」

 

 結城が囁いた。

 

 克己は今、左腕を失っている。

 人体に限らず、この世にあるものは、奇跡的なバランスの上に成り立っている。

 一ヶ所をいじると、それに伴われて、何処かに不都合が生じる。

 その不都合を、時間を掛けてゆく事で解消する事は出来るが、克己は、左腕を失っている現状に慣れていなかった。

 

 その為に、五体満足の重心で繰り出す蹴り方では、フォームが崩れ、バッファルに回避されるような技しか出せなかったのだ。

 

 バッファルはそれを見抜き、軽く唇を持ち上げた。

 鉄のような表情が、僅かな優越感に歪む。

 バッファルは膝でリズムを取り出した。

 

 ムエタイ――

 

 「しっ」

 

 バッファルが鋭く息を吐き、次々に左右のキックを打ち込んで来る。

 隻腕の克己は、どうしても、ガード出来る場所が限られてしまう。

 結城は元より、肉弾戦を得意とする所ではない。

 

 遠く離れれば蹴りの餌食だ。

 かと言って接近すれば、肘や、最悪の場合、首相撲を仕掛けられる。

 

 片方が囮になろうとすると、バッファルは攻めにゆかない。

 攻撃しない事で、抜け出す機会を殺している。

 

 結城が、太陽の熱以外の汗を吹き出し始めた時、その横手を、バイクが駆け抜けてゆく。

 

 V3のマシン・ハリケーンだ。

 ハリケーンが、バッファルに突っ込んでゆく。

 

 そのカウルに手を添えて、バッファㇽが突進を止めた。

 ハリケーンのタイヤが、砂の上で空回りして、砂塵を撒く。

 ふふん、と、バッファㇽが勝ち誇った表情を浮かべた。

 

 刹那、ハリケーンが横を通り過ぎざまにマシンの側面に取り付いていた克己が、身体を起こしてシートに乗り、ローキックでバッファルの頭部を蹴り付けた。

 

 浅黒い肌を、ごついブーツで擦り上げられ、皮膚がでろりと捲れる。

 

 克己はハリケーンのシートから跳び降り、アシモフの傍へ駆け寄った。

 

 克己はすぐにアシモフを掘り返そうとした。

 彼に遅れてやって来た結城は、しかし、アシモフの近くにバギーを停めているイーグラを警戒している。

 

 「君は……」

 「今の所は、中立と言った所かしら」

 

 イーグラが言った。

 イーグラは、マヤの命令で、ウルガたちと合流している。

 監視、或いは粛正が、その使命となる筈であった。

 だが、マヤからは、好きにするようにと言われている。

 ショッカーの改造人間としてウルガたちを処断するも、逆に彼女も亦、離反者となるのも、イーグラの意思に委ねられていた。

 

 この場では手を出さない――それが分かっているから、克己は、アシモフの救出作業に取り掛かる事が出来た。

 

 結城も、アシモフを掘り出し始める。

 

 「無事か!」

 

 克己が、地面から生還したアシモフに問う。

 脱水症状と、地面の中にこもった熱でかなり衰弱していたが、命に別状はないようだ。

 結城は、砂漠に持ち込んだ水をアシモフに与えた。

 

 「この様子じゃ、手術は出来ないわね」

 

 イーグラが言った。

 

 「手術?」

 

 結城が問うと、イーグラは、顎をしゃくって克己の左腕を示した。

 ウルガたちから救出しても、肝心のアシモフがこれでは、ここに来た意味がない……。

 

 

 

 

 

 「結城の援護にやらせたのだが、結果的には巧くいったか」

 

 風見は仮面の内側で呟いた。

 

 赤い仮面の中心が、白い蛇腹状になっている。

 その白を挟むように、緑の複眼があった。

 眉の位置からは超触覚アンテナがぴんと伸びている。

 額のランプは、改造人間に反応して明滅するシグナルだ。

 

 緑の強化服に、銀の腕と赤いブーツ。これは、ダブルライダーから受け継いだものである。

 身体の中心を、レッド・ボーンが走っている。

 その両側に並んだプロテクターは、内側のスプリングで衝撃を押し返す。

 両肩にも、同様の仕組みが内蔵されていた。

 

 仮面とスーツの僅かな間隙が、うなじにはあり、それを隠すように白い襟が立っていた。

 グライディング・マフラーと呼ばれる滑空翼の余剰部分である。

 

 腰にはダブルタイフーン。

 二つの風車は、力と技と命のベルトだ。

 

 仮面ライダーV3――本郷猛、一文字隼人から受け継いだ、仮面ライダーの精神に於ける、三人目である。

 

 「それにしても、思いの外、似ている……」

 

 風見・V3のCアイが、黒井響一郎の姿を捉えた。

 

 黒井は、蒼い仮面を被っている。

 飛蝗を模した、人の頭蓋骨にも似たマスクだ。

 一対の黄色い複眼が、きらきらと光を反射している。

 

 黒い強化服の側面に、金色のラインが血管のように走っていた。

 プロテクターと、レガートは、蒼い。

 両手首と両足首の、ショッカーの刻印が入った鉄輪で、固定している。

 

 襟元を飾るのは、金色のリングから伸びる黄色いマフラー。

 咽喉の露出を防ぐものであり、攻撃されれば電気ショックを放つ。

 マフラーは、自身にその影響が出ないようにする為のアースだ。

 

 黒井響一郎は、強化改造人間第一号、第二期の五名、そして六体のショッカーライダーのデータから造られた、強化改造人間の肉体のコード・ネームとして、第三号であった。

 

 その姿が、風見自身は見た事がないけれども、本郷猛が唯一人でショッカーと戦っていた時のものと、似ているのである。

 

 「中身は、桁外れだがね」

 

 黒井ライダーが、V3を見やり、軽く肩を竦めた。

 そうして、二人の三号が、ウルガに向かい合った。

 ウルガは、ふんと鼻を鳴らした。

 

 「バッファル!」

 

 と、寡黙な同志を呼び寄せる。

 

 克己の腕の修理を、今のアシモフでは出来ないという判断に基づいて、V3と第三号を一人で相手にする事を厭ったのである。

 

 克己に頭を蹴り飛ばされ、頭皮を捲れさせているバッファルが、風見と黒井を、ウルガと挟撃出来るポジションにまで、歩いて来る。

 

 その捲れ上がった頭部の、剥き出した赤い肉が、もこもこと蠢いた。

 

 ごり、

 ごり、

 

 と、頭蓋骨が変形してゆく。

 

 硬化した唇――嘴から、ひゅぅぅ、と、息を吸い込むと、その腹部の肉が、吸い上げられるようにして大胸筋を膨らませていった。

 

 上半身が風船のように膨張し、異常な逆三角形の肉体が出来上がる。

 

 すると、その皮膚が、タイトに過ぎるシャツを着て力を込めた時のように、バッファルの身体から剥離し始めた。

 尋常な速度ではない細胞分裂が、バッファルの身体を巨大化させているのだ。

 その剥離した皮膚の内側からは、鉄色の鱗が覗いている。

 

 又、バッファルの背中で、肉が引き千切られた。

 

 上半身の膨張は、肺胞の数が増え、肺が巨大化した事による。

 この肺に対する締め付けを緩める為、肋骨の一部が胸骨から外れた。

 そうして、肩甲骨の下から背後に跳ね上がり、肉と皮を突き破るのだ。

 ずるり、と、肋骨が伸びながら、背中に這い出して来る。

 その肋を、薄く皮膜が覆うのである。

 翼であった。

 

 「ぎゃおっ」

 

 バッファㇽが、嘴から、奇怪な叫びを迸らせた。

 先程までの、屈強なボディを捨てて、飛行能力に特化したコンドルの改造人間が、バッファㇽの正体であった。

 

 「ふ……」

 

 黒井が薄く笑い、風見・V3と背中合わせになった。

 

 「ゆくぞ」

 「うむ」

 

 風見と黒井が、それぞれ、言った。


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