仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第十六節 呉越

 「――分かった……」

 

 黒井は、ガイストからの通信に頷いた。

 

 既にヨーロッパに入り、克己と合流していた黒井であったが、現地でアシモフの搭乗した飛行機が墜落したという報を受け、それからガイストから連絡を貰ったのである。

 恐らく、ウルガとバッファルの仕業だ。

 彼らの居場所を、イーグラがじきに特定するであろう。

 次の連絡を待てという事であった。

 

 「と、いう訳だ、克己……」

 

 黒井は、克己に言った。

 

 克己は、左腕を根元から取り外している。

 右肩に、長方形のケースを、ベルトで引っ掛けていた。

 予備の左腕であった。

 黒井は、その克己に視線を巡らせた後、

 

 「風見志郎、結城丈二……」

 

 と、傍に佇んでいた二人に言った。

 

 「戦うのは、後だ」

 「分かった」

 

 風見志郎が頷いた。

 風見は、黒い革の上下を着て、白いスカーフを風にたなびかせていた。

 長い前髪の隙間から、豹のような鋭い視線が、絶えず黒井と克己に向けられている。

 

 「今は、アシモフ博士を助け出す事が優先だな」

 

 結城丈二も言った。

 蒼いブレザーと、灰色のパンタロンを身に着けた、線の細い男である。

 しかし、その落ち着きの中に、鋭利な色が潜められている事を、黒井と克己は感じていた。

 

 「あの……」

 

 と、風見と結城の傍らに立っていた女が、遠慮がちに声を掛けた。

 女の横手には、一〇歳位の男の子と、彼よりも年下であろう車椅子の少女がいた。

 

 「心配はありませんよ」

 

 結城が女性に言う。

 

 「アシモフ博士は、無事です」

 「でも、発表では」

 

 乗客全ての死亡が確認された――そのように報道された。

 

 「いえ、博士は生きています」

 

 黒井が言った。

 

 飛行機事故が、ウルガとバッファルの仕業であれば、彼らの目的であるアシモフが死んでいるという事は、先ずないと言って良いだろう。

 

 「我々が、彼を助け出します。それまで、少し待っていて下さい」

 

 風見の言葉は、力強かった。

 有無を言わせぬ信頼を、抱いてしまう。

 女――母親は、風見たち四人に頭を下げ、

 

 「――よろしくお願いします……」

 

 と、掠れた声で言った。

 

 結城が、彼女に対して、胸を叩いて、

 

 「お任せ下さい」

 

 と、言った。

 

 風見は、彼女の傍で不安げに俯いている少女の頭を、安心させるように撫でた。

 そして黒井は、少年の手を握りながら、ヒーローとして微笑んで見せた。

 

 「ゆくぞ」

 

 立ち上がった風見が、黒井に言う。

 

 「ああ……」

 

 黒井が頷いた。

 

 

 

 

 本来は相容れぬ、二人の三号と四号――

 ウルガとバッファㇽは、彼らにとって、共通の敵となっていた。

 少しばかり、時間を遡ってみる。

 このような事があったのである。

 

 

 

 

 風見志郎と結城丈二が、ヨーロッパの片田舎、アシモフが訪れる予定になっていた町にやって来たのは、彼を守る為である。

 

 ネオショッカー大首領を宇宙に葬り、仲間たちと共に地球に帰還した後も、彼らは人間の自由と平和の為に戦い続けていた。

 

 世界各地に散らばったネオショッカーの残党や、沖一也・仮面ライダースーパー1が戦ったドグマ・ジンドグマの改造人間たち。

 スーパー1によって悪魔元帥・サタンスネークが斃され、ショッカー系列の組織が活動を控えるようになったものの、世界から争いが消える事はなかった。

 

 各国での内乱や独立戦争、環境破壊、人種や出身地などを理由とした差別、人の力では及ばない災害、新種のヴィールスなどによる伝染病……

 

 そうしたものから、人間たちを守るべく、世界を奔走していたのである。

 

 そんな中、風見と結城は、或る企業がきな臭い活動をしているのを発見した。

 単に“財団”と呼ばれるその組織は、世界各国の軍需産業と手を結び、着々と戦争の準備を整えようとしているのであった。

 

 その“財団”が研究開発している兵器というのに、彼らは着目した。

 改造兵士と呼ばれるものである。

 

 例えば、ジャングルや、砂漠、倒壊した都市部などの局地での戦闘を考慮した兵器だ。

 ロケット・ランチャーやミサイル砲、戦闘機、戦車などの大型の大量殺戮兵器ではなく、敵の組織や国の要人や施設をピン・ポイントで攻略出来る、超人兵士を造り出そうとしていたのである。

 

 又、こうした改造兵士であれば、武器の輸出に関する条約に引っ掛かる事がない。

 海や空のルートで、リーズナブルに、堂々と他国に“輸出”出来る。

 

 この技術は、しかも、医療などにも流用出来る訳である。

 

 良いビジネスであった。

 

 「嫌になるな」

 

 結城は、“財団”について調べている時、風見にそのように漏らしていた。

 

 「大首領は、宇宙からの来訪者だという……」

 

 結城が“大首領”と言う時、その言葉には“デストロン大首領”という意味合いが強い。

 

 幼い頃に家族を喪った彼に、勉強の機会を与えてくれたのは、デストロンであった。

 風見・仮面ライダーV3を苦しめた、機械合成改造人間たちが装備していた武器の中で、この結城が開発したものが、どれだけあった事か。

 

 「それならば、災害と同じだ。我々と全く異なる価値観を相手にしているようなものだ」

 

 例えば、地震が起こったとして、それを怨む事は出来ない。

 人間の意思の、全く介在しない現象であるからだ。

 地震によって、どれだけの建物が倒壊し、人間が死に、連鎖的に津波や火山の噴火が起こったとして、何を怨めば良いのか。

 

 それを、自然の怒りだと言う場合も、ある。

 人間による、河川や山林の開発という名の破壊に対し、文明の破壊という形で、大地が復讐をしたのである、と。

 

 だが、その因果関係を明確にする事など、出来はしない。

 だから、因果で結ばれていない大自然を怨む事は、お門違いなのである。

 

 しかし、

 

 「“財団”は、人間の造った組織だ……」

 

 人間の価値観で、人間が造り上げたグループである。

 人間を殺し、財産を奪い、尊厳を蹂躙する事が、悪であると分かっている。

 分かっていても、利潤の為に、それをやる。

 

 結城たち仮面ライダーが戦って来たのは、宇宙からの災厄であった。

 その宇宙からの侵略者に対し、仮面ライダーは、人間として戦った。

 どれだけ身体を切り刻まれ、鉄を埋め込まれても、彼らは人間である。

 人間の価値観でしか、ものを見る事が出来ない。

 

 だから、ショッカーと戦う事が出来た。

 

 しかし、“財団”が人間の手で編み出された組織であり、彼らの活動を仮面ライダーとして阻止するという事は、それは、人間と戦うという事に他ならない。

 

 その事が、

 

 “嫌になるな”

 

 と、結城は言ったのである。

 

 だが、例えそうであるとしても、人間の自由と平和を奪いかねない脅威とは、戦うべきであった。

 

 これが、風見志郎と結城丈二の結論であった。

 

 その“財団”が、アシモフを狙っているという情報を、二人は手に入れた。

 

 アシモフは、身体動作補助用のパワード・スーツの他、既存のエネルギーに変わる新エネルギーの研究も進めていた。

 

 世界的に最も利用されているエネルギーは、電気である。

 その電気を発生させる為に、火力、風力、水力、地熱、太陽光、そして原子力が用いられている。

 

 しかし、何れも、何らかのデメリットが存在する。

 風力や水力では、発電量がどうしても少ない。

 地熱発電は場所が限られ、太陽光発電は変換ロスが大きい。

 火力では、大量の二酸化炭素を発生させてしまう。

 原子力では、放射能の影響で周囲の環境に影響が出る。

 

 こうしたデメリットの、全く存在しないエネルギー理論を、アシモフは導き出しているというのである。

 

 パワード・スーツにも、この理論の一部が使用されているという話だ。

 

 “財団”は、この技術を狙って、アシモフに接触しようとしているらしい。

 

 風見と結城が、アシモフが訪れる町に先回りしたのは、その為だ。

 風見は、アシモフのパワード・スーツが寄贈されるという病院に足を運び、そこで、パワード・スーツを贈与される予定の少女と出会った。

 

 彼女は、下半身の機能が麻痺していた。

 一年前、ナイフで脊髄をこじられたのだ。

 

 何故、そんな事になったのか。

 

 彼女の兄が、同年代の友人たちと、酷く剣呑な事になったからだ。

 その喧嘩に巻き込まれて、友人の一人が使ったナイフで、半身不随になった。

 

 喧嘩の原因というのは、少年の父親が死んだ事にある。

 

 父親は、漁師であった。

 代々、海に出ている家系で、町の漁師たちを仕切っていた。

 町の殆どの人間は、彼の事を尊敬し、息子は将来、父と同じように、誰からも認められる立派な漁師になろうと思っていた。

 

 或る夜、漁に出た。

 その時、穏やかであった海が、突如として荒れ、漁船が転覆した。

 リーダーであった父親を含めた漁師たちは、全て死んでしまった。

 

 この責任を、他の漁師たちの遺族は、彼に求めた。

 

 その日は、海が荒れるという予報はなかったのである。

 自然の事であった。

 

 だが、何かを怨まねば、やっていられなかったのだ。

 それが、その家族であったのだ。

 

 その家族に対して、迫害が行なわれた。

 夫が悪く言われるのを、妻は、どうにか堪えていた。

 

 しかし、息子はそうもいかなかった。

 

 “お前の父親は人殺しだ”

 

 同級生たちの心ない一言に激高し、揉み合いになった。

 そこで、妹が巻き込まれてしまった。

 

 その妹に、アシモフの開発した、パワード・スーツの話が、舞い込んだのである。

 

 風見は、妹を守り切れなかった少年に、自分を重ねて見てしまった。

 彼も、デストロンの計画を知ってしまった為、両親と妹を殺されている。

 違うのは、母親と、妹が、生きているという事だ。

 

 この事情を知り、結城も、自分の過去を思い出していた。

 貧乏であった。

 父親がいなかった。

 母親は病に臥せっていた。

 満足に勉強する事も出来なかった。

 

 “母さん、お粥が出来たよ”

 “丈二、いつも済まないねぇ”

 

 母は、頭が良い息子を、まともに学校に通わせてやれない事が、心苦しいと言っていた。

 

 或る日、母が死んだ。

 そこにやって来たデストロンのスカウト・マンに、結城は付いて行ったのである。

 

 勉強する機会は、与えられた。

 しかし、その裏で、自分は大量殺戮兵器を開発していたのである。

 

 組織は、狡猾だ。

 弱い人間に対し、甘い酒を勧めて来る。

 

 弱く、社会に不満を抱いている者たち――

 

 彼らが求める、都合の良い環境を与え、利用する。

 

 それと同様の事をやろうとする“財団”を許せなかったし、自分たちと同じような経験をあの家族にさせない為にも、アシモフは守らねばならなかった。

 

 風見と結城は、アシモフよりも先に目的地に到着し、“財団”に対する警戒を強めていた。

 

 アシモフを待ち構えていた“財団”のエージェントたちを捕らえ、目的の一つを達した。

 

 そこで、同じくアシモフを訪ねた黒井と克己に、出くわしてしまったのである。

 

 

 

 仮面ライダーV3・風見志郎は改造人間である。

 ライダーマン・結城丈二も、神啓太郎による深海開発用改造人間のプロト・タイプとして、全身を改造されている。

 仮面ライダー第三号・黒井響一郎と、仮面ライダー第四号・松本克己も、V3と同じく強化改造人間の設計である。

 

 彼らのアーキテクチャーに、Oシグナルがある。

 仮面の中心――丁度、眉間の辺りにあるランプだ。

 

 これは、他の改造人間が近くにいる時、明滅して、その存在を知らしめる。

 飛蝗は、自分たちを捕食対象とする動物が出現すると、本能的に逃走行動を採ると言うが、それと同じようなシステムだ。

 

 この機能を持つ為、風見と黒井は、出会ったその瞬間、互いに改造人間である事を分かり合う。

 

 風見の顔を知っている黒井は勿論だが、風見も、黒井の身体の殆どが機械である事に気付いたのであった。

 

 未だに出会った事のない沖一也・仮面ライダースーパー1を含めた八人の仲間たち以外の、強化改造人間の肉体を持つ黒井と克己。

 風見と結城が、敵だと警戒したのも、尤もであった。

 

 しかし、出会った場所と、その情景の為、風見も、黒井も、互いに仕掛ける事が出来なかった。

 アシモフが訪れる予定になっていた、病院のロビーであった。

 そこで、黒井は、あの家族と話していたのだ。

 

 先に風見と結城と面識のあった彼らは、二人に声を掛ける。

 すると、

 

 「風見志郎だな」

 

 黒井は言った。

 

 「そうだ」

 「そちらは、結城丈二……」

 

 克己が眼を向ける。

 「うむ」

 

 克己が、早速、二人に歩み寄ろうとする。

 それを黒井が制した。

 

 黒井は、少年の傍に膝を着いて目線を合わせ、

 

 「あの人たちと、知り合いかい」

 

 と、訊き、肯定されると、

 

 「実は、俺たちもそうなんだ。少し、彼らと話して来るよ」

 

 と、克己と、風見と結城を伴って、外に出た。

 

 病院の外で、

 

 「貴様ら、改造人間だな⁉」

 

 という風見の問いを、黒井は肯定した。

 

 「敵か、それとも……」

 

 結城が訊くと、

 

 「お前たちの、敵だ」

 

 克己が答えた。

 克己の左腕は、今は、ない。

 アシモフが、動力開放スイッチの修理をし易いよう、肩から先を外していた。

 

 「あんたと同じ、三号だよ……」

 「何⁉」

 「仮面ライダー第三号……」

 

 黒井がそのように言った。

 

 「あんたと同じ、頭のてっぺんから足の爪先まで、仮面ライダーだ」

 「どういう意味だ」

 「――」

 

 黒井が、その言葉の意味を明かそうとする。

 

 二人と二人――三号と四号のタッグ同士の間に、ぴりぴりとしたものが流れ始めていた。

 

 アシモフの乗った飛行機が墜落したと知らせがあったのは、その時であった。

 そして黒井と克己は、同時にガイストからその連絡を受けた。

 

 こうして一時的に、風見と結城、黒井と克己は、共通の目的の為に戦いを先延ばしにしたのである。




兄妹ネタが不思議と多いな……。SOZORYOKUNO HINKONという奴かしら。

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