「――分かった……」
黒井は、ガイストからの通信に頷いた。
既にヨーロッパに入り、克己と合流していた黒井であったが、現地でアシモフの搭乗した飛行機が墜落したという報を受け、それからガイストから連絡を貰ったのである。
恐らく、ウルガとバッファルの仕業だ。
彼らの居場所を、イーグラがじきに特定するであろう。
次の連絡を待てという事であった。
「と、いう訳だ、克己……」
黒井は、克己に言った。
克己は、左腕を根元から取り外している。
右肩に、長方形のケースを、ベルトで引っ掛けていた。
予備の左腕であった。
黒井は、その克己に視線を巡らせた後、
「風見志郎、結城丈二……」
と、傍に佇んでいた二人に言った。
「戦うのは、後だ」
「分かった」
風見志郎が頷いた。
風見は、黒い革の上下を着て、白いスカーフを風にたなびかせていた。
長い前髪の隙間から、豹のような鋭い視線が、絶えず黒井と克己に向けられている。
「今は、アシモフ博士を助け出す事が優先だな」
結城丈二も言った。
蒼いブレザーと、灰色のパンタロンを身に着けた、線の細い男である。
しかし、その落ち着きの中に、鋭利な色が潜められている事を、黒井と克己は感じていた。
「あの……」
と、風見と結城の傍らに立っていた女が、遠慮がちに声を掛けた。
女の横手には、一〇歳位の男の子と、彼よりも年下であろう車椅子の少女がいた。
「心配はありませんよ」
結城が女性に言う。
「アシモフ博士は、無事です」
「でも、発表では」
乗客全ての死亡が確認された――そのように報道された。
「いえ、博士は生きています」
黒井が言った。
飛行機事故が、ウルガとバッファルの仕業であれば、彼らの目的であるアシモフが死んでいるという事は、先ずないと言って良いだろう。
「我々が、彼を助け出します。それまで、少し待っていて下さい」
風見の言葉は、力強かった。
有無を言わせぬ信頼を、抱いてしまう。
女――母親は、風見たち四人に頭を下げ、
「――よろしくお願いします……」
と、掠れた声で言った。
結城が、彼女に対して、胸を叩いて、
「お任せ下さい」
と、言った。
風見は、彼女の傍で不安げに俯いている少女の頭を、安心させるように撫でた。
そして黒井は、少年の手を握りながら、ヒーローとして微笑んで見せた。
「ゆくぞ」
立ち上がった風見が、黒井に言う。
「ああ……」
黒井が頷いた。
本来は相容れぬ、二人の三号と四号――
ウルガとバッファㇽは、彼らにとって、共通の敵となっていた。
少しばかり、時間を遡ってみる。
このような事があったのである。
風見志郎と結城丈二が、ヨーロッパの片田舎、アシモフが訪れる予定になっていた町にやって来たのは、彼を守る為である。
ネオショッカー大首領を宇宙に葬り、仲間たちと共に地球に帰還した後も、彼らは人間の自由と平和の為に戦い続けていた。
世界各地に散らばったネオショッカーの残党や、沖一也・仮面ライダースーパー1が戦ったドグマ・ジンドグマの改造人間たち。
スーパー1によって悪魔元帥・サタンスネークが斃され、ショッカー系列の組織が活動を控えるようになったものの、世界から争いが消える事はなかった。
各国での内乱や独立戦争、環境破壊、人種や出身地などを理由とした差別、人の力では及ばない災害、新種のヴィールスなどによる伝染病……
そうしたものから、人間たちを守るべく、世界を奔走していたのである。
そんな中、風見と結城は、或る企業がきな臭い活動をしているのを発見した。
単に“財団”と呼ばれるその組織は、世界各国の軍需産業と手を結び、着々と戦争の準備を整えようとしているのであった。
その“財団”が研究開発している兵器というのに、彼らは着目した。
改造兵士と呼ばれるものである。
例えば、ジャングルや、砂漠、倒壊した都市部などの局地での戦闘を考慮した兵器だ。
ロケット・ランチャーやミサイル砲、戦闘機、戦車などの大型の大量殺戮兵器ではなく、敵の組織や国の要人や施設をピン・ポイントで攻略出来る、超人兵士を造り出そうとしていたのである。
又、こうした改造兵士であれば、武器の輸出に関する条約に引っ掛かる事がない。
海や空のルートで、リーズナブルに、堂々と他国に“輸出”出来る。
この技術は、しかも、医療などにも流用出来る訳である。
良いビジネスであった。
「嫌になるな」
結城は、“財団”について調べている時、風見にそのように漏らしていた。
「大首領は、宇宙からの来訪者だという……」
結城が“大首領”と言う時、その言葉には“デストロン大首領”という意味合いが強い。
幼い頃に家族を喪った彼に、勉強の機会を与えてくれたのは、デストロンであった。
風見・仮面ライダーV3を苦しめた、機械合成改造人間たちが装備していた武器の中で、この結城が開発したものが、どれだけあった事か。
「それならば、災害と同じだ。我々と全く異なる価値観を相手にしているようなものだ」
例えば、地震が起こったとして、それを怨む事は出来ない。
人間の意思の、全く介在しない現象であるからだ。
地震によって、どれだけの建物が倒壊し、人間が死に、連鎖的に津波や火山の噴火が起こったとして、何を怨めば良いのか。
それを、自然の怒りだと言う場合も、ある。
人間による、河川や山林の開発という名の破壊に対し、文明の破壊という形で、大地が復讐をしたのである、と。
だが、その因果関係を明確にする事など、出来はしない。
だから、因果で結ばれていない大自然を怨む事は、お門違いなのである。
しかし、
「“財団”は、人間の造った組織だ……」
人間の価値観で、人間が造り上げたグループである。
人間を殺し、財産を奪い、尊厳を蹂躙する事が、悪であると分かっている。
分かっていても、利潤の為に、それをやる。
結城たち仮面ライダーが戦って来たのは、宇宙からの災厄であった。
その宇宙からの侵略者に対し、仮面ライダーは、人間として戦った。
どれだけ身体を切り刻まれ、鉄を埋め込まれても、彼らは人間である。
人間の価値観でしか、ものを見る事が出来ない。
だから、ショッカーと戦う事が出来た。
しかし、“財団”が人間の手で編み出された組織であり、彼らの活動を仮面ライダーとして阻止するという事は、それは、人間と戦うという事に他ならない。
その事が、
“嫌になるな”
と、結城は言ったのである。
だが、例えそうであるとしても、人間の自由と平和を奪いかねない脅威とは、戦うべきであった。
これが、風見志郎と結城丈二の結論であった。
その“財団”が、アシモフを狙っているという情報を、二人は手に入れた。
アシモフは、身体動作補助用のパワード・スーツの他、既存のエネルギーに変わる新エネルギーの研究も進めていた。
世界的に最も利用されているエネルギーは、電気である。
その電気を発生させる為に、火力、風力、水力、地熱、太陽光、そして原子力が用いられている。
しかし、何れも、何らかのデメリットが存在する。
風力や水力では、発電量がどうしても少ない。
地熱発電は場所が限られ、太陽光発電は変換ロスが大きい。
火力では、大量の二酸化炭素を発生させてしまう。
原子力では、放射能の影響で周囲の環境に影響が出る。
こうしたデメリットの、全く存在しないエネルギー理論を、アシモフは導き出しているというのである。
パワード・スーツにも、この理論の一部が使用されているという話だ。
“財団”は、この技術を狙って、アシモフに接触しようとしているらしい。
風見と結城が、アシモフが訪れる町に先回りしたのは、その為だ。
風見は、アシモフのパワード・スーツが寄贈されるという病院に足を運び、そこで、パワード・スーツを贈与される予定の少女と出会った。
彼女は、下半身の機能が麻痺していた。
一年前、ナイフで脊髄をこじられたのだ。
何故、そんな事になったのか。
彼女の兄が、同年代の友人たちと、酷く剣呑な事になったからだ。
その喧嘩に巻き込まれて、友人の一人が使ったナイフで、半身不随になった。
喧嘩の原因というのは、少年の父親が死んだ事にある。
父親は、漁師であった。
代々、海に出ている家系で、町の漁師たちを仕切っていた。
町の殆どの人間は、彼の事を尊敬し、息子は将来、父と同じように、誰からも認められる立派な漁師になろうと思っていた。
或る夜、漁に出た。
その時、穏やかであった海が、突如として荒れ、漁船が転覆した。
リーダーであった父親を含めた漁師たちは、全て死んでしまった。
この責任を、他の漁師たちの遺族は、彼に求めた。
その日は、海が荒れるという予報はなかったのである。
自然の事であった。
だが、何かを怨まねば、やっていられなかったのだ。
それが、その家族であったのだ。
その家族に対して、迫害が行なわれた。
夫が悪く言われるのを、妻は、どうにか堪えていた。
しかし、息子はそうもいかなかった。
“お前の父親は人殺しだ”
同級生たちの心ない一言に激高し、揉み合いになった。
そこで、妹が巻き込まれてしまった。
その妹に、アシモフの開発した、パワード・スーツの話が、舞い込んだのである。
風見は、妹を守り切れなかった少年に、自分を重ねて見てしまった。
彼も、デストロンの計画を知ってしまった為、両親と妹を殺されている。
違うのは、母親と、妹が、生きているという事だ。
この事情を知り、結城も、自分の過去を思い出していた。
貧乏であった。
父親がいなかった。
母親は病に臥せっていた。
満足に勉強する事も出来なかった。
“母さん、お粥が出来たよ”
“丈二、いつも済まないねぇ”
母は、頭が良い息子を、まともに学校に通わせてやれない事が、心苦しいと言っていた。
或る日、母が死んだ。
そこにやって来たデストロンのスカウト・マンに、結城は付いて行ったのである。
勉強する機会は、与えられた。
しかし、その裏で、自分は大量殺戮兵器を開発していたのである。
組織は、狡猾だ。
弱い人間に対し、甘い酒を勧めて来る。
弱く、社会に不満を抱いている者たち――
彼らが求める、都合の良い環境を与え、利用する。
それと同様の事をやろうとする“財団”を許せなかったし、自分たちと同じような経験をあの家族にさせない為にも、アシモフは守らねばならなかった。
風見と結城は、アシモフよりも先に目的地に到着し、“財団”に対する警戒を強めていた。
アシモフを待ち構えていた“財団”のエージェントたちを捕らえ、目的の一つを達した。
そこで、同じくアシモフを訪ねた黒井と克己に、出くわしてしまったのである。
仮面ライダーV3・風見志郎は改造人間である。
ライダーマン・結城丈二も、神啓太郎による深海開発用改造人間のプロト・タイプとして、全身を改造されている。
仮面ライダー第三号・黒井響一郎と、仮面ライダー第四号・松本克己も、V3と同じく強化改造人間の設計である。
彼らのアーキテクチャーに、Oシグナルがある。
仮面の中心――丁度、眉間の辺りにあるランプだ。
これは、他の改造人間が近くにいる時、明滅して、その存在を知らしめる。
飛蝗は、自分たちを捕食対象とする動物が出現すると、本能的に逃走行動を採ると言うが、それと同じようなシステムだ。
この機能を持つ為、風見と黒井は、出会ったその瞬間、互いに改造人間である事を分かり合う。
風見の顔を知っている黒井は勿論だが、風見も、黒井の身体の殆どが機械である事に気付いたのであった。
未だに出会った事のない沖一也・仮面ライダースーパー1を含めた八人の仲間たち以外の、強化改造人間の肉体を持つ黒井と克己。
風見と結城が、敵だと警戒したのも、尤もであった。
しかし、出会った場所と、その情景の為、風見も、黒井も、互いに仕掛ける事が出来なかった。
アシモフが訪れる予定になっていた、病院のロビーであった。
そこで、黒井は、あの家族と話していたのだ。
先に風見と結城と面識のあった彼らは、二人に声を掛ける。
すると、
「風見志郎だな」
黒井は言った。
「そうだ」
「そちらは、結城丈二……」
克己が眼を向ける。
「うむ」
克己が、早速、二人に歩み寄ろうとする。
それを黒井が制した。
黒井は、少年の傍に膝を着いて目線を合わせ、
「あの人たちと、知り合いかい」
と、訊き、肯定されると、
「実は、俺たちもそうなんだ。少し、彼らと話して来るよ」
と、克己と、風見と結城を伴って、外に出た。
病院の外で、
「貴様ら、改造人間だな⁉」
という風見の問いを、黒井は肯定した。
「敵か、それとも……」
結城が訊くと、
「お前たちの、敵だ」
克己が答えた。
克己の左腕は、今は、ない。
アシモフが、動力開放スイッチの修理をし易いよう、肩から先を外していた。
「あんたと同じ、三号だよ……」
「何⁉」
「仮面ライダー第三号……」
黒井がそのように言った。
「あんたと同じ、頭のてっぺんから足の爪先まで、仮面ライダーだ」
「どういう意味だ」
「――」
黒井が、その言葉の意味を明かそうとする。
二人と二人――三号と四号のタッグ同士の間に、ぴりぴりとしたものが流れ始めていた。
アシモフの乗った飛行機が墜落したと知らせがあったのは、その時であった。
そして黒井と克己は、同時にガイストからその連絡を受けた。
こうして一時的に、風見と結城、黒井と克己は、共通の目的の為に戦いを先延ばしにしたのである。
兄妹ネタが不思議と多いな……。SOZORYOKUNO HINKONという奴かしら。