仮面ライダー第三号の設計は、基本的に強化改造人間第一号・二号のそれをベースにしている。
CアイやOシグナル、超触覚アンテナ、クラッシャーなどの機能を持ったヘルメットを被る事により、頭部を保護するばかりではなく、改造された身体の機能を起動する。
風車ダイナモが回転して風力を取り込み――この際のプロセスは、
第一期:バイクや、自然落下を用いた加速による風圧
第二期:両肩の内臓スイッチによる回転
第三期:ベルト両側のスイッチによる起動
と、簡略化が為されている――、体内の小型原子炉から生み出されるエネルギーを動力源にする。
作戦行動によって体内に蓄積された熱は、コンバーター・ラングから排出され、この熱を噴射して一時的に滑空する事が出来た。
改造体の脚部には強力なスプリングが仕込まれており、ブーツにはその超人的な跳躍力から身体を守る、ショック・アブゾーバーの役割を果たす他、衝撃を外部に向かって放出、つまり、キック力として転換する。
そして、第二期から組み込まれるようになった機能に、蓄電・放電機能がある。
電気を体内に取り込んで、風力エネルギーの代わりとしたり、それを外に放出したりする機能だ。
これは、第一期・本郷猛が、ベルトに風を受けられない場合と、第二期のアーキテクチャーである内臓スイッチを起動させる動きが取れない場合の、第三の風車ダイナモを回転させる方法である。
常に一定の電力を蓄えて置けば、これのみで、改造人間としての力を発揮する事が可能だ。
後にストロンガーに流用される技術であるが、第一期・二期の頃には、攻撃に転用する程の電力を自ら発生させ、それを蓄えて置く事が困難であった。
しかし、瞬間的に、攻撃に転化出来るだけの電力を得られたのならば、その限りではない。
生体電流を放出するエイキングという改造人間がいたが、仮面ライダー第二号・一文字隼人は、この機能で、エイキングの電撃を吸収し、放電する事で相手に逆流させ、彼の改造人間を打ち倒している。
黒井がストロンガーに対して仕掛けたのも、この攻撃であった。
ストロンガー最大の電気技である、ストロンガー・サンダーの威力を、そのまま返してやったのだ。
さしもの城茂・仮面ライダーストロンガーとても、この反撃は予想していなかったようで、遂には、黒井響一郎の前に膝を屈する事となったのである。
雨が、降っている。
雷が鳴っていた。
この日の晴天を期待していた人々は、多大なる迷惑を被った事であろう。
ストロンガーと三号ライダーが戦った時に引き起こされた爆発と、それによる炎が生んだ上昇気流が、積乱雲を作り上げた。
急速に熱せられた大気が、上空で冷やされ、雨粒となって降り注いでいるのである。
どうにか、本当にぎりぎりの所で茂に勝利した黒井響一郎は、壊れた仮面から、赤い眼を覗かせながら、曇天の下、雨の中で三〇〇キロの鎧を纏う戦士を担ぎ、岩場の向こうの道路に呼び寄せて置いたトライサイクロンまで運ぼうとしている。
マヤからは、仮面ライダーたちを捕獲するよう、言われていた。
黒井にとっては、妻子を殺した仮面ライダー第一号のみが復讐の対象であり、他のライダーたちに対する憎悪はない。
他のメンバーを殺さずに捕らえる事は、組織の情報網を以てしても居場所を特定出来ない第一号・二号を誘き出す為の作戦であると、思っている。
「酷い格好ね」
超重量級のストロンガーを、必死の思いで、体力を極限まで削ぎ落とした黒井がトライサイクロンまで連れてゆくと、いつの間にかやって来ていたマヤが、そう言った。
マヤは、黒い、男物のスリー・ピースを着ている。
かなりタイトなようで、胸がベストの内側からせり出し、大きな尻にズボンがぴったりと張り付いていた。
その上、予期していなかった雨の為に、生地が濡れて身体に密着し、ボディ・ラインを浮かび上がらせていた。
トライサイクロンの傍には、彼女が乗って来たらしいオートバイが停まっている。
スズキGSX1100Sだ。
「ライダー・スーツにすれば良かったわ」
と、ぼやくマヤの横で、黒井が、ストロンガーをトライサイクロンに載せ、仮面を外す。
左半分が砕けた仮面を受け取ったマヤは、それ以外にも、装甲が剥げ、内部が剥き出しになった個所のあるそれを撫でて、呆れたような顔をした。
「もっと、身体を大事になさい」
「……君にそう言われると、何か、勘違いをしてしまいそうだよ」
「……そう分かっているだけ、良い傾向よ。……仮面や強化服は、多少なりとも替えが利くわ。けれど、貴方の身体はそうではないのよ」
一体、どれだけの時間を掛けて、強化改造人間第三号・黒井響一郎を育て上げて来たのか。
今までの、改造人間を造り上げては仮面ライダーに対してぶつけ、未熟な最新型を呆気なく破壊されてしまう。
この在り方を厭い、マヤは、ライダー・キラーとしての仮面ライダーを、どうにかコストを維持出来る唯三人のみ、残して来たのだ。
それなのに、戦うたびにこうもぼろぼろになってしまわれては、堪らない。
「分かった。次からは、気を付けよう」
黒井が頷いた。
「それじゃ、港で待っているわ。彼を基地まで運ぶ為の輸送船が、夜には着く筈よ」
マヤはバイクに跨り、各所に眼のプリントされた――黒井に言わせれば悪趣味な――ヘルメットを被って、マシンを走り出させた。
黒井は強化服を脱いで、コートに着替えた。
そうして、トライサイクロンの、剥き出しのマシンガン・ユニットやスーパー・チャージャー、後方のロケット・ブースターなどを車体に収納し、屋根を張ると、最後にエンブレムを反転させて隠した。
トライサイクロンの擬態である。
こうすれば、一見、普通の四輪自動車だ。
黒井は、隣に気を失ったストロンガーを乗せて、トライサイクロンを走らせた。
それから一週間と間を置かず、黒井はヨーロッパに向かう事となった。
ストロンガーを捕らえた黒井は、マヤからの連絡を待って、日本で体力を回復させていた。
マヤが借りたホテルに独りでいる時、その連絡が来たのだ。
ストロンガーを輸送船に任せてから、二日後の事であった。
最初に、克己がスカイライダー・筑波洋を捕獲した事を知らされた。
次に、その克己が、スカイライダーとの交戦で左腕を破壊されたと聞いた。
「
と、訊いた所、マヤはヒステリックな調子で、
「
と、彼女には珍しく、黄色い声を上げた。
何でも、強化改造人間はイワン=タワノビッチや緑川弘、呪博士、志度敬太郎など、ごく一部の天才科学者のみの“芸術作品”であり、今、基地にいる科学者陣では、精々、メンテナンスが出来る程度であった。
それが、関節が外れただとか、一部の人工筋肉が断裂しただとかであれば兎も角、改造体起動の内臓スイッチを破壊されたのを修理する事は、非常に難しい。
長い時間が掛かる上に、完全な再現という訳にはいかない。
それまでの間に、アマゾン、ストロンガーとスカイライダーが敗れたという報は、地球に残る五人のライダーたちの許へ舞い込む事であろう。
ライダーたちを捕らえた基地には、電波を妨害する装置が設置されているので、敗れたライダーたちが何処に拘束されているかがすぐに判明するという事はない。
しかし、アマゾンに連絡が取れない事を知れば、直接のコンタクトの為に、南米を訪れるかもしれない。
そこで、最近、調査隊が行方不明になったニュースを知れば――例えそれが、ショッカーが現地のマスコミに圧力を掛けて情報を隠していたとしても――、現場に足を運ぶだろう。
そうしてピラミッドを発見され、アマゾンがしたように基地に潜入されてしまえば、ストロンガー・スカイライダー両名に仕掛けたような、奇襲や、召喚しての挑戦など、こちらの精神的アドバンテージが、奪われてしまう。
「分かった」
黒井は、マヤにそう返した。
「俺が、残る五人を、全て相手しよう」
「無理よ」
マヤは即答した。
「貴方、本当に五人を一度に相手する心算でしょう」
「――」
「成程、良い考えだわ。それなら、一度の戦闘だけで済む。幾らかは壊れるでしょうけど、スーツや身体の修理も、その一回だけ……」
「なら……」
「――で、勝てるの?」
「勝つさ」
「それが無理だって言ってるのよ。相手は、貴方と同じか、それ以上の、本郷猛と一文字隼人がいるのよ。一対一……頑張っても、二人を相手にするのが関の山でしょうね」
「むぐ……」
「心配しないで。あてはあるのよ」
「あて?」
「克己の身体を、
「本当か?」
「ええ」
それから少しして、ホテルのフロントに、ヨーロッパの或る町の新聞の記事が、ファックスで送られて来た。
ロボット工学の世界で、最近になって頭角を現して来た、アメリカ人のアシモフという人物についてのものであった。
記事には、アシモフ博士が開発した、医療用パワード・スーツの試作品が、その町の病院に寄附されるという内容が記されていた。
身体の一部を失っていたり、生まれた時から何らかの障害を持っている人に、その機能を与えるユニットであった。
試作品という事で、実験的な意味は勿論あるのだろうが、新聞には、幼い頃から外で自由に遊べなかった子供たちへの無償のプレゼントであると、美談として纏め上げられていた。
「技術提供を見て」
マヤが言うので、記事に眼をやると、アシモフ博士の後援に、アメリカ国際宇宙開発局の名前が載っていた。
現在、富士山の麓からロケット・スーパー1を打ち上げ、月面に基地を着陸させる事に成功した彼らが加わった事で、アシモフ博士の研究はかなりのペースで進んだという。
世間的には秘されているものの、彼らは、惑星開発用改造人間S-1を開発し、月面でのベース設立に使用している。
そのS-1の開発には、FBIやICPOの捜査官が各地から収集して来た、ショッカーやゲルショッカーなどの技術が提供されている。
つまり、このアシモフ博士は、ショッカーの改造人間製造ノウ・ハウを、正式に受け継いでいる事になる。
「このアシモフ博士に、克己の身体を
「その心算よ」
「それで、
「多分、彼なら
「そうか……」
黒井は、胸を撫で下ろした。
マヤがヒステリーを起こす程の負傷を、克己が負ってしまった。
その、大切な仲間の怪我が治ると聞いて、安堵したのである。
「貴方には、その町で、克己に合流して貰うわ。彼の護衛としてもね」
「了解した」
頷いてから、黒井は、
「そう言えば、ガイストはどうしたんだ?」
「彼は、今、忙しいの」
「忙しい?」
「大事なお仕事の、真っ最中でね。それが一段落するまで、彼は動けない」
「そうか。それじゃあ、ガイストに頑張ってくれと、伝えてくれ」
「はぁい。それじゃあ、貴方の替えの強化服と仮面は、克己に持たせるわね」
「頼む」
そうして、黒井はマヤが手配した船のチケットを受け取り、ヨーロッパへ向かったのである。
克己は、夢を見ていた。
スカイライダー・筑波洋を捕らえた時の記憶を、眠っている脳内で再生しているのだ。
あの時――
胸倉を掴まれ、仮面をスカイ・ドリルで掘削された克己は、スカイライダーの手が生身の顔に届く直前、膝を抜いた。
膝を抜くというのは、膝の関節を緩めて脱力する事である。
こうして、克己の重心が下がり、彼と繋がっていた洋の重心も、自らの意に反して下ってゆく事になる。
投げを打つ時の基本は、このように、相手の重心を崩す事だ。
重心が安定しているから、人間は投げられない。
ならば、その安定している重心を崩せば、人間を投げる事が出来る。
嘉納治五郎が、嘉納流柔術・講道館柔道で成功したのは、この事を理論的に説いたからだ。
誰にでも出来る武術。
誰にでも分かる武道。
しかし、それを公開したのが、嘉納治五郎が初めてというだけで、その理論自体は、それよりもずっと以前から、様々な言葉で、或いは行動で、相伝されて来たものである。
克己は、育ての親の松本慶朝から、これを教わった。
琉球唐手の秘伝である。
膝を抜いて脱力し、落下した身体を支える踏み込みを、攻撃力に転化する。
固めた拳を、自然な位置に持ち上げて置けば、踏み込みの勢いが、拳を進ませる。
進んだ拳は、大地の威力をそのまま相手の肉体に刻み込む。
ライダー四号・克己は、襟を取っている仮面ライダー・筑波洋の重心を、そうやって崩し、踏み込みを用いたパンチで、落下し掛ける顎を射抜いたのである。
クラッシャーをチップしたパンチは、顎を掠めた打撃が頭蓋骨の中身を揺らすように、仮面の奥の頭部を揺さ振った。
そうして、洋は脳震盪を起こし、夕日の塩湖に倒れ込んだのであった。
そのスカイライダーを回収しようと、装甲の内側を、まるで筋繊維を剥き出すようにして晒していた第四号であったが、無人の筈のそこに、人の気配を感じた。
辺りを見回したが、自分たちの他には、誰もいない。
しかし、確かに他人の気配を感じた。
視界の隅に、ちらりと、人影が映ったような気がしたのだ。
拡張された感覚でも捉えられないという事は、只の気の所為なのだろう。
そう思おうとすればする程、何者かが自分の傍にいるという感覚に陥った。
背後を振り返れば気配は頭の後ろに移動し、顔を戻せばやはり背中に焦げ付くような視線が感じられる。
妙な不安が、克己を支配していた。
自分の身に、何か、異変が起こっている。
その異変の正体を、誰にも言わないまま、克己は、ヨーロッパの田舎町、アシモフ博士が訪問する予定のそこへ、南米からやって来ていた。
そうして、黒井と合流したのであった。
アシモフ博士の元ネタは山田ゴロ版『仮面ライダー』から。