仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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少々余裕が出来たので、投稿ペースを上げていければ、と。


第十三節 呪縛

 岩場が、燃えていた。

 ストロンガーが放った電キックによって、空気が激しく摩擦されたのである。

 その炎が、周辺に燃え移っているのだ。

 

 海水を浴びても、火は消えなかった。

 風が吹き続けているからである。

 酸素を喰らいながら、海辺で、炎は赤々と燃え上がっていた。

 

 その中で、黒井響一郎・仮面ライダー第三号と、城茂・仮面ライダーストロンガーは対峙している。

 

 第三号の蒼い装甲が、炎の照り返しを受けていた。

 その仮面の左側は砕け、黒井の素顔が覗いている。

 仮面の破片に傷付けられた眼球は、赤く染まっている。

 その眼の下に、傷跡が伸びていた。

 改造手術を受ける時、皮膚を新たに張り付けられたその縫い目が、浮き上がっている。

 

 一方のストロンガーも、無傷ではない。

 電キックをライダーキックで跳ね返され、そのダメージが残っている。

 そうであっても、黒井ライダーが襲い掛かって来るので、どうにか対抗していた。

 

 チョップでカブト・キャッチャーを折られた以外にも、狂ったように繰り出されたパンチで、カブテクターが歪んでいた。

 

 不味かったのは、胸のど真ん中に直撃した一発だ。

 普段ならば、充分に耐久し得る一撃であった。

 

 だが、決着を焦ったのが、悪かった。

 茂は、電気マグネットを用いて、黒井を引き寄せた。

 コイル・アームから強力な磁力を発して、金属を引き寄せる事が出来るのだ。

 そうして、戦う意思は見せながらも、身体が追い付かないでいた黒井を吸い寄せて、電パンチの一撃で決着する心算であった。

 

 だが、黒井は、引き寄せられるその力に逆らわず、却ってストロンガーに肉薄する手段だと判断して、パンチを放った。

 

 それが、計算が、或いは偶然か、ストロンガーの胸の中心――Sポイントを叩き、歪めた。

 

 これで、チャージ・アップ――超電子の力が封じられてしまった。

 再改造で埋め込まれた超電子ダイナモが生み出す電子を、回転する事で体外に排出する役目を、Sポイントは担っている。

 歪な形状になったSポイントは、回転する事が出来ない。

 出来ても、充分に電子を排出し切る事が出来ない。

 チャージ・アップ状態は一分間しか使う事が出来ず、タイム・リミットが近付くに連れて、生成される超電子は量を増してゆく。

 それが、排出し切れずに体内に蓄積を続ければ、リミットよりも早く、ストロンガーの身体は爆発四散する。

 Sポイントに生じたのが、どの程度の歪みか、それがどれ位、電子を吐き出す弊害となるか、それを割り出す事が、黒井の執拗な攻めの為に邪魔されている。

 

 黒井響一郎――

 

 茂は、彼の戦いに、言いしれない狂気を感じた。

 

 何かに憑りつかれたように、黒井は攻撃を仕掛けて来る。

 どれだけ殴り飛ばされようが、どれだけ蹴り転がされようが、だ。

 それでも立ち上がって、ストロンガーに咬み付いて来る。

 

 痛みを感じていない?

 

 そうではない。

 痛がっている素振りは、ある。

 

 それを無理くりに押し殺して、ストロンガーを倒そうとするのだ。

 

 ともすると、何かを恐れているようにも感じる。

 その恐怖を振り払う為に、死に物狂いになっているようであった。

 

 そうしている内に、二人の戦いは長引き、いつの間にか、岩の海岸は炎の闘技場と化しているのであった。

 

 黒井が、駆けて来る。

 

 パンチ。

 茂が、その腕を払って、前蹴りを叩き込んだ。

 黒井の身体が宙に浮く。

 

 ストロンガーの、フック気味の拳が、第三号のヘルメットの右側を殴った。

 顔を引き戻す勢いで、黒井がアッパーを放つ。

 その拳を、ストロンガーの白い手甲が握り込んだ。

 黒井の血眼が、緑色の複眼を睨み付けた。

 

 「もうよせ!」

 

 茂が言った。

 

 黒井は、右の脚を、茂の脚の間に滑り込ませようとした。

 ばぢぃ、と、ストロンガーの手から蒼白く電光が迸る。

 雷の蛇が、三号ライダーの身体を焼いた。

 

 黒井の身体が、その場に崩れ掛ける。

 しかし、膝を着いただけであった。

 

 「か、かて……ば」

 

 蚊の鳴くような声で、黒井が、牙の奥で言っていた。

 

 「正義……」

 

 ゆるりと、黒井は立ち上がった。

 

 「まければ……」

 

 狂っていた。

 狂いながら、黒井響一郎は、拳を叩き付けて来た。

 

 「悪!」

 

 そのボディを、ストロンガーの下突きが射抜いた。

 腰を山なりにしながら、黒井ライダーが浮き上がる。

 

 黒井は、岩肌に、背中から落下した。

 それでも、まだ、黒井響一郎は立ち上がろうとした。

 

 炎の中で、幽鬼の如く、蒼い影が立ち上る。

 

 黒井は、ベルトの両脇のスイッチを押した。

 唯でさえ、赤い円としか見えなくなる程に回転していた風車が、速度を速める。

 

 大量の空気を、呑み込んでいた。

 コンバーター・ラングからは、黒井の身体に溜まった熱を、絶え間なく吐き出している。

 

 この火照った身体を冷却するのに、風車ダイナモの回転が必要であった。

 

 そうして掻き回された空気の中で、揺らめく炎が、蒼く変わり始めた。

 タイフーンの回転に引き寄せられた酸素を、赤い蛇が喰らい始めているのだ。

 

 赤い炎は、高温になるに連れ、蒼く変色してゆく。

 蒼い炎と、赤い炎が、仮面ライダー第三号とストロンガーとの間で、ぶつかり合っているようであった。

 

 と――

 

 ぽつり、と、ストロンガーのヘルメットを、雨粒が打った。

 

 見れば、空に暗雲が立ち込めている。

 炎が生み出す上昇気流が、積乱雲を作っていた。

 黒い雲の中で、龍の唸りが聞こえている。

 

 茂は空を見上げ、黒井に視線を移した。

 

 黒井ライダーは、まだ、ストロンガーとの戦いをやめようとはしていない。

 きっと、殺しても、立ち上がる。

 

 勝てば正義、敗ければ悪――

 

 その思想が、黒井響一郎の屍さえも、戦わせる。

 

 それは、呪いだった。

 黒井が、黒井自身に掛けた呪縛であった。

 永遠に彼を蝕むものだ。

 敗北の果てにある醜い悪を厭う黒井は、勝ち続けて、自らの正義を証明し続けなければならないという呪いを、自らに掛けている。

 

 決して成就する事のない、呪い。

 勝って、勝って、勝ち続けなければ、自らを保っていられない程の。

 

 「決着だ……」

 

 茂が、静かに言った。

 

 ストロンガーが手を持ち上げる。

 ハンズ・アップ――敗北の印では、ない。

 

 黒井も、これが最後の攻防になると、分かっていた。

 

 赤と蒼の炎と、黒い雲に包まれた静寂が、場を支配する。

 

 黒井が、動いた。

 地面を蹴って、跳び上がる。

 

 その跳び上がった黒井に向かって、天空から、雷光が降り注いだ。

 上昇気流が呼んだ積乱雲から、ストロンガーが落雷を促したのだ。

 

 視界の全てが真っ白く染まり、次いで、轟音が鳴り響く。

 世界の終わりを告げるような雷鳴だ。

 

 ストロンガー・サンダーが、跳躍したライダー三号を貫いた。

 

 だが、その白い光の中から、黒井響一郎はストロンガーに向かって飛び掛かって来た。

 

 稲妻を吸収した黒井ライダーが、ストロンガーに組み付く。

 

 黒井の身体に落ちた雷は、そのまま三号ライダーのエネルギーとなり、それを、密着したストロンガーに向けて流し込んだ。

 

 大きな爆発が、起こった。

 

 

 

 

 

 克己は、左腕を折られながらも、身体を滅茶苦茶に振るって、洋を振りほどこうとする。

 

 それを抑え込もうとするスカイライダーの頭上に、四号ライダーの左脚が持ち上げられた。

 

 はっとなった時には遅く、緑の仮面に、銅色のブーツの爪先が打ち込まれていた。

 

 克己は、左脚を背中に回していた。

 直立した状態から繰り出されれば、克己の左脚は、蠍の尻尾のように見えていただろう。

 

 洋は蹴りの衝撃で、僅かに技を緩めてしまった。

 その隙に、克己は洋の手から逃れ、しかも、破壊された左腕で殴り掛かって来た。

 

 腰のひねりで繰り出される、肩・肘・手首の三節の鞭。

 装甲の重みも加わって、鞭の先端に鉈を取り付けたかのような凶器が、スカイライダーの仮面を横から薙いだ。

 

 「俺は、不死身だ……」

 

 克己が言った。

 

 自分は痛みを無視出来る。

 痛みが喚起する死への恐怖を、無視出来る。

 そして自分はショッカーの為に、死んではならない。

 

 それに、過去、克己は黄泉戸喫を行なっている。

 黄泉の国の怪物を殺した克己は、既に死人だ。

 死人は、殺す事が出来ない。

 だから、松本克己・仮面ライダー第四号は、不死身なのであった。

 

 立ち上がった克己に対し、洋はグラウンドから足を蹴り出した。

 離陸する飛行機のように滑る黒いブーツが、銅色のプロテクターを押し込んだ。

 

 克己は、蹴りの衝撃で跳びながら、揃えた両脚を、洋の蹴り足の膝にあてがった。

 そのまま体重を掛け、スカイライダーの右足の膝関節を、踏み潰す。

 

 膝が、あり得ない方向に曲がり、爪先が天を睨んだ。

 

 右足で、洋の右膝を地面に縫い付け、克己は右手に、二本貫手を作らせた。

 拳から、人差し指と中指を突き出し、揃える形だ。

 

 それを、ゆっくりと、トルネードに近付けてゆく。

 ベルトを破壊して、エネルギー供給を断つ心算だ。

 急ぎ打ち付けては、その風圧で風車が回ってしまう。

 

 だが、そんなゆっくりとやっていては、洋の反撃も当然であった。

 

 洋は、克己の右腕を掴み、引き寄せながら、左脚を克己の頸に、外側から引っ掛けた。

 腰のひねりを足に伝わらせ、克己の肩を回転させる。

 

 スカイライダーの体重に引かれて、四号ライダーの頭が地面に向かって落ちて来た。

 極まり切れば、うなじに左の脛を宛がう形での、脇固めが完成する。

 

 克己は、咄嗟に左手を突いて落下を防ごうとしたが、既に破壊されていた肘が、あらぬ方向を向きながら折れ、身体を支え切れなかった。

 

 その脇固めの姿勢から、洋は克己の右腕をねじり、自身も回転し、克己を引き上げた。

 スカイライダーが背中を地面に着け、四号がその上で仰向けになる。

 克己・四号の腰に、畳み込まれた洋の左膝が当てられていた。

 又、左手は克己の右腕を頸から肩甲骨に掛けての位置に押し当てており、右手はブーツの片足首を握っていた。

 

 プロレスで言う、ボー・アンド・アローに近い。

 弓なりになった相手の背に押し当てる脚を、引き絞る矢に見立てている。

 

 ここから更に、洋は左足の踏み込みを用いて、寝返りを打った。

 

 踏み込みの衝撃が、スカイライダーの膝から、克己の背骨に伝わる。

 次いで翻った頭部が、地面に打ち付けられた。

 三つ目の衝撃は、地面と膝で、胴体をサンドウィッチされる痛みだ。

 

 頭部と脚部、そして胴体の三点を抑え込んで、敵を地面に激突させる――本来は、地上で捕らえた相手を上空から投げ落とす技だが、重力低減装置と右脚を破壊されている今では、グラウンドから仕掛ける、変形三点ドロップが精一杯であった。

 

 それでも、改造人間の踏み込みが背骨に与える衝撃は、相手の肉体が如何に強靭で、強化服の上からのものであろうと、大ダメージである。

 

 「ぐぅお」

 

 無理に反らされた頭部、歪んだ鉄板の間から、克己の鈍い声が漏れた。

 暫く、洋は、三点ドロップを極めた姿勢のままでいたが、やがて克己が動かなくなったのを見て、技を解いた。

 

 ぽちゃりと、銅色の仮面とブーツが、塩湖に落ちる。

 その水面は、もう、蒼空を映してはいなかった。

 広がる波紋が、まるで血が流れ出したかのように、朱く染まっている。

 

 スカイライダー・洋は、壊れた右脚に苦労しながら、倒れた克己ライダーから去ろうとした。

 

 だが、その眉間のランプが、ぱっと輝きを放った。

 改造人間が、ごく近くで活動している事を知らせていた。

 

 振り向けば、克己が立ち上がって、殴り掛かって来る所であった。

 

 四号の右のパンチが、スカイライダーの左頬を打ち付けた。

 身体の右側に掛かった体重を支え切れず、洋が、右膝を水に沈める。

 

 克己は、右と、肘から先が変な方向を向いた左で、交互に殴り付けて来た。

 両腕で頭をブロックするが、その上から、滅茶苦茶に拳を落として来る。

 金属の鈍器が振り下ろされる衝撃が、仮面の内側に広がってゆく。

 

 本当に、この相手は、不死身なのか⁉

 

 洋は戦慄した。

 

 腕を壊され、頭を打ち付けられ、背骨に衝撃を与えても、克己は立って来る。

 まるで、ゾンビだ。

 脳みそを撃ち抜くか、五体をばらばらにして焼却するかでもしなければ、死なないような気さえした。

 

 「くぅぅっ!」

 

 洋は、クラッシャーを悲鳴のような歯軋りで震わせながら、右腕を突き上げた。

 黒いレガートが、高速で回転を始めている。

 スカイ・ドリルだ。

 

 黒い螺旋の金属が、克己のパンチの隙間を縫って、正中線を這い上がった。

 

 タイフーンの表面を、スカイ・ドリルが駆け上がる。

 風車ダイナモの前に、シャッターが設置されていなければ、危うく破壊される所だ。

 

 しかし、スカイ・ドリルの勢いは止まらず、プロテクターの前面を抉り、チン・ガードを弾き飛ばした。

 

 克己の、鼻から顎に掛けてが露出する。

 

 洋は、四号の胸倉を掴むと、右腕のスカイ・ドリルを、眉間に叩き付けていった。

 

 

 ぎゅろろろろっ!

 ぎりりりっ!

 ばぎゃぎゃぎゃぎゃ!

 

 

 金属が金属を掘削する。

 聴覚という存在を、ぐちゃぐちゃにしようとするかのような雑音が、克己の脳に響いた。

 

 脳のしわを、電流が駆け巡る。

 

 眼の前に、イワンの顔が浮かび上がった。

 続けて、地獄大使の事を思い出した。

 

 “私はね、カツミ……”

 

 どうした、イワン。

 

 と、問い掛けそうになった。

 

 “俺は……”

 

 と、誰かが言った。

 聞き慣れた声だった。

 俺の声だ。

 俺とは誰かと言えば、それは、松本克己だ。

 

 “俺は   に、     を見出せ  のだ”

 

 克己が、何かを言っている。

 俺が、何かを言っていた。

 

 そうして、

 

 “地獄を愉しみ給えよ”

 

 地獄大使が言った。

 

 そうして奴は、俺の頭を掘削して……

 

 克己の膝が、かくん、と、折れた。


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