崖を転がり落ちた所から、黒井はすぐに立ち上がり、同じく起き上がって来たストロンガーに挑み掛かった。
持ち上がり掛けた頭部に、横から、サッカー・ボールを蹴り飛ばすように、右足を振り出した。
茂はそれを左腕でガードし、第三号の軸足を狙って、右の蹴りを放った。
黒井は、軸足で跳躍し、空中から、左の蹴りを打ち込んだ。
カブテクターの肩口にぶち当たった蹴りが、ストロンガーの姿勢を崩させる。
足に仕込まれたスプリングがたわみ、ライダー三号の身体が舞い上がる。
バック宙をして岩場に着地した黒井は、鉤爪を茂に向けた。
ストロンガーは、立ち上がりざま、両手を擦り付けて、地面に叩き付けた。
ぎざぎざの岩場の間には、水が流れている。
エレクトロ・ファイヤーが、岩の隙間を流れていった。
黒井の立った岩の周辺から、稲妻が迸り、黒井を檻に閉じ込める。
一瞬閃いた電撃のケージが消えると、茂は跳んでいた。
黒井の頭上に位置し、電パンチを叩き付けてゆく。
飛び退いて距離を取ると、ストロンガーのパンチはそのまま地面に激突し、岩を吹っ飛ばし、水を噴き上がらせた。
黒井ライダーは、粉塵と噴水の向こうのストロンガーの体勢を、Cアイや超触覚アンテナで割り出し、素早く死角に入り込んで、蹴りを放つ。
背後から、脚に向けて。
「おっ」
茂がそれに反応し、狙われた左脚を持ち上げる。
蹴りを躱された黒井の右脚が、着地する前に膝から翻り、ストロンガーの胴体を打った。
茂は、第三号の蒼いブーツを左腋に挟み込んだ。
そのままひねれば、黒井の右脚を、膝からねじり折る事が出来る。
茂が力を籠める方向を黒井は見切り、そちらに身体を回転させた。
「――とぁっ!」
茂は、黒井の右膝を、外側にねじろうとしたが、黒井はそれに合わせて右側に跳び、ストロンガーの前で回転すると、着地した左足をすぐに跳ね上げて、頸に引っ掛けた。
第三号の両脚が、ストロンガーの左肩を挟んでいる。
黒井は茂の左腕を掴むと、頸に引っ掛けた左脚に体重を掛け、又、腰を切る事で、ストロンガーを投げ飛ばした。
「ちぃっ」
茂は自ら跳んで黒井のタイミングを狂わせた。
このお陰で、黒井の計算よりも早いタイミングで茂の身体は回転し、黒井の脚から左腕を引き抜く事に成功した。
尻餅をつく形になったストロンガーは、両手を地に突いて上体を起こそうとする第三号の顔面に向けて、右のアッパーを打ち上げた。
黒井は、咄嗟に地面を掻いて、岩の破片を飛ばし、茂の拳は、その破片を更に粉微塵にまで砕く事で、飛蝗の仮面を逸れた。
がら空きになったストロンガーの右腰に、黒井がしがみ付いてゆく。
頭を下げて、右肩を茂の腹に当て、そのまま押し倒そうとした。
が、ストロンガーは、右足を後方に伸ばす事で第三号のタックルを堪え、相手にがぶってゆく。
黒井は、茂が前に出していた左脚に両脚を絡め、腰を落とした。
普通ならば、これで膝が崩れ、相手はバランスを崩す。
だが、相手は超重量級のストロンガーであった。
しかも、茂はアメフトの経験者だ。
身長はあるが、体重は軽い方の彼は、自分よりも体重のある選手のタックルを何度もぶちかまされた事があり、それに比べれば、この超強化服を纏った状態での突撃など、大した事はない。
茂は両手を第三号のヘルメットにやると、そこに、思い切り体重を乗せた。
蒼い仮面が、地面に、激突させられる。
仮面の内側のクッションがなければ、兜から伝わった振動が、脳震盪を引き起こしていた。
離れなければ!
仮面全体が、熱を孕み始めた。
コイル・アームが、常時放っている電気が、黒井の頭を炙り始める。
地面とストロンガーの手の間から、頭を抜こうとした黒井の顔に、硬いものがぶち当たって来た。
ストロンガーの、膝だ。
仮面の左側半分が、吹っ飛んだ。
Cアイに使われていた特殊ガラスや、機械の部品、表面の装甲が、黒井の左眼の周辺に突き刺さった。
這うような体で逃げ出した黒井を、茂が追う。
ストロンガーを振り返った黒井の、外気に晒されている左眼が、真っ赤に充血していた。
仮面の破片が、突き刺さったのだ。
「先輩方と、お揃いだな」
茂が軽口を叩いた。
かっとなって、黒井はストロンガーに仕掛けてゆく。
左のハイキック。
と、見せ掛けての、右での後ろ回し蹴り。
カウンターを合わせに来たストロンガーの右ストレートに、更にカウンターを取り、第三号の右足の踵が、茂のヘルメットの右側頭を叩いた。
揺らぐストロンガーの頭部に、黒井が、肘を落とす。
密着して来た三号を捕らえようとするストロンガーの手を払った。
その手を払った腕で、ストロンガーの顔を殴り上げる。
左手で、大きく主張するカブト・キャッチャーを掴むと、右の手刀を作り、振り下ろした。
がきんっ、と、鈍い音を響かせて、鋼虫の角が、斬り飛ばされた。
下がった頭に、左のライダーパンチを打ち付けようとする。
だが、その三号のコンバーター・ラングに、ストロンガーの拳が当てられている。
低い姿勢から、しかし、強く踏み込んで、右拳を突き出した。
ゼロ距離からの一発は、鉄の装甲を歪ませ、黒井を大きく弾き飛ばした。
足場の悪い岩の地面を転がる第三号。
ストロンガーは立ち上がると、地面を蹴り上げた。
ぶわりと、空気を唸らせながら、超重量が飛び上がる。
回転と、落下と、そして稲妻を加えた跳び蹴りが、黒井を襲った。
電キックだ。
仮面ライダー第三号も、必殺のキックで反撃する。
ベルトの両脇のスイッチを押し込み、タイフーンを回転させた。
そこに自らの動きを加えて、二倍の風力を取り込む事が出来る。
威力を倍にまで引き上げたライダーキックと、ストロンガーの電キックが、空中で交差した。
高度数千メートルの上空から墜落した衝撃は、流石に、強化改造人間とても堪える。
強化外骨格や衝撃緩衝材などの、飛蝗のジャンプ力を人間のサイズで再現する為の措置が取られていない、生身に近しい改造人間であれば、それこそ虫けらのように潰れていた事であろう。
ましてや、スカイライダーの最大の特徴でもある重力低減装置は、落下の最中に破壊されてしまっていた。
重力制御をし切れなかった筑波洋は、ライダー・スーツの中で、そのダメージに悶えている。
一方、それよりも旧式の強化服を纏う克己は、洋よりも少し早く、頭を上げていた。
洋に、重力低減装置を破壊されたという精神的なダメージが加わっていたのに対して、克己には、スカイサイクロンへの突撃を防いだという心の余裕がある。
又、脳改造手術が施されている克己は、痛覚を自在に遮断出来る。
いや、遮断と言うのは、少し違うかもしれない。
例えば、脳改造を施されていない強化改造人間は、改造間もなくは、神経と肉体とが巧く接続されておらず、脳からの信号も、感覚器からの刺激も、伝わり辛い。
その為、殴られたり、銃で撃たれたりしても、防衛本能である痛みを正確に伝えられず、ものを掴もうとすれば、力の調整が出来ずに強化された握力をそのままぶつけてしまう。
脳改造を受ければ、与えられる痛みを把握し、加えるべき力を調節する事も可能だ。
しかし、これはその肉体に慣れてゆけば、自然と出来る事である。
本郷猛は、改造された当初、持ち上げたガラスのコップを握り壊し、励まそうとして子供に添えた手で、少年の手を潰しそうになってしまった。
それを、身体に順応してゆく内に、コントロール出来るようになった。
同様の経験が、神敬介にもある。
又、風見志郎は、脳に撃ち込まれた弾丸が原因で、パワーを制御出来なくなった経験を持つ。
痛覚に関しても、神経が肉体に馴染んでゆくのなら、同じだ。
だが、脳改造を受けていなければ、出来ない事も、ある。
それは、痛みを無視する事である。
痛みを感じる事は、ある。
事実、克己は今、全身に痛みを覚えている。
だが、その痛みが、自分にどういう結果を齎すかを、克己は無視している。
痛みが肉体を破壊し、最後には自らの死を呼び込む。
その事を忘れている。
その事を忘れる事が出来れば、痛みなどないも同然だ。
痛いという感情そのものが、克己の前頭葉からは、掻き消えていた。
だのに、自分が死ぬような事はあり得ないと思っている。
克己は、自分の足取りが覚束ない理由に気付かないまま、スカイライダーの傍まで歩み寄ると、起き上がり始めた緑の仮面に向かって、拳を叩き付けた。
金属同士が衝突し、火花が散る。
洋が、塩の地面を蹴って、その勢いで、パンチを克己の腹に打ち込んだ。
衝撃で後退はするが、克己はすぐに蹴り返して来る。
鉄の脛が、スカイライダーの肩に直撃した。
洋が膝を着く。
第四号は、スカイライダーのマフラーを掴み上げると、手前に引き寄せた。
接近させられたスカイライダーの胸に、四号ライダーの正拳が突き刺さる。
崩れそうになるも、克己はマフラーを引っ張って、チェーン・デス・マッチの如く、洋を放そうとしない。
左手でマフラーを握り、右のパンチを叩き付け捲る。
洋は、克己の左手を握った。
克己が、右ストレートをぶち込もうとする。
その瞬間に、仮面ライダー・筑波洋の身体が、仮面ライダー第四号の左側に、するりと回り込んでいた。
第四号のパンチが、虚空を薙ぐ。
スカイライダーは克己のバックを獲っており、克己は自分のパンチの威力でその場で半回転した。
そうして、洋は克己を抱えて、後ろに跳んだ。
バック・ドロップで、四号の後頭部を、塩の鏡の中に叩き込んだのであった。
ここから、寝技の攻防に移行する。
克己が、自ら脱出したとは言え、スカイサイクロンは活動が可能だ。
しかし、洋はセイリング・ジャンプが出来なくされている。
同じ程の跳躍力を持つ第四号と、遠・近距離での打撃は、スカイライダーに有利とは言えなかった。
それならば、七人ライダーとの特訓の際、彼らと脳波を共有する事で体得した、九九にも及ぶ技の内の、サブ・ミッション技で、この相手を下すべきであった。
バック・ドロップの体勢から、両脚を、克己の左脚に絡め、そこを起点に身体を持ち上げる。
第四号が寝そべり、その頭に足を向ける形で、スカイライダーが上半身を起こしている。
左足首を右腋に挟んで、左手でロック。
身体をねじりながら倒れる事で、足首を極めようとした。
しかし、克己が、横向きになりながら、身体を丸めつつ、脚を引き抜こうとする。
海老だ。
水分で装甲が滑り、がちがちと音を鳴らしながら、四号のブーツが、抜け出した。
洋は、上半身を立たせた克己の胴体に、蟹バサミを仕掛ける。
プロテクターとバックルがなければ、鉄の両脚に胴体を両断されていた所だ。
克己は、地面に引き倒される事を堪えると、洋の右腕を掴んだ。
手前に引き、アーム・ロックに移ろうとする。
スカイライダーの左肘が、しかし、四号の顔を斜め下から打った。
逆に左腕を捕らえる。
洋は、克己の身体の外に振り出した右足で、強く踏み込むと、上下を入れ替えた。
両手で四号の左腕を捕らえつつ、左腰を跳ね上げ、顎に押し当てた左肘を軸にして反転する。
克己・四号が、落下する衝撃で大量の飛沫を跳ねさせた。
この時、チン・ガードが歪み、鉄板の隙間から、肌色が覗いていた。
スカイライダーの肘によるものである。
仮面ライダー・筑波洋は、仮面ライダー・松本克己の左腕を引き上げ、背中に回しながら、肩から肘に掛けての関節を絞り上げた。
チキン・ウィング・アーム・ロックだ。
ねじり上げられた肩甲骨から腕のラインが、鳥の手羽に見える事から、こう呼ばれている。
克己の右半身は水に浸かり、洋は彼の背後で膝立ちになって、腕を決めていた。
容赦はしなかった。
手首をロックしたまま、克己の上腕を押し上げて、強化服の上から彼の肘を破壊した。
文字通りの鉄骨が歪み、強化服の肘の部分に、不自然な出っ張りが生じていた。