崖の上から、ストロンガーは飛び降りた。
天に背中を押され、地に誘われるかのように、城茂・仮面ライダーストロンガーが、黒井響一郎・仮面ライダー第三号の前に着地する。
仮面ライダー・黒井響一郎は、自らの手首をぎゅぅと握り締め、開いた両手をストロンガーに向けた。
二人の傍で、アスファルトを焦がす炎が、火の粉を舞わせていた。
その炎を、黒井は左手に、茂は右手に見ている形で、向かい合っている。
共に構えを採り、いつでも飛び出せる体勢を整えていながら、二人はすぐには動かなかった。
重量では、ストロンガーが遥かに勝っている。
だのに、ストロンガーはそのウェイトを、他の改造人間らと何ら変わらない速度で動かす事が出来た。
破壊力は、質量と速度を掛ける事で導き出される為、全体としてのパワーであれば、ライダー第三号が、ストロンガーに敵う道理はない。
しかし、黒井に、強敵と相対する悲壮感はなかった。
戦うのならば、勝つ。
徹底的に相手を叩きのめし、自分の手に勝利を握り締める。
その絶対的な自信が、黒井の身体から立ち上っているのが、茂にも感じられる。
又、黒井が自分たちと同じ強化改造人間・仮面ライダー……しかも、第三号を名乗った事で、その実力の高さを窺わせる。
科学技術は、日々、進歩している。
そうなると、自然と新しいもの、後に出来たものが、優れているという事になる。
だが、彼ら強化改造人間の間で、その理論は通じない。
彼らは自ら進化し、深化する存在であるから、造られた当時以上の性能を、自分自身の手で取り込んでゆく事が出来るのだ。
そうした意味では、その進化を深めた時間が長い個体の方が、優れている所がある。
例え破壊力では劣っていても、そのパワーを躱して、探り出した弱点に適切な一撃を入れてやれば、それで、旧式の改造人間が勝利する可能性は、充分にあった。
今までの仮面ライダーたちは――茂もその中には含まれている――、そうして来た。
そうし続けて来た。
故に、第三号――現在、九人いる仮面ライダーの中で、敢えて三番目を名乗った黒井響一郎が進めている深化の度合いを、第七号・ストロンガーは警戒しているのであった。
が、勿論、恐れている訳ではない。
恐れてはいないが、未知の相手に対して慎重になる事は、間違ってはいない。
互いに互いを警戒しながら、二人は、暫く沈黙していた。
弱点を探り、隙を探す。
速度は、互角。
パワーはストロンガーが上だが、巧みにカウンターを取れれば、第三号にも勝機はある。寧ろ、ストロンガーのパワーを利用して、全て返してやる事が出来れば、最良であった。
茂もそれを分かっているので、下手には動けない。
エレクトロ・ファイヤーなどを使うにしても、その動作の隙に間合いを詰められるかもしれなかった。
炎が燃える。
黒井の背後から、波と風の音が這い上がって来る。
自然の音の中に、赤と蒼のボディが溶け合っていた。
と、その沈黙を裂くように、地面を削るタイヤの音が聞こえて来た。
トラックが、近付いて来ているのだ。
茂たちがやって来た方向だ。
運転手は、先ず、道路の真ん中で燃えている炎に驚き、その向こうに立っている二人に戸惑った。
ブレーキを踏み締め、分厚いゴムと道路を摩擦させる。
しかし、炎の手前では止まり切れず、致し方なく、駆け抜ける事にした。
運転手は、二つの人影を吹っ飛ばしてしまったかもしれないという恐れに駆られ、思わず眼を閉じていた。
しかし、紅蓮の中を通り過ぎる際に、それらしい衝撃はなかった。
運転手は、窓から顔を出して後方を確認し、何事も起こらなかった事を知ると、安堵の息を吐いて、再びアクセルを踏んだ。
大きく燃え上がっている炎の中を通り過ぎるなどという、カー・スタント紛いの事をやったからか、どうにも、スピードが乗らなかった。
トラックの運転手は、荷台に飛び乗った二人の改造人間に気付かないまま、車を走らせた。
その走り出したトラックの上で、ストロンガーと第三号が動き始める。
黒井が、トラックの後方。
茂が、運転席の手前に、背を向けている。
黒井から仕掛けていった。
間合いを一息に詰め、ローキックで様子を見る。
茂が、黒井との距離を近付ける事で、蹴りの威力を殺す。
唯でさえウェイトがあるストロンガーが、バランスの悪い車上で、定石通りのガードをしては、軸足を掬われる危険が高まってしまう。
それならば、高い防御力を生かして、相手の攻撃の威力が最大になる地点を防ぐ事の方が、この場合では適していた。
そして距離が近ければ近い程、電気技を打ち込むにも、周囲への被害を気にしないで済む。
茂・ストロンガーは、蹴りを受けられてバランスを崩した黒井に、右の掌で掴み掛かった。
触れれば、そこから電流が走る。
黒井は、左の手甲でストロンガーの肘を払い、右肘を脇腹に入れつつ、立ち位置を入れ替えた。
すぐに距離を取る。
下手な攻撃では、超強化服カブテクターを突破出来ない。
ラッシュで攻め込めば、その限りではないが、ストロンガーは乱打に耐え、敵にゼロ距離から電撃をぶちかます事も可能だ。
ピン・ポイントへのヒット・アンド・アウェイのみが、黒井に勝利をもたらす。
それ以外は、殆ど効果を持たないと言っても良いだろう。
「どうした? 怖気付いたのかい」
茂が、黒井を煽った。
「もう少し、ドライブを楽しみたいだけさ」
黒井が、余裕たっぷりを装った。
「へっ、ライダーは、ツーリングって言うんだぜ」
茂がそう言って、黒井に殴り掛かって来た。
強く踏み込めば、荷台を蹴破ってしまう。
だから、全力のパンチは放てない筈だ。
左の拳が、上からフックの軌道で、落ちて来る。
黒井は、身体を横に開いて、躱した。
電撃を纏った拳が、蒼白く光りながら、空気を巻き込んで咆哮した。
鎧の重みだけで繰り出すパンチだが、その重みが拳を加速させ、結果、威力を増す。
第三号の黄色いマフラーが、その拳を恐れたように、ストロンガーから離れてなびく。
黒井はストロンガーのパンチに合わせて、左の拳を放っていた。
鉤突きが、茂のヘルメットを横から叩こうとする。
が、茂は、右のローキックで、黒井の尻を蹴っ飛ばそうとした。
黒井ライダーは、身体を捻りながら跳躍した。
錐揉み回転する第三号の足の下を、ストロンガーの白いブーツが薙いだ。
「たっ!」
黒井はストロンガーの顔の前に、右膝を用意した。
後は、トラックの進行に合わせて、カブト・キャッチャーが向かって来る。
「……っと」
茂はひょいと頸を傾げ、黒井のニー・ドロップを回避した。
黒井は危うくトラックの荷台に留まり、振り向きざまに、足刀を斜め上に蹴り上げる。
その蹴りが、ストロンガーの両手に受けられた。
黒井はすぐ、脚を引く。あのままでは、握られ、潰されるか、投げられるか、電流を流されるか、していた。
が、その急な動きの所為で、黒井の腰から上が、トラックの荷台からはみ出してしまう。
「くぅっ……」
仮面の奥で歯を噛み、黒井は、右手で荷台後方の手すりを掴んだ。
「おらぁっ!」
茂が、上から拳を落として来る。
片膝を、黒井の脚の間に着き、左足を黒井の脇腹の横手に置いている事が、自分との違いであると、黒井には分かる。
俺ならば、迷いなく、マウントを獲る。
黒井は身体を反らしてパンチを避け、茂の右脚に両足を絡めた。
ハーフ・ガードの姿勢になった。
これで、手すりから手を放しても、落ちない。
ストロンガーの身体が、楔になっている。
茂がトラックから落ちる事を考えなければ、それだけで黒井は落ちない。
が、彼と密着している事は、危険であった。
寝技に入り、押し潰されないようにすれば、体重差による不利が、少しは緩和される。
しかし、アーム・ロックやアンクル・ホールドなど、ストロンガーが電気を流す部分を掴まねばならない技は、使えない。
手打ちながら、右のパンチを、腰に入れる。
ストロンガーが、僅かに右に崩れた。
手打ちとは言え、ハーフ・ガードに入っての事であるから、その動きが茂の身体に伝わってしまうのだ。
上になった茂が、黒井の右手を制しながら、右のパンチを向ける。
黒井は、身体を右に捻った。
茂の突きの勢いが、二人の身体を道路側に振り出そうとする。
茂は、左手を荷台に突き、引っ繰り返されないようにした。
黒井の右手が解放され、両手が自由になった。
第三号の蒼いグローブが、ストロンガーの頭部を掴む。
手前に引き寄せながら、身体を持ち上げた。
鉄の仮面同士が激しくぶつかり合い、二人の間に、火花が走る。
黒井は、茂が上半身に気を取られている間に、左脚を茂の股から抜いた。
両脚を茂の腰に絡め、クローズド・ガードに入る。
「てめっ……」
黒井は、ストロンガーのうなじで両手をクラッチし、手前に引き込んだ。
頸骨を押さえられると、頸を上げる事が出来なくなる。その反射を利用した。
そうして、自分の胸をストロンガーの顔に当て、両脚は腋の下まで引き上げた。
茂の両手が、黒井を掴む事も出来ず、トラックの荷台からはみ出して、宙を掻く。
黒井は、左腕で茂の頭を抱え、右の肘を落とそうとした。
が、そこで、トラックがカーブに差し掛かった。
車体が少し傾斜し、二つの身体が揺れ動く。
この時、ストロンガーの両手が、トラックの手すりを掴んでいた。
その手すりを手前に引く事で、茂が、黒井諸共、荷台から重心をはみ出させてゆく。
黒井は、自分たちが落下するのが、どうにかガードレールの手前である事を確認した。
それを越えれば、岩の海岸まで続く、数十メートルの崖だ。
ストロンガーの体重を抱えたまま、そこに落ちれば、強化服を纏っていても唯では済まない。
だが――
茂は、自分の身体の半分以上が、荷台から放り出された時、自ら脚を腹の方に畳んで、荷台の背面を両足で蹴った。
膝のばねで打ち込まれた蹴りが、第三号とストロンガー両名を、斜めからガードレールまで吹っ飛ばした。
二人の重みで、白い柵が歪む。
赤と蒼の鎧が絡み合いながら、白い金属の壁を、牙を剥いた獣の顎が如く変形させた。
二人はそのまま崖に身体を打ち付けられて別れ、崖を勢い良く転がり落ちていった。
このままでは、埒が明かない――
筑波洋も、松本克己も、そのように思っていたであろう。
スカイライダーの突撃は、スカイサイクロンに避けられてしまうし、スカイサイクロンの射撃は、的の小さく素早いスカイライダーには当たらない。
スカイライダーの、一日に必要なカロリーは一〇万キロカロリー。
空中戦で疲弊している上に、必殺のスカイキックを放てば、その内の二万カロリーを消費してしまう。
仮に、これでスカイサイクロンを破壊出来たとしても、克己・四号本人が残っていれば、洋の勝利は危うい。
同じく風を力とする第四号の事であるから、スカイライダーのベルト・トルネードに風圧を与えるような事は、しない。
先にスカイライダーが地に落ちてしまったなら、そこで決着が付く。
克己は、彼に逆転のチャンスを与えないからだ。
だが、洋が、決死の覚悟で必殺技を放ち、それが若しもスカイサイクロンの動力部を射抜けば、克己は、核爆発に巻き込まれる。
スカイサイクロンには原子炉が組み込まれており、その部分に一撃を貰えば、大爆発を起こして、搭乗した克己の肉体は、強化服ごとどろどろに溶融する。
それは、スカイライダーも同じだ。
同じだが、たった一人の人間の為に自らを犠牲に出来る青年は、それよりも更に多くの人間の未来を守る為ならば、何度死んでも構わないとするだろう。
それで相手を斃せるならば、克己だって、それをやる。
しかし、克己は、死を恐れずとも、自分から死ぬような事は、しない。
仮面ライダー第四号・松本克己に与えられた使命は、第三号やガイストと協力して仮面ライダーたちを倒し、捕らえる事だ。
それは、自分たち三人にしか出来ない事である。
だから、仮面ライダー・筑波洋一人の為に、自ら死んでやる事は、出来なかった。
死を恐れながらも厭わない筑波洋と、生への執着はないが死を選べない松本克己――
二人の判断は、ほぼ同時であった。
スカイライダーが、遥か上空へと駆け上がり始めた。
それを追って、垂直に、スカイサイクロンが飛び上がる。
克己の視界の中で、緑の鎧と赤い翼が、点のように小さくなってゆく。
雲海を、抜けた。
白い海から抜け出した途端、蒼い世界が、克己の眼の前に広がった。
その蒼さの中心に、白と表現する事さえ躊躇われる、眩さが出現した。
太陽――
克己は、視界を封じた。
スカイサイクロンのガラスさえ突き抜ける太陽の光は、Cアイを閉ざさなければ、克己の脳を焼く。
明順応を行なう刹那、克己は白い闇に閉じ込められた。
その僅かな間隙を縫って、筑波洋が攻撃に転じる。
折角、明かりに慣れた克己の視界を、黒い影が覆った。
鳴り響くアラートと共に、防弾ガラスが、外側から破壊された。
ガラス片が、螺旋の軌道で、克己の身体に襲い掛かる。
スカイライダーは、身体を螺旋状に回転させながら、重力低減装置を切り、更に伸ばした右腕の先を回転させて、スカイサイクロンのコックピットに突っ込んで来た。
回転する七〇キロの肉体が、もう少しで、克己のボディを貫きそうになった。
克己は、寸での所で緊急脱出を行ない、座席ごと、コックピットから射出された。
この際に、スカイライダーに組み付いて、姿勢を垂直にしていたスカイサイクロンから、地面と平行に飛び出した。
洋の胴体に抱き着いた克己は、右の鉄槌を、スカイライダーの腰に打ち付けた。
重力低減装置のレバーを、破壊したのであった。
「な――」
二人は、真っ逆さまに、落ちてゆく。
蒼い空から、再び雲の海へと飛び込み、そして、地上に映った空へと落ちてゆく。