仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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今回も改変とも取れる解釈が色々と。


第八節 始動

 基地に戻った黒井と克己を待っていたのは、顔に痣を作ったガイストと、彼らを呼び戻したマヤ、そして、鎖で拘束された山本大介であった。

 直接会った事はないが、資料で見る、アマゾンライダーの顔であった。

 

 「これは、どういう事だ?」

 

 黒井が訊いた。

 

 ピラミッド――マヤから聞かされていた、基地の一部が地表に出ていた事もそうだが、アマゾンを基地内で捕らえているという事も、黒井を困惑させた。

 

 「この近くに、調査隊が来ていたらしくてね、彼らが、偶然、ピラミッドを露出させてしまったのよ」

 

 マヤが言った。

 

 侵入者を自動で排除する装置が、このピラミッド部分には組み込まれているが、調査隊たちが基地の頭上を通った事で何らかの誤作動を起こし、表出してしまったらしい。

 

 しかも、肝心の侵入者であるアマゾンに対しては、装置が働かなかった。

 その為、この基地の中核を見てしまったアマゾンと、ガイストは戦闘に入り、どうにか勝利して彼を拘束したという事であった。

 

 「彼が初めで良かったわ」

 

 と、マヤ。

 

 現在、黒井たちライダー・キラーを除き、仮面ライダーは、九人だ。

 しかし、その中で強化改造人間なのは、八名である。

 

 第一号・本郷猛、彼を倒す為に造られた一文字隼人。

 その二人に改造された風見志郎。

 神啓太郎によって執刀された結城丈二と、神敬介。

 ブラックサタンに自ら乗り込んで来た、城茂。

 志度敬太郎が命を救う為に手術をした、筑波洋。

 アメリカ宇宙開発局の惑星開発用改造人間、沖一也。

 

 何れも、脳やその周辺の神経をオリジナルに留める事を重視し、他の部分は、人工の筋肉や臓器、特殊素材の骨格などに作り替えられている。

 

 が、アマゾンだけは、違う。

 

 アマゾンだけは、インカの末裔たちの長老バゴーが伝えられた、古代インカの生体改造技術で以て、身体を戦う獣神に作り替えられている。

 彼の身体には、他の八名たちのような機械的な改造は、施されていないのである。

 

 強化改造人間には、脳波を用いた通信機能が、使われている技術こそ違えど基本設定として組み込まれているが、アマゾンにはそれがない。

 

 では、どうやってアマゾンが他の仮面ライダーたちと連絡を取り合っているかと言えば、原理自体は同じで、額の触覚で、彼らが発信する脳波を受けているのである。

 

 脳波とは、電気信号である。

 人体内部では、脳から発生した電流が、神経を伝う事で、あらゆる動作が為される。

 改造人間同士では、その脳波を電波に変換し、互いに送受信を行なっていた。

 が、アマゾンだけは、受信は出来ても、送信は出来ない。

 

 アマゾンの触覚は、脳神経の一部が感覚器官として変形したものであり、空中の電波を受信する事が出来るだけだ。

 

 実際、ネオショッカーの改造人間であるオオバクロンについての資料データを、筑波洋に対して通信ではなくファックスで送っている。

 

 「そろそろ、良い頃合いだものね」

 「頃合い?」

 

 マヤに対して、黒井が訊き返す。

 

 「貴方の復讐を、始めるのに、よ」

 「――では」

 

 マヤが頷いた。

 

 「何れは、他のライダーたちも、彼が捕まった事に気付くわ。だったら、今が良い機会よ。彼らに、戦いを仕掛けましょう」

 「おぅ……」

 

 黒井が唸った。

 

 今まで、長い間――妻子を失い、強化改造人間となってから、長らく制されていた復讐の時が、やって来ようとしているのだ。

 

 胸の奥で、人工の心臓が脈打った。

 全身を血液が巡り、皮膚がかっと熱くなる。

 

 「ライダー狩りよ」

 

 マヤが告げた。

 

 「響一郎、克己、ガイスト――今、この地球上にいる仮面ライダーたちを捕らえ、ここに連れて来なさい」

 

 

 

 

 

 一九七五年一二月、奇岩山。

 

 そこに、八人の男たちが、集結していた。

 

 仮面ライダー第一号。

 同じく第二号。

 同じくV3。

 四号・ライダーマン。

 Xライダー。

 アマゾン。

 仮面ライダー第七号・ストロンガー。

 そして、立花藤兵衛。

 

 ブラックサタン亡き後、ストロンガーを斃すべく、ジェネラルシャドウによって召喚されたデルザー軍団の改造魔人たちと戦う為に、世界各国から日本に舞い戻った戦士たちであった。

 

 アラワシ師団長・鋼鉄参謀・ドクロ少佐・隊長ブランク・オオカミ長官・岩石男爵・ヘビ女らは、ストロンガーの機転で、或いは、超電子改造人間へとパワー・アップした彼の力で、倒されている。

 

 ドクターケイトは、電波人間タックル・岬ユリ子の尊い犠牲により、その生命を終えた。

 

 ジェネラルシャドウは、ストロンガーとの一騎打ちに敗れ、気高い死を迎えた。

 

 シャドウからデルザーの指揮権を奪い、V3などの歴代ライダーたちを捕らえたマシーン大元帥と、彼が率いるヨロイ騎士、磁石団長も、ジェットコンドルを倒して帰国した第一・二号という伝説のダブルライダーの参戦で、敗退する。

 

 デルザー軍団は、今までライダーたちが戦って来た組織とは違い、改造魔人一人一人が、最高幹部クラスの戦闘力を誇っていた。

 

 その為、ショッカー・ゲルショッカー・デストロンに於ける大首領や、GOD機関の総司令である呪博士、ゲドンの十面鬼ゴルゴス、ガランダーのゼロ大帝などに相応する存在はない。

 

 事実上、彼らを統率していたマシーン大元帥も斃れ、全ての戦いは終わったかに見えた。

 

 しかし、彼らを長年サポートして来た藤兵衛が、奇岩山を指差して、言った。

 

 「さっき、あの岩に、顔が……」

 

 そう言われて、戦いを終えたばかりの七人ライダーたちが、この場所がそう呼ばれる所以である人面岩を見上げた。

 

 すると、物言わぬ筈の巨岩がぎろりと赤い眼を剥き、口のように動いた。

 

 「良くぞ、デルザー軍団を斃してくれたな、ライダー共」

 

 雷鳴のように轟く声に、仮面ライダーたちは何れも覚えがあった。

 それは、かつての組織を操って来た大首領の声であった。

 デストロンまでは言うに及ばず、呪博士やゼロ大帝を御前立に、影から操って来たGOD総司令であり真の支配者のそれである。

 

 「この私が直々に相手をしてやろう……」

 

 そう言うと、巨大な岩山から、人面岩の部分がぐりぐりとせり出して来て、山そのものが形を変え始めた。

 大きな地鳴りを引き起こしながら、山が崩れ、転がり落ちる岩々の中からは、大地そのものを具現化したかのような巨人が姿を現した。

 

 岩石大首領――

 

 ライダーたちは、藤兵衛を避難させると、岩石大首領が振り下ろす巨岩の腕を、それぞれ展開して回避した。

 

 だが、岩石大首領が一歩踏み込むたびに、地面が大きく沈み、大量の粉塵を巻き上げる。

 

 しかも、その岩の瞳からは光線を、巌の顎からは炎を吐き出し、仮面ライダーたちを虫けらの如く焼き払おうとするのである。

 

 攻撃を放つが、どれも、岩の表面を削るだけであり、岩石大首領の動きを止めるには至らなかった。

 三〇〇キロの超強化服を纏うストロンガーの打撃でさえ、通用しない。

 例え超電子の技を用いても、どれだけの効果があろうか。

 

 その巨体故に、岩石大首領の動きは決してスピーディなものではないが、大質量で振るわれるパンチや踏み付けは、掠めただけでも改造体を容易く引き千切ってしまう。

 

 蒼空に伸び上がり、太陽を遮る巨神が落とす黒い影は、そのまま、戦士たちの心にも覆い被さって来るのであった。

 

 「慌てるな、皆!」

 

 Xライダー・神敬介が言った。

 

 「俺は以前、キングダークという敵と戦った」

 

 キングダークとは、アポロガイストが指揮していた神話改造人間軍団が滅びた後に出現した、悪人改造人間軍団を率いていた大幹部である。

 その実態は、呪博士を搭載した巨大なロボットであった。

 

 普段は基地の奥深くで横たわっているが、配下の改造人間たちが全て斃れた時、遂にその巨体を動かして、直接、Xライダーに戦いを挑んだ。

 無限のエネルギーを供給するRS装置を持たない為、長時間、自ら戦う事が出来ないキングダークであったが、移動式の大要塞は、Xライダー唯一人を追い詰めるには充分であった。

 

 Xライダーは、外側に対する攻撃が通用しないと知った時、その内部に突入し、内側から破壊する事を決意する。

 そしてそこで、父・啓太郎の友人であったという呪博士と対面した。

 敬介は呪博士をライドル・ホイップで刺し殺し、呪博士と直結していたキングダークを爆発させる事に成功したのである――

 

 「つまり、奴の腹の中に飛び込もうって訳だ」

 

 一文字ライダーが言った。

 

 「だが、どうやって?」

 

 ライダーマン・結城丈二が訊く。

 

 火炎を吐く為に口が開く僅か一瞬の隙に、あの顎の中に身を投じようとでも言うのか。

 無謀であった。

 そこまでの跳躍を、岩石大首領が許す筈がないのだ。

 

 そして恐らくは、岩石大首領も、Xライダーがキングダークを斃した方法を、知っている。

 

 「そうだ、茂――」

 

 V3・風見志郎が、ストロンガーを見やった。

 

 「何です、先輩」

 「お前のストロング・ゼクターには、確か、ジョウントという機能があったな」

 

 ジョウントとは、一種のテレポートのようなものである。

 次元の壁を飛び越えて、或る地点から別のポイントまで、瞬時に移動出来る。

 ストロンガーの超強化服を運搬する役割を持ち、それそのものであるストロング・ゼクターは、茂の脳波を受けてジョウントを行ない、城茂の、電気人間ストロンガーへの変身の意思に応えるのである。

 

 「だが、ジョウントは、俺の知っている場所にしか飛ぶ事が出来ない」

 

 茂は言った。

 

 茂が元から備えていた――ブラックサタンの改造人間手術を受けるに当たってのテストをクリアした――、ちょっとした超能力によって、ストロング・ゼクターのジョウント機能は発揮される。

 

 が、茂の脳波と同調する事で、瞬く間に彼の許へ飛来する事が出来るのであり、茂が知らない場所へ、彼と共に移動する事は、出来なかった。

 

 つまり、茂が訪れた事のない、岩石大首領の内部には、飛ぶ事が出来ない。

 

 「では……」

 

 結城が、歯を噛みながら、言った。

 

 「誰かが囮になって口を開けさせ、その隙に侵入するか⁉」

 「――」

 「だったら、一度は死んだこの命を使わせて貰おう」

 「結城⁉」

 

 結城丈二は、元デストロンの科学者である。

 ヨロイ元帥によって裏切り者の汚名を着せられ、処刑されそうになった所、辛くも右腕を奪われただけで済み、彼への復讐の鬼となった。

 

 その結城が憎んでいたのは、飽くまでヨロイ元帥個人であって、デストロン大首領は、貧民層出身の結城に学問の道を開いてくれた恩人であった。

 その事から、デストロンと戦う風見を妨害した事も、ある。

 

 しかし、デストロンそのものが、人類を支配するという目的で動いていた事を知って、東京を壊滅させようとしたプルトン・ロケットの発射を阻止せんと、命を懸けた。

 自らそのロケットに乗り込み、爆発の被害の及ばない太平洋の遥か上空で、起爆させた。

 

 ミサイルの破片と共に海に落下し、神啓太郎の意識を移していた神ステーションに回収され、カイゾーグのプロト・タイプとして延命治療を受けなければ、彼は死んでいたのである。

 

 「それならば、俺が!」

 

 敬介が声を上げた。

 自分が提案した作戦であるという事に、責任を感じてしまったのか。

 

 しかし、この世にたった七人の仲間を、誰が失いたいものか。

 今まで、何度も身内を喪って来た男たちである。

 皆を守る為に自分が死ぬのは良いが、他の仲間に命を懸けて欲しくはない。

 

 彼らがそうして逡巡する間にも、岩石大首領の攻撃は続く。

 地面はひび割れ、舞い上がった砂塵が空を曇らせた。

 ここが人気のない山奥であるから良いものの、余りにも続けば、やがて岩石大首領は町にまで進行してしまうであろう。

 

 そこで声を上げたのは、本郷猛であった。

 

 「皆、聞け!」

 

 岩石大首領の攻撃を回避しながら、六人は、第一号からの通信に耳を傾けた。

 

 「俺には、奴の内部を隅々までスキャンする事が出来る」

 「何ですって?」

 

 驚いたのは、風見である。

 他のメンバーも、本郷の発言には、驚愕した。

 一文字を除いては、である。

 

 本郷猛――最も長い間、強化改造人間として戦って来た彼である。

 その感覚の強化は、意識の拡大でもあった。

 

 ゲルショッカーと戦っていた頃でさえ、改造人間の身体を流れる電流の音を聞き取る事が、出来るようになってしまっていた。

 

 抜群の視力で概要を捉え、音の反響で形状を、本物とほぼ同じように脳内に描き出す――つまり、実際にそこに行った記憶があると自らの脳に錯覚させる事が、この時の仮面ライダー第一号には、既に可能になっていたのだ。

 

 その意識が拡大を続ければ、やがて、身の回りの事象から全ての未来を予測する事や、静止した時の中で、唯独り高速の思考をする事も可能になるであろう。

 

 この事が、本郷より僅かに遅れて改造された一文字には、分かっていた。

 それが、常人であれば、自他の境界線を失い掛ける事である事も。

 

 「茂、超強化服を、俺に貸してくれ」

 

 本郷が言った。

 本郷自身がリアルに描き出した脳内の風景に、自分のみを次元跳躍させる心算であった。

 強化改造人間の基本構造は共通しており、そうした事が不可能ではない。

 

 「おい、本郷……」

 

 一文字が呼び掛けた。

 

 「何でも独りでやろうとするんじゃねぇや」

 「隼人⁉」

 「ゲルショッカー基地に飛び込んだ時の事を、忘れたのかい」

 

 ブラック将軍の最後の作戦に際し、本郷は単身、ゲルショッカー基地に乗り込んだ。

 この時、D博士の開発したマシンによって、本郷はタイフーンによるエネルギーの供給をストップさせられ、仮面ライダーとしての力を使う事の出来ないまま、動きを止められるという、絶体絶命のピンチに陥った。

 

 人質に取られた仲間たちが、眼の前で敵の毒牙に掛かろうとした時、

 

 “ライダー二号を忘れていたな⁉”

 

 一文字がやって来なければ、どうなっていたか。

 

 「それに、デストロンの時だって……」

 

 一文字は、風見を見やる。

 

 活動を始めたばかりのデストロン基地に、ダブルライダーは突入したが、そこには大首領の罠が仕掛けられていた。

 

 改造人間を分解する毒ガスが噴出され、危うく機能停止に陥りそうになった本郷と一文字を救ったのは、父と、母と、妹を殺され、復讐の意志を燃やす風見志郎であった。

 

 “俺を改造人間にしてくれ!”

 

 本郷と一文字は、風見を人間ではない身体にしたくはなかった。

 それならばと、風見は、生身であってもデストロンと戦わんと、ダブルライダーの後を付けた。

 そして、愛する家族の仇をダブルライダーに託して、自らの生命も顧みずに彼らを救出したのである。

 

 相手は、今までの組織を束ねて来た大首領だ。

 あの巨大な岩の身体の中に、どのような罠が待っているか、分からない。

 唯独りで乗り込めば、そこで、巨体とぶつかり合う以上の危機に瀕するかもしれなかった。

 

 「本郷、俺たちは独りで戦っているのではない」

 

 岩石大首領による攻撃は、相変わらず、大地を揺るがしている。

 その中で、一文字は、本郷に語り掛ける。

 

 「仲間に頼るのは、そんなにいけない事か」

 「――隼人……」

 

 本郷は、ゆっくりと頷いた。

 一文字は本郷の肩を叩き、通信で皆に呼び掛けた。

 

 「皆、一ヶ所に集まるんだ」

 

 そうして、岩石大首領の攻撃を掻い潜りながら、一つ所に集結した七人は、本郷から、巨神を斃す為の作戦を授けられる。

 

 「今から、俺がスキャンした奴の体内データを、皆と共有する」

 「え――⁉」

 

 それは、不可能ではない。

 

 組織は、今までライダーたちに斃された改造人間たちのデータを再利用して、再生改造人間軍団を送り込んで来た事がある。

 

 その時、初めて戦った時よりも容易く相手をする事が出来たのは、ライダーたちも、一度戦った彼らの戦闘データを記録していたからである。

 

 それのデータを、七人ライダーたちはそれぞれ共有して――アマゾンが戦ったゲドン・ガランダーは、彼の性質上難しいが――、再生改造人間への対策としていた。

 

 そのデータというのは、彼ら自身の脳や、その機能をサポートする小型コンピュータに記録されており、脳波を同調させる事によって、共有する事が出来る。

 

 ジョウントが可能な程の再現率を誇る本郷のデータが、皆に送られれば、七人が揃って次元を飛び越える事が可能であろう。

 

 又、ジョウントに精神力が必要である事を考えれば、全く同じデータを共有する七人で行なった方が、その効果は大きくなる筈だ。

 

 「皆の力を、合わせるんだ!」

 

 アマゾンが言った。

 

 七人の意思はそれで固まり、本郷の脳から、順次、仲間たちにデータが送られた。

 

 と言っても、本郷の脳と、茂の脳では、深化の度合いが異なる。いきなり膨大なデータを送り込まれれば、茂の脳はパンクしまう。

 

 その為、先ずは本郷に次いで深化をしている一文字にデータを送り、それから風見、結城、敬介、と、五つの脳を経由して、茂への負担を減らす必要があった。

 

 アマゾンについては、元より、肥大化した神経が触角となって表れる程に深化が行なわれている。本郷から直接、岩石大首領の内部映像を受け取る事の危険も、少なかった。

 

 そうして、七つの脳は同じ風景を共有した。

 

 カブテクターが、ストロング・ゼクターのように展開し、七人の改造人間が共に思い描いた場所へと転移させる。

 

 岩石大首領が、眼から怪光線を放ったが、七人ライダーの姿は、既にそこにはない。

 彼らは、岩石大首領の内部へと、次元を飛び越えてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 潮風が、城茂の肌を嬲っている。

 

 城ヶ島――

 

 海を臨む岸壁の上に、岬ユリ子の墓はあった。

 彼女の名前が刻まれた木の塔のぐるりには、草が生えない。

 どろりとした土のみが、ユリ子の遺体が眠るそこを、囲っていた。

 ドクターケイトの猛毒が、六年が経過した今も、その遺体には残留しているのだ。

 茂が供えた花も、半日と経たずに、腐り落ちてしまう。

 

 それでも茂は、花を供えるのだ。

 

 共に戦った戦士タックル――

 

 けれども、その青春を奪われた少女に、死してなお戦い続けねばならないという使命で呪縛し続ける事は、茂には出来なかった。

 

 だから、そこにいるのは、戦士ではなく、只の女、岬ユリ子だ。

 

 腐敗した花を掘り起こし、買って来たばかりの真っ白い花を供える茂は、ユリ子の顔を思い出しながら、ふと、このような思いに囚われた。

 

 瞼の裏に浮かぶユリ子の顔は、共に戦ったあの頃のままである。

 あれから何年も経過しているというのに、彼女の姿は全く変わらない。

 

 改造人間は歳を取らない――精神面の成長が表情や立ち居振る舞いに現れる事や、髪形やファッションを変えて様相を違えてみても、特殊合金の骨格は伸縮をせず、人工の皮膚も必要以上の代謝は行なわないので、そう見える。

 

 けれども、それを差し引いても、岬ユリ子の姿は、茂の中で、全く変わらないのである。

 

 それは、誰かの死を背負った人間が、共に抱かなければならない、もどかしさだ。

 

 死んだ人間は、死んだ時点から、それ以上、変わらない。

 少女なら、永遠に少女のままだ。

 生まれたばかりの赤ん坊ならば、ランドセルを背負った姿も、詰襟に身を包んだ様子も、誰の記憶にも存在しない。

 

 確かにあった筈の未来は掻き消え、この世の因果――諸行無常から外れた、全く別次元の存在に成り果ててしまうのだ。

 

 茂は、あの頃から変わらないユリ子の姿を描きながら、花を供え終え、立ち上がった。

 

 「ユリ子……」

 

 そう呟き、彼女の鎮魂の為に口笛を吹いた。

 哀切な音色。

 風のように緩やかなメロディの奥には、稲妻のような哀しみが渦巻いている。

 

 墓に背を向け、路肩に止めていたカブトローに跨った。

 ハンドルを握り、走り出してゆく。

 

 

 と――

 

 

 その後を付けて来る、妙な車の存在が、感じ取られた。

 流線形をした、クリーム色の、オープン・カー……


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