仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第七節 虚空

 ガイストは、スタンダードに構え、アマゾンに立ち向かってゆく。

 ローキックで牽制し、ジャブで距離を測り、ストレートを打ち込む。

 

 綺麗な蹴りだった。

 素早い拳だった。

 見事な突きであった。

 

 恐らく、これが、空手の試合場や、キック・ボクシングのリングの上であれば、その余りの呆気なさに、しじまかブーイングの嵐さえ起こりかねない。

 

 鉄の脛で太腿を蹴り込まれれば大腿骨が折れ、鉄拳はジャブでさえも骨を砕き、ストレートは頭蓋骨の反対側から脳しょうをぶち撒けるであろう。

 

 そのような事態になっても、恐らく、ガイストの動きは、感歎すべき美麗さを誇る。

 

 円だ。

 蹴り、ジャブ、ストレートという、たった三つの動作が、円のように連続しているのだ。

 

 円と言うよりは、螺旋である。

 終わる事なく続く渦巻きの軌道をなぞって、ガイストは、攻撃を繰り出しているのであった。

 

 完璧なコンビネーションだ。

 螺旋――円であるからだ。

 完璧な螺旋は美しい。

 ガイストの戦いは、美しかった。

 

 但し、相手がこのアマゾンライダーでなければの話だ。

 

 武道には、型がある。

 或る一定の動作に対し、定められた動作で反撃する事もそうだ。

 

 ローキックならば、膝を曲げて、脛で受ける。

 ストレート・パンチは、ウィービングやダッキングで躱す。

 

 無条件で定められているのではない。

 飽くまでも型であって、形ではない。

 実用性という土台があって初めて、形は、型となる。

 

 アマゾンは、それがない。

 かと言って、型無しという訳では、なかった。

 

 アマゾンは、戦いに於ける実用性を、十二分に備えている。

 その上で、人間たちが勝手に定めて来た型を――知らないという事はあっても――、アマゾンは破ってしまう。

 型があるからこそ、型破りなのだ。

 

 アマゾンは、定石ではない、自らの本能の赴くままに、繰り出される攻撃を躱していた。

 

 下段への蹴りに対して、大袈裟に飛んで回避する。

 脱力して繰り出されるフラッシュのようなパンチを、敢えて躱そうとする。

 真っ直ぐな突きをスウェーで避けようとして、躱し切れないとなるとバック転で距離を取る。

 

 少しでも武術を学んだ人間ならば、不合理と切り捨ててしまうような事を、アマゾンはやれたし、その不合理を覆す程の反撃を、アマゾンはする。

 

 その動きが、これ亦、美しい。

 

 躍動する筋肉。

 しなやかな関節。

 

 鳥が青空を旋回するように、アマゾンの動きも、円であった。

 

 一見すると無駄に見える動作の中には、その実、無駄なものなど何一つない。

 本能の美しさだ。

 

 ガイストの格闘を、ミケランジェロやダ・ヴィンチ、ラファエロなどの美術品と例えるならば、アマゾンの戦闘は、空と海と大地が育んだ大自然そのものであった。

 

 理性の美しさと、本能の美しさ――二つの完璧なる円が真っ向からぶつかり合い、絡み合い、途切れる事のない、無限の二重螺旋を描き出しているのである。

 

 ガイストのパンチを、アマゾンが上空に跳んで躱した。

 振り抜いた拳を引き戻す僅かな間隙、頭上という死角から、野生の爪が襲い掛かる。

 ガイストは、身体を倒し、アマゾンを地上に引きずり込もうとした。

 アマゾンの爪が空を切った時、ガイストはアマゾンの右腕を左手で掴んで引き寄せ、アマゾンの頸の外側から右腕を回し、相手を腰に乗せた。

 

 「――せぃっ」

 

 ガイストの腰が跳ね、アマゾンを投げ飛ばす。

 落ちる直前、アマゾンは蹴りを放ち、落下のダメージを軽減した。

 

 ガイストがアマゾンから距離を取り、又、ローキックで攻めて来た。

 その次は、ジャブだ。

 アマゾンがどんな避け方をしても、ガイストは下段蹴りの次はジャブで間合いを測る。

 

 アマゾンの眼は、すっかり、ガイストのジャブの速度に慣れていた。

 ガイストが繰り出すジャブの軌跡が、アマゾンの赤い瞳の奥に予想された。

 

 四度、ガイストは拳で連打した。

 その四発の拳の、微妙に異なる打撃点を見切り、四回の引手に合わせて、アマゾンはガイストとの距離を殺した。

 

 膝の間合いまで、入り込まれていた。

 

 アマゾンは、ガイストの右ストレートが伸びる前に、引手である左手の死角に右腕を隠し、至近距離からの大切断でガイストに重傷を負わせようとした。

 

 全神経を集中したヒレカッターによる一閃は、ガイストの左腕か、又は、その左脇から右肩までを切り落とすであろう。

 

 だが、ガイストの左肘が、アマゾンの右腕を抑え、その動作の為に切られた腰が、右のストレートをアマゾンの左頬にぶち当てていた。

 

 「がぅっ……⁉」

 

 顔の鱗が剥がれ、牙が何本か折れた。

 アマゾンは眼を細めながら、パンチのダメージから後退する。

 

 腰の入った見事なパンチが、アマゾンを打撃した。

 アマゾンの意識の外から、いきなりパンチが現れたのであった。

 

 ガイストが、一瞬だけ唖然としたアマゾンに、殺気を叩き付ける。

 

 バック・ステップで逃げようとしたアマゾンの右腕を、ガイストの左腕が掴んだ。

 右腕がアマゾンの頸に伸びて来る。

 ()()()()()()()、投げ飛ばす気だ。

 

 アマゾンは、身体を縮め、落とされると同時に蹴りを放とうと()()()

 だが、ガイストはアマゾンの()()()()()、アマゾンの右腕を解放すると、頸にやった腕を引き込んで、ヘッド・ロックを仕掛けて来た。

 

 アマゾンの頭を脇に挟み、右手首を左手で握る。

 鉄の装甲に、アマゾンの頭蓋骨が圧迫される。

 

 「がぅっ、がああぅっ!」

 

 アマゾンが、めりめりと音を立てる頭蓋骨の痛みに悶えた。

 獣人となり、瞼を失くしたアマゾンは、眼球を冷たい金属で直に押し込まれている事になる。

 

 「知ってるかい、ターザン」

 

 ガイストが囁いた。

 

 「神さまって奴は、人間がお勉強をする事が嫌いらしいぜ」

 

 アマゾンの爪が、強化服や装甲を掻く。

 が、傷が付きこそすれ、内部にまでは届かない。

 

 ガイストは腰を振り、アマゾンを解放しながら、投げた。

 

 床に落下するアマゾンは、体勢を立て直すが、頭部の鱗がぽろぽろと剥げ、金属に擦られて出血を起こしていた。

 

 そのアマゾンに、ガイストが蹴りにゆく。

 ローキック。

 ジャブ。

 ストレート。

 

 距離を置くアマゾンに、ガイストは、再び蹴り付ける。

 

 ロー。

 ジャブ。

 ストレート。

 

 アマゾンはガイストを飛び越えて、背後から切り付けて来た。

 その右腕を取り、腰に乗せて、投げる。

 

 ガイストも蹴られたが、アマゾンは、余りにも簡単に投げられた事に、驚いている。

 

 ガイストが、アマゾンを蹴った。

 ローキック。

 太腿に、ぺちんと、鉄の脛当てが触れた。

 アマゾンが、全く痛みを感じない蹴りに、ぽかんとなる。

 

 「ぼーっとすんな」

 

 ぽん、と、ガイストの左の拳が、アマゾンの顔の真ん中を叩いた。

 やはり、痛みなどない。

 

 「ほら、後三発」

 

 ジャブと言うには余りに遅く、普通のパンチにしては威力がない。

 それを、アマゾンは、躱した。

 二発目。

 三発目。

 

 次で、ジャブは終わりだ。

 ストレートが来る。

 

 引手に合わせて前進し、右のヒレカッターでがら空きの左脇腹を……

 

 アマゾンの左頬を、横殴りに、ガイストの掌底が襲った。

 アマゾンが横に吹っ飛んでゆく。

 

 ガイストはそれを追い、右腕を掴んだ。

 

 投げ⁉

 

 アマゾンの予想に反して、ガイストはヘッド・ロックを仕掛けて来た。

 又、みきみきと、骨がひしゃげ掛ける。

 

 ガイストが腰を動かそうとした。

 今度こそ、投げる気だ。

 

 その力に逆らわず、しかし、逆にガイストを投げようと、アマゾンはプランニングした。

 成功すれば、バック・ドロップのような形になる。

 

 ガイストがアマゾンの身体を右側に振り出す。

 その腰の回転に合わせて、アマゾンは抱いたガイストの腰を持ち上げ、後方に――

 

 と、その前にガイストはアマゾンの脚を、自分の脚で引っ掻けて、バランスを崩させた。

 

 川津掛け――

 

 倒れ込もうとする二人。

 

 ガイストは更に、アマゾンの頸を固定したまま、掌底を彼の顔面に当てた。

 アマゾンは、硬い床と、ガイストの装甲の重みに、サンドウィッチされた。

 

 「かふっ……」

 

 掠れた声が、牙の間から漏れる。

 

 「ここまで、台本通り……」

 

 ガイストが言った。

 アマゾンから離れて、立ち上がるよう促した。

 

 「大罪人だな、俺は」

 

 ガイストが、腕を組んだ。

 

 アマゾンが立ち上がり、ガイストの周囲を飛び跳ねて、隙を伺い始める。

 残像が生じる程の速度で、アマゾンは、ガイストの周りだけではなく、頭上までも飛び交い始め、無形の檻に、ガイストライダーを閉じ込めた。

 

 しかしガイストは、

 

 「捕まったのは、お前さんの方だぜ」

 

 と、言った。

 

 アマゾンが、後方から飛び掛かる。

 ガイストの裏拳が、アマゾンの顔を叩いた。

 弾き落される。

 

 床に倒れ、起き上がろうとしたアマゾンの顔を、ガイストがローキックの軌道で蹴った。

 サッカー・ボール・キック。

 アマゾンの頸の靭帯が、ぶちぶちと音を立てた。

 当たった場所は違ったが、今のは、ローキックだ。

 

 ならば次は、ジャブが来る……

 

 ガイストは、しかし、左手でアマゾンの右腕を握った。

 

 ああ、今度はこっちか。

 彼が右腕を掴んで来たら、次は頸に手を伸ばして、投げるか、絞めるか……

 

 ガイストはアマゾンの右腕に脚を絡め、ベルトを起点に肘を極めて、腕を折った。

 鱗の隙間から、肉の絡んだ骨が覗いた。

 腕拉ぎだ。

 

 これは、今までになかったパターンだ。

 パターン化されていない事なら、アマゾンも、対応出来る。

 いや、対応出来ないから、対応出来ないなりに、対抗する。

 

 アマゾンの顔の前には、ガイストの脚が伸びていた。

 膝の裏が、顎のすぐ前にある。

 関節は、他の部分と比べて動きが多い為、狙われれば壊れ易い。

 咬み付きにゆく。

 

 所が、ガイストの膝はアマゾンから離れ、靴底を、アマゾンに向けた。

 横手から、蹴り込まれた。

 顔が反対側を向く。

 

 顔を戻すと、又、蹴られた。

 顔を戻すと、又、蹴られた。

 

 顔を戻そうとしたが、蹴られる事が分かったので、蹴って来る足をどうにかしなくてはならない。

 

 ならば、戻された顔を蹴ろうとするガイストの脚を、逆に攻撃してやれば良い。

 

 アマゾンは左腕を胸の前にやり、顔を蹴りに来る足をガードしながら、顔を戻した。

 ガイストの左足を、アマゾンの左腕が受ける。

 

 アマゾンは、左半身を持ち上げ、ガイストの左脚を制しながら、右腕を引き抜こうとした。

 だが、ガイストは払われた左脚をアマゾンの頸に掛け、アマゾンの右腕と一緒に、彼の頭部を中心とした三角形を作らせた。

 

 変形の三角絞めが、アマゾンの頸動脈を圧し、呼吸を妨げた。

 

 体内に酸素ボンベの類を持たないアマゾンは、脳に充分な酸素を送れず、意識を闇の中に放り投げてしまった。

 

 変身の一因でもあるアドレナリンが、ブラック・アウトと共に霧散し、鱗が落ち、アマゾンの素顔が剥き出した。

 

 戦闘形態は解いても、変形した骨格はすぐには戻らず、自らの鱗の為に流れた血を纏った半獣半人――ギギの腕輪を付けているにも拘らず、プレ・アマゾンの姿になってしまった。

 

 ガイストは、アマゾンが動かなくなったのを確認し、技を解いた。

 パーフェクターとグリーン・アイザーも外し、素面になる。

 

 仮面の内側で擦れた皮膚が出血し、痣を作っていた。

 舌を口の中で転がすと、折れた歯が音を鳴らす。

 手に、歯と、唾と、血を吐き出すと、煙草を取り出した。

 指先に灯した炎で火を点けて、一服した。

 

 

 

 

 

 松本克己――

 

 父親は、不明。

 母親は、その男に犯されて、克己を孕んだ。

 

 自分を強姦した男を殺害し、人殺しとして見られるようになった母は、遠縁を頼った。

 

 そこで、馬車馬のように働かされた。

 馬小屋の世話をさせられ、母は、克己を馬小屋で生んだ。

 

 克己は、母が殺して喰らった仔馬の血を啜り、生き延びた。

 

 暫くはその家で、やはり母と同じように雑用を命じられたが、物心付いて少し経つと、その家から金品を奪って、逃げ出した。

 

 町では、悪がきたちを集めて、散々、悪い事をした。

 強盗。

 火付け。

 

 克己少年の悪行は、仲間による密告で捕縛されるまで続いた。

 

 克己の身柄を引き取ったのは、松本慶朝(けいちょう)という武道家であった。

 琉球出身の男である。

 

 講道館が台頭して来た頃、琉球武術である唐手の強さを示す為、何人もの柔道家に野試合を挑み、その悉くに、勝利した。

 

 唯一人、慶朝には勝てなかった男がいた。

 

 前田光世――

 

 彼に敗れた慶朝は、最早、自分には最強の座を目指す資格はないと判断し、自分の武道をどのように活用するかを思案した。

 

 その案の一つに、青少年の育成というものがあった。

 時代が大正に変わり、琉球から、船越義珍が本土にやって来て、唐手を披露した事がきっかけである。

 

 琉球武術であった(てぃー)に、中国拳法(とぅでぃー)を加えたのが、唐手である。

 それが、少年少女の精神修養の為の科目となったのが、空手道であった。

 

 慶朝は、自分が修めた唐手や、自分を倒した柔道など、様々な武道・格闘技を研究し、それらによるメソッドが完成した頃、克己と出会ったのだ。

 

 当初は慶朝を毛嫌いしていた克己であったが、次第に、彼に対する親愛の情と、他の人間たちが見放した自分を、武道で以て救ってくれた彼に、強くなる事で恩を返したいという思いを抱くようになった。

 

 克己は、他の様々な武道・格闘技を学ぶようになった。

 

 そうして時代は、戦争へと突き進んでゆく。

 

 慶朝は、その頃、結核を発症し、真珠湾攻撃の年、病床に臥せる事となった。

 今わの際、克己は慶朝から、前田光世との因縁を語られたのであった。

 

 師父を失った克己は、軍に於いて、若くして武術指導役を務める事になった。

 黒井やガイストと比べると、頭の位置が低い克己であるが、当時からすれば高身長であった為、上官や年下の兵士たちからは妬まれる事もあった。

 

 それから、東京大空襲。

 

 克己は、隅田川に溢れ返った遺体の片付けに、臨時で駆り出された。

 特攻隊に志願したのは、その直後の事だ。

 日本を離れ、異国の特攻基地に赴いた。

 そこで、克己は敗戦の報を受ける事になる。

 

 日本が、敗けた。

 

 克己は不思議と、どのような感慨も受けなかった。

 子供の頃の悪行も、少年時代の修行も、軍人となってからの全ても、克己の心の虚ろを満たすには至らなかったのだ。

 

 敗北による終戦を知った兵士たちは、故郷へ帰れる喜びと、故国に塗られた泥への哀しみを入り混じらせていた。

 

 そんな折、一機の飛行機が、突如として飛び立っていった。

 部隊長であった。

 日本の勝利を信じて疑わず、自身の生命を擲ってでも敵国を討たんと、宣言していた。

 

 その隊長が、唯一人、帰投燃料を積まずに、米軍の戦艦に突っ込んでゆく。

 隊長の飛行機は、敵艦に届く前に撃ち落され、海へと沈んだ。

 

 何故――

 何故、あんな、自殺のような事をしたのか。

 特攻ですらない、単なる、生命の無駄打ち……

 

 克己には分からなかった。

 分からない克己は、分からないままに日本に戻り、そこで、ショッカーからの接触を受けた。

 

 ドイツから、首領が招聘したイワン=タワノビッチを迎えに行った。

 そして浜名湖地下のショッカー基地にゆき、空虚な自分を満たすべく、ショッカーの一員となったのである。

 

 

 

 

 

 淡々と、克己は、自らの来歴を語った。

 その間に、何枚も皿が入れ替わっている。

 黒井は、

 

 「そうか……」

 

 と、今まで知らなかった克己の過去を聴き、その壮絶な人生に、言葉を失っていた。

 

 それで良い……

 

 克己はそういう顔をした。

 

 脳改造手術を受けているとは言え、克己の記憶が全て失われている訳ではない。

 克己の記憶は、脳の奥に封印されているだけである。

 

 その記憶と絡み付いた“克己”の感情を俯瞰してみると、恐らく“克己”は、そのように思うであろうと、克己は感じた。

 

 他者の過去に、大きく踏み込む必要などない。

 語られた者は、それを、心の中で静かに転がし、嚥下した事を言葉少なに告げれば良い。

 

 「俺のような人間を……」

 

 克己は言った。

 言いながら、克己は、妙な違和感を覚えていた。

 

 「これ以上、生み出さない為に、ショッカーはある」

 

 どうして、いきなり、こんな事を話し始めたのか。

 分かり切っている事を、どうして、今、黒井に告げようとしているのか。

 

 「君のような人間を?」

 

 黒井が訊いた。

 

 「空っぽという事さ」

 「空っぽ⁉」

 「俺には何もない。唯苦しんで、唯傷付くだけの……」

 「――」

 「そんな人間を救う事が出来るのは、ショッカーだからな」

 「克己……」

 「俺には、何も、ない……」

 

 何もない?

 

 克己は、自分の言葉に首を傾げた。

 

 何もない人間が、どうして、過去などを語ったのだ。

 どうして、語った自分の過去への反応を、分かる事が出来たのだ。

 

 「そんな事を言うな」

 

 克己は、顔を上げた。

 いつの間にか、視線が下に行っていた。

 眼の前に、真剣に自分を見つめる黒井の顔があった。

 

 「お前には、俺たちがいる」

 「お前たち?」

 

 克己はそう言った。

 黒井が言った“俺たち”を、黒井たちの事であると訳して、訊き返した。

 

 「そうだ。お前には、その……」

 「――」

 「俺たちが……仲間がいるじゃないか」

 「なかま」

 「だから、お前は、空っぽなんかじゃないさ」

 「――」

 

 その言葉を、じっくりと呑み込もうとした克己であったが、彼の思いを遮るように、脳波通信が入った。

 

 黒井も、同じ電波を受信している筈だ。

 ガイストを介して、マヤから届いて来るものであった。

 

 ――二人とも、すぐに基地に戻りなさい。

 

 それぞれ了承して、席を立った。


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