ゴルゴスの計画は、順調に進んだ。
ゴルゴスは、信頼出来る部族の者たちや、開拓者たちの行動に不満を持つ者たちに掛け合って配下とし、同時に、彼らと共にあらぬ噂を流して部内でのバゴーの信頼を地に落とした。
そうする事によって、バゴーを集落から追放し、長老を兼ねる族長としての地位を確立したゴルゴスは、バゴーがそれまで秘していた、インカの秘宝や、秘術についての情報を入手する事となった。
人体改造技術――
人間の身体に、他の動植物の特性を埋め込んだ獣人を造り出す方法である。
ゴルゴスは、この秘術を使って、複数名の獣人を造り上げた。
クモ獣人。
カマキリ獣人。
獣人コウモリ。
ヘビ獣人。
彼らは、強靭な肉体と、モチーフとされた動物や昆虫の能力を手にしたが、代わりに、知能が大きく低下してしまう。
その事を、数多の実験で理解したゴルゴスは、獣人たちを指揮する者として
人体改造の秘術は、男性よりも、女性の方が適合率が高かった。
男を素体にすると、二人に一人が改造に失敗するが、女性であれば、五人の内で失敗するのは一人いるかいないか、という所である。
そこで、女たちには、獣人程の戦闘力を与えない代わりに、知能を失った獣人たちを率いる役目を与えたのであった。
又、それと並行して、生贄にする人間の選定も行なった。
外部からの侵略を防ぐ為に、外の情報を探っていた配下から、日本からの学術調査団が、集落の調査を希望しているという情報を得た。
ゴルゴスは、その人数が、ポーターを合わせて一〇人である事から、彼らを生贄とする事を決定した。
更に、獣人への改造が成功する者は、性格が荒々しい人間である場合が多いという事にも、この頃になって気付き、各国から様々な犯罪者を呼び寄せ、九人もの極悪人が、ジャングルに集結する事となったのである。
そして時が過ぎた。
ジャングルに、日本からの高坂博士を始めとする学術調査団がやって来た。
ゴルゴスは、彼らに睡眠薬入りのアルコールを飲ませ、儀式の為に人面岩の祭壇に運び込んだ。
調査団の人数は九人。
彼らを案内させたポーターは、ゴルゴスの手の者であった。
しかし、高坂を最後の生贄として捧げようとした所で、一人の青年が現れた。
高坂と同じアジア人の顔立ちであった。
ゴルゴスは、高坂が、“山本教授”について質問して来た事を思い出した。
二三年前、人面岩の落下に巻き込まれ、飛行機が墜落するという事故があった。
乗客は、一人を覗いて死亡。
山本教授と、その妻も、その中にいた。
しかし、山本夫妻の息子、大介のみ、生き永らえていた。
その大介が、この青年であるらしかった。
大介は、高坂を連れて、その場から離脱してゆく。
ゴルゴスは、その背に手斧を投げ付け、瀕死の重傷を負わせた。
だが、高坂諸共、大介は行方を晦ませてしまう。
そこで、ポーターを九人目の生贄とする事となったのである。
部族の殆どを掌握したゴルゴスは、一対の腕輪を合わせる事で生じるエネルギーと、人面岩に捧げた九つの生贄のエネルギーを融合させた。
又、ゴルゴスは自らの身体にもインカの秘術による改造を施している。
それは、声――或る特定の周波数で、肉体を変化させる術であった。
お~~~~ん
ご~~~~
る~~~ど~~~~
ギギ・ガガの腕輪の持つエネルギーが、変身の表示意思、及び、特定の呪文と共鳴する事で、改造された肉体の細胞を振動させ、変身させるのである。
ゴルゴスは、深紅の身体の鬼となり、巨岩の頭頂の切れ目に、自分の身体をねじ込んだ。
九人の生贄と、ゴルゴスを含めて、一〇個の顔を持つ鬼――十面鬼が誕生したのである。
腕輪のエネルギーによって、人面岩の頸から下が形成されてゆき、その巨体が立ち上がった。
広大なジャングルを見下ろす、巨大な鬼であった。
後は、バゴーが持ち出した太陽の石さえ手に入れれば、インティの化身、あの白い頭巾の男の言葉通り、太陽の力を以て世界を滅ぼす事が出来るようになる。
年老いたバゴーと、彼と共に逃げ出したキティを処分する事は、決して難しくはない筈であった。
だが――
そのゴルゴスから、ギギの腕輪を奪ったものがあった。
それは、ゴルゴスの知らない獣人であった。
赤いまだら模様の、トカゲの獣人だ。
赤いトカゲ獣人は、二つの車輪と翼を持つ乗り物で、十面鬼の頭頂に位置するゴルゴスを襲撃し、彼の左腕からギギの腕輪を奪い取った。
赤いトカゲ獣人が、ギギの腕輪を手にすると、その身体は大自然を象徴する緑色へと変わっていった。
トカゲ獣人の正体は、あの、大介であった。
二三年前、人面岩が落下した際、破壊した飛行機に乗っていた赤ん坊だ。
彼は、アマゾン化石人の許で獣のように育った。
文字も、言葉も知らない。
しかし、自然の事は知っている。
野生の中で生き延びる、戦う方法を知っている。
バゴーは、自らを追い出し、世界の破滅を目論むゴルゴスに対する刺客として、その強靭な肉体を持つ青年を送り込んだのである。
インカの秘術を用いて、彼にトカゲの遺伝子を埋め込み、更に太陽の石を組み込んだ乗り物を与え、ゴルゴスからギギの腕輪を奪わせた。
太陽の石はおろか、ギギの腕輪さえも、ゴルゴスの手を離れてしまった。
太陽の石は、バゴーに助けられた高坂によって日本へ運ばれ、ギギの腕輪も、トカゲ獣人となった山本大介によって南米から持ち出されてしまったのである。
ゴルゴスは、インティの予言を実行する為に、インカの秘宝を揃える必要があった。
彼は、トカゲ獣人からギギの腕輪と太陽の石を奪うべく、偉大なる闇の帝国――ゲドンを組織し、日本へと向かったのであった。
山本大介――
ゴルゴスからギギの腕輪を奪ったトカゲ獣人が、本来名乗るべき名であった。
奇跡的に事故から生き延びた大介を保護したのは、アマゾン化石人と呼ばれるものたちであった。
彼らは、獣のまま進化したものたちであり、未確認生物の一種であると言えるだろう。
獣から人への進化に、取り残されたものたちだ。
取り残されたまま、しかし、その知能を発達させて来たものたちである。
大介は彼らによって、自然の中で育てられた。
赤子の内に、人間社会から離れてしまい、野生動物に育てられた子供の逸話は、幾らもある。
彼も、その一例であった。
この大介が、何故、その強靭な肉体を改造される事となったのか。
それは、ゴルゴスの野望が胎動を始めた時から、定められていた事のように思える。
ゴルゴスの計略で集落を追われたバゴーとキティは、アマゾン化石人に保護された。
そこで、彼らに育てられた大介と出会ったのである。
更に、アマゾン化石人らと共に隠れて暮らしていたバゴーの許に、大介によってゴルゴスから逃げ延びた高坂が訪れた。
この高坂と、大介の両親が旧知の仲であったという事は、奇妙な縁であった。
高坂が、大介の壮絶な人生と、バゴーたちインカの末裔、ゴルゴスによる反乱についての事情を知った時、ゴルゴスは人面岩の力を手に入れて、十面鬼となった。
巨大十面鬼は、ジャングルを蹂躙した。
アマゾン化石人らが多く犠牲になった。
バゴーは、高坂を救出する代わりに、命に関わる重傷を負った大介を助けるべく、インカの改造秘術を用いた。
高い生命力を持つトカゲの遺伝子を埋め込み、大介の生命を永らえようとしたのである。
だが、手術は失敗した。
僅かに死の時間が遠くなったに過ぎなかった。
落胆するバゴー、キティ、そして高坂に、とどめを刺そうと迫る十面鬼。
キティが、元夫であったゴルゴスの説得を試みたが、彼女は哀れ、十面鬼の巨大な顎によって身体を噛み砕かれてしまう。
大介が覚醒したのは、その時であった。
トカゲ獣人となった大介は、バゴーが太陽の石を組み込んで造り上げた、翼と車輪を持つ乗り物――ジャングラーを駆って、ゴルゴスからギギの腕輪を取り返した。
この腕輪を装着する事で、大介・トカゲ獣人は、全身を緑色の鱗で覆い、赤い血潮をその隙間から覗かせる大自然の戦士・アマゾンとなったのである。
二つの腕輪の内、一つを奪われた十面鬼は、巨体を維持する事が出来ず、不思議な力を持つ人面岩とゴルゴスのみとなった。
バゴーは、高坂に太陽の石を託し、追って、大介を日本へ向かわせた。
インカの秘宝を巡る、ゲドンと、アマゾンとの戦いが、始まったのであった。
その山本大介・アマゾンは、故郷のジャングルに突如として出現した謎のピラミッドの内部に潜入し、一人の男と対峙していた。
黒い壁を照らす蒼いライト。
その中で、真っ白く輝くようなスーツを着こなした、日本人離れした彫りの深い顔立ちの男。
呪ガイストである。
かつて、GOD機関の秘密警察第一室長アポロガイストとして、仮面ライダーX・神敬介と戦い、敗れ、そして復活した男であった。
アマゾンは、ガイストに対して警戒心を剥き出した。
獣のように前傾し、両手を前に出し、牙を剥いている。
ガイストは、そんなアマゾンの姿を眺め、唇を曲げると、左の人差し指に火を灯し、右手に抓んだ煙草に火を吐けた。
煙を肺いっぱいに吸い込み、唇の隙間から紫煙を吐き出してゆく。
アマゾンが、眼の前を通り過ぎる香ばしい煙に、眼をぱちぱちと瞬いた。
「余計な事をした連中がいたようだな」
ガイストが言った。
「あの、探検隊の連中さ」
「――」
アマゾンは、親しみさえも感じさせる口調で言うガイストを、じぃと観察した。
一見、自然体に見えるが、アマゾンの動きに素早く反応し、若し攻撃を加えられれば即座に迎撃態勢に移るであろう。
「世の中には、知らなくて良い事もある……」
「ここの、事か?」
アマゾンが訊いた。
「そうさ」
「知らないで、良い事を、知ったから、殺したのか⁉」
「結果的には、な」
ガイストは淡々としている。
あの探検隊のメンバーが、このピラミッドの存在に気付いたのであろう。
そうして、掘り起こそうとでもしたのか。
しかし、ピラミッドはその為に地上に浮上し、彼らの生命を奪う結果となった。
ガイストがピラミッドを地下から出現させたのならば、探検隊たちに迫る危険の事は、分かる筈であった。
「それは、お前さんもだぜ」
アマゾンの事を見据えて、ガイスト。
「その柵の向こうを、見てしまったんではな……」
「――お前たち、何だ?」
「お前さんの……お前さんたちの、敵という事になる」
「敵⁉」
「予定よりかちぃとばかり早いが、ま、文句は言うまいよ」
ガイストは、ジャケットの裾を翻した。
腰に、黒いベルトが巻かれている。
緑色の風車を内包したバックルが、身体の正面に位置していた。
ガイストはベルトの両脇から、グリーン・アイザーとパーフェクターを取り出した。
すると、広大なスペースの何処かから、アポロクルーザーがやって来る。
アマゾンは、横手から迫ったアポロクルーザーを回避し、ガイストの姿を眼で追った。
ガイストはアポロクルーザーに飛び乗ると、変身アイテムをセットしざまに、黒と緑の強化服を装着していた。
色こそ全く反転してしまっているが、その姿は、
「――敬介⁉」
Xライダーと、そっくりであった。
セット・アップを完了したガイストライダーは、アポロクルーザーのハンドルを握ると、アマゾンに向かって突撃した。
アマゾンが横に転がって躱すと、壁際でターンして、フロントにセットされたアポロ・マグナムを乱射した。
アマゾンが駆ける。
その足跡を追うように、アポロ・マグナムの弾痕が作り上げられて行った。
アマゾンは高く跳躍し、天井に張り付く。
ガイストライダーはアポロ・ショットを引き抜くと、天井のアマゾンに狙いを付けた。
「がぁーっ!」
アマゾンは
空中で回転しながら、アポロクルーザーの後方に着地する。
ガイストがマシンをターンさせる隙に、既にアマゾンは車体の側面に回り込んでいる。
ガイストはアポロ・フルーレを右手に持つと、左側から跳び付いて来るアマゾンの胸に向かって突き出した。
細いが鋭い剣先が、アマゾンの胸に突き立つ。
だが、アマゾンは、発達した大胸筋で剣先を止めると、右腕をフックの軌道で繰り出した。
ガイストが、車上から飛び退いた。
直前までガイストがいた空間を、鋭利なヒレが通り過ぎる。
アマゾンの両腕から生えたヒレだ。
あのヒレが持つ切断能力は、今までに何体もの改造人間の血を啜っている。
「あがぁぁぁ~~~っ……」
アマゾンが、身体を反らして吼えた。
その叫びが、ギギの腕輪と同調し、アマゾンの細胞を振動させる。
Aaaaaaaarrrr……
Mooooooorrrr~~~~
Zooooooooooooone!
全身に、太い血管が浮かび上がり、その上を緑色の鱗が覆う。
火山の大地が裂けて、内側に眠るマグマが亀裂から漏れ出すように、赤々とした血の色が、鱗の隙間から覗いていた。
正面に向き直ったアマゾンの顔は、前方にせり出して、身体と同じく鱗に覆われていた。
両眼は赤く染まり、眉間からは角が生えている。
肥大化した脳神経の一部が、額を突き破って体外に露出し、最も多くの情報を集める器官となっているのである。
生命の危機を脱する為の緊急手術によって、山本大介はトカゲの改造人間、戦う獣神となった。
そして、ギギの腕輪を守る為、日本でゲドン・ガランダー帝国と戦ったアマゾンは、仮面ライダー第六号となったのである。
アマゾンライダーは、怪鳥の如く哭き、ガイストライダーに襲い掛かった。
「飲みに行かないか」
黒井響一郎は、克己を誘った所をマヤに見られていなくて良かったと、心の底から思った。
何故、仲間の、しかも男を、一緒に飯を喰おうと誘うだけの事に、あんなにも緊張するのか。
自分でも分かる程に、声が上ずっていた。
克己が、一瞬、言葉を失ったのを見て、その沈黙の際に、心臓が変に大きく鼓動した。
黒井が知っている克己は、滅多に感情を露わにしない男なので――地獄谷五人衆との戦いの際に、“決め台詞”を言っていたというのにも驚いた――良かったが、あのような態度をガイストに取られてしまったのでは、もう嫌になってしまう。
克己は無表情に黒井の言葉を飲み下して、
「ゆく」
と、言った。
無駄のない肯定の所作に、ほっと胸を撫で下ろして、“ヒーロー”であった頃の癖か、
「それじゃあ、行こうか」
などと、やたらに格好を付けながら言ってしまった。
相手が女の子だったら、それだけであそこを濡らしてしまいそうな微笑みだったろう。
若し、女性からそのように誘われて、そんな風な笑みを見せられたら、年甲斐もなく元気になってしまったかもしれない。
人が、一生に一度、出来るか出来ないか。
そういう事が、存在する。
ぎりぎりの所で競い合うレースで、自分が進むべきルートがはっきりと見え、どれだけの力でアクセルを踏めば良いのかが明確に分かり、ハンドルをどの程度切るのが最良であるか確信し、そして、その予想通りに事が進む。
動物園の檻から、腹ペコのライオンが逃げ出した所に、偶然にも出くわしてしまい、しかもそのライオンが眼の前にやって来て、間合いをあっと言う間に越え、逃げ場もなく、あまつさえ自分を捕食対象として見ている事に気付き、その爪と牙が喰い込む瞬間を刹那早く予想して、訳も分からずに悲鳴を上げる。
気持ちの良い程に、身体に永遠に刻まれる、一瞬の記憶。
二度とその快感を味わう事は出来ないし、二度とその恐怖から逃れる事は出来ない。
黒井が克己を誘った瞬間、黒井響一郎の人生の中で、誰かを食事に誘うという事柄に関する全てを、黒井は使い果たしてしまったのだ。
そうした一生に一度のものを、この仲間の為に使ってしまった黒井は、町の食事処で克己と向かい合っていた。
ブラジル――
ベレンにある、“Minami”という店だ。
ポル・キロ式で、メニューや料金は日によって変わる。
営業時間は、午前一一時から午後三時までであるが、手頃に和食を食べる事が出来る。
店主は、日系ブラジル人。
ブラジルは日本からの移民が多い。
この店の経営者は、両親や祖父母に、日本人がいるのであろう。
不思議な縁である。
黒井は、マヤから“バリツゥズ”を習っている。
カタカナ語で分かり易く発音すると、“バーリ・トゥード”。
ポルトガル語で“何でもあり”という意味であり、格闘技のルールであった。
例えば、空手であれば、投げ技や関節技が、基本的には禁じられている。
レスリングなら、相手を殴ってはいけない。
そうしたルールが、ない。
必要最低限の――噛み付いたり、眼を狙ったりする以外の攻撃を、相手に加えても良い。
それが“バーリ・トゥード”というルールであり、マヤは特に、“ジュージュツ”を黒井に教えた。
ジュージュツ――つまり、柔術の事である。
戦国時代に編み出された、合戦の場に於ける組討ちの技術を、理論化したものだ。
戦場では、こちらが素手であるからと言って、相手が武器を捨ててくれるという事は、先ずない。
そうであっても、素手で武器を制する事が出来る技術が、柔術であった。
武具に勝る徒手という思想は、安穏の時代に、セルフ・ディフェンスへと昇華する。
日常生活の中で、道を歩いている時、食事をしている時、酒を飲んでいる時、博打を打っている時、女と睦言を交わしている時、いきなり刃物を持った狂人が襲い掛かって来ても、自分や、その傍にいる、愛する者たちを守る事が出来る護身術だ。
それが、このブラジルの地で、バーリ・トゥードと迎合し、一流派を創り上げている。
ブラジリアン柔術と総称される、バーリ・トゥードの為の格闘技だ。
徒手対武器。
個人対複数。
力のない女子供対屈強な男。
そのような、飽くまでも身を守る事に徹しつつも、
打撃
投げ技
関節技
これらトータル・ファイティングの技術を網羅し、その上で、馬乗りになって相手を殴る事も理論付けられている。
元は、日本の技術だ。
神道が、元を辿ればイスラエルにあるように、ブラジリアン柔術は、元々は日本の武術なのだ。
明治の頃、前田光世という男がいた。
ブラジルでは、コンデ=コマとして知られている。
講道館出身の柔道家だ。
彼は、日本の武道と、大和魂と世界に広める為、日本を立ち、海の向こうへと羽ばたいた。
そうして、戦った。
自分が学んだ技術こそ、日本に伝わる武道こそが、最強の格闘技である事を証明する為に。
大柄な外国人たちの前に、決して大きいとは言えない身体一つで対峙して、生涯無敗。
当時、未開拓であったこのブラジルに渡って来た前田光世は、アマゾンを開拓し、一つの町として成立させた。
その最中に、彼が広めた柔道が、ジュージュツとして人々に伝えられたのである。
一度は日本を離れ、外国人の手に渡ったジュージュツが、マヤによって黒井響一郎に届けられた。
又、同じく前田光世に関わる人間に、大塚松士がいる。
赤心少林拳の祖師である、樹海だ。
前田光世に敗れた彼は、中国に武者修行に出た。
そこで、師である鉄玄から、ソロモンの秘宝にして、三種の神器の一つである霊玉=マナ=八尺瓊勾玉を授けられている。
黒井は、そして、この古代イスラエルと古代ヤマトにまつわる“火の車”を巡って、ドグマの地獄谷五人衆たちと戦っているのだ。
奇縁という他にはない事であった。
何か、大きな力が、この現象の背後に動いているような気さえする。
何者かが、こうして巡り合う自分たちを観測し、操っているようにも思ってしまう。
その何者かを、或いは、“神”などと称するのであろうか。
兎も角、その奇縁に囲まれ、自分自身も奇妙な因縁の環の中に組み込まれている黒井は、そわそわした様子で、克己を待っている。
一通り料理を取り終えた所で、克己がトイレに立った。
黒井は、今日はビールであった。
克己は、ガラナ。
ポレンタやパステウ、ポン・ジ・ケージョ。
ピラニアのフライ。
ガレット。
寿司もあった。
黒井は、それらをぽつぽつと摘みながら、どうにも落ち着かない様子である。
――生娘ではないのだから。
と、自分に言い聞かせて、黒井はおかしくなってしまった。
案外と、こういう時、女性の方が落ち着いている。
こうして、相手のいない時間にどぎまぎする少女などというのは、男の身勝手な妄想だ。
女性に対し、清楚だとか、純情だとか、そういう幻想を抱いている憐れな男たちの、だ。
女性というのは、男が思う程、初心でも、清純でもない。
だから、却って男の方が、そうなってしまう。
――ああ、そうだ。
どうにも、この感覚に覚えがあると思ったら。
もう、ずっと昔の事のようにも感じるが、経験がある。
餓狼のようなレーサーであった自分が、唯一、心を許したあの……。
「待たせたな、黒井」
克己が、トイレから戻って来た。
二人で、食事を始めた。
アマゾン釈の変身忍者感←