仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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気が付けば一年……まだ昭和ライダー篇が終わらず、序章で出て来た鎧武も出て来ていない……。遅筆で申し訳ない。


第四節 預言

 マヤは、それを、眺めている。

 

 巨大な、岩だ。

 マヤが小柄な方であるとしても、そのずっと上の方に、岩の頭がある。

 大の男が何人かで手を繋いで腕を回して、漸くその岩を抱えられる幅ががあった。

 

 顔が、彫刻されているようであった。

 オルメカ文明の、人頭岩に似ている。

 頭部に、人の手で加えられた切れ込みがあるのも、そっくりであった。

 

 「これは?」

 

 マヤは、ゴルゴスに訊いた。

 

 あの後――

 

 ショッカー本部の表層を爆破し、地下水路に飛び込んで事なきを得たマヤは、ゴルゴスに案内されて、この祭壇へと赴いた。

 古代インカ帝国の末裔たちの暮らす場所だ。

 

 インカ帝国は、ケチュア人により、クスコを首都として発展した国家である。

 巨岩を加工して築かれた建築物が構成するその領土は、現在のペルー、ボリビアを中心に、北はコロンビアから南はチリまでに及ぶ。

 白人たちによって滅ぼされた彼らの末裔が、このジャングルの中で、秘かに生活していた。

 

 その祭壇である。

 その祭壇の主神と思われる人面岩の事を、マヤはゴルゴスに尋ねたのである。

 

 「二〇年前、空から降って来たものだ」

 「空から?」

 「うむ」

 「それは、隕石という事?」

 「そうだ」

 「へぇ……」

 

 マヤは興味深そうに頷くと、祭壇に歩み寄って、人面岩に更に近付いた。

 

 「所で、貴方たちは、これをどのように解釈しているのかしら」

 「解釈?」

 「ええ。何の目的で、こんな風に、この隕石に人の顔を彫り、主神として祀っているのか……それが気になっているわ」

 「――」

 

 ゴルゴスは、彼女をここまで案内する直前と同じように、彼女の背中を見て、黙った。

 しかし、マヤが肩越しに振り向き、その黒い瞳で見つめられてしまうと、つい口を開いてしまう。

 

 「伝承の為だ……」

 

 マヤの瞳の持つ不思議な魔力……彼女が孕んだ妖艶なオーラに惑わされるように、ゴルゴスは語り始めた。

 

 「伝承?」

 「古代インカ、三つの秘宝……」

 「それは?」

 「一対の腕輪と、太陽の石だ」

 「――」

 「こちらへ……」

 

 ゴルゴスはマヤを誘った。

 

 祭壇から少し歩いた所に、洞窟があり、こちらにも別の儀礼の場が設けられている。

 その壁面に、絵が刻まれていた。

 余白を極端に嫌うかのように描き込まれている。

 

 世界樹の頂点に戴かれた太陽を、人間や、獣や、鳥や、魚が崇めている。

 しかし、この南米には生息しない筈の動物まで描かれているのに対して、昆虫の姿は一つとして存在しない。

 

 いや――

 

 太陽神は、世界樹のてっぺんに戴かれている。

 世界樹は三本の柱から成り、その真ん中の一本の頂点に太陽が描かれていた。

 その三本の柱に、二匹の龍が絡み付いている。

 

 翼ある蛇の王……。

 

 その頂点の太陽神は、円形から放射状に光を放っているが、大円の中心に刻まれている顔は、一対の中円と、その間にある小円――人の顔に当て嵌めれば額の所にある、第三の眼を持っていた。

 

 その第三の眼から、特に一対の、斜め上に向かって走る線があるが、見ようによっては、昆虫の触角のようにも思える。

 

 進化論には、昆虫が存在せず、人によっては、昆虫は外宇宙からの生命体だとも言うが、この壁画は、それを表しているかのようであった。

 

 「インティだ」

 

 ゴルゴスは言った。

 インティとは、インカの太陽神である。

 

 「あの岩は、インティなのだ」

 「ふぅん」

 

 マヤは、得心がいったという風であった。

 つまり、ゴルゴスの一族は、インティが宇宙からの来訪者であると考えており、それを、あの巨大隕石に見立てている故に、あの岩を祀っているという事らしい。

 

 と――

 

 「何をしておる……」

 

 しゃがれた声が、聞こえて来た。

 振り返ってみれば、白髪を長く伸ばした老人が、そこに立っている。

 ゴルゴスと同じ、赤い貫頭衣を着ていたが、その白髪と相まって、厳かな雰囲気を醸し出していた。

 

 「バゴー……」

 

 インカの末裔たちの長老――ゴルゴスの義父であるバゴーであった。

 一族のトップは、ゴルゴスという事になっている。

 しかし、それ以上の命令権を持つのが、この長老バゴーであった。

 

 「息子よ、何故、余所者をここに……よりにもよって、一族の秘儀の場に入れたのだ」

 「――」

 

 バゴーは老齢であったが、その眼はぎらぎらと輝いている。

 

 「事によっては、お前とても、許さぬぞ」

 「――バゴー……」

 「申し訳ありません、長老」

 

 マヤが言った。

 

 「私が、どうしてもと、頼んだのです」

 「――早う、ここから出てゆく事じゃ」

 「私はこのような古代文明に興味があるのです。ですので、彼に無理を言って」

 「忘れよ。ここで見たものは、全て。それが嫌ならば、我が一族の者と契り、外界との繋がりを断つ事じゃ」

 

 バゴーは毅然とした態度であった。

 殊更、マヤを威圧するような口調である。

 

 老齢の彼も亦、ゴルゴスと同じく、マヤの魅力に惑わされそうになっていたのだ。

 それに抗うべく、こうした口調になっている。

 

 マヤは、

 

 「分かりました」

 

 と、物分かり良く頷いた。

 

 「では、仲間に連絡したいので、人がいる場所まで送って行ってくれませんか」

 「――キティ」

 

 マヤを送って行こうとしたゴルゴスを制して、バゴーが言った。

 洞窟に、中年の女性が入って来た。

 バゴーの娘、ゴルゴスの妻であるキティだ。

 

 キティは、マヤを手招きした。

 キティに伴われて洞窟を出て、人面岩の祭壇や、壁画の洞窟からかなり離れたキャンプにやって来た。

 

 そこには、一族の者らしき男たちがたむろしている。

 バゴーたちと同じような貫頭衣の者もあれば、腰に動物の毛皮を巻いているだけの者、逆にサファリ・ルックでライフルを携行している者もあった。

 

 キティは、彼らに言って、無線を取り出させた。

 自然の中で暮らす彼らとて、こうした文明の利器を忌避している訳ではない。

 マヤの言う周波数に発信し、連絡を取った。

 すると、そこのキャンプは畳まれて、移動の準備が始まる。

 

 「ここでお待ち下さい」

 

 キティは言った。

 

 彼らは定住しない。

 ジャングルの中を、移動しながら生活する。

 無線の電波を発したポイントに迎えがやって来るのを待つ間に、彼らは痕跡を消して、密林の中に姿を消してしまうのだ。

 

 「ねぇ、少しお話ししましょうか」

 

 と、マヤは、キティに言った。

 キティは、口を利かなかった。

 

 「ねぇったら……」

 

 マヤがキティの肩に手を伸ばそうとした。

 刹那、キティは隠し持っていたナイフを、マヤの顔に投げ付けた。

 顔を傾けて躱さなければ、ナイフは、マヤの眼に潜り込んでいただろう。

 代わりに、マヤの背後の樹の幹を這っていた蛇を縫い止めていた。

 キティは、蛇ごとナイフを引き抜き、まだ残っていた焚き火で炙って、喰った。

 

 マヤは、口笛を一つ吹いて、

 

 「ワイルドぉ」

 

 と、愉快そうに言った。

 

 キティは、マヤを睨み付けるように見ている。

 マヤが持つ魅力――バゴーやゴルゴスを惑わす妖艶な魔力に抗おうとするのではなく、嫉妬し、憎悪するかのような眼であった。

 

 そうしていると、不意に、二人の頭上で梢が鳴った。

 見上げてみると、そこから、一人の青年が降って来た。

 

 「彼は?」

 

 マヤが訊く。

 しかし、キティも、その顔に覚えはないという表情であった。

 

 縮れた髪を、ぼうぼうと伸ばした、半裸の青年である。

 その腰に巻かれている動物の毛皮に、日本のお守り袋が引っ掛かっている。

 

 この謎の青年に、二人が戸惑っていると、更なる来訪者が出現した。

 それは、すぐに人と判断する事は難しかった。

 

 猿人――

 

 二本足で直立してはいるが、全身を獣毛が覆い、顔はそれと分かる程前方にせり出している。

 

 アマゾン化石人であった。

 アマゾン化石人は、マヤたちの眼の前に出た青年を諫めるように、唸り声を上げた。

 

 しかし、青年は二人を――マヤを見据えている。

 マヤも、彼を見返した。

 

 だが、青年は、ゴルゴスのようにマヤに魅入られるでも、キティのようにマヤに嫉妬するでもなく、マヤと眼を合わせていた。

 

 もう一度、アマゾン化石人が、青年に対して唸った。

 

 青年は、アマゾン化石人を振り返り、そのまま、アマゾン化石人と共に森の奥へと去ってゆく。

 

 「また会うわ……」

 

 マヤが、小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 それから、数日が経った。

 

 ゴルゴスは、少しの間、バゴーによって幽閉された。

 余所者を、一族の秘儀の場に立ち入らせた為である。

 

 その間に、先日の爆発で汚染された自然を、彼らなりに修復する事となった。

 ゴルゴスの事は伏せられ、バゴーとキティが指揮を執った。

 

 ゴルゴスは幽閉期間を終えると、秘かに、爆心地へと向かった。

 マヤの事を忘れられなかった。

 あの爆発とマヤに関係があるのなら、何か、爆心地に残っていると思ったのだ。

 

 しかし、あの日、結局辿り着けなかった爆心地を訪れたゴルゴスは、そこで、一人の男と出会う事になった。

 

 焼け爛れた森の真ん中に、深い孔が開いている。

 その焼けた地面に、早くも新緑が芽吹こうとしていた。

 

 地面の孔を挟んで、ゴルゴスは、その男を見たのである。

 

 白い衣を纏った男であった。

 白い頭巾を被っている。

 頭巾の正面には、二つの孔が開いており、そこから双眸が覗いていた。

 

 その衣が汚れるのも気にせず、男は地面に座し、何事かを唱えている。

 すると、頭巾の覗き孔から見える眼が、赤や、緑、蒼、黄色などの光を放つ。

 その光に導かれるようにして、森林が再生しているのであった。

 

 「お……おう……」

 

 ゴルゴスは、知らぬ間に、そこに跪いていた。

 あの人面岩に対してする祈りの儀式のように、深く頭を下げた。

 

 どれだけの時間、そうしていたのか。

 気付けば、頭巾の男による詠唱は終わっていた。

 

 「顔を上げよ、ゴルゴス」

 

 男が言った。

 ゴルゴスは、自分の名を知られている事に驚き、同時に、この男であればそれも不思議ではないと思いながら、頭を上げた。

 

 「我はインティの化身なり」

 

 男は言った。

 

 「我は、預言者なり」

 「我は、蛇なり」

 「我は、鷲なり」

 「我は、龍なり」

 

 ゴルゴスの心に染み入る声であった。

 

 「我を見よ。我の姿を、その眼でしかと見よ」

 「我を聴け。我の声を、その耳でしかと聴け」

 

 ゴルゴスは頭巾の男を見つめ、意識を耳に集中した。

 

 「世は末世なり」

 「受け難き人の身を得ても、深淵へと至る道、既になし」

 「故に告げる」

 「汝、両翼を具えし巨人となりて、太陽の力を以て末世の人類を滅ぼすべし」

 「巨人とは無欠の存在なり。無欠の存在とは未完の存在なり」

 「永遠に交わらぬ羅龍なり」

 

 言い終えると、頭巾の男の身体が白く発光し、ゴルゴスがその眩さに思わず顔を覆っている間に、彼の姿はその場から掻き消えてしまっていた。

 

 ゴルゴスが白い闇から解放されると、その脳裏には、天より降る龍のヴィジョンが、ありありと思い浮かべられていた。

 

 その龍の許で、あらゆる生物が自由闊達に生きてゆく光景を見たのである。

 

 しかし、直立した人類が、智慧の光を得て万物の霊長として奢り、他の生物たちを一方的に喰らう様子をも、ゴルゴスは見た。

 

 太陽が昇る頃は地を這っていたヒトは、智慧の光を得て直立するようになり、月の光が降り注ぐ頃には第三の眼を開き、世界へと溶けてゆく。

 

 だが、開眼する者の数が減ってゆくと、人々は夜の闇を恐れて、智慧の光を増大させる事を考えるようになった。

 

 その為に、真理の三本目の足を得る事が出来なくなってしまうのであった。

 

 こうして、優しく注がれる月の光を失った人類は、肥大した太陽の苛烈なエネルギーによって滅ぼされる事となる。

 

 ゴルゴスは、白い頭巾の男が語った内容を、改めて本能で理解した。

 

 肥大した太陽の光、増大した智慧の光は、近代文明の利器である。

 これを得る事で、人類は他の生物よりも自分たちが優れていると思い込んでしまった。

 まさに、ジャングルを開拓しようとする人間たちの愚行であった。

 

 彼らはやがて太陽によって滅ぼされる事となるが――インティの化身を名乗った白い頭巾の男は、このゴルゴスに、その役目を担えと告げたのだ。

 

 両翼とは、左右の腕輪の事だ。

 太陽の力というのは、太陽の石の事であろう。

 三つのインカの秘宝と、それらを揃える事によって発動する無限のエネルギーの事だ。

 

 しかし、他の言葉の意味が、まだ、ゴルゴスにはどう分からない。

 ゴルゴスはバゴーたちの許へ戻りながら、考えあぐねていた。

 

 「何処へ行っておった」

 

 と、バゴーに問われたゴルゴスは、散歩だと言って、白い頭巾の男の事は言わなかった。

 

 バゴーは、インカの末裔と、現代人類が関わる事を好まない。

 しかし、それはインカの伝統と文化を守る為であり、敢えて現代人類と争おうと考えている訳ではない。

 

 かつて、インカの文明は、マヤ・アステカ文明などと同じく、スペイン人によって滅ぼされている。

 産出された黄金を根こそぎ奪い取られ、蛮人として奴隷として捕らえられたり、殺されたりした。

 

 その歴史を繰り返してはならないという思いが、あるからだ。

 

 外からの侵略も、こちらからの復讐もしない。

 攻められれば守るが、打って出て滅ぼす心算はない。

 

 そんなバゴーに、自分は人間を滅ぼすようインティから言葉を預かったと言っても、否定されるのが落ちである。

 

 若し、バゴーに預言の解釈を頼めば、全てはやがて滅びるが、それに自分たちが手を貸す事はないと、そのような答えが返って来るであろう。

 

 恐らく、自分でも、人づてに聞けばそのように思う。

 あの男に――あの白い頭巾の男に、直接会っているからこそ、自分は、自らの手にインカの秘宝を揃える事を、思い付いたのである。

 

 理屈ではない。

 あの男の言葉は正しいのだと、本能が言っていたのだ。

 神経に刷り込まれた記憶であった。

 

 兎も角、その日は、いつものように食事を摂った。

 大きめのネズミの皮を剥き、火で炙ったものだ。

 野草や、木の実もあった。

 別の集落から、酒の差し入れがあったので、飲んだ。

 

 そうして、洞窟の中で眠る。

 しかし、瞼を閉じていると、どうしても、あの光景が思い浮かんでしまう。

 

 遥かなる龍の記憶だ。

 あの白い頭巾の男の言葉を、思い出してしまうのだ。

 

 インカの秘宝を手に入れた後、どのようにすれば良いのか。

 ゴルゴスは、夜半、寝床を抜け出して、人面岩の祭壇に向かった。

 巨岩を、インティに見立てて祀っている。

 

 暫く、その前に座していたのだが、ふと、ゴルゴスは思い立った事があった。

 巨岩の傍らに供えられた、キープを見たのだ。

 

 キープとは、結び目を付けた紐で、数字を記す方法だ。

 紐の色や、太さ、形などで、様々な情報を表している。

 

 そのキープには、十進法が用いられていた。

 一〇個目の数字で、位が変わる。

 一つの位が満ちたから、位が変わるのである。

 

 満ちるという事は、無欠という事だ。

 では、未完であるという事が無欠であるという事は、あの白い頭巾の男が言う無欠とは、九つであるという事だ。

 

 そして、最後のピースとしての秘宝を揃え、無欠となるのである。

 

 又、永遠に交わらぬ羅龍とは、螺旋の事だ。

 螺旋とは、円である。

 

 三つのインカの秘宝と、九つのピースで紡ぎ出す円……

 

 これが、両翼を具えた巨人の絵解きである。

 

 ゴルゴスはそのように判じた。

 

 では、九つのピースには、何を用いれば良いのか。

 これも、簡単な事だ。

 

 白い頭巾の男は、太陽の力を用いよと言った。

 大自然の力だ。

 大いなる自然の力を借りる時は、いつだって、それに相応する儀礼が必要だ。

 それ相応のものを、自然に示さねばならない。

 世界を滅ぼす程の力を借りるには、いつものような、肉や、果物では足りない筈だ。

 

 ならば、やるか⁉

 

 自分たちが持つ中で、最も強く自然を揺さ振りえるエネルギー……

 

 人の命だ。

 

 生きている人間を、神への供物として捧げる、あの儀式を……

 彼らの生き血や体液を、命と共に人面岩に捧げるのだ。

 

 生贄の数は、九つ。

 それらを統括する存在として、一〇番目の自分がいるのだ。

 インカの秘宝を揃えた自分だ。

 

 インカの秘宝を揃えるという事は、即ち、インティの意思を代行するという事だ。

 

 インティの意思が人間の滅亡にあり、その啓示を受けたならば、長老のバゴーではなく、この自分ゴルゴスこそが、正しいのである。

 

 ゴルゴスは、秘かに計画を立て始めた。




萬画と『HERO SAGA』のどちらも取ろうと思ったので、改変とも取られる解釈をしました。
まぁ、キティというと、どうしても『原始少年リュウ』のイメージがあるので……

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