仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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投稿ペース不定期でスマソ……。


第三節 進化

 時間稼ぎが出来れば上出来――

 

 ショッカー本部に於いて急造された一二体の仮面ライダーを、マヤはそのように評した。

 

 実際、第二期強化改造人間、即ち、死神博士が日本を去る前に本郷猛に差し向けた、一文字隼人を含む六人の仮面ライダーたちよりも、遥かに性能で劣っている。

 その劣っている能力を補う為に、剣や槍や銃で武装している。

 

 これが、一対一であれば、一文字ライダーは瞬く間に相手を破壊していた事であろう。

 しかし、性能で劣るにせよ、強化改造人間は強化改造人間である。

 再生改造人間軍団との戦いで疲弊していた一文字ライダーは、数の暴力の前に危機に陥ろうとしていた。

 

 白ライダーの薙刀で足元を掬われ、横手から突撃槍を受けた。

 地面に転がった所、鞭で腕を捕らえられ、引っ張り上げられた。

 立ち上がらせられた胸に、スティックを打ち込まれ、メリケン・サックを装着した銀ライダーと接近戦になった。

 ラフ・スタイルで拳を打ち込んで来る銀ライダーを、アッパー・カットの一発で仕留めるも、金ライダーの盾で突撃され、吹っ飛ばされる。

 吹っ飛ばされた先には、水色ライダーの斧の一閃が待っていた。

 

 「ぐむぅ」

 

 頸を狙った一撃を、右腕で庇った。

 レガースに喰い込んだ斧が、そのまま腕を吹っ飛ばす前に、一文字は自らの意思でグローブを切り離し、剥き出しの腕を鎧の中から引っこ抜いた。

 ローキックで水色ライダーのバランスを崩し、左の貫手でタイフーンを刺し貫く。

 びくん、と、跳ねて倒れる仮面ライダーの腰を蹴り飛ばした。

 

 上から、剣を持った赤ライダーが襲い掛かる。

 剣を躱して、左のエルボーで頭部を横から叩いた。

 よろめく赤ライダーの頸を抱えて、仮面に膝蹴りを叩き込む。

 機械の潰れる高い音と、肉の砕ける鈍い音が重なって、不気味な旋律を奏でた。

 しかし、赤ライダーは、一文字ライダーの腰にしがみ付いて、離そうとしなかった。

 腰で両手をクラッチして、背骨を圧し折ろうとして来る。

 凄まじいパワーであった。

 

 「このっ……」

 

 一文字は、左の拳を相手の頭部に落として、無理にでも敵を引き剥がそうとする。

 が、肉体への指令を放つ脳が既に破壊されている為か、却って力が弱まる事はなかった。

 

 身動きを封じられた一文字を、緑ライダーの銃口が狙っている。

 

 

 たんっ、

 

 

 と、銃口が白くまたたき、一文字ライダーの仮面を掠めた。

 着弾したそこで、弾丸が破裂し、一文字のマスクの半分を剥ぎ取って行った。

 

 弾丸をリロードして、次の狙撃。

 

 一文字は、腰にしがみ付いた赤ライダーの身体を持ち上げ、肩から引き千切って、身体の前にやった。

 緑ライダーの銃弾が、赤ライダーのタイフーンを貫通した。

 

 「ぅおらあぁっ!」

 

 一文字は、赤ライダーの身体を振り回して、包囲網を縮めようとするショッカーライダーたちを牽制した。

 

 金ライダーの盾に止められるが、その上から、一文字はライダーキックをぶち込み、金ライダーを盾と赤ライダーもろともに粉砕した。

 モーニング・スターを使う黄緑ライダーと、巨大鋏を装着した黄色ライダーは、既に倒れている。

 

 残る六体を斃さんと振り向いた一文字の眼の前に、銅色ライダーのドリルが迫っていた。

 剥き出しの目玉を抉ろうと、鉄の螺旋が肉薄する。

 

 一文字はクラッシャーを外して身体を沈め、空洞になったヘルメットを突き刺させる事で、ドリルによる穿孔を免れた。

 

 ドリルを繰り出した銅色の腕を掴んで、地面に投げ落とし、その身体を持ち上げて、二段返しでとどめを刺す。

 

 この際に、クラッシャーの接続が外れて、仮面が転げ落ち、羚羊の改造人間の頭部が現れた。

 一文字は、改造手術の痕が浮かんだ顔を、きっと、五体のライダーに向けた。

 

 ――不味い。

 

 仮面を失った事で、仮面ライダーとしての機能を発揮出来ない。

 強化改造人間は、仮面を被る事によって身体に組み込まれた機械を作動させるからだ。

 

 更に、右腕は生身である。

 ショッカーライダーたちのプロテクターを叩けば、こちらの腕が破壊される。

 

 頸を緩く振りながら歩み寄って来る、紫ライダー。

 スティックがどのように動くか、予想が出来ない。

 頭に向かって振り下ろされれば、脳みそが弾け飛ぼう。

 それを躱す事は、一生分の幸運でも使わねば、出来ない。

 改造人間の感覚は、常人を凌駕し、仮面を被らない状態でも優れているとは言え、変身した状態を超える事はない。

 

 どうするか……。

 

 「覚悟は良いな、裏切り者……」

 

 仮面の奥で、紫ライダーが言った。

 

 そのスティックを振るう刹那、一文字は大きく後方に跳んだ。

 跳びながら、転がった銅色ライダーのヘルメットと、自分の腰から振り落とされた赤ライダーの右のレガースを拾い上げ、装着した。

 

 傷だらけの鮮やかな緑の仮面と、真っ赤な右腕の、歪なライダーが誕生した。

 

 次世代型の仮面が一文字の肉体を強制的に起動させ、本来ならば自分のものではない、赤い、力の右腕と神経を接続した。

 

 エナジー・コンバーターのダイヤルを捻って、全身に力を満たす。

 ライダー・パワーだ。

 それでも振り回されてしまいそうな……一年前に改造されたばかりの頃、身体の感覚さえ覚束なかった時のように、嵐のようなパワーが一文字の中を吹き荒れた。

 

 「ちぃっ」

 

 紫ライダーのスティックが迫る。

 一文字は右腕を振るい、スティックを薙ぎ払った。

 達人が、日本刀で巻き藁をすっ飛ばすように、スティックの先端が掻き消えた。

 

 驚愕する紫ライダーの顔面に、ライダーパンチを叩き込んだ。

 仮面の奥の、再生コブラ男の頭が砕け、首から下が飛んでゆく。

 

 「くっ……」

 

 装甲を破壊し、追い込んだと思っていた一文字が、まさか自分たちの仲間のパーツを使用して復活した事に驚愕しながらも、残ったライダーたちが、陣形を作り直す。

 

 しかし、眼の前に立ったのは、今までの二号ライダーではない。

 赤い拳を握り締めた、力の二号だ。

 

 

 

 

 死神博士は、小型の潜水艇に乗り、地下水路から、アマゾン河を下って大海に出て、そこで、日本へ向かう潜水艦に収容された。

 

 一二体のショッカーライダーが殲滅され、本部が壊滅したという情報が送られて来たのは、それから間もなくの事であった。

 その際にあった、一文字ライダーが、赤いレガースのショッカーライダーの装甲を奪い、それまで以上のスペックを発揮した様子は、特に死神博士の興味を引いた。

 

 「面白かったな、あれは……」

 

 突然、横から声を掛けられた。

 いつのまにか、潜水艦のVIPルーム――死神博士と数名の護衛しか乗らない筈のそこに、薄汚い袈裟を纏った、僧侶の姿があった。

 

 チェン=マオ――

 

 浜名湖地下で、ヘールカと名乗り、ゾル、イワン、そして松本克己の前に姿を現した、ショッカー首領である。

 

 イワンは、亡き妹を再びこの世に蘇らせる為、ショッカーに与している。

 チェン=マオの降霊術によってナターシャの魂と出会ったイワンは、その器、永遠の肉体の研究を造り上げる設備を提供される代わりに、ショッカーに改造人間の製造技術を提供していた。

 

 「面白い、とは?」

 「一文字隼人の事さ。本郷猛とはまた違う道筋で、パワー・アップを果たしおった」

 

 日本で、地獄大使と戦う本郷猛は、強化服を二度に渡って新調している。

 

 一度目は、死神博士を追ってヨーロッパへやって来た折に。

 二度目は、再び日本の守りに就いた時に。

 

 進化してゆく脳や、その周辺の神経が要求する動きに応える為に、身体を守る外骨格を強化してゆく必要があるのだ。

 

 強化服の目的は、身体を外側だけではなく、内側からも保護する為にある。

 敵の攻撃から脳を守ると共に、自身の限界を超越した動きから肉体を守り、自壊を防ぐのだ。

 

 特に本郷は、二度目の強化服新調の直前、死神博士による再改造手術を受けており、この際に採られたデータが、今回の一二体のショッカーライダーの製造に使われている。

 本郷が、新しい機能を得た身体に合わせて強化服を作り直したのとは違い、一文字は、新しい強化服の性能に合わせて肉体を自ら進化させたのであった。

 

 「予期せぬ事が起こる――これが、人間の進化の螺旋よ」

 

 チェン=マオは言った。

 

 「それを防ぐ為の、ショッカーによる人類の統治、ですな」

 「そうだ」

 「――」

 「何か?」

 「……いえ」

 

 神は無垢なるものを好む――

 

 『創世記』で、アダムとイヴがエデンを追われたのは、彼らが智慧を得て、無垢な存在ではなくなったからだ。

 

 チェン=マオによれば、これは、ジャイアント・インパクトの際に、外宇宙から飛来した生命の種子が、人間という、六五億年の時を超えて地球を支配する万物の霊長を生み出した事に比例する物語であるらしい。

 

 チェン=マオは、その神――B26暗黒星雲からの種子を運んで来た責任を取る、人類を無垢なままにする為に、ショッカーを組織したのであるという。

 

 だが、その目的を達成するのに、改造人間という手段を用いている。

 改造人間は、“種子”を開花させる為の手段だ。

 “種子”は人間に進化を齎した。つまり、その人間を更に開花させるという事は、無垢なるものを好む神にとっては、大きく矛盾した行ないに映るのではないだろうか。

 

 又、自分自身の事としても、考える。

 

 最愛の妹ナターシャ一人を生き返らせる為に、彼女の笑顔をもう一度見る為に、イワンは名も知らない人間たちの身体を刻み、機械を埋め込み、薬物漬けにする。

 

 只の偶然からそのように言われていた学生時代と違って、今は、本当の死神に成ってしまったかのようであった。

 

 そんな兄に対して、心優しいナターシャは、笑顔を向けてくれるだろうか。

 

 “母と子の絆を引き千切ってまで得る平和に、俺は価値を見出せないのだ”

 

 そう言った男がいた。

 その男に対し、イワンは、

 

 “ナターシャが再び私に笑い掛けてくれれば、それで良いのだよ”

 

 しかし――

 

 誰かと誰かの繋がりを断つような世界で、ナターシャは私に微笑み掛けてくれるのか。

 

 自らの行為を、善悪に照らし合わせれば決して善ではないと自覚した上で、ナターシャの笑顔を見る為にし続けるという、大いなる矛盾。

 

 ナターシャを蘇生させる研究が、ショッカーの世界統治の手段として成り代わり、仮面ライダーを斃す為のものに挿げ替えられつつある……

 

 「死神博士よ」

 

 と、チェン=マオが、イワン・死神博士の思考の隙間を縫うようにして、重く心に染み入る声で呼び掛けた。

 

 「はい」

 「これを……」

 

 チェン=マオが手渡したのは、ぶ厚い冊子であった。

 

 表紙には、ショッカーの紋章と共に、

 

  Ⅲ号計画

 

 の文字が、大きく踊っていた。

 

 「強化改造人間……第三号……」

 

 死神博士は、その資料の意味する所の名を、呟いた。

 

 ショッカー第一期改造人間の一人である、蠍男を発想の原点とした、外部ユニットを装着する事によって拡張性を持たせ、進化の可能性を秘めた兵士を造り出す強化改造人間計画。

 

 冊子を開いてみれば、第一期本郷猛、第二期一文字隼人他五名に続く、第三の男の設計図が完成していた。

 System Masked Ridersの名の由来となるマシンは、第一・二期のオートバイから、更にパワーとスピードのある、小型要塞とも呼べる四輪自動車トライサイクロンへと変更されていた。

 

 「改造素体は、黒井響一郎……ですか」

 「左様」

 

 黒井響一郎――

 

 マヤが、謀略によってショッカーに引き入れた男である。

 元フォーミュラ・カー・レーサー。

 本郷猛によって妻子を殺されたと思い込まされており、脳改造を施さないままに、強化改造人間第三号となる事が決定付けられている。

 

 人間性を残したままに、肉体を改造するという事は、来るべきショッカーの新世界の礎となるべく為にのみ造り出される、最強最速の改造人間という事になる。

 

 並みのアスリート以上に、屈強な、計算され尽した肉体を持った黒井響一郎を、Ⅲ号計画の素材として引き入れた功績から、マヤは、大幹部の座を手に入れた。

 

 「黒井響一郎は、第三の男たるべく、トレーニングを積んでおる」

 「はぁ……」

 「不満かね、死神博士」

 「いえ、そのような事は……」

 

 そう言いながら、冊子を捲る死神博士。

 すると、手渡された冊子が、二冊であった事に気付いた。

 

 二冊目の表紙には、

 

  Ⅳ号計画 System Masked Riders SHOCKER AIR FORCE

 

 と、あった。

 

 見てみれば、それは、トライサイクロン以上に、敵地を殲滅する目的で製造されるプロペラ機スカイサイクロンの搭乗者としての、そして、やがて誕生するショッカー空軍の指揮官となる、第四の男の設計図であった。

 

 「――カツミ」

 

 死神博士が言った。

 第四号の改造素体として選ばれたのは、松本克己である。

 

 

 

 

 ジャングルの地下に建造されていたショッカー本部が、周辺の森を焼き払いながら、爆発炎上した。

 

 その炎の中から、クリーム色のマシンが飛び出して来る。

 仮面ライダー第二号・一文字隼人を乗せたサイクロン号であった。

 荒地でも使えるよう、デュアル・パーパスに改造されている。

 初期のサイクロン号と違い、装甲が少なくなり、小回りが利くマシンであった。

 

 それに跨って、爆炎を突っ切って、空へと舞い上がる。

 

 森の中に着地した一文字ライダーの姿は、突入前とは異なっていた。

 一二人の仮面ライダーを斃した一文字は、戦いの中で装着した新しい右腕に合わせて、あの赤い装甲のライダーから、残る左腕と両脚のレガースを回収し、身に着けている。

 

 本郷が自分から囚われ、再改造を受けた折に新調したのと同じ、鮮やかな緑色の仮面と、その際のデータを基に急増された一二人のショッカーライダーの内の、特にパワーが強いライダーの装甲を手に入れて、“新二号”としての姿に変わっているのだ。

 

 新たな鎧による神経への負荷は、確かにあるが、やがてそれに合わせて、オリジナルの部分も進化してゆく事であろう。

 益々人間離れしてゆく身体に、怯えを感じないではないが、ショッカーという巨悪を斃すには、そうまでしなくてはならないとも思った。

 

 「――むぅ」

 

 一文字は、基地を破壊しながら情報を収集し、死神博士が日本へ向かった旨を知った。

 

 南米の本部に打撃を与えた今、ショッカーの世界征服計画の拠点は、日本に移る事になる。

 

 一文字は脳波通信で本郷にこの事を伝え、ジャングルを去る為にサイクロン号を走らせた。

 

 新しい肉体が馴染むまで、まだ、少し時間が掛かりそうであった。

 

 

 

 

 男が、森の中を歩いていた。

 

 大きな爆発と、それに伴う揺れが、彼らの住処を襲った。

 その爆発の原因を探る為に、戦士である彼は、長老である父の命で、密林を歩いている。

 

 彼らは森の住民である。

 しかし、森の全てを知っている訳ではない。

 森を構成する木々、大地、動物、昆虫……それらと会話をする事は、出来る。

 けれども、森はそれでもなお、人の理解の範疇を易々と凌駕する。

 

 深淵――

 

 ジャングルに心があるとすれば、それは、宵闇よりもなお昏いクレヴァスである。

 その深淵は、決して覗いてはならない。

 深みにはまれば、抜け出す事能わぬ故に。

 

 男は、震源地――つまり、爆発の場所に向かうに連れて、大気の質が変質している事に気付いた。

 

 熱帯のジャングルは、常に、皮膚をじりじりと蒸している。

 それとは違う、炎の色が、空気の中に蔓延っているのだ。

 

 爆心地が近い事を、男に告げていた。

 

 男は、赤い生地で作られた、袖のない貫頭衣を着ている。

 その逞しい二の腕に、汗の珠が浮いていた。

 

 一度、道を逸れて、身体を冷やす為に川に近付いていった。

 しかし、その川を見てみると、何処からか森の中にはある筈のないものが流れて来ている。

 

 コンクリートの破片や、鉄の塊……

 中には、人間の死骸もあった。

 人間とは、すぐに分からないものの、死骸も流れて来た。

 

 ジャングルの自浄作用を知らなければ、環境汚染だ公害だ何だと、騒ぎ立ててしまいそうだ。

 

 奴らは自然を舐めている。

 川の中に糞をし、その川の中で身体を洗う事を、汚いと思っている。

 そうした汚物を流し切り、浄めてしまう作用が自然にある事を、知らないのだ。

 そして、その自浄作用を殺しているものがあるとすれば、それは自分たちである事を、理解しようとしない。

 森林を伐採し、川を埋め立て、地面を掘り返し、やたらに高い建物を打ち建てる。

 

 その所為で自然のパワーが失われている事を棚に上げて、自然を汚すなとか何とかほざくのだ。

 

 とは言え、流石に、これだけの瓦礫や、機械油が流れ込まれては、幾らこのジャングルの力でも、浄め切れないものである。

 後で、父や妻に報告し、一族総出で、どうにかせねばなるまい。

 

 父――と言っても、義父だ。

 長老の娘を、妻として娶ったのである。

 男が、一族の戦士であったからだ。

 遥かなる過去から紡がれて来た、古代叡智の末裔……その中で一番強いのが、この男だ。

 だから、この男は、長老の息子になったのである。

 

 と――

 

 汚れた川を覗き込んでいた男は、その黒い水面に浮かんだ自分の顔が変化したのを見た。

 浅黒く日焼けした、四角い顔が、顎の尖った、シャープな女のものになったのだ。

 ぎょっとして身体を反らすと、それに付いて来るように、女の顔が水面から浮き出して来た。

 

 「おっ、ぉ⁉」

 

 男は、そのまま、尻餅を付いてしまう。

 女は、川の畔に手を突いて、水の中から身体を持ち上げた。

 

 「あら、御機嫌よう」

 

 鼻に掛かった甘い声で、女――マヤは言った。

 

 マヤは、服を着ていなかった。

 小柄な割に、良く成熟した恵体に、水が滴っている。

 濡れた黒い髪が垂れ下がり、乳房のラインに沿って盛り上がっている。

 

 「ここら辺の人? ご免なさいね、迷惑を掛けてしまって」

 

 ジャングルの住民ではない事は、その肌の白さが証していた。

 その白い肌と、柔らかそうな肉体に、男は高まる自分を感じていた。

 それを知ってか知らずか、マヤは妖艶に微笑むと、近くの樹から、大きめの葉っぱを複数枚引き千切って、腰や胸を隠す衣服にした。

 隠す場所が少なく、露出が多い為、寧ろ、裸体よりも扇情的であった。

 

 「迷惑を掛けた、と、言ったが……」

 

 男は訊いた。

 

 「あの爆発の事……」

 「爆発⁉」

 「私の身内のごたごたでね」

 「――」

 「所で、貴方」

 「む」

 「若しかして、インカの末裔の人?」

 

 と、マヤが訊いた。

 男が黙っていると、マヤは唇を持ち上げて、

 

 「やっぱりね。会いたかったわ」

 「何?」

 「ねぇ、貴方の一族の事、色々と、教えてくれないかしら……」

 「――」

 

 男は、口を噤んだ。

 一族の事は、それ以外の者には、余程の事でもなければ口外してはならない掟である。

 

 だが、マヤの黒い瞳に見入られると、何故か、頭がとろけてしまいそうな心地良さを感じて、そのまま口を開いてしまいそうになる。

 

 それを堪えて、

 

 「長老に訊いてみなければ、分からぬ」

 

 と、言った。

 

 「それじゃあ、その長老の所に連れて行ってくれるかしら」

 「――」

 「私は、マヤ。貴方は?」

 「俺は……」

 

 男は、言った。

 

 「ゴルゴス。長老バゴーの息子にして、戦士の長だ」


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