仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

113 / 140
久々の登場。


第二節 本部

 イワン=タワノビッチは、モニターに映る光景に、歯を軋らせていた。

 

 管制室では、戦闘員たちが忙しなく駆け回り、侵入者の対応に追われている。

 しかし、恐らくその侵入者は、もう数分も経てば、この場所を襲撃するであろう。

 

 モニターに映っているのは、イワン――ショッカー最高幹部の死神博士が造り出した改造人間たちを次から次へと破壊する、仮面の男である。

 

 頭蓋骨を思わせる飛蝗のマスク。

 黒いスーツの側面に、太い銀色のライン。

 緑色のプロテクター。

 返り血で染まった、装甲と同色のレガース。

 腰に巻かれたベルトには、風車を内包した巨大なバックル。

 死神博士は、モニター越しに、憎き男の名を呼んだ。

 

 「一文字隼人……仮面ライダー!」

 

 

 

 一文字隼人は、再生改造人間たちを相手に、大立ち回りを演じていた。

 

 再生改造人間とは、既に一文字や本郷によって斃された改造人間たちから得られたデータから、新しく同じボディの改造人間を造り出すものである。

 それによって、最初の一体を造り上げるよりは簡単に改造が出来るが、改造素体となる人間との適合率が低い場合も多く、オリジナルよりも弱体化してしまう事が、ままあった。

 

 仮面ライダーが本郷猛のみであった頃の、第一期改造人間たちばかりではなく、一文字が脱走してからこちらの、

 

  サボテグロン

  ピラザウルス

  ヒトデンジャー

  ムササビ―ドル

 

 などの第二期改造人間たちも、多く参戦していた。

 

 一文字ライダーは、両腕を広げて襲い掛かって来たスノーマンを受け止め、背後から浴びせられようとしたエイキングの電撃を受ける盾にすると、二体の再生改造人間を纏めてパンチで貫いた。

 

 「ちっ、流石はショッカーの本部基地だな……」

 

 鎖を噛み千切る牙の奥で、一文字は舌を鳴らした。

 

 一文字に日本の守りを任せ、ヨーロッパへ向かった死神博士を追って、本郷猛は日本を離れた。

 

 ゾル大佐が斃れた事によって、日本侵略を任命された死神博士が、スノーマンやゴースターといった改造人間と共に日本へ再来日した時、本郷も亦、故郷へと帰って来た。

 

 それから暫くは、本郷と一文字とのダブルライダーでショッカーと戦っていたが、死神博士は任務の失敗を繰り返した為にか、ショッカー本部のある南米へと送り返される。

 

 本郷は、自分が死神博士との決着を付けると意気込んだが、一文字は、故郷を離れて孤独な戦いを強いられていた本郷には、立花藤兵衛や滝和也といった仲間たちがいる事を改めて確認させる為、日本に残り、自分が死神博士を追うと提案した。

 

 以降、死神博士と入れ替わるように日本支部に就任した地獄大使と、本郷猛・仮面ライダー第一号との死闘が、日本で繰り広げられる事となる。

 

 これは、その間の事であった。

 

 一文字は、南米アマゾンの奥地にあるショッカー本部の場所を突き止め、襲撃を掛けた。

 

 改造人間製造の拠点であるこの場所を叩けば、ショッカーの戦力を大きく削る事が出来る。

 

 流石に本部だけあって、防備は堅固であったが、出て来るのは再生改造人間である。

 数は多いものの、今まで、両手でも足りぬ程の改造人間たちを屠って来た一文字ライダーには、苦戦を強いられこそすれど、敗北の文字はあり得なかった。

 

 ――ちっ。

 

 紙を千切るように、豆腐を握り潰すように改造人間たちを斃す一文字は、自分の脳裏を過ぎったその思考に、吐き気を催した。

 

 ――人間だぞ。

 

 今、自分の拳が打ち砕き、蹴りが炸裂した改造人間たちが、である。

 

 どのような経緯があったにせよ、身体を薬漬けにされ、機械を埋め込まれ、怪物然とした姿にされたにしても、今、戦っているのは、元々は人間として生まれた者たちなのだ。

 

 それを、平然と斃し、その血を浴びている俺は、一体、何なのか⁉

 

 「ゆ、死神(ユム・キミル)……」

 

 そのように悲鳴を上げて、逃げ出す改造人間があった。

 

 ユム・キミルとは、マヤ文明の世界観での死神の事だ。

 冥界の王。

 

 改造人間たちの心臓をぶち抜き、手足を赤く染めた仮面ライダー第二号・一文字隼人は、敵対する者にとっては、生贄の心臓を求める冥王のそれと、変わりはないであろう。

 

 ショッカー本部の、広いトレーニング・ルーム。

 遮蔽物のない、打ちっ放しの壁と天井に囲まれた空間だ。

 

 無数の改造人間たちの屍が、川原の石のように敷き詰められていた。

 

 死の山……。

 血の河……。

 

 そこで背中を向けるドクガンダーを追撃する事は、一文字には出来なかった。

 

 だが、ライダーから逃げ出したドクガンダーの頭部が、突然、果物のように破裂した。

 

 「む⁉」

 

 炸裂弾を、頭部にぶち込まれたのだ。

 

 身構える一文字ライダー。

 その前に姿を現したのは、何と、彼と同じ仮面ライダーの姿であった。

 緑色のマフラーを頸から垂らし、それと同じ色のレガースを身に着け、身体の側面を走るラインも、一文字ライダーとは違って色付いていた。

 

 

 

 

 「何だ、あれは……⁉」

 

 死神博士が声を上げた。

 

 全ての再生改造人間が斃され、一文字ライダーの強さに怯えて逃走を図ったドクガンダーを狙撃した仮面ライダーの事である。

 

 全ての改造人間のデータは、死神博士の手元にある。

 

 強化改造人間第零号実験体・松本克己。

 強化改造人間計画第一期被験体・本郷猛。

 強化改造人間計画第二期被験体・一文字隼人他五名。

 

 それ以外のデータは、死神博士には回って来ていない。

 やがて、一号・二号を斃すべく誕生する予定の第三号に必要なデータは、まだ揃っていない筈だ。

 

 何者が、自分に報告もせずに、仮面ライダーを造り上げたのか――

 

 しかも、画面を見ていると、やって来たのはそれだけではない。

 

 緑色のレガースの者の他に、赤、蒼、黄色、マゼンタ、銀、紫、水色、銅色、黄緑、白、金色の、マフラーとレガース、体側のラインの色で見分けが付く仮面ライダーたちが、一文字ライダーを包囲している所であった。

 

 一文字を加えて、一三人の仮面ライダーがいる。

 更に、その一二体は、それぞれ武器を持っていた。

 

 緑は、ライフル。

 赤は、反りのある剣。

 蒼は、突撃槍。

 黄色は、巨大な鋏。

 マゼンタは、鞭。

 銀は、メリケン・サック。

 紫は、スティック。

 水色は、斧。

 銅色は、ドリル。

 黄緑は、モーニング・スター。

 白は、薙刀。

 金色は、大きな盾。

 

 マシンによる迅速な潜入と、余計な武器を必要としない戦闘力という強化改造人間のコンセプトから外れた、死神博士の知らない改造人間たちであった。

 

 画面の中で、一三人の仮面ライダーたちが戦闘を開始した。

 それに見入りそうになっていた死神博士であったが、

 

 「脱出の準備をなさい、イワン博士」

 

 と、鼻に掛かった甘い声で、言われた。

 見れば、そこにはマヤが立っている。

 くたびれたトレンチ・コートを着ていた。

 

 「何故、お前がここにいる?」

 

 死神博士が訊いた。

 

 「貴方を日本に連れ帰る為、よ」

 「何?」

 「貴方がここにいては、ショッカー本部が壊滅させられてしまうわ」

 「――」

 「一文字隼人の目的は、貴方の暗殺。最高幹部の貴方を斃す事で、ショッカーの戦力を大きく削ぐ事が目的よ。そして、この本部を捨てて貴方が逃げ出せば、一文字隼人は貴方を追って来る……」

 「本部を囮に、私を逃がすと言うのか?」

 「逆よ。貴方を囮に、本部を守るの」

 「――」

 「幸い、この管制室から下は、ぶ厚いシェルターで保護されているわ。だから、上層を爆破しても、地下に影響はない……」

 「私がここを離れ、それと共に爆破する事で、本部を守ろうという事か」

 「ぴんぽーん」

 

 マヤが指を鳴らした。

 死神博士が、眉を寄せる。

 

 「幹部如きが、随分と舐めた口を利くようになったな……」

 「あら? 聞いていなかったかしら」

 「む?」

 「私、もう一幹部じゃないわ」

 「何だと⁉」

 「首領からは、最高幹部への昇進を言い渡されたのだけれど……」

 

 マヤがそう言った時、壁に掛けられたショッカーのレリーフの中心が光を放った。

 

 「その通りだ、死神博士」

 

 首領の声だ。

 

 「マヤには君と同じ、ショッカー最高幹部の地位を与えた」

 「な……」

 

 死神博士が唖然とした。

 

 「何故です、首領。何故、この女に……」

 「あら? 貴方がそれを言うのかしら」

 

 マヤが、にぃと唇を吊り上げた。

 

 「改造技術を持っているというだけで、何度もしている失敗を見逃して貰っている貴方と、首領の意に沿ってあの男を引き入れた私と、同じ最高幹部になったら、どっちの方がショッカーに貢献していると言えるのかしらねぇ……」

 

 ねっとりとした口調で、マヤが言った。

 砂糖を入れ過ぎたコーヒーのように、咽喉が痛くなる甘さだ。

 

 これには、死神博士も黙らざるを得ない。

 造った改造人間と、死神博士の指揮の下で死んだ改造人間の数は、流石に逆転はしないものの、かなり近い数になろうとしている。

 

 「分かった……」

 

 と、死神博士は頷いた。

 脱出を了解したのである。

 

 「それで、奴らは何者だ? あの、一二人のライダーの事だ」

 「模造品よ」

 「模造品?」

 「ええ。中身は普通の改造人間だけど、無理矢理、あの仮面と強化服で能力をプラスしているだけ……まぁ、強化服の方に、それなりに改造はしてあるけどね」

 「ほぅ?」

 「例えば、あの赤いグローブの子がいるでしょう? あれは、グローブの方にパワーを強化するように造ってあるの。装甲を交換する事で、色々な能力を使えるようにしてあるわ」

 「ふむ……」

 「将来的には、あのシステムを一体の改造人間に組み込みたい所ね」

 「状況に応じて、扱う能力を変化させる強化改造人間か……」

 「あれは試作品だから、一文字隼人相手には、時間稼ぎが出来れば上出来でしょうね」

 「ふん……」

 

 鼻を鳴らして、死神博士は、脱出の為に管制室の出口に向かった。

 そうして、吐き捨てるように、

 

 「仮面ライダーは、私の芸術品だ。それを、好き勝手に弄りおって……」

 

 その背に、マヤが声を掛ける。

 

 「首領は、新しい組織の設立に奔走しているわ」

 「新しい組織?」

 「貴方たちの失敗のお蔭で、ショッカーという組織が弱まりつつあるのよ」

 「――」

 「されちゃうかもね……」

 「何をだ?」

 「処刑よ、しょ・け・い…」

 

 ショッカーに不利益を齎す存在は、例え幹部であろうと処刑される。

 死神博士も、その事は分かっていた。

 

 「でも、貴方にはショッカー樹立に深く関わった功績があるから、次の組織に迎え入れられる事も、吝かではないでしょうね」

 「ほぅ?」

 「その時まで、生き延びていると良いわね、イワン博士」

 「――」

 「その為にも、地獄大使と仲良くやりなさいよ?」

 「地獄大使と?」

 「彼にも、その話は行っているという事よ」

 「新たな組織、かね」

 「ええ」

 

 マヤが笑みを浮かべた。

 その蛇の笑みを、肩越しに流し見て、死神博士が去ってゆく。

 

 「その前に、仮面ライダーを斃せば良いのだろう」

 「それは、勿論。期待しているわよ」

 

 マヤは、撤退の支度を整える現場に背を向け、モニターに眼をやった。

 画面の中では、一三人の仮面ライダーが、死に物狂いでぶつかり合っている。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。