仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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前回、サブタイトルの入力を忘れておりました……申し訳ありません。


第八節 偽物

家賃の安いアパートであった。

一文字隼人が、暮らしている部屋だ。

 

一文字は、部屋のドアの前で、ツナギのポケットに手を突っ込んで、鍵を探していた。

 

その背中から、

 

「一文字……」

 

と、呼ぶ声が聞こえた。

振り向いてみると、本郷が立っていた。

 

「どうした、本郷?」

「忘れ物だぞ」

 

本郷が、一文字に、それを投げ渡した。

 

小瓶であった。

 

一文字は、少し驚いたような顔を見せた。

 

「俺たち――」

 

ぼつり、と、本郷が言った。

 

「改造人間にしか分からない程、無臭に近い液体だ」

「――」

「そこまで薄めた、檸檬の汁だよ」

「――ああ」

 

一文字が頷いた。

 

「おやっさんから聞いた」

「聞いた?」

「炙り出しの手紙の事だ」

「――」

「一文字――」

 

本郷は、一文字と、少しだけ距離を作っていた。

 

「俺は、そんな手紙は、出してはいないぞ」

「――」

「お前には、俺が、日本へ戻る事は伝えていた」

「――」

「俺と、お前は、同型の改造人間だ。しかも、お前の身体には、俺が、手を加えている」

 

本郷が、ショッカー基地に潜入し、一文字が改造されていた所を助けた時――

 

一文字は、一度、破壊され掛けている。

改造直後、本郷と共に脱走しようとした一文字を、ショッカーが逃がそうとする訳もない。

危うく、殺される所であった。

 

瀕死の一文字を助ける為、本郷は、ショッカーの施設で、一文字の治療を行なった。

 

その際に、他の改造人間同士にもある通信機能を、本郷と一文字との間でだけ、強力なものに造り変えていた。

 

以前、本郷が、死神博士に脳波をコントロールされ、一文字を襲撃した事がある。

洗脳された本郷と、仲間を倒せない一文字では、戦闘力に大きな差が出る。

 

しかし、一文字は、強化されたテレパシー能力で、本郷に呼び掛けている。

 

“本郷、意識を取り戻せ。脳波を切り替えるんだ”

 

そうして、本郷は死神博士のコントロールを逃れている。

何千キロも離れていても通じ合う、二人の仮面ライダーの絆があった。

 

「しかし、今のお前からは、それが感じられない」

 

本郷が言った。

 

「意図的に脳波を遮断する事は出来るが、今のお前は、そういう状態ではない。さっきは気付かなかったが、お前は、俺が感知出来る状態にはないのだ」

「――ふ」

 

と、一文字が薄く笑った。

 

「そりゃ、あれだけ、蹴り込まれればな」

 

先程、本郷は、ハリケーン・ジョーから何発も踏み付けを喰らっている。

一文字は、それで、本郷の脳波感知に異常が出ているのだと言っていた。

 

「――むぅ」

 

唸る本郷。

 

「そうかもしれんな」

「話は良いか? 部屋の中から、色々と資料を……」

「――所で」

 

と、本郷が言った。

 

「確か、言っていなかったか。引っ越したと――」

「――」

 

一文字が、本郷の方を振り向いた。

 

「ショッカーには居場所が割れているから、住居を引っ越した。その場所は、滝とおやっさんにも教えていない」

「――」

「今、お前は、ここには住んでいない筈だ……」

 

本郷が言うと、一文字が開けようとしていた部屋のドアが、内側から開いた。

 

「あ、あのぅ」

 

と、戸惑ったような顔をした、パンチ・パーマに、サングラスを掛けた、小柄な男が出て来た。

 

「何か、ご用ですか?」

「――いいえ」

 

と、一文字が、頸を横に振った。

 

「失礼しました。どうやら、部屋を間違えたらしい」

「ああ、そうですか」

 

と、その男は、部屋の方に引っ込んで行った。

 

一文字は、ドアが閉まると同時に、本郷に向かってパンチを叩き付けて行った。

本郷は、一文字だと思っていた男のパンチを受け流すと、襟を掴み、壁に押し付けた。

 

「ぐぅ」

「貴様、一体何者だ⁉ 一文字ではないな――?」

 

本郷が、右の腕刀で、一文字の顔をした男の頸を押し付けた。

 

偽一文字は本郷を振り払うと、素早くアパートから出て行った。

 

「待て!」

 

追う本郷。

偽一文字がバイクで去り、その後を本郷が付けた。

 

 

偽一文字は、人気のないレースのコースに、バイクを向け、そこで停車した。

 

本郷がバイクを停めると、偽一文字はヘルメットを投げ付けて来た。

 

本郷が、それを振り払う。

 

偽一文字は、顔の皮膚を剥がし、内側から、黒い目出し帽を被った男が現れた。

ショッカーの戦闘員であった。

 

ショッカー戦闘員は、奇声を上げながら、本郷に攻撃を仕掛けた。

 

パンチ。

 

簡単に躱されると、逆に投げ飛ばされて、地面に落下する。

 

「一文字は何処だ⁉ 黒井響一郎を拉致して、何をする心算だ⁉」

 

本郷が、戦闘員の腹に膝を落としながら、詰問した。

 

戦闘員は、答えない。

口が利けないのだ。

敵に捕らえられた時、情報を漏らさないよう、言葉を発生する器官を取り外されている。

それにも文句一つ付けずに、ショッカーに従うというのが、この戦闘員たちであった。

 

「イーッ!」

 

戦闘員が叫んだ。

 

すると、コースの向こう側から、何台かのバイクが走って来る音が聞こえた。

色々な方向で舞い上がった土煙の中から、黒いコスチュームに身を包んだ改造人間たちが、バイクに乗って飛び出して来る。

 

「おのれ、ショッカー」

 

本郷は、膝の下の戦闘員の胸骨を、拳で砕いてとどめを刺すと、意識を戦闘の為に切り替えた。

 

戦闘を走るバイクが、ジャンプをして、本郷に体当たりを仕掛ける。

本郷が身を躱す。

 

次のバイクが、反対方向から襲って来た。

避ける。

 

三台目に襲って来たバイクに乗っていた戦闘員を、ラリアットをするようにして、弾き落す。

 

戦闘員がマシンから落下し、バイクが横転した。

 

バイクの数は、一〇台であった。

その内、一人の戦闘員が、今、倒された。

 

九台のバイクが、本郷を囲むようにして、回り始めた。

 

「ぬぅ」

 

回りながら、一台が、本郷に突撃する。

本郷が避けると、再び円の中に加わり、彼を囲んで回り始める。

 

このままでは、ジリ貧であった。

 

と――

 

「本郷!」

 

遠くから、バイクの音と共に、滝和也がやって来た。

 

滝は、自分の身も省みずに、ショッカー戦闘員たちの作るバイクの包囲網の中に、突進して行った。

 

円陣が崩れた。

本郷が、滝を小脇に抱えて、大きくジャンプをした。

 

小高い丘に着地する。

 

戦闘員たちが、バイクを停めて、本郷と滝を見上げていた。

 

「助かった、滝」

「良いって事よ」

 

そう言い合って、本郷が、ブレザーの袖を捲った。

 

腕時計があるが、只の腕時計ではなかった。

ツマミを捻ると、文字盤のランプが点滅する。

 

すると、本郷がさっきまで乗っていたバイクが、装甲を展開し、自動で本郷に向かって走り始めた。

 

戦闘員たちが、急に発進した無人のマシンに驚いている。

 

本郷が、向かって来るサイクロン号に、空中に跳び上がりながら、搭乗した。

その時には、本郷の身体に、第二の皮膚とでも言うべきライダー・スーツが装着されている。

 

緑色のグローブが、ハンドルを捻った。

スイッチを入れる。

 

サイクロン号を、直線コースで、走らせた。

風が、本郷の中に取り込まれる。

 

本郷は、戦闘員たちの元へ戻って来ると、その時には変身を終えていた――

 

「行けェ、ライダー!」

 

滝が声を張り上げた。

 

本郷猛――仮面ライダー第一号は、眼を深紅に輝かせ、マフラーをなびかせると、クリーム色のマシンで、戦闘員たちの中に躍り込んだ。

 

「滝ッ」

 

ライダーが、滝に呼び掛ける。

Oシグナルが、明滅していた。

 

「本物の一文字がいる場所が分かった!」

 

そのデータが、滝も腕に巻いていた通信機能付きの時計に、送信される。

 

「分かったぜ!」

 

と、滝がバイクに乗って、そのポイントへと向かった。

 

「俺も後で行く!」

 

そう言って、本郷は、戦闘員たちを蹴散らし始める。

悪を蹴散らす、嵐の男であった。

 

 

 

 

 

「君は――あの時の」

 

黒井響一郎が言った。

 

マヤと名乗った女に誘拐され、眼を覚ました先で、傍に寝そべっていたのは、一文字隼人であった。

 

黒井にしてみれば、自分を爆殺しようとした疑いが掛かっている男だ。

 

「う、うむ」

 

勢い良く身体を起こしたものの、一文字は、何処となく調子が悪そうであった。

少しの間、ぼぅっとしていた一文字であったが、やがて、

 

「畜生!」

 

と、声を迸らせた。

 

びくり、と、黒井が震えた

 

「ショッカーめ」

 

吐き捨てると、一文字は、あの後の事を回想した。

 

あの後――

 

黒井を襲っていたチーター男を取り逃がした直後の事だ。

 

一文字は、変身を解き、自分の新しいアパートに戻ろうとした。

 

以前、サボテグロンが“メキシコの花”を送り付けて来たアパートは、とっくに引き払っている。そことは別のアパートだ。

場所を知っているのは、本郷だけだ。立花レーシングの皆にも、教えていない。

 

そのアパートに向けて、バイクを走らせていた一文字の前に、女が現れた。

 

マヤだ。

 

“お久し振り、一文字隼人――”

 

マヤは言った。

 

誰だか分からないと言った顔をする一文字隼人。

 

“マヤよ”

 

と、名乗る。

そのすぐ傍から、ハリケーン・ジョーが姿を現した。

 

一文字は、

 

“あんたか”

 

と、呟いた。

 

ピラザウルスの一件を、思い出したのだ。

 

古代の爬虫類・ピラザウルス――

 

人間を一瞬で白骨にしてしまう、強力な毒ガスを吐く生物であった。

それをモチーフとした改造人間を、ショッカーは造り出した。

だが、ピラザウルスと名付けられた改造人間は、自らが吐き出す毒ガス“死の霧”の為に、自滅してしまった。

 

“死の霧”に耐え得る、強靭な身体を持った素体を、ショッカーは探した。

それが、プロレスラーの草鹿昇であった。

草鹿は見事に“死の霧”に耐え、ピラザウルス第二号となった。

 

一文字隼人・仮面ライダー第二号の活躍で、草鹿昇は、何とか元の人間に戻る事が出来たが、その作戦を指揮していたのが、このマヤとハリケーン・ジョーであった。

 

しかし、ふと、一文字は思う。

 

“マヤだと”

“マヤよ”

 

と、頷く、妖艶な女幹部。

 

“そんな筈はない”

 

一文字は言った。

 

“それが、あの女幹部の事なら、奴は、死んでいる筈だ――!”

 

そう。

 

マヤは――少なくとも、ピラザウルスの誕生に一躍かっていた、ショッカーの女幹部マヤは、ピラザウルスの活動を妨害せんとする仮面ライダーと、立花レーシングの面々――主にマリたちライダー・ガールズ――と乱戦を繰り広げ、ピラザウルスが吐き出した“死の霧”を浴びて、死亡している。

 

ハリケーン・ジョーは、ライダー、そして滝と戦ったが、逃走に成功していた。

 

だが、名前云々は兎も角として、このマヤが、あの時の女幹部である筈がない。

 

マヤは、愉快そうに微笑んだ。

 

“ええ、そうよ”

“――”

“私はマヤ――だけど、あの女とは、違うわ”

“それにしては、俺の事を知っている素振りだったな”

“有名人ですもの”

“――”

“それに、私は、初対面ではないわ”

 

マヤは、“私は”という所を、強調して言った。

 

“ここではない場所で、会っているのよ”

“へぇ”

 

一文字は、その辺りは置いておくとして、話を続けた。

 

“それで、俺に、どういったご用件で?”

“簡単よ――貴方に、来て貰いたい所があるの”

“ほぅ⁉”

“――地獄よ”

 

そう言ったかと思うと、マヤの全身から、白い煙が沸き上がった。

 

一文字が、それを警戒する。

と、戦いを想定して、マスクを装着しようとした一文字の首筋に、何かが噛み付いて来

た。

 

すると、一文字の意識は、ブラック・アウトしたのである。

 

 

ふふふ…“眠りなさい”ふふふふふ……

 

 

      “泥のねむりを”ふふ…………

 

 

   ふふふ…“深い、ゆめのないねむりを”

 

 

 ふふふふ………“仮面の”ふふ……“ない”……“貴方は”……ふふ……

 

 

   ふ……“只の一文字隼人……”……ふふふ

 

 

消えて行く意識の中で、一文字は、マヤの笑い声を聞いていた。

 

“そ 毒は、改 人間 も、三 間は眠り  る よ……”

 

そういう事を、言っていたような気がする。

 

そうして、今に至る訳だ。

 

「糞ぅ、あの、女狐め」

 

と、一文字は毒づいた。

下手に美人なだけに、つい気を緩めてしまった自分を恥じた。

本郷ならば、このようなへまは侵すまいに、とも、思った。

 

「あ、あの」

 

黒井が、改めて声を掛けた。

 

「貴方は、一文字さん……でしたか?」

「え? 何で、俺の事を知ってるんだい?」

 

その質問に、黒井が面食らったような顔になる。

 

そうして、事情を聴いた一文字は、

 

「何てこったい!」

 

と、指を鳴らした。

自分が気を失っている間、偽物の一文字隼人が、黒井響一郎の暗殺を謀ったというの

だ。

 

――おやっさんたちは⁉

 

一文字の背中を、冷たいものが駆け抜けた。

又、本郷が帰って来るという通信を、受けてもいる。

 

本郷の身も危ういのでは⁉

 

そう思った時、一文字の脳に、本郷の脳波が届いて来た。

本郷が、仮面ライダーに変身し、ショッカーと戦っている。

 

一文字は、本郷にテレパシーを試みた。

そうして、本郷と情報を交換した。

 

――今、何処にいる?

 

本郷からの問いに、一文字は、周囲を探って、答えた。

町外れの倉庫であった。

そこに、自分と、黒井響一郎が幽閉されているのだ。

 

――滝を向かわせる。出来るようならば、自力で脱出してくれ。

 

と、本郷に言われた。

 

――OK、本郷。

 

そう答えて、通信を終えた。

 

「さ、逃げるぜ、黒井さん」

 

一文字が言った。

 

「はい」

 

まだ状況が呑み込めていないながらも、黒井が頷いた。

 

幸いにと言うか、間抜けな事にと言うか、一文字も黒井も、拘束はされていなかった。

見張りもいない

 

脱出は容易であった。

 

倉庫から出ると、車が一台、停まっているだけだ。

その傍に、チーター男の人間態が、佇んでいる。

 

「漸くお目覚めか、一文字隼人」

 

チーター男が言った。

 

「へっ」

 

と、一文字が笑った。

 

「拘束の一つもせずに、“お目覚めか”とは、随分と温いんだな」

「我々ショッカーは、そんな卑劣な真似はしない」

 

チーター男の言葉に、又、一文字が大きく笑った。

 

「どの口が言うのだ⁉」

「証明してやろう、一文字隼人」

「何?」

「俺と、一対一で、戦おうじゃないか」

「何だと⁉」

「但し、このままだ」

「このまま?」

「俺はこのままの姿で戦う。お前も、そのままの姿で戦え」

「――」

 

チーター男の奇妙な提案であった。

 

チーター男は、改造人間としてのポテンシャルを、フルで引き出せる姿にはならないと言う。

その代わり、一文字にも、同じ条件を課した。

 

一文字は、

 

「面白い!」

 

と、訝りながらも、構えを採った。

 

「柔道六段、空手五段――」

 

左手を前に伸ばし、持ち上げた右手で顔を庇う構えだ。

 

「人間・一文字隼人――」

「――来い!」

 

チーター男が、叫んだ。


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