仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第三十九節 再誕

 克己の言った通り、香坂健太郎は、地獄谷五人衆によって四肢を破壊され尽されるという重傷を負いながらも、彼の応急処置によって一命を取り留めていた。

 

 その香坂を迎えに行った村人の男は、香坂と共に、村の惨状に言葉を失った。

 

 村を、炎が焼き尽くしている。

 ドグマが家を焼いた――それよりも、更に酷い。

 

 空中に留まったスカイサイクロンから、次々と焼夷弾が降り注いでいる。

 油を絡めた炎は、人体に蛇の如く巻き付き、その細胞が消し炭となるまで燃え続ける。

 

 地獄の光景であった。

 

 炎の雪崩であった。

 登頂を拒否する白い頂から、一つの石が落ちて来る。

 その一石が呼び水となって、次の石、次の石と、落石が連鎖する。

 雪を巻き込んで斜面を下る無数の石が、積もった六花の結晶を大量に振動させ、一つの巨大なうねりとなる。

 神の座へ至ろうとする者を蹴落とす山の怒りのようであった。

 

 生きとし生ける者全てを否定する、裁きの炎だ。

 

 何の為に、我々に裁きが下されたのか⁉

 

 そう考えさせられてしまう程だ。

 

 その地獄の業火を前に、香坂は、

 

 「シンタ……チエ!」

 

 と、子供たちの名を呼んだ。

 

 手頃な枝で固定されただけの、殆ど動かない筈の脚を踏み出し、村人の男を振り払って、火の方へと、よろよろと歩いて行った。

 

 「村長!」

 

 村人の男が声を掛ける。

 

 「シンタぁ……」

 「チぃエぇぇ……」

 

 虚ろな瞳に炎を写して、香坂がゆく。

 

 燃え上がる炎の熱に当てられたか、被っていた頭巾が燃え落ちた。

 香坂の頭が現れる。

 白髪の多い髪。

 その頭の横側には、両の耳朶がなかった。

 

 

 シンタぁぁぁぁ~~~~……

 チぃエぇぇぇぇ~~~~……

 

 

 自身の声が、洞窟を抜けてゆく風のように、香坂の頭蓋に響いていた。

 その、息子と娘を呼ぶ声の中に、

 

 

 ようこぉぉぉぉ~~~~……

 ようこぉぉぉぉ~~~~……

 

 

 そのような声が混じっていた。

 

 村が焼かれた精神的なショックが、息子と娘の安否を気にする事でぐらついた香坂の心が、かつて、頭部を強打された事で忘れていた娘の事を――黒沼陽子の事を、思い出していた。

 

 黒沼大三郎――

 

 『景郷玄書』を閲覧し、偶然にも巡り合った氷室五郎と共に玄叉山へ赴き、彼を裏切った所を逆襲され、娘を失い、記憶までも奪われた男であった。

 

 黒沼は、黄金の洞窟から逃げ出すと、玄叉山を去ろうとした火の一族たちに出くわし、頭や耳の傷を治療して貰い、記憶を失くしていた事もあって、彼らと行動を共にする事になった。

 

 そうして、香坂健太郎という名を貰い、妻を娶り、シンタとチエを得た。

 

 三六年振りに、彼は、自分が黒沼大三郎である事を思い出したのであった。

 しかし、欠落した記憶の回復と共に、黒沼・香坂は、この炎の地獄を彷徨っている。

 

 

 シンタぁぁぁぁ~~~~……

 チぃエぇぇぇぇ~~~~……

 ようこぉぉぉぉ~~~~……

 

 

 子供たちの名を呼びながら、地獄を放浪する黒沼・香坂。

 その視線の先に、立ち昇る炎の峰と陽炎の先に、一つの影があった。

 

 克己であった。

 強化改造人間第四号――

 又は、仮面ライダー第四号。

 

 赤々と照らされる銅色のマスクが、黒沼・香坂を振り返り、赤い眼が、紅蓮の景色の中でなお赤く光った。

 

 その足元に、二つの、小さな首が転がっている。

 表情を失った、シンタとチエの頭部である。

 

 二つの頭の横には、二つの身体が倒れていた。

 一つはシンタのものだ。人形を抱いているのは、チエのものである。

 

 「ああああ~~~~っ⁉」

 

 黒沼・香坂の脳裏に、かつて、氷室五郎によって斬り落とされた陽子の生首がフラッシュ・バックした。

 

 黒沼・香坂は、克己に向かって駆け寄った。

 駆け寄ろうとするその途中で、四肢を固定していた枝が折れ、黒沼・香坂の肘から下、膝から下が、ぶつりと切断されてしまった。

 

 手足を失った黒沼・香坂が、それにも気付かぬ様子で、その場でもがく。

 ない足で足掻き、ない手で地を這おうとした。

 

 克己ライダーは、その香坂の傍に膝を着くと、

 

 「俺の名は、仮面ライダー。憶えて置くが良い」

 

 そう言って立ち上がり、上空のスカイサイクロンに向かって跳躍した。

 スカイサイクロンから下りて来たタラップに掴まり、機内に収納される。

 

 スカイサイクロンは、村の頭上を去り、打ち捨てられた“火の車”をワイヤーで吊り上げて、皆守山を後にした。

 

 残された香坂は、身動きも出来ないまま、咆哮した。

 肘から先のない腕を、滅茶苦茶に地面に叩き付ける。

 膝から下のない足で、身体を動かそうとする。

 胴体を蛇の如くくねらせ、牙を剥き、血の涙を流していた。

 

 と――

 

 彼が面した炎の壁の向こうから、ゆっくりと歩み寄って来る女がいた。

 

 赤いハイレグのレオタード。

 黒いタイツ。

 この地面には似合わないヒールの靴。

 シースルーのマントを羽織っていた。

 鼻から下を、黒いヴェールで覆っている。

 左手には、“木”の剣を握っている。

 

 振り掛かる火の粉を防ぐように、女の周りには、蝶と蛾が舞い踊っていた。この世のものとは思えない、美しい燐光を纏った、蝶であり、蛾であり、花であるものだ。

 

 「お父さま……」

 

 女が言った。

 黒沼・香坂が顔を上げると、その唇が、

 

 「陽子⁉」

 

 と、動いた。

 

 「ええ、陽子です……」

 

 女は言った。

 陽子は、蒼い顔を炎の照り返しで赤く染める黒沼・香坂の傍で跪き、父の身体を抱き締めた。

 

 「会いたかったわ、お父さま」

 「お前は、死んだ筈ではなかったのか⁉」

 「ええ。だから、蘇ったのよ」

 「蘇った⁉」

 「そう――あの男に、復讐する為にね」

 「あの男?」

 「氷室五郎……今は、テラーマクロと名乗っているわ」

 「テラーマクロ?」

 「ドグマの総帥よ」

 「ドグマだと⁉」

 「そう。“火の車”を狙って、あの化け物たちを派遣したのは、あの氷室なのよ!」

 

 陽子は、胸の中に抱き締めた父の前で、ヴェールを捲りながら、顎を反らした。

 その、細くて白い頸に、蚯蚓腫れのような傷痕が走っていた。

 咽喉のぐるりを囲んでいる傷は、刃物を突っ込んで、ぐちぐちと掘り返したものだ。

 

 「あの、私の頸を落とした氷室が……」

 「ひ、氷室め……」

 

 黒沼・香坂は、憎々しげに言った。

 引き絞るような声は、既に、人間のものとは思えない。

 

 「許さぬ。決して許さぬぞ。陽子ばかりか、シンタとチエまでも……」

 「お父さま、これを……」

 

 そう言いながら、陽子が取り出したものがある。

 掌に乗っていたのは、あの光る石の一つだ。

 

 黒い――“水”の霊玉だ。

 

 陽子は、“水”の霊玉を黒沼・香坂の口に含ませると、自分の唇を当てて、喉の奥に押し込ませた。

 

 黒沼・香坂の体内で、霊玉が光を放ち始める。

 すると、その光に引き寄せられるかのように、炎の奥から、ずりずりと這い寄って来たものがあった。

 

 見れば、それは、地獄谷五人衆が一人、蛇塚蛭男・ヘビンダーの首であった。

 

 ヘビンダーは、まだ、死んではいなかったのだ。

 黒井のライダーチョップで、頭と胴体を切り離された事が、却って彼を自爆の為の小型爆弾から救ったのである。

 

 陽子は、ヘビンダーの首を掴むと、黒沼・香坂の身体に押し当てた。

 と、黒沼・香坂の体内の霊玉が、黒沼・香坂の生命を維持する為、他の生物から栄養を取り込もうとする。つまり、ヘビンダーの身体を、吸収して合体しようというのである。

 

 ヘビンダーの残骸は、見る見る黒沼・香坂の細胞と一体化してゆく。

 今度、ヘビンダーを支配するのは、黒沼・香坂であった。

 

 黒沼・香坂の、失われた両腕、両脚の傷口の細胞が、ぐりぐりと盛り上がって来る。

 肉の山が、こんもりとせり出して来ると、その先端に三つの切れ込みが入った。

 小さな二つの切れ込みの奥から、水晶のような眼が現れる。

 大きな一つの切れ込みからは、鋭い牙と舌が出現した。

 

 右腕、左腕、右脚、左脚が、それぞれ、巨大な蛇となって再生した。

 

 陽子は、更に、転がっていたシンタとチエの首を、黒沼・香坂の前に差し出した。

 黒沼・香坂の身体から生えた蛇が、鎌首をもたげ、子供たちの生首にかぶりついてゆく。

 眼も鼻も耳も唇も、頭蓋骨も脳みそまで、我先にと喰らい始める四つの顎。

 

 二つの首が喰らい終わられると、黒沼・香坂の胸と腹の肉が、山のようにせり出した。

 そこに、又、三つの切れ込みが生じて、蛇の頭に変わる。

 

 四肢と、心臓と鳩尾から、合計で六つの蛇頭が生えている。

 

 陽子は、黒沼・香坂の顔に鱗が生じ、頸の筋がぷつんぷつんと音を立てながら伸びてゆこうとするのを確認すると、父の下半身に頭を持ってゆく。

 

 そこのものを口に含み、手で扱き上げていると、口の中でむくむくと膨張した肉が、他の部分と同じく頭を持ち上げて来た。

 陽子が口を離すと、その部分も他の場所と同じく、巨大な蛇の頭となって立ち上がって来る所であった。

 

 同時に、黒沼・香坂の顔も、完全に大蛇のものとなり、頸からするすると長さを増してゆく。

 

 頭部と陰部が蛇と化し、心臓と鳩尾と四肢から蛇が生えている。

 八つの頭を持った蛇の怪物が、そこには誕生していた。

 

 人間大の蛇の頭部がくねり、やがて、人の身体から、人とも獣とも言えぬ姿に変わってゆく。

 

 それを、うっとりとした様子で眺めていた陽子であったが、

 

 「ば、化け物⁉」

 

 香坂を迎えに行っていた為に、克己の殺戮から逃れた男がやって来て、叫んだ。

 その無粋な悲鳴を聞いて、陽子が、しかし、笑う。

 

 「悪魔め、魔女め⁉」

 

 異形に変じた黒沼・香坂と、その変化を促した陽子に向かって、言っていた。

 それを聞いて、陽子は益々高らかに笑い、

 

 「それは良いわ」

 

 と、言った。

 

 「ならば、お父さま、貴方はこれから、悪魔元帥と名乗りなさいな……」

 

 そして、自分をして、

 

 「私は、その傍で貴方を支える魔女……魔女参謀となりましょう」

 

 陽子――魔女参謀は、その宣言と共に、隠し持っていた他の四つの霊玉の内、三つを天に放り投げた。

 大地の紅蓮に照らされる空に、赤と白と蒼の霊玉が吸い込まれてゆく。

 それを見上げ、魔女参謀は、呪文のようなものを唱え始めた。

 

 村人に聞き取れたのは、

 

 「シバルバ」

 「ククルカン」

 「ユム・キミル」

 

 精々、それ位のものであった。

 

 そうして、魔女参謀・陽子は、手元に残った黄色の霊玉を呑み込んだ。

 魔女参謀の身体の内側で、“土”の霊玉が力を放ち、黒沼・香坂の身体を蛇のそれに変えた“水”の霊玉の影響を受けて、“木”の気を発した。

 

 ぞわぞわと持ち上がった魔女参謀の長い髪が、彼女の周囲を舞っていた蛾・花に触手のように絡み付き、融合させてゆく。

 

 陽子の美貌が波打ち、鬼のような顔に変わった。

 蛾を喰らった髪は、一つに束なり、薄く広がって、まるで虫の翅のようであった。

 身体はそのままに、陽子の顔は、花とも蛾とも見えるものに変わっていた。

 

 そして、彼女が宙に放った残る三つの霊玉にも、奇瑞が現れていた。

 

 陽子の詠唱を受けて、この場で虐殺された人々の怨霊が、空中に留まった三つの霊玉に集まってゆく。

 

 白い光を放つ“金”の霊玉に集まったそれは、直ちに人の形を取った。

 ぼんやりと空中に浮かぶのは、髑髏の姿である。

 窪んだ眼窩の底に、下世話な黄金色の光が灯っていた。

 

 赤い光を放つ“火”の霊玉は、“火”の剣に導かれるように移動する。

 霊玉に纏わり付いた怨霊は、“火”の剣の残骸の中に転がっていたゾゾンガーの大砲に入り込むと、ゾゾンガーの細胞を活性化させて、全く別のシルエットを作り上げた。

 い光を放つ“木”の霊玉は、充分な怨霊を孕むと、真下に向かって落ちてゆく。

 そこには、人形を抱いた、首のない少女の骸があった。

 霊玉が、その人形と共に少女の身体に入り込む。

 すると、斬り落とされた少女の頭の代わりに、人形の顔が傷口から盛り上がって来た。

 腕や足の骨が、樹が根を伸ばすように長くなり、すらりとした人影をそこに立ち上がらせる。

 その周辺を、陽子の髪に囚われなかった蝶が舞った。

 

 皆守山の麓に、五つの怪物たちが、集合していた。

 

 八つの頭を持つ大蛇。

 蛾の顔をした女。

 大砲を背負った悪霊。

 金を纏った髑髏。

 人のように動く人形。

 

 「ゆきましょう、悪魔元帥――」

 

 魔女参謀・陽子が言った。

 

 五振りの剣の内、唯一残った“木”の剣――稲妻を起こし、電光を発する剣を掲げる。

 

 悪魔元帥――サタンスネークは、八つの顎から毒の混じった吐息を放った。

 

 「ドグマに……裏切り者に、死を」

 

 魔女参謀が言うと、何処からともなく、あの鴉が飛来した。

 ジェットコンドル・暗黒大将軍の“種子”から生み出された、あの鴉だ。

 

 「テラーマクロ……仮面ライダー……」

 

 サタンスネークが、大量の空気と共に、怨みを込めて呟いた。

 

 陽子を殺し、自分の記憶を奪った氷室五郎。

 シンタとチエを殺し、村を焼いた仮面ライダー。

 

 それらに復讐する為、五つの怪物たちが、闇の中で動き始めた。


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