サタンホークに、“火の車”に向かって落とされた克己であったが、この際の風圧によって僅かばかりとは言え体力を回復し、空中で身体を捻って、“火の車”の操縦席に着地する事に成功した。
サタンホークを見上げた克己であるが、すぐに視線を動かした。
黒井を恐れて逃げ出した、クレイジータイガーの姿を確認したのである。
克己は、操縦席に残っていた“木”の剣を引き抜くと、操縦席から身を躍らせて、クレイジータイガーの傍に下り立った。
驚いて、その場でスリップしたクレイジータイガーの胴体を踏み付けると、開いた口に剣を突き刺して、その部分を軸に頸を捻らせ、頸椎に一体化していた“金”の剣を引っ張り出した。
その途端、クレイジータイガー・メタリックの全身を覆っていた刃物は、直ちに錆び付いてこぼれ落ち、元の黄色い体毛が剥き出し、絶命した。
生命活動の停止、そして、爆発――
克己は、爆風を利用してタイフーンを回してエネルギーをチャージし、更に、サタンホークのいる上空まで飛び上がって行った。
飛び上がりながら、左手に持った“金”の剣を投擲する。
サタンホークの脇腹に、“金”の剣が突き刺さった。
克己は、それを確認すると、“木”の剣の力を解放した。
“木”は、震に繋がる。
震とは、雷の事である。
つまり、“木”の剣は、雷撃を放つ事が出来るのだ。
“木”の剣から飛び出した稲妻は、サタンホークの脇腹に刺さった“金”の剣に被雷すると、その肉体を内側から攻撃し、内臓を破壊した。
サタンホークは、血を吐き、全身から煙を立てながら、“火の車”の傍に落下した。
克己は“木”の剣を地面に突き立てると、地を這うサタンホークに歩み寄る。
両腕を杖に起き上がろうとするサタンホークの頸を掴んで持ち上げ、脇腹の剣、続けて背中に刺さった“土”と“水”の剣を引き抜いた。
サタンホークの姿が、見る見る元の姿に戻ってゆき、鷹爪火見子の姿に戻る。
「裏切り者、鷹爪火見子……」
鉄のマスクの奥から、克己が言った。
「ドグマ背反の原因は、貴様にある。決して許す訳にはいかない」
「何……?」
焼けて爛れた口の中から、煙を吐き、火見子は言った。
「火の一族の巫女でありながら、己が使命を忘れ、一族の抹殺を図った貴様をな……」
秋田赤心寺に於いて、最初で最後の葬儀が執り行われた。
樹海の為のものである。
玄海が導師を務め、喪主は鉄鬼という事になった。
玄叉山の麓の村の人々らの多くが出席し、その突然の死を悼んだ。
その後、“よし”の母親の出産が近いという事で、彼女は実家のある埼玉に帰り、その際に、秩父の山奥に後継者のいない寺があるからどうであるか、と、玄海は聞かされた。
“空飛ぶ火の車”――火の一族の秘宝を求め、樹海を殺害した何者かの存在を、それが鉄鬼であるとは露程も疑わなかったが、知らされた玄海は、“火の車”の秘密を記した粘土板を、玄叉山から持ち出す事を考えていた。
赤心少林拳の分派の案が出ていた事もあり、玄海は、秩父の山に住居を移す事にした。
その玄海に、付いてゆこうとする者が幾人かおり、その中には“よし”もいた。
一方、“よし”の親友であった“ひー”――火見子は、それが出来なかった。
火見子は、樹海から霊玉を受け取って玄叉山を去った火の一族の血筋であり、彼らから玄叉山と、そこに眠る黄金を見守る使命を受けていた。
その為、玄叉山を離れる事は出来なかったのである。
火見子も、“よし”と同じように、鉄鬼よりも玄海に懐いていたが、一族という縛りのない親友とは違って、東北に残る鉄鬼を監視せざるを得なかった。
それも仕方なしとは、思っていた。
又、幾ら遠く離れてしまうとは言っても、永遠の別れという事はなく、流派を超えた交流というものがあっても良いと、安心していた。
“よし”は弟と共に玄海の道場で、火見子は黒沼流の、それぞれ赤心少林拳を学び、共に高弟として、自分たちに続く弟子たちを育てる事となっていた。
拳法と仏道の両立による、青少年らの育成を掲げていた玄海流と、自らの身体を鍛え、最強の拳士たろうと修行に励む黒沼流は、その方向性こそ全く異なっているが、その内に志を同じくする者がそれぞれいる事で、流派同士の関係を維持していた。
その転機となった出来事が、起こった。
分派から暫くして、火見子が、黒沼流の師範代にまで上り詰めた頃の事だ。
火見子は、自分が黒沼流の印可を受ける時期が近付いている事を感じ取っていた。
即ち、鉄鬼が開眼したという、桜花の型だ。
所が、その直前になって、急に、玄海流の“よし”――義経が、黒沼流を継ぐと言い出した。
黒沼流は、義経の弟である弁慶が相承する予定となっていた。その弁慶と共に、火見子は、桜花を相伝される手筈になっていたのだ。
しかし、黒沼流を継ぐ筈であった弁慶は、何故か玄海流を、そして、玄海流の高弟であった筈の義経は、何を思ったか黒沼流の後継者として名乗り出たのである。
鉄鬼は、それを了解し、黒沼流を義経に授けてしまった。
火見子は、それが面白くない。
幾ら親友であったとは言え――寧ろ、親友であったからこそ、許せなかった。
その不満を、火見子は、鉄鬼を暗殺する事で晴らそうとした。
鉄鬼は、流派を師範代に任せ、山に籠る為に旅立とうとしていた。
その鉄鬼が旅立った後に殺害してしまえば、長い間、帰って来なかったとしても、修行中に死亡したと、そういう事になる。
そうして寝込みを襲おうとした火見子であったが、その時、火見子は鉄鬼の部屋に、“火の車”について記した粘土板があるのを発見した。
粘土板は、玄海が秩父に運び出していた。
それが、どうして鉄鬼の許にあるのか。
寝床に侵入した火見子を発見した鉄鬼は、彼女を問い質すが、火見子は逆に、鉄鬼が“火の車”の粘土板を持っている理由を問うた。又、それで何をする心算であるか、とも。
鉄鬼が答えられないでいると、火見子は、“火の車”を使って、世界を支配するのはどうであろうか、と、提案した。
幼い頃から、理由も分からないままに使命に従順し、自分の長年の目標をよりにもよって親友に掻っ攫われた――それら数々の不満が、“火の車”という強大な力を目前にして、爆発したのである。
鉄鬼は、火見子の提案に乗り、彼女と共に粘土板の分析を進めつつ、やがて来るべき世界の為のユートピア――ドグマ王国の構想を練った。
その後、かつて“火の車”の事を鉄鬼に教えたマヤとコンタクトを取り、ショッカーの改造人間製造ノウハウを入手して、黒沼鉄鬼はドグマの帝王テラーマクロとなった。
黒沼流から引き抜いた者や、世界各国のアスリート、格闘家などを集めた道場を地獄谷に建設し、火見子は、その道場のトップ――鷹爪火見子となったのである。
「何故、その事を知っている……?」
克己が語り終えると、火見子は力なく言った。
克己は答えなかった。
銅色のブーツで地面を踏み締め、火見子の傍に近付いてゆくと、首根っこを掴み上げた。
火見子の手が、克己のレガースを掴む。
そうしなくては、自分の体重を頸椎のみで支える事になり、頭蓋骨が頸骨から外れ、その周辺の靭帯が断ち切られてしまう。
「火見子――その名の通り、火を見る巫女、だったな」
克己はそう言うと、火見子の身体を、“火の車”を焼き尽くそうとする炎の中に放り込んだ。
肉の焦げる匂いと、怪鳥のような悲鳴が、炎の中から伸び上がる。
克己は“火の車”に背を向け、横に突き出した左腕の、親指を立てた左手を、手首を返して下に向けた。
「さぁ、地獄を楽しみな」
火見子――サタンホークの身体に仕込まれた小型爆弾が作動した。
爆発を背に、克己は、黒井とガイストと合流する為、歩き出す。
拉げた山の向こうに、太陽が昇り始めていた。
その太陽の光を浴びて、蝶でもあり、蛾でもある不思議な花が、鱗粉を舞い落しながら、克己の周囲を踊っていた。
明るく白み始めた空の下、仮面ライダーたちが、村人の安否を確認している。
ドグマによって、何人もの人々が死んだ。
生き残った人たちを集め、誰が生きているか、誰が死んだのかを、確かめている。
無事を喜ぶ親子もいれば、きょうだいの死を悲しむ者もあった。
家に火を付けられた際、瓦礫の下敷きになっている者もあった。それで運良く生き延びた少女の隣には、彼女を庇った男の遺体があった。
何人も死んだが、生き延びた者たちは、危うくドグマによって皆殺しにされてもおかしくはなかったのだ。彼らを助けてくれた黒井たちに、感謝の意を示した。
その中には、当然、シンタたちもいた。
克己は、シンタと交渉して、三種の神器を自分たちが責任を持って保護すると言った。
村人の中には、“火の車”の再現を良く思わない者もおり、ドグマの目的が“火の車”を手にする事による世界征服と聞いては、それを悪用はすまいと判断出来る黒井たちに預けるのが最良であると、思ったのだ。
「ありがとう、ライダー」
チエが、克己に言った。
克己は、戸惑っている様子だったが、横手から、
「頭でも撫でてやれ。優しく、な」
と、黒井に囁かれて、力を込めずに、チエの頭を撫でた。
「それじゃあ、俺たちはこれで」
黒井とガイストが、踵を返す。
分離したライダーロボの、トライサイクロンとアポロクルーザーにそれぞれ乗り込んだ。
克己は、
「俺は、“火の車”を回収してからゆく」
と、言う。
三種の神器だけならば良いが、“火の車”の残骸を、そのままにして置く訳にはいかない。あれだけの巨大なものを運べるのは、スカイサイクロンだけである。
「遅くなるなよ」
ガイストがそう言って、マシンを発進させた。
去ってゆくトライサイクロンとアポロクルーザーを見送り終えた時、シンタが不意に鼻を啜り始めた。
「どうした」
克己が問うと、シンタは首を横に振った。
しかし、
「父ちゃん……」
と、ぽつりと呟いた。
シンタとチエの父――香坂健太郎は、地獄谷五人衆によって重傷を負わされている。
命の危機に瀕しながらも、霊玉を守り、シンタとチエを村から脱出させようとした。
それを見て、克己が、
「お前の父ならば、生きている」
と、言った。
「え⁉」
「お前たちから光る石を預かり、山へ向かう途中に、お前たちの家で確認した」
「本当?」
「応急処置もして置いた」
連れて来よう――と、踵を返すのを、村人の一人が止めた。
「俺が連れて来るよ。待ってろ、シンタ」
そう言って、その男は香坂の家の方へと駆けて行った。
シンタとチエは、すっかり無事では済まないと思っていた父の無事を知らされて、わんわんと泣き始めた。
諦めていた命であった。
割り切ろうとしていた生命であった。
しかし、諦め切れず、割り切れもしないのが、人間の心根だ。
山彦村の人々は、いざという時は自分のみを犠牲にしてでも、秘宝を守る事を教えられている。
けれども、そう簡単に割り切れるものではないという事も、分かっていた。
「へへっ……」
若い男が、鼻の下を指で擦りながら、克己の傍にやって来た。
「ありがとうな、兄ちゃんよ。お蔭で助かったぜ」
そう言った。
克己は、飛蝗のマスクでそちらを振り向くと、
「構わない」
男の肩に手を置きながら、言った。
次の瞬間、眼にも止まらぬ速さで、もう片方の手に握られていたナイフが、その男の咽喉笛をぱっくりと切り裂いていた。
「な――」
何が起こったのか分からない。
そういう顔を、村人たちが、咽喉を切り付けられた男も含めて、した。
獣の口のように開いた傷から、血が噴水のように迸る。
克己は、銅色のプロテクターを赤く染め上げて、朝日を反射するナイフを手の中でくるりと回した。
「うわーっ!」
誰かが悲鳴を上げて、逃げ出した。
その逃げ出す背中に、克己はナイフを放り投げた。
強化改造人間のパワーで投擲されたナイフは、その人物の腹を突き破り、数珠繋ぎの大小腸を引き摺り出しながら、貫通した。
臓物の釣り糸を、ナイフで地面に縫い付けられ、死体が倒れ込む。
唖然としている村人たちに、克己が襲い掛かった。
鉄のパンチや蹴りが、村の人々を襲撃する。
頭を砕かれ、胸を貫かれ、腕を千切られ、脚を切り飛ばされた。
極め付けのように、スカイサイクロンが村の頭上から、焼夷弾の雨を降らせる。
朝陽が、夕焼けの如く塗り替えられていた。
落下して来た焼夷弾の炎が、人々の身体に纏わり付き、その生命を焼き尽くす。
克己は、降り注ぐ火の雨の中で両腕を広げ、破裂し、爆発する屍を眺めながら、かつて自分の頭蓋に潜り込んだ螺旋の金属と共に刻まれた言葉を、告げた。
「さぁ、地獄を楽しみな」