仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第三十七節 英雄

 クレイジータイガー・メタリックは、全身から生えた刃で、黒井を追い込んでいる。

 

 頭、頸、肩、腕、胸、腰、脚――クレイジータイガーの全身には、余す所なく金属の刃・棘・針・鋸・槍・鋏が剥き出しており、一つの鎧を形成していた。

 

 レガースを装着しているからまだ良いものの、生身で戦う改造人間であれば、攻めに回ったとしても、直ちに切り刻まれてしまうであろう。

 

 黒井にとっては、不利な相手であった。

 

 黒井は、マヤから、ブラジルにあるという“バリツウズ”柔術を教えられている。

 打撃、関節技、投げ技など、あらゆる攻撃手段を認め、あまつさえ、相手に馬乗りになって殴る事も戦略として許されている格闘技だ。

 一対一で、生きるか死ぬかの実戦に臨む事を想定したものである。

 

 所が、その一対一で、生きるか死ぬかであると言うのに、“バリツウズ”の最大の利点である馬乗り――マウント・ポジションを獲る為の組打ちが出来ないでいた。

 

 斬り付けられれば、強化服は裂かれ、その斬撃は人工皮膚までも切断する。

 組みに行ったとして、タックルで押し倒す際に膝を腹部に宛がわれ、その部分に錐とかドリル状の金属を生成されていれば、こちらのボディを貫通される。

 マウントを獲ったにしても、こちらから振り下ろすパウンドは金属の兜に防がれ、通常ならば腰の乗らない打撃であっても拳の先端にスパイクがあれば、それで脇腹を抉られる。

 

 ――不味い

 

 と、黒井は思う。

 

 しかし、自分の不利を実感しながらも、ここで敗ける訳にはいかないと、黒井はやはり思っている。

 

 ――本郷よ。

 

 クレイジータイガーの攻撃を躱しながら、黒井響一郎は、仇敵に呼び掛けていた。

 

 ――お前も亦、このような敵と戦っていたのか?

 

 本郷猛だけではない。

 一文字隼人。

 風見志郎。

 結城丈二。

 神敬介。

 アマゾン。

 城茂。

 筑波洋。

 沖一也。

 

 お前たち仮面ライダーは、常に、こうした不利な状況にあっても、戦って来られたのか。

 

 ショッカーと戦い続け、遂には滅ぼした仮面ライダー第一号・本郷猛。

 如何に強化改造人間と雖も、自らが生み出した最強の兵士を破壊すると決めた強大な組織を前に、その生命が危うくなった事はあるであろう。

 それでも、本郷はショッカーと戦い続け、勝利した。

 自らの不利を嘆く事なく、人類の自由と平和を守る為に、拳を握り続けた。

 

 黒井は、本郷猛を憎んでいる。

 しかし、ショッカーが、誰かに憎まれている事も、分かっていた。

 

 若し、本郷に何らかの目的があって黒井の妻と子供を殺したのなら、ショッカーだって何らかの目的の為に何処かで誰かを殺しているのだ。

 

 ショッカーの目的は、人類を管理する事によって、安穏の世界を創設する事だ。

 仮面ライダーたちは、ショッカーによる人類管理を受け入れられない、幼稚な人間たちの――子供たちの味方だ。

 

 それぞれにそれぞれの思惑があり、それぞれにそれぞれの正義がある。

 

 その上で、黒井響一郎は、本郷猛を妻子の仇として怨んでいる。

 怨んではいるが、彼にも正義があり、彼にも葛藤があり、彼が瀕し続けた危機についても、理解はしている。

 

 仮面ライダー・本郷猛を悪人として怨みながら、戦士として憧れている――

 

 こうした矛盾が、黒井の中にはあった。

 そして、矛盾が自分にとって弱さであるとは、もう、思っていない。

 

 何故なら、矛盾とは――鎧だから。

 

 黒井は、足を止めた。

 背中に、樹の幹がぶつかって来たからだ。

 

 動きを止めたライダー三号に、クレイジータイガーの眼が光る。

 これ好機と、右腕を返しの付いた巨大な突撃槍に変形させ、突きを放った。

 

 樹の幹に押さえられたライダー三号の身体を、突撃槍は貫通するであろうし、引き抜けばその返しが内臓をずたずたに引き裂く。

 

 その槍の先端が、タイフーンに迫った。

 ベルトの風車は、仮面ライダー第三号の弱点だ。

 そこを貫かれれば、エネルギーの補給が出来なくなり、ライダーは活動停止に陥る。

 

 所が――

 

 その黒井のボディを貫こうと、最高の加速を持って繰り出されたクレイジータイガーの一突きが、却って風を生み、タイフーンの風車ダイナモを回転させる事になる。

 

 ダイナモが唸る。

 かっと、仮面ライダー第三号の、黄色いCアイが輝いた。

 

 黒井の意識が拡大され、クレイジータイガーの動きを、酷くスローなものとして捉える。

 

 黒井は、停滞した時間の中で、クレイジータイガーの槍を掴むと、タックルにゆくように身体を沈め、右の肩を下から槍の根元に押し付け、相手が突撃する勢いに、自分が身体を跳ね上げる力を加え、投げ飛ばした。

 

 ライダー返しだ。

 

 肩のプロテクターを、クレイジータイガーの槍の返しが抉る。

 が、ライダー三号はそれをものともせずに、クレイジータイガーを一本背負いの要領で投げ飛ばした。

 

 自分の速度プラス黒井のパワーで、クレイジータイガーは地面に激突した。

 

 ダメージ自体は、さしたるものではない。

 すぐに、立ち上がる事が出来た。

 

 所が、その立ち上がって、最初に見た仮面ライダー第三号の姿に、恐怖した。

 

 素手である。

 全てを貫く剣もなく、全てを防ぐ盾もない。

 だが、その身体には、全てを超える最強の鎧を纏っていた。

 

 クレイジータイガーは、恐怖の余り咆哮し、金属の鎧の隙間に糞尿を垂れて、黒井の前から逃げ出した。

 

 逃げ出した方向には、炎上する“火の車”があった。

 

 

 

 

 

 左手にガイスト・カッターを、右腕にアポロ・マグナムを装備したガイストライダーは、ゾゾンガー・マグナの猛攻に、防戦一方となっていた。

 

 “火”の剣で肉体を改造したゾゾンガーは、全身から砲身を突き出して、ガイストライダーに狙いを付けている。

 

 ロケット・ランチャーや連装機銃、ショット・ガン、散弾――何れも重火器で武装したゾゾンガーは、最早、一つの移動式要塞と言っても過言ではなかった。

 

 山頂から砲撃を加えていた時よりも多い手数と、少ないターゲットに、ゾゾンガーは自分の勝利を確信しているようなものであった。

 

 ガイストは、しかし、雨あられと降り注ぐ弾薬の中を掻い潜りながら、冷静に反撃のチャンスを伺っていた。

 

 戦闘開始から数十秒が経っている。

 その間、ゾゾンガーはひっきりなしに砲撃と爆撃を繰り返している。

 

 強化再生した右肩の大砲、全身に顔を出した機関銃からは、常に硝煙が絶えない。

 “火”の剣を得るまでは、ゾゾンガー砲にはゾゾンガー自身の細胞が消費されていた。その為、撃つ事の出来る弾数には限りがある。

 

 しかし、今は、“火”の剣の力によって、撃ち出す火薬の量を心配する事がない。筒の中で爆発を起こして、弾丸を飛ばせば良いのである。

 

 弾丸は、やはりゾゾンガーの身体から出る老廃物から作られる為、決して無限ではない。だが、最後には“火”の剣自体の炎の力で攻撃する事が可能となっている。

 

 ガイストを炎で包んでしまうには、何も心配する事はない。

 

 ガイストは、ゾゾンガーを森の中に誘い込み、木々の間を擦り抜けて、狙いを付けさせないようにしている。

 

 ゾゾンガーは森を焼き尽くさんと火器を解放し、既に、ガイストらの周辺は炎で包まれている。

 

 焼かれた森から熱風が吹き上がり、膨らんだ煙が風に流れ、根っこから吹き飛ばされた樹が宙を舞って虚空に消失する。

 

 その炎の中に進み出て来たゾゾンガーに、異変が起こった。

 ガイストの見ている前で、突如として、ゾゾンガーが苦しみ始めた。

 

 ガイストの読み通りであった。

 

 苦悶するゾゾンガーの身体に、風に嬲られて枝から引き千切られた木の葉が触れると、一瞬で燃え上がった。

 元から、下方からの熱風に煽られていたという事もあっただろうが、それに加えて、ゾゾンガーの身体が放つ高熱にやられ、発火したのだ。

 

 ゾゾンガーの体温は、今、木や紙を発火させる程に上昇している。

 

 確かに、“火”の剣の力を手にしたゾゾンガーは、弾さえあれば無限に銃弾を撃ち込む事も可能であろう。

 

 が、それとは別に、ゾゾンガーは生体である。

 生物の細胞は、気温が高過ぎても低過ぎても生きてゆく事が出来ない。

 自らが孕んだ熱の為に、ゾゾンガーは自身の細胞を殺しているのだ。

 

 ゾゾンガーの改造体には、冷却機能だって設けられていようが、そのキャパを遥かに超える熱量が、ゾゾンガーを襲っているに違いない。

 

 炎の中で悶え苦しむゾゾンガーに対し、ガイストはアポロ・マグナムの銃口を向けた。

 二二ミリの弾丸が、同時に三つ放たれて、ゾゾンガーの肉体にめり込んだ。

 

 刹那、ここまで体温が上昇して、良くも起動しなかったと思わせる自爆用の小型爆弾が、ゾゾンガーの身体を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

 当然、彼の身体に刺し込まれた“火”の剣も同じ事であった。

 

 「ふふん」

 

 ガイストは、黒井たちに合流しようとする。

 

 が、自分を包む炎が、嫌な質量を持った事を感じ取った。

 熱い筈なのに、背筋が、ぞくぞくと寒気を覚えるのである。

 

 何だ?

 

 思わず、周囲を伺った。

 何処かから、何かに監視されているような気分であった。

 

 何も見当たらない――その瞬間、ガイストは、自分の身体が動かない事に気付いた。

 

 これは⁉

 

 見えない蛇に絡み付かれたかのように、身動きが取れない。

 

 そのガイストに、炎がゆらゆらと動いて、迫る。

 ガイストの鉄のプロテクターを、炎がじんわりと炙り始めた。

 黒と緑の装甲が熱を帯び、赤く変色する。

 視覚的に、自分が蒸し焼きにされているようであった。

 

 何故、動かぬのか⁉

 

 焦燥するガイストは、自分の動きを拘束している気配に、ゾゾンガーの意識を感じた。

 今さっきまで、互いに殺し合っていた相手である。その殺意は、間違えようがない。

 

 だが、ゾゾンガーは爆死した筈だ。

 

 何故――そう思った所で、ゾゾンガーの身体に“火”の剣が挿入されていた事に気付いた。

 

 火……“ヒ”とは、大和言葉で言えば、“魂”とか“霊”とかいう意味だ。

 生命を、肉体と霊魂の二つに分けた時の後者がこれである。

 餓蟲でもあった。

 

 それらが、肉を帯びてその場に留まる所に、“ヒ”が“ト”まる――ヒトがある。

 

 又、古代日本、邪馬台国の女王・卑弥呼がいる。

 卑弥呼という字は、中国から見たものであり、本来の意味合いから漢字を選ぶのならば、霊を見る神子――火見子という漢字を当てるのが相応しい。

 

 火炎や熱を司る一方で、霊性を操る“火”の剣を得たゾゾンガーは、霊体と成り、自分を殺した相手を呪い殺そうとする怨霊となったのである。

 

 ゾゾンガー・スペクターに身体の動きを止められ、鎧の外から熱されるガイストは、危うく、ゾゾンガーの死因の一つでもある冷却不可能の状態に陥っていた。

 

 ガイストは、そこから脱する為に、アポロクルーザーに呼び掛けた。

 “火の車”を墜落させたライダーロボの脚部を担っていたアポロクルーザーに呼び掛けた事で、待機していたライダーロボのコントロールが、ガイストに移る。

 

 ガイストは、ライダーロボを操って、その巨体で地面を揺らし、自分が捕らわれている火炎地獄を踏み潰させた。

 

 地面へのストンピングの衝撃で、ガイストの身体が物質的に浮かび上がり、森の中に突っ込まされる。

 

 霊体による干渉は、ガイストの意思による動作を停止させるが、ガイストの意識外からの動きには干渉する事が出来ない。

 

 ガイストは、胸部装甲ガードランを拳で打ち破り、身体に籠った熱を放出した。

 

 一旦、危機を脱したとは言え、相手が霊体では、どうしようもない。

 そう思った時、破砕されたガードランの隙間に眠る、ブラック・マルスの存在を思い出した。

 

 火星回路ブラック・マルス――Xライダーに埋め込まれたマーキュリー回路と同型のものであり、パーフェクターのエネルギー・クロス機能を向上させるものだ。

 

 それだけでは、ない。

 

 ガイストが、ガイストライダーとなる前、GOD機関の秘密警察第一室長アポロガイストであった頃の、彼の能力を再現する為のパーツでもあった。

 

 アポロガイストは、神敬介・Xライダーに最後の決戦を挑む際、彼に倒されたGODの神話改造人間たちを自らの手で復活させている。

 

 神話改造人間たちは、呪博士の設計の許で造られたボディに、GOD総司令――大首領の授けた霊媒能力で召喚した神話の神々の魂を定着させて、誕生していた。

 

 アポロガイストは、その能力の片鱗を、“命の炎”として組み込まれていた。

 

 ブラック・マルスは、神啓太郎の設計した深海開発用改造人間とほぼ同じボディを持つガイストライダーに、アポロガイストの固有能力である“命の炎”を授ける回路でもあった。

 

 ガイストは、仮面の下で舌を鳴らしながら、その機能を作動させた。

 

 ブラック・マルスが胸の中で唸り、割れたガードランの隙間から、光が漏れる。

 その光が、ガイストの正面を照らした。

 

 すると、虚空に、赤く色づいたもやのようなものが浮かび上がった。

 見ると、それはゾゾンガーの姿をしている。

 今まさに、ガイストに襲い掛かろうとしている、ゾゾンガー・スペクターだ。

 

 ガイストは、今のゾゾンガーに触れる事は出来ないが、ゾゾンガーに憑りつかれるのを避ける事は出来た。

 

 身を躱されると、ゾゾンガーが驚いたような顔で、ガイストを振り向いた。

 振り向いたと言っても、ガイストが見ていたゾゾンガーの背中に、ゾゾンガーの顔がぬるりと浮かび、気が付いたらその霊体がゾゾンガーの正面になっていた、という形だ。

 実体を持たないゾゾンガーは、物質界の常識には囚われない。

 

 ガイストは、ブラック・マルスの力でゾゾンガーを目視する事が出来るようになったが、やはり、攻撃する事は出来ない。

 

 ガイストは、である。

 

 ――糞親父め。

 

 ガイストは、父親でもある呪博士に、呪詛の言葉を吐きながら、ブラック・マルスに備わった、霊体の召喚能力を発動した。

 

 ガードランの間隙から光が漏れ、するり、するりと、ゾゾンガーと同じ霊体が這い出して来る。

 

 ネプチューン。

 パニック。

 イカロス。

 メデューサ。

 プロメテウス。

 アトラス。

 ミノタウロス。

 アキレス。

 キャッティウス。

 ユリシーズ。

 

 ショッカー基地の電子頭脳からインストールした、過去の組織の改造人間の内、同じくGOD機関所属の神話改造人間たちのデータを、ブラック・マルスを介して霊体として出現させたのであった。

 

 神話改造人間らの霊体が、ゾゾンガー・スペクターを拘束する。

 ゾゾンガーは、肉の重みを捨てられていないガイストに攻撃を加えられないばかりか、逆に動きを抑え込まれてしまった事に戸惑っている。

 

 その戸惑っているゾゾンガーに、ガイストはアポロ・マグナムを向けた。

 勿論、通常の弾丸では通じない。

 その為、放つのは通常の弾丸ではない。

 

 ガイストライダーの横に、光のもやが現れた。

 アポロンの霊体であった。

 

 呪青年は、人間を憎む自我が強過ぎる余り、単なる神話改造人間アポロンとなる事が出来なかった――その霊体が、ガイストによって召喚されたのだ。

 

 ガイストライダーはアポロ・マグナムにアポロンの霊体を宿し、ゾゾンガーに向かって発射した。

 

 実弾はゾゾンガーを突き抜けて、背にしていた木々を薙ぎ倒してゆく。

 

 同時に発射されたアポロン・ゴーストは、他の神話改造人間たちのゴーストと共に、ゾゾンガーの霊体を巻き込んで消滅した。




ガイストのゴーストチェンジ待ったなし(やりません)。

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