“空飛ぶ火の車”のコックピットに、鷹爪火見子が立ち、その後ろに、右腕を再生させている途中の象丸一心斎がいる。
山を突き破ると同時に、彼を回収していたのだ。
「申し訳ありません、火見子さま……」
象丸は蒼い顔で謝罪した。
火見子が“火の車”を起動する前に、ライダーたちを始末出来なかった事だ。
「気にするな。こうして、“火の車”は手に入ったのだ」
火見子は、石版に手をかざし、ミサイルを発射させる。
藍色の空を切り裂く鉄の弾頭が、スカイサイクロンに迫っていた。
スカイサイクロンは、機関砲の筒先を回転させて張った弾幕で、ミサイルを撃ち落とす。
「それに……」
象丸は、申し訳なさそうに眼を伏せる。
「蛇塚と、熊嵐は……」
「それも気にするな。奴らの生命で、贖わせてやる」
火見子の眼が輝き、その全身に羽毛が生じ、眉間が裂け、鉄の爪が剥き出して来た。
耳の脇の肉が盛り上がり、顔の横にせり出しす。その先端の肉がぷつりと裂けると、やはり、爪が顔を出した。
口を開くと、唇が捲れてなくなり、剥き出しになった歯茎が硬化しながら突き出した。嘴を形成しているのである。
全身が、返り血を浴びたように赤く染まった。
サタンホークとなった火見子は、両手を石板にやり、皆守山の上から移動を始めさせた。
龍の頸が角度を変え、麓の山彦村を睨む。
その顎が開き、蛇塚やファイターたちの為に焼き払われていた村を、更に炎で包もうとした。
「トライ――」
「――クロス⁉」
克己からの通信で告げられた言葉を、黒井とガイストが問い返す。
克己の頷きが伝わって来た。
すると、黒井とガイストのマシンが、彼らの操作を離れて、勝手に自走し始めた。
「克己⁉」
戸惑う二人に、克己が、
――コントロールは俺がする。
と、告げた。
山の斜面を下り始めるアポロクルーザーと、トライサイクロン。
先行するアポロクルーザーの後ろに、トライサイクロンがぴったりと付いていた。
更にその上空を、スカイサイクロンが飛んでいる。
アポロクルーザー、トライサイクロン、スカイサイクロンの順で、一直線に並んでいた。
すると、地上を走るアポロクルーザーとトライサイクロンのコンソールにも、液晶画面が現れ、そこに、人型の映像が浮かび上がった。
その人型は、三機それぞれのモニターに映っていたが、スカイサイクロンでは頭と両腕、トライサイクロンでは胴体、アポロクルーザーでは両足が、それぞれ点滅している。
変化が訪れたのは、黒井のトライサイクロンからであった。
トライサイクロンは、前輪にのみブレーキを掛けると、モトクロスで言うジャック・ナイフのように、車両後部を持ち上げた。
その持ち上がった後輪のホイールに、スカイサイクロンから射出されたワイヤーが合体すると、トライサイクロンの後部がぐるりと半回転した。
そうして、スカイサイクロンのワイヤーに引かれて、上昇してゆく車両。
スカイサイクロンの機体底部の装甲が横に展開し、ジョイントが出現すると、持ち上がったトライサイクロンの後輪を収納し、ドッキングする。
又、スカイサイクロンの両翼が左右に広がり、関節が出現した。そこを軸に下に畳まれ、翼の先端が開いたかと思うと、そこからマニピュレータが飛び出して来る。
更に、スカイサイクロンの後ろ半分が、ドッキングしたトライサイクロンの底部に移動し、二股に分かれる。
その下で、アポロクルーザーが、やはりジャック・ナイフをしながら、真っ二つに割れた。持ち上がった後部がスカイサイクロンの後部と合体し、フロントは手前に折り畳まれて、接地する。
この際にマシンから振り落とされたガイストライダーは、スカイサイクロン・トライサイクロン・アポロクルーザーの合体したそれが屈んだ事で傍にやって来たトライサイクロンの助手席に、ぴったりと収まる事が出来た。
最後に、スカイサイクロンのコックピットの少し後ろ辺りの装甲が開き、飛蝗のような、人の頭蓋骨のような形をした頭部が突き出す。
「これは⁉」
トライ・クロス――三位一体変形、ライダーロボ。
空を駆けるスカイサイクロンと、大地を進むトライサイクロン、海に潜れるアポロクルーザーが合体した姿であった。
それは、恰も、巨大な仮面ライダーの姿であった。
「ドグマよ――」
克己が言った。
「ショッカーの力を思い知らせてやる!」
アポロクルーザーが変形した両足が、山の斜面を駆け上がったゆく。
向かう先には、“火の車”が、村に向かって火炎放射を行なおうとしている所であった。
サタンホークが、接近するライダーロボに気付いた。
蒼い眼が、ぎょっと見開かれる。
だが、すぐに切り替えて、ライダーロボに向かってミサイルを放った。
ライダーロボは、右腕を持ち上げて、その翼の下の、スカイサイクロンの機関砲で、ミサイルを撃墜した。
そうして、一気に“火の車”との間合いを詰めると、開いた左手で、“火の車”に掴み掛ってゆく。
「莫迦め⁉」
サタンホークが、そのような顔をした。
“火の車”を包む重力バーリアがある限り、それがミサイルであれ、機関砲であれ、攻撃を届かせる事は出来ない――
筈であった。
所が、どうした事か、ライダーロボの左のマニピュレータは、重力バーリアを突き破って、“火の車”の龍の肢の一本を掴んでしまったのであった。
サタンホークが反撃の手を考える前に、ライダーロボは右手で拳を作り、“火の車”の底にアッパー・カットを見舞った。
“火の車”がよろめく。
「高々、“火の車”一機……」
克己が言った。
「陸海空の三位一体を為したライダーロボとは、マシンの数が違う!」
克己は吼え、ほぼゼロ距離に近い場所で、右翼の機関砲を放った。
ごりごりと、“火の車”の表面に塗られた金塊が溶かされ、剥がれ落ちてゆく。
サタンホークは石板に手をやって、“火の車”の龍の肢を動かした。
ライダーロボに掴まれていない方の肢が、ぐんと伸びて、ライダーロボに爪を立てる。
ライダーロボのマニピュレータから解放された“火の車”が、ゆるゆると後退してゆく。
後退しながら、火炎を放射した。
その火をものともせず、ライダーロボは、トライサイクロンの武装である機関銃をばら撒いた。
「どういう事だ⁉」
サタンホークと、象丸が、訳が分からないという顔をする。
起動した“火の車”の重力バーリアを破る手段は、存在しない筈であった。
所が、克己は、既にその手段を得ていたのである。
光る石だ。
シンタとチエが、或る所に持ってゆこうとした光る石を、克己は預かっており、ライダーロボの動力源に利用している。
この光る石の力により、“火の車”の能力をセーブさせているのだ。
ライダーロボは、両手で“火の車”を掴むと、全身の火器――トライサイクロンのマシンガン、スカイサイクロンの機関砲、アポロクルーザーのアポロ・マグナムなどを解放し、“火の車”を爆撃した。
金のボディのあちこちから火の手が上がり、重力制御さえままならなくなって、“火の車”は墜落して行った。
村はどうにか落ちずに済んだものの、近くの森を紅蓮の炎で包んでしまった。
「黒井、ガイスト――」
克己が、ハッチを開けて、コックピットから飛び出して行った。
黒井とガイストも、トライサイクロンの操縦席から飛び出してゆく。
落下し、炎上する“空飛ぶ火の車”から、サタンホークと象丸は投げ出された。
“火の車”は、燃え盛る炎に金を溶かされて、鉄の骨組みが覗いている。
サタンホークは、どろどろと溶融していゆく“火の車”を、唖然とした顔で眺めた。
自らの――テラーマクロの悲願であったそれが、起動後間もなく、破壊されてしまったのだ。
「火見子さま……!」
と、森の奥から、傷付いた身体を引き摺って、クレイジータイガーがやって来た。
サタンホークらと合流したクレイジータイガーであったが、とても生命を長らえる事は出来そうもなかった。
その上に、ライダー第三号、ライダー第四号、ガイストライダーが迫っていた。
「おのれ……」
サタンホークは憎々しげに呟くと、“火の車”の操縦席から五振りの剣の内、四本までを抜き取って来た。
すると、どうにか変身したゾゾンガーに火の剣を、人間態への変身機能を破壊されているクレイジータイガーに金の剣を、それぞれ脊髄に刺し込み、自らには交差させるように、水と土の剣を突き込んだ。
自害⁉
黒井たちは、当然、そう思った事であろう。
しかし、彼らの見ている前で、地獄谷五人衆の生き残りの三人は、身体に突き刺した剣の影響で、その姿を更に凶暴なものへと変形させて行った。
サタンホークは、下腹部から巨大な蛇の頭を生やし、体色を黒と黄色の二色に変える。
クレイジータイガーは、体毛を白く塗り替え、縞模様が金属の鱗となって浮かび上がる。
ゾゾンガーの身体が真っ赤に染まり、その全身に大砲の銃身が幾つも突き出して来る。
その三体の改造人間らに、三人の強化改造人間たちが挑んでゆく。
克己が、サタンホークに。
黒井が、クレイジータイガーに。
ガイストが、ゾゾンガーに。
燃え落ちる“火の車”の傍で、ショッカー対ドグマの代理戦争に、決着が付こうとしていた。
ベルトの横のバーニアを吹かし、克己はサタンホークに躍り掛かった。
ジェット噴射による加速で距離を詰め、鉄のブーツを斧の如く振り下ろした。
サタンホーク・スネーキングは、黄色と黒の二色に変わった翼を羽ばたかせ、飛翔する。
飛び上がりながら、サタンホークは下腹部の蛇の胴体を、克己の頸に絡み付かせた。
克己の手刀が唸るが、サタンホークの下腹部の蛇は、その柔軟性で以てチョップの威力を散らしてしまう。
そうして、胴体にめり込んで来た克己の腕を、逆に絡め取ってしまうのであった。
サタンホークは、克己を拘束したまま上昇し、夜空に銅色のプロテクターを纏った改造人間を振り回す。
空中戦を想定して造られただけあって、強化改造人間第四号は、そんなものでは参らないが、克己は、身体に異様な疲れを感じていた。
エナジー・ドレイン――
“水”の気より生じた“木”の力が、“土”の中に和合する事によって、対象のエネルギーを吸収しているのである。
つまり、サタンホークの下腹部に生じた蛇は、そのまま“木”の、養分を吸い上げる力を持っているという事であった。
「くむ」
克己は、鉄仮面の内側で歯を噛んだ。
バーニアを起動させて、サタンホークが進むのとは逆方向に、逃れようとする。
すると、サタンホークの蛇はぴんと伸び切る事になるが、サタンホークは自ら脱力し、引き伸ばされた蛇が緩む反動で、克己の背に肘打ちを叩き込んで来た。
蛇の拘束から説かれた克己は、サタンホークの猿臂の一撃で、地上に向かって落下する。
プロテクターの各所に設けられた小型の噴射口から、空気を小刻みに放って空中で動体制御を行ない、森の中の、太い樹の枝に着地する克己。
その呼吸が、酷く乱れていた。
サタンホークによるエナジー・ドレインに加え、大量のスタミナを消費する空中動体制御を敢行した為である。
その克己の疲れを見抜き、サタンホークが襲い掛かる。
強い羽ばたきと共に、両手の爪を向けて、突っ込んで来た。
克己は、そのカウンターを取るべく、構えを採る。
しかし、サタンホークは克己の間合いの寸前で旋回し、克己のパンチは空振りに終わる。
先程、スカイサイクロンで“火の車”のホーミング・ミサイルを、“火の車”にぶち当ててやろうとした時と、同じ事をサタンホークはやった。
伸び切った克己の腕を、サタンホークの蛇が捉え、サタンホークの上昇に伴って、克己を引っ張り上げた。
ごきん、と、金属の鉄球同士が擦れる音がした。
ライダー四号のプロテクターの内側、強化皮膚の奥で、特殊合金の人工骨格の肩関節が、外されてしまったのだ。
夜空に向かって伸び上がる、サタンホークと強化改造人間第四号。
天地を結ぶ蛇により、鷲と飛蝗の改造人間が繋がっていた。
その繋がりを断つべく、サタンホークは、蛇でぶら下げた克己を散々に振り回して、炎上する“火の車”の中に投げ込んだ。
体内の圧縮空気は、殆ど空に近い。克己はそのまま、張り付けられた金塊をどろどろに溶かす炎の中に叩き込まれて行った。
長々と説明をした“火の車”ががが……。