東京――
蒼く澄んだ空に、組み合わせられた赤い鉄骨の塔が伸びている。
東京タワーを見上げる大きな寺の本堂の参道には、出店が並び、多くの人で賑わっていた。
桜の樹の下で、猿が、傘を差して、玉乗りをしている。集まった人たちは、それに感歎して、拍手をしたり、金を投げたりする。
御彼岸――
春と秋に一度ずつある、昼と夜の時間が等しくなる節分を中心とした、前後三日間、計七日間の期間の事である。
その期間の間、亡者は三途の川の向こう岸、つまり彼岸から、此岸を臨む。此岸の正者たちは、彼岸と此岸の境目までやって来ている祖先たちの為に、生死の世界の境界である太陽の沈む方向に、思いを馳せる。
その彼岸の或る日の増上寺に、一人の男がいた。
参拝や観光に訪れている人々でごった返す参道を、僧衣の男が歩いている。
綺麗に剃り上げた頭や、オレンジ色の袈裟が眩しい。
日本の仏教者ではないようであった。
チェン=マオ――
かつて、浜名湖地下のショッカー基地で、イワン、ゾル、克己らに対してヘールカと名乗った、ショッカー首領、大首領と言われる男であった。
不思議な雰囲気を纏っている。
異国の様相であるからではない。
近寄り難い、厳かなオーラに、包まれているかのようであった。
その周囲を、一匹の蝶と、一匹の蛾が舞っている。
どちらも、金の鱗粉を纏ったそれらは、チェン=マオの歩く先に付いて行っているようであった。
チェン=マオが手を持ち上げると、その手の甲に、ふわりと留まった。
すると、さっきまでは二匹であったそれらが重なり合い、一匹に纏まった。
折り畳まれた翅が、花のようにも見える。
その不思議な花蝶を、チェン=マオが眺めていると、
「首領……」
と、背後から声を掛けられた。
スーツ姿のマヤであった。
黒いジャケットに、スリットの入った黒いミニ・スカート。
黒いストッキングが、むっちりとした太腿に張り付いている。
スーツの下のブラウスは、第二ボタンまで開けており、日本人よりも濃く、メキシコ人よりは白い鎖骨を覆う皮膚を覗かせていた。
「首尾は?」
「今晩にも、山彦村に着きます」
マヤが空を見上げた。
鴉が、青空に円を描いていた。
赤い眼の、角のある鴉だ。
「村の位置は、既にドグマが調べていました。“火の車”が隠されている場所も、あの子が報せてくれましたわ」
ドグマのエンブレムは、鴉だ。
ドグマでは鴉を聖なるものとしており、マヤがジェットコンドルの“種子”から誕生させたこの鴉は、ドグマの動向を怪しまれる事なく探る事が出来る。
「必ずや、“火の車”を……超古代の叡智を、手に入れるわ」
「頼りになるな」
チェン=マオが呟いた。
「“火の車”を起動させるには、三種の神器だけでは足りぬ」
「はい」
「三種の神器は、飽くまでもエンジン部品よ。“火の車”本体と、神器と、そしてそれを動かすガソリンの三本柱が揃ってこそ、“火の車”はその永き眠りから目覚める」
「はい」
「ドグマの奴らに、油田の場所を教えたのは、お前だな」
油田の場所――“火の車”を起動させるのに必要な、ガソリンの事だ。
「失策でした」
「聖体拝領……」
チェン=マオが言った。
聖体拝領とは、キリスト教に於いて、パンをキリストの肉、ワインをキリストの血と見立てて摂取する事で、聖体であるイエスと同体化する思想である。
上位存在を喰らう事によって、その聖性を身体の内に取り込もうとするものであり、食人儀礼にも通じる考え方であった。
「しかし、多くの宗教に於いて、人が人を殺してはならないという趣旨の言葉があります」
「左様。故に、ヨシュアの肉はパンであり、ヨシュアの血は葡萄酒なのさ」
「自然宗教の場合は、更に自由ですね」
宗教には、大別して二種類ある。
一つが自然宗教であり、もう一つは集団宗教だ。
自然宗教は、儀礼や団体を形成する訳ではなく、本能に根差した自然の中の神を崇拝するものだ。後者は、今で言う多くの宗教団体に相当する。
ユダヤ・キリスト・イスラム教などは後者であり、バラモン教や現在の形を形作り始めた原始神道は自然宗教である。
「煩悩即菩提か」
煩悩とは、人の心に迷いを生ずる原因である。
菩提とは、その無明を離れた所にある悟りの境地だ。
悟りを得た者の立場から見れば、無明も悟りも、同じものであるという意味だ。
全ての本質は空であり、虚空から、煩悩も菩提も生ずるというのである。
「なれば、人の生は、遍く聖かと思います」
「では、死は?」
「無論、聖です」
「生は即ち死か」
「死は即ち生です。しかし、殺人は紛れもない悪である故……」
「人が人を殺して喰らう事は、禁じられてるという訳だな」
「はい」
「では、如何に聖体を拝領するか?」
「生まれ出でようとして死する丹生と、生かす為に死する月水を」
「不思議な話よのぅ」
「は……」
「蛇はガイアであり、鷲はウラヌスであるというのに、丹生は尾を持つ蛇であり、月水は天宮より絞り出されるという事が、さ」
「――万物には」
と、マヤが言った。
「完璧になろうとする働きがあると聞きます」
例えば、それは土中で起こる。
金になるべく、あらゆる鉱物は土の中で自らの肉体を変えてゆく。
その際に、様々な不純物を取り込む内に、金とは程遠い存在になってしまう。
逆を返せば、そうした不純物さえなければ、あらゆる鉱物は全て、金たるべく活動しているという事になる。
「雌雄合一してこそ完全なる存在……」
「私がお前に教え、お前がゼネラルモンスターに教え、ゼネラルモンスターがデッドライオンに教えた、あれだな」
「完璧たろうとする因が、そうした矛盾の果を実らせるのでしょう。その矛盾の二重螺旋こそ、生物が生物たる所以ではありませんか」
「永久に巻き付きながら、永遠に絡み合わぬ、環状二重螺旋か」
「はい」
「倶利伽羅よの……」
倶利伽羅剣の事だ。
不動明王が持つ剣であり、三毒(
刀身に、燃え盛る炎となった倶利伽羅龍が巻き付いている。
「はい」
マヤが首を縦に振った。
「では、聖体を喰らうた後に、如何にして石油を掘り起こすのだ」
「聖体とは神、それを喰らうのは子でありますから、それら三つが合わさる所に生まれるガソリンを得るには、ルフとの融合が必要です」
ルフとは、精霊の事である。
精霊とは、この世界に遍満する、形なきエネルギーの事だ。
「融合とは?」
「境界を失くす事です。聖体拝領と同じく、精霊との同一化ですよ」
「それは、どのように?」
「境界とは、肉の重みの事です。自分とその他を区切るものの存在を掻き消す事によって、肉体の重力からは解放されます」
「可能なのか?」
「不可能ではありませんが、難しいでしょう。それには、極度のエクスタシーが肝要です」
「エクスタシー」
「この世界の本質は、虚空です。つまり、この肉の重みは、心の働きによって、虚空中に固定されているに過ぎません」
「心の働き如何では、その境界は消えるという事だな」
「ですから、その心の働きと言うのが、他に何も考える事が出来なくなる程の恍惚なのです」
「ふむ……」
「人がエクスタシーを感じるものは――」
と、マヤは、指折り数え始めた。
「music、drag、sex、religion……この中で最も簡単なのが、SEXですから」
「相手がいなければ、成立せぬぞ?」
「その筈ですけれども、ねぇ」
マヤは、意味深に微笑んだ。
「ドグマがどのようにして精霊を味方に付けるか、気になる所ですね」
そう言いながら、マヤはチェン=マオの手に止まっている蝶に、指を差し出した。
蝶と蛾の姿を重ねながら、その不思議な花蝶は、マヤの指に飛び移った。
「神を喰らい、精霊と混じり合い、生まれるエネルギーが、“火の車”を呼び起こす」
チェン=マオは言う。
「八咫烏、か」
マヤが呟いた。
蓬莱山にある神の樹に棲まう、三本の足を持った聖鳥である。
三本の足とは、即ち、三種の神器であり、神と精霊と子との三位一体であり、天照大御神と月読命と須佐之男命の三柱である。
そして更には、
「
サンスクリット語で、“智慧”を意味する言葉だ。
それは、仏の眉間にある白毫――第三の眼であると共に、菩提へ至る助けとなる三本目の足とも言われる。
「遥かなる龍の昔、人が神によって落とされた、智慧の足か」
チェン=マオが笑った。
「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足」
と、チェン=マオ。
スフィンクスが旅人に出した問いである。
答えは、“人間”であるというのが常だが、マヤは、
「“始まりの女”……」
と、言った。
「リリスさ」
「蛇はサタンであると、彼らには言いましたが……」
黒井たちの事である。
「リリスがそうであるという説もあります」
リリスとは、イヴ以前にアダムの妻であった女の事である。
しかし、アダムと意見が食い違った為に自らエデンの園を捨て、そして、悪魔である蛇となってイヴを誘惑した――そのような説がある。
「リリスが蛇であるとするのなら、蛇は人間であるという事になるな」
「神と人とが、本来、一つのものより生じたのであれば、蛇も亦、同じでしょう。無論、蛇が悪魔たる以前に所属していた天使たちも、同じく」
「エデンを捨てた人間は獣と化し、智慧を得て二の足で立つようになり――」
「やがて、般若の足を得て完璧存在となる」
チェン=マオの言葉を、マヤが引き継いだ。
「大首領、貴方は、かつて神が奪ったその足を、再び人に与えようという訳ですね」
「そのように見るのも、面白かろう」
チェン=マオは、つぃと空を見上げた。
冷たい蒼の空に、白い雲が早く流れている。
「私の因が、この星へと降り注いだ時……」
ショッカーの因子は、B26暗黒星雲よりやって来た、地球外生物の遺伝子である。
それは同時に、ヒトという獣を、人間へと進化させてしまった。
「私が奪ったものだ」
獣であったヒトから、智慧を与える代わりに、足を奪ったのはショッカーの種子である。
そうして誕生した人間を、あるべき形に戻す――ショッカーが奪った般若を、再び人間に与えるというのが、チェン=マオらの理想とする世界の統治であった。
「やはり、同じですね」
「同じ?」
「智慧を与える代わりに、般若を奪った――でも、般若は、即ち智慧……」
「私も亦、矛盾の螺旋の中にいると?」
「はい」
「ふふん……」
チェン=マオが、眼を細めた。
その瞳から、十文字の輝きが、マヤに向かって突き進んで来たように思えた。
「俺が、今までどれだけの人間を操って来たと思っている」
「……そうでした」
マヤが溜息を吐いた。
チェン=マオの放った思念に、背筋が濡れていた。
「朱に交わればと言うが、私もその一人さ」
「大首領とても、人間という事ですか」
「左様」
「――」
「お前は、どうなのだ、マヤ」
「私ですか」
「“始まりの女”よ」
「――」
「リリスであり、イヴである女よ。ガイアであり、蛇である女よ」
「――」
「お前は、ヒトか、人間か、それとも、他の何かか?」
「その問いに、答える必要があるとは、思わないわ」
マヤの口調が変わった。
それまでは、大幹部として大首領に接していたのが、マヤとしてチェン=マオと接する言葉遣いになっている。
「神も人も同じものならば、私も亦、神であり、ヒトであり、蛇であり、悪魔であり、天使であり――若し、私に当て嵌まらないものがあるとすれば、それは、只一つ」
「――」
「“始まりの男”……」
マヤが言った。
皆守山の地下の大空洞に、“空飛ぶ火の車”は眠っていた。
それは、辿り着いた火見子が、思わず息を呑む程であった。
羅龍――
鎌首をもたげた龍を中心に、鉄の輪が囲み、その四方に龍の肢が突き出している。
全く明かりの射し込まない空洞の筈が、その羅龍の身体に塗りたくられた黄金の為に、煌々と輝いていた。
恐らく、玄叉山から持ち出した黄金の一部であろう。
玄叉山の地下に眠っていた黄金が、如何に膨大であったとは言え、二〇メートル近いこの方舟に、余す所なく金を貼り付けているのは、凄まじいの一言だ。
荘厳なる聖櫃であり、まさに地上の覇者に相応しい兵器であった。
火見子は、空洞を臨む通路から下り、両腕を翼に変えた。
鷹の改造人間・サタンホークというのが、鷹爪火見子の正体だ。
火見子は、背負った五振りの剣と、石室から運び出した御影石を持って、“火の車”の中心部――コックピットに下り立った。
神輿の屋根が取り外されている形だ。
操縦席は、五、六人まで乗り込む事が出来る。
龍の頭のすぐ手前に、石版をはめ込む部分があった。
二枚一対の十戒石板は、天岩戸の奥に封じられた大きな御影石の中に隠されていた。
その御影石を割り、中身を取り出した。
石板は、火見子の上半身程の大きさで、生命の樹が刻まれている。
片方の世界樹は、さかしまの樹である。
もう一方の世界樹は、下界からのアプローチを採っていた。
さかしまの樹は、三つの柱に、一〇つのセフィラが埋め込まれ、蛇が三周り半で巻き付いている。
左右の三つのセフィラと、四つのセフィラを持った中心軸で表しているのは、七つのチャクラである。
二枚の石板をはめ込むと、その上に一つ、左右に二つずつ、剣を挿し込む口が開いた。
上から、時計回りに、
木の剣
火の剣
土の剣
金の剣
水の剣
と、挿し込んでゆく。
鍔元までしっかりと挿し込み、五本目を挿し終わった時、かちりと、何かが動く感覚があった。
後は、“火の車”にエネルギーを注入する、その儀式を行なうだけである。
火見子は服を脱ぎ捨てて、裸になった。
なだらかな形の乳房。
美しい括れの中心に、良く鍛えられた腹筋が浮かんでいる。
丸く育った尻。
その陰部に、ある筈のないものが剥き出していた。
火見子は両腕を広げ、眼を瞑った。
禅定に入るが如く、自然に呼吸をする。
尾骶骨に全ての意識が集中し、かつて、人が獣であった証拠たるその部分に眠る力が、呼び起されようとしていた。
呼吸力によって、眠りに就いていた力の龍――クンダリニーが動き出す。
尾骶骨のチャクラから顔を出したクンダリニーは、背骨を中心に螺旋を描きながら、真っ直ぐに上昇してゆく。
王冠のチャクラに至った力は、頭頂より抜け、全世界に拡散して遍満するエネルギーを取り込み、再び火見子の身体の中に潜り込んで来る。
不思議な事が起こっていた。
火見子の陰部のそれが、めりめりと、肉の内側に潜り込んでゆく。
ぴたりと合わさった貝の奥に引っ込むと、火見子が恍惚の表情を浮かべた。
腹の内側で、火見子本来の器官と、サタンホークへの改造を受けた際に付け足された部分が触れ合い、火見子の中に感情の激流を引き起こしているのである。
シャクティとクンダリニーが融合し、法輪が転じて、激しい感情の動きと共に散らばってゆくパワーが、“火の車”を囲む空間、それを内包する山そのもの、その山が存在する土地、土地がある世界、世界に満ちた空気からエネルギーを回収してゆく。
正しい呼吸は既になく、姿勢も崩れ、火見子の手は自らをまさぐり始める。
自らの内に存在する丹生と月水が混じり合い、雌雄同一たる完璧存在となった火見子は、脳髄より駆け巡る激しい痺れの為に、自他の境界を見失い掛けていた。
法悦に至ろうとする火見子の身体を、鼓動する餓蟲が包み、蒼く、赤く、黄色く、白く、黒く、光を放ち始めていた。
その光が、ゆらゆらと、五振りの霊剣の柄に絡み付いてゆき、石版に集中する。
大気のエネルギーを注ぎ込まれた“火の車”が光を纏い、黄金に輝いた。
龍の眼がぞろりと光り、“空飛ぶ火の車”が起動した。
周囲の岩壁が、ぽろぽろとこぼれ落ちる。
内側から、巨大な力に押し出されているようであった。
“火の車”の全体を、強力な重力波で包み込んでいるのだ。
アークの正体とは、古代の重力制御装置であった。
古代エジプトやアステカ・マヤ文明に於いては、ピラミッドやオベリスクを建造し、中国に於いては秦始皇帝陵、日本では巨大古墳を創り上げたものである。
その力が膨らみ、球状になって、地下の大空洞を押し広げようとしている。
ふわりと、羅龍が浮かび上がった。
岸壁を削る力が、更に外に出てゆく。
山が揺れていた。
“火の車”が、少しずつ上昇してゆく。
岩壁が崩れ、“火の車”が自らを浮かせる力に巻き込まれた破片が舞い上がる。
ごりごりと、龍の姿をした戦車が、山頂目掛けて駆け上がってゆく。
火見子が通って来た通路も、沼の底もぶち抜いて、皆守山そのものを振動させながら、黄金の方舟は、飛翔して行った。
地震――
それも、只の地震でない事を、黒井とガイストは理解していた。
地下から、圧倒的なエネルギーの奔流を感じる。
感覚的なものではなく、実際問題として、足の下から巨大な物質がせり上がって来る事が分かった。
そう思っていると、黒井、ガイスト、ゾゾンガーの身体が、僅かに浮かび上がった。 それに遅れて、トライサイクロンとアポロクルーザーも、車輪を持ち上げてゆく。
重力が弱まっているのだ。
「来るぞ⁉」
ガイストが叫んだ。
ぞわり、と、背中にこわいものが走る。
黒井は、ガイストの腕を掴むと、ベルトの横のバーニアを吹かして、無重力圏を脱出した。
トライサイクロンとアポロクルーザーも、それぞれ自らのブースターから火を噴いて、持ち主たちに続く。
「火見子さまーっ!」
ゾゾンガーのみが、浮遊しながら、勝利を確信したように叫んだ。
山頂の大地が、ぼこぼこと盛り上がり、巨大な球のように変形したかと思うと、その下から、金色の龍の頭が顔を出した。
黒井とガイストはそれぞれのマシンに乗って山を駆け下りながら、自分たちが背を向けた山頂に出現したそれを振り返った。
皆守山の歪みが、更に大きくなり、二つの峰の間がより深くなっていた。
二つの峰――二本のオベリスクに挟まれるようにして、金色の龍“空飛ぶ火の車”は顕現したのである。
月のない夜を、自らが月となって照らそうとするかのような輝きであった。
「何と……」
黒井が、感歎の息を漏らした。
何と荘厳なる事か。
巨大であるという事。
金色であるという事。
聖獣であるという事。
どれ一つをとっても、人は、その強大で、厳かな姿に引き寄せられる。
それらが絡み合った“空飛ぶ火の車”に、見入り、魅入られない訳がないのだ。
「ぼーっとするな、黒井!」
ガイストが、通信回線で呼び掛けた。
はっとなる黒井、彼の駆るトライサイクロンのすぐ後ろを、ゾゾンガーのそれよりも巨大な砲弾が――ミサイルが直撃した。
トライサイクロンの後輪が浮かび上がり、危うく前方に一回転しそうになる。
黒井はハンドルを切って方向転換し、ギアをバックに入れて、後輪が着地すると共にバックで山を下り始めた。
それは、逃げながらでも“火の車”を眺めていたいと、無意識の内に黒井が思ったからであろうか。
“空飛ぶ火の車”は、その龍の頭の横から、今のミサイルを撃ち出したようであった。
再び、黒井に照準が合わせられる。
迫るミサイル。
それを、上空からの機銃が撃ち、トライサイクロンに届く前に爆発させた。
爆風で後退するトライサイクロンの運転席から、黒井は、山の方へ飛んでゆくプロペラ機――スカイサイクロンの姿を見ていた。
「克己!」
皆守山の上空に浮上した“空飛ぶ火の車”に、松本克己・強化改造人間第四号のマシンであるスカイサイクロンが向かっている。
旧型のプロペラ機を模した姿ではあるが、音速飛行が可能で、ステルス機能を持ち、各種ミサイル・機関砲などの重火器を搭載している。
克己は、黄金に輝く龍に向かって、機関砲を向けた。
ばらばらばらばら……!
無数の徹甲弾が放たれ、夜空に星の海を作り出す。
しかし、“火の車”を直撃すると思われた機関銃の弾丸は、全て、その直前で停止し、地面に落ちて行ってしまう。
“火の車”を浮かべている重力制御装置の力が、“火の車”の周囲にバーリアを張っていた。
こちらからの攻撃は、バーリアの中には通らない。
逆に、“火の車”から放たれるミサイルは、スカイサイクロンを墜落せんと狙って来る。
スカイサイクロンを旋回させ、回避行動を採るも、“火の車”のミサイルにはホーミング機能があり、何処までもスカイサイクロンを追って来る。
ならば、と、克己は、ミサイルが発射される瞬間を狙って、こちらからも小型ミサイルを発射した。
“火の車”をバーリアが包んでいると言うのなら、ミサイルを打ち出す瞬間にバーリアを解除せねばならないと判断したからである。
だが、“火の車”は、ミサイルそのものを重力波で包み、バーリアに穴を開ける事なく射出する。
巧みな重力操作によって、“火の車”のミサイルは、スカイサイクロンをホーミングするのであった。
克己は、逃げざまに機関砲で弾幕を張り、ミサイルを撃ち落とした。
夜の空に、無数の花火が散り、その煙の中をプロペラ機が駆ける。
逃げ惑うスカイサイクロンを、続けざまにミサイルの攻撃が襲っていた。
どれだけ、弾数があるのか。
“空飛ぶ火の車”は、東北地方の各所から、玄叉山で樹海から霊玉を受け取った火の一族らが集結し、この皆守山で三〇年以上掛けて建造したものだ。
その為には、当然、資材が必要になって来る。
それは、太平洋戦争末期、帝国軍が大本営を置いた際に残されていた様々な軍用品だ。
元々、火の一族に“火の車”を用いて戦争をしようなどという心算はない。
彼らの伝統に基づいた本尊としての意味合いが、強かった。
だから、急造した“火の車”に、玄叉山から運び出した黄金を塗りたくって、今のような姿にしたのである。
しかし、遠く海を隔てた彼らの故郷、イスラエルが独立宣言を機に戦渦に巻き込まれてゆき、これに感化された一部の過激派によって、兵器として造られた“火の車”には、日本軍が置いて行った焼夷弾などが組み込まれている。
スカイサイクロンの克己を狙っているのは、それらである。
しかし、それでも数は限られている。
にも拘らず、弾数は無限である。
五行の力を封じた剣がある為だ。
五行――万物を為す五つの属性の事だ。
これにより、“火の車”の内部に組み込まれたミサイルを生産し続けているのだ。
“金”の力でミサイル本体を作り、“土”の力で火薬を作り、“火”の力で発射する。又、“水”の力は熱された砲台を冷却し、“木”の力は雷に通じる為に電気を起こす。
素材となるものがあれば、そこから、ほぼ無尽蔵に物質を生産する事が、完成した“空飛ぶ火の車”には可能なのであった。
重力制御装置によって空を飛び、空中の分子・原子を自在に組み替える能力というのが、“空飛ぶ火の車”に宿った超古代の叡智である。
克己は、“火の車”が放ったミサイルに追われながら、“火の車”に突撃してゆく。
ぎりぎりまで接近した所で上昇し、“火の車”にミサイルを当ててやる心算であった。
が、“火の車”の重力バーリアは、自分の放ったミサイルを防いでしまう。
様々な軌道で迫るミサイルに、スカイサイクロンは翻弄されていた。
スカイサイクロンのコックピットに、アラートが鳴り響き続けている。
接近するミサイルの為だ。
そのアラートに混じって、黒井とガイストの声が聞こえて来た。
――克己、平気か⁉
――ここは一旦退くか?
それを聞き、克己は、しかし、
「問題は、ない」
と、答えた。
「少々エネルギーは喰うが、仕方がない」
――何?
克己は、縦横無尽に空を駆けるミサイルを躱しながら、コンソールを引き出した。
速度計や高度計の横手のシャッターが開き、液晶画面が現れる。
「
克己が言った。