クレイジータイガーとストロングベアーは、山中に潜み、駆け上がって来るトライサイクロンとアポロクルーザーの動向を観察していた。
ゾゾンガーに、脳波通信で黒井たちの位置を報せ、そこに砲弾を撃ち込ませる為だ。
幾らゾゾンガーと雖も、山の上から、正確に黒井とガイストを狙う事は出来ない。
クレイジータイガーとストロングベアーが、自分たちが巻き込まれない位置を確保しつつ、彼らの居場所を、狙撃手たるゾゾンガーに教えていたのである。
所が、右往左往していた二つのマシンの動きが変わった事を、クレイジータイガーが見抜いた。
「何か、変だぞ」
少し離れた場所にいるストロングベアーに、通信で呼び掛けた。
それに同意する声が、返って来た。
あの二台のマシンの動きが、些か単調になっている。
さっきまでは、着弾位置を予想して、様々な走行パターンで逃げ回っていたのが、今は、同じように着弾位置を予測してはいるものの、“ここに来たら、こう避ける”、“あそこに来るから、こう動く”と、何処となく機械的な回避に変わっていた。
機械的……?
クレイジータイガーが、首を傾げる。
この時、この虎の頸が、本当に傾げられたのが、彼の生命を救った。
びゅぉん、と、顔の横を、疾風が通り抜けてゆく。
毛皮の奥の肉が、ぶっつりと裂け、血がこぼれて来た。
「ぐぉっ⁉」
振り返ると、樹から伸びる太い枝に上っていたクレイジータイガーのすぐ後ろに、蒼いプロテクターが佇んでいた。
「ちぃっ」
黒井響一郎――仮面ライダー第三号は、樹の幹を蹴る。
ばりばりと音を立てて、クレイジータイガーが上っていた樹が、中頃から折れていった。
クレイジータイガーは咄嗟に飛び退いて、地面に降り立つ。
黒井ライダーも、同じであった。
――熊嵐!
脳内で呼び掛ける。
すると、クレイジータイガー・大虎の脳を、強い殺気が叩いた。
ストロングベアー・熊嵐大五郎が、対峙した相手に向けた闘志、殺意が、その脳に入り込もうとした大虎の意識に叩き付けられたのである。
ストロングベアーも、ガイストライダーと向かい合っていた。
黒井とガイストは、砲撃の煙に紛れてマシンから飛び降り、恐らくはゾゾンガーに自分たちの位置を教えているであろう二体の改造人間の居場所を探り当てたのだ。
「少々、爪が甘かったようだな」
黒井ライダーが、手首を握り、言った。
「ごぁぁっ!」
クレイジータイガーが咆哮し、自ら三号ライダーに躍り掛かってゆく。
鋭利な爪が煌めき、虚空を裂いた。
黒井は、ステップ・バックで爪を躱し、身体を沈めつつ回転して、後ろ蹴りでクレイジータイガーのボディを打ち抜いた。
牙の間から、胃液を漏らしつつ後退するクレイジータイガー。
「来い!」
黒井が、左の鉤爪を前にして、言った。
ストロングベアーの、左腕の鉄球が唸り、ガイストの背後にあった樹の表面を抉った。
ぱらぱらと、木っ端が舞い、地面に落ちる。
アポロ・フルーレを構えたガイストは、踏み込みざまに、ストロングベアーの咽喉元に、切っ先を突き入れて行った。
針のように細い剣先が、ストロングベアーの咽喉を貫き、頸を覆う鋼鉄の皮膚の裏側に、かつんと当たる。
「ごげぇっ」
ストロングベアーが吼えた。
咽喉を貫かれ、しかも、咽喉の中でしなって釣り針のように歪んだ剣先に、肉を引っ掻かれたのである。
ガイストライダーはフルーレを引き抜き、更に二度、三度と振るった。
狙ったのは、両腕の関節である。
ぞっぷりと肘の筋が立たれ、ストロングベアーの両腕は、もう持ち上がらない。
「考えてみれば、難い相手ではない……」
ガイストが、静かに言った。
ストロングベアーの皮膚は、鎧である。
他の改造人間の打撃程度では、とても徹らない。
しかし、その鎧を着たまま戦闘を行なうには、関節の隙間が必要だ。
そこは、どうしても、鎧よりも強度を落とさざるを得ない。
この間隙を狙うのに、アポロ・フルーレは最適な武器であった。
良くしなり、切断能力に優れた刺突剣。
アポロ・フルーレを、ガイストはストロングベアーに突き付けて行った。
ストロングベアーが、回復するまでは持ち上げられない両腕を垂らしたまま、ガイストに背を向ける。
木々の間に逃げ込んで行った。
「逃がさぬ」
そう思ったガイストのすぐ眼の前を、ゾゾンガーの砲撃が襲った。
地面が破裂し、土が舞い上げられ、煙幕が視界を覆う。
その煙の中から脱出するよりも早く、ストロングベアーの巨体が、頭上から覆い被さって来た。
ガイストの前から逃げ出し、ゾゾンガーに砲撃地点を教えると共に手頃な樹に登って、ガイストの視界が封じられている内にボディ・プレスで押し潰そうとしたのだ。
所が、ガイストは、両脚を胴体の方に抱え、自ら倒れ込みながら、ストロングベアーの身体を受け止めた。
流石に、鋼鉄の鎧を纏った重量に、ガイストの強化服が軋む。
しかし、ガイストは、ストロングベアーの両脚に自分の脚を絡ませ、頭部を相手の胸の方にやりつつ、両手をストロングベアーの腰の部分でクラッチした。
ストロングベアーが、その行動の意味を理解する前に、ガイストは動いた。
胸の奥のブラック・マルスを起動させ、全身に漲るパワーで、腰を跳ね上げる。
ガイストに抱えられたストロングベアーは、後転するガイストに巻き込まれて、顔から地面に突っ込んだ。
ぐるり、と、一回転して、ガイストが上になる。
「まだまだ、ゆくぜ」
そう呟いたかと思うと、ガイストは又も後転して、ストロングベアーの頭部を地面に打ち付けた。
起き上がり、後転する。
後転して、起き上がる。
向かい合った二つの身体は、地面を転がる車輪と化していた。
しかも、その勢いは後転を繰り返すたびに増しており、地面に叩き付けられるよりも、回転に巻き込まれて、脳が揺さぶられるダメージが蓄積されて行った。
山の中を駆け巡る地獄車。
その行く先は、振り続ける砲弾をオートで避けるトライサイクロンとアポロクルーザーのすぐ傍を駆け抜けて、同じく格闘している黒井とクレイジータイガーの許へと向かっていた。
「来たか」
黒井は、クレイジータイガーが振り下ろした槍を躱し、バック・ブローで敵の顔面を叩きながら、呟いた。
体勢を崩したクレイジータイガーだったが、ライダー三号は、背中を向けている。
その、飛蝗の翅を模したようなデザインの背に、槍を突き付けて行った。
すると、黒井は、それが見えていたかのように跳躍する。
黒井ライダーの消えた空間に、土煙が見えた。
その奥から、回転する黒い車輪が接近している。
回避する間もなく、クレイジータイガーは、そのガイストライダーとストロングベアーの作り出す地獄車を、身体の正面にぶち当てられ、吹っ飛んだ。
ガイストはそのタイミングでストロングベアーを解放し、黒井の横に立ち上がる。
クレイジータイガーは、ストロングベアーに押し倒されながら、幾らかの樹を薙ぎ倒してゆく事となった。
「ど、退け、俺の上から早く退け⁉」
眼を回している為、すぐには立てないストロングベアーに、クレイジータイガーが言う。
「手を貸してやるよ」
黒井がそう言って、ストロングベアーの腕を掴んで、引き起こした。
ストロングベアーの顔を覗いてみると、眼がまさに白黒している。
しかし、アポロ・フルーレで付けられた傷以外は、殆どダメージがない。
「頑丈だな、君は」
黒井が言う。
と、彼らの背後に、ガイストがアポロクルーザーを呼んでいた。
その瞬間、山頂から、火薬の炸裂する音が聞こえた。
ゾゾンガーが発砲した。
その狙いは、恐らくアポロクルーザーだ。
「象丸、砲撃をやめろ⁉」
クレイジータイガーが叫んだ。
しかし、もう遅い。
黒井が、ストロングベアーを抱きかかえ、身体の前にやった。
ストロングベアーの黒光りする皮膚に、尾を引いて落下して来るゾゾンガーの砲弾が、ぶつかってゆく。
地面よりも硬いストロングベアーの肉体に着弾した砲弾は、内包した火薬を着弾の衝撃で爆発させ、周囲の木々を圧し折り、地面を削ぎ飛ばして行った。
その衝撃波の中心に、ストロングベアーを盾にした黒井ライダーと、ガイスト・カッターで身を守ったガイスト、咄嗟に全身の縞模様を硬化させて鎧にしたクレイジータイガーがいた。
ストロングベアーの鋼鉄の皮膚が、ぼろぼろと崩れ落ちてゆく。
その奥から、赤々とした筋肉と、機械の臓器が覗いていた。
黒井は、ストロングベアーの身体を放り、ガイストの横に並ぶ。
「き、き、貴様ら、それでも、正義の味方か⁉」
クレイジータイガーが、間抜けな事を言う。
世界征服を企むドグマは、悪。
それと戦う仮面ライダーは、正義。
まことしやかに囁かれる都市伝説では、そのように言われている。
「勝てば正義、敗ければ悪……」
黒井が、冷たい声で言った。
言いながら、右足を引いた。
腰を、ぐっと落とす。
その隣で、ガイストも、同じように姿勢を低くしていた。
ライダー三号の脚部の機械が、強烈にピストンを始める。
ブーツの底に仕込まれたスプリングを、限界まで縮めているのだ。
「とぉっ――」
地面を陥没させながら、三号、ガイストが跳ぶ。
深い闇の空を背に、二人の改造人間の姿が浮かび上がる。
風が、タイフーンの風車ダイナモを回転させる。
撓んだスプリングを再び収縮させる回転であった。
ガイストは、ブラック・マルスからのエネルギー供給により、左足の先にパワーをチャージしていた。
瀕死のストロングベアーが、クレイジータイガーの身体を押し飛ばした。
上空から迫り来るライダーたちに対し、腕を広げる。
黒鉄の鎧を引き剥がされたストロングベアーの胸を、ダブル・キックが打ち抜き、その衝撃は生命活動を維持する機能を停止させ、それと同時に改造体の情報を隠滅する為の小型爆弾を作動させた。
小型とは言え、人体を粉々に吹き飛ばす威力を持った爆発が巻き起こした風に、生き延びたクレイジータイガーの表皮も爛れ、吹き飛ばされ、太い樹の幹に強く頭を打ち付けたのであった。
爆炎に背を向け、黒井とガイストは、それぞれ自分のマシンに乗り込んだ。
そうして――計らずも味方が倒されるのに助力をしてしまったゾゾンガーの所に、トライサイクロンに乗った黒井響一郎・仮面ライダー第三号と、アポロクルーザーを駆るガイストライダーが到着したのである。
すぐさま思考を切り替え、大砲をライダーたちに向けるゾゾンガーであったが、それよりも早くガイストのアポロ・ショットが火を噴き、銃弾が、ゾゾンガーの大砲の銃口に吸い込まれて行った。
ゾゾンガーの生体火薬が、発射される前に、筒の中で爆発し、ゾゾンガーの右腕は粉微塵に吹っ飛ぶ事になった。
「“空飛ぶ火の車”は、貴様らには渡さん」
黒井が言った。
生体火薬の爆発が、傷を焼いた為、ゾゾンガーの腕からは出血がない。変わりに、改造人間であるにしても重度の火傷が、ゾゾンガーの身体を蝕んでいた。
主力武器を失い、二人の強化改造人間を前にしたゾゾンガーに、勝利のヴィジョンはない。
潔く散るならば、せめてこの二人を巻き込み、ドグマの礎となろう。
そのようにゾゾンガーが考えた時であった。
皆守山を、強烈な揺れが襲った。