仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第三十三節 皆守

 「そうして、三六年前――」

 

 マヤがそのように言うのを、克己は、雪を削りながら聞いていた。

 しかし、それを音として捉え、その言葉を理解していても、それ以上の事は克己には分からない。

 

 一〇年前、松本克己は、ショッカー最高幹部の一人・地獄大使によって頭蓋を穿孔され、記憶や余計な感情を消去され、ショッカーへの忠誠心を埋め込まれている。

 だから、言葉を額面通りにしか捉える事が出来ない。

 

 それはそうと、“火の車”が眠る場所についての説明は、とうとう最後のパートに入ろうとしていた。

 

 「終戦……」

 

 黒井が、マヤの言った年代を思い出した。

 

 一九四五年――

 

 国民皆兵、一億総火の玉を謳った日本は、二度の原子爆弾の投下によって、それ以上の犠牲を出す事を厭い、ポツダム宣言を受諾して、戦争を終えた。

 

 黒井の価値観を一転させた、敗戦の年であった。

 

 「その年、中国から、勾玉――光る石が、日本に戻って来たわ」

 「凱鉄玄……ヨロイ元帥の祖父さんが、持っていたものだな」

 「そうよ。それが、樹海という拳法家に渡された」

 「樹海?」

 「赤心少林拳の開祖よ」

 「と言うと、スーパー1の……」

 

 仮面ライダースーパー1・沖一也は、赤心少林拳の門弟である。

 その師は、玄海だ。

 玄海に赤心少林拳を教えたのが、この樹海である。

 

 そして、玄海と共に樹海から少林拳を学んでいたのが、黒沼鉄鬼だ。今のテラーマクロである。

 

 「鉄玄は孫……凱鬼士から“火の車”を守る為に、樹海に光る石を渡した。それは、彼に、日本にいる火の一族に、“火の車”を守らせる為よ」

 「それで、樹海とやらは、長野へ?」

 「ではなく、秋田よ。玄又山の近辺に住んでいた火の一族に、光る石を渡したわ」

 「東北か。しかし、“火の車”を守る為と言うのなら、十戒石板のある九郎ヶ岳に直接向かわせれば良かったのではないか」

 「凱族は、日本での火の一族程、かつての歴史の情報を持っていなかったのよ」

 「何故だ」

 「中国という国の特性かしらねぇ」

 「中国?」

 「焚書よ」

 「焼失して……させられてしまったという事か?」

 

 皇帝が全ての中心であった、中国の歴史の中では、幾たびもの価値観の変遷と、それに伴う焚書が執り行われている。

 

 例えば、皇帝が仏教を信仰していれば、儒教や道教の書物は焼かれ、宗教家たちは殺されて埋められる。逆もまた然りだ。

 焚書坑儒、などという。

 

 「火の一族だって例外じゃないわ。元は、原始キリスト教だからね」

 「邪教も邪教という訳だ」

 

 ガイストが言うと、マヤは、首を横に振った。

 

 「そういう事はないわ」

 「え?」

 「中国にも、キリスト教は伝わっていたわ。これは、今で言う白人のキリスト教ね」

 「――」

 「景教……ネストリウス派っていうのだけれど、まぁ、これは良いわ」

 

 と、簡単に話を切り上げて、

 

 「恐らく、火の一族の手元には、殆ど史料が残っていなかったのではないかしら。アークや、神器については兎も角……」

 「しかし、日本の東北地方に、火の一族らがいるという事は、分かっていたのだろう」

 「それについても、『景郷玄書』に依ったという所でしょう」

 

 平安京遷都の時期前後に、朝廷と火の一族との確執が起こった。

 そして、少なくとも阿弖流為が処刑される八〇二年までの間に、火の一族は日本列島の東側に移動していた。

 

 これについては、空海の『景郷玄書』にある。

 『景郷玄書』は、空海が、唐で記し、長安の青龍寺に残して来たものだ。

 

 それを、鉄玄は閲覧した。

 火の一族の歴史については、この書をソースとしたという事である。

 

 そうして、火の一族の歴史を知った鉄玄は、光る石を樹海に託し、樹海は玄又山で火の一族に霊玉を渡した。

 

 樹海から霊玉を受け取った火の一族は、自分たちを東北に封じていた七支刀を回収して、九郎ヶ岳へ向かい、鉄玄が樹海に霊玉を渡した意図を察して、十戒石板を皆守山に移動させた。

 

 こうして、火の一族たちは、三種の神器と共に皆守山の麓に集結し、山彦村を作り上げた。

 

 これが、約三〇年前の事である。

 

 「そして、一〇年前」

 

 と、マヤ。

 

 「松代地震の頃だな」

 「あの群発地震は、“火の車”が建造されたその余波とでも言おうかしらね」

 「どういう事だ⁉」

 「さっきから、“火の車”が眠っているとか、封印されているとか言っていたけど、“火の車”という兵器自体は、戦後数年して山彦村が誕生し、それから三〇年近くを掛けて建造したものよ」

 「戦後数年?」

 「建造を始めたきっかけは、一九四八年」

 

 その年に、何があったのか。

 火の一族と関係のある事件と言えば……

 

 「イスラエルの独立⁉」

 

 黒井とガイストが声を揃えて言うと、マヤは顎を引いた。

 

 一九四八年、イスラエルは独立を宣言するものの、幾度となく戦火に晒されて来た。

 

 日本に残る光の一族らは、そのルーツを辿れば、エルサレム教団に至る。

 自分たちのルーツであるイスラエルの事は、遠く海を、絹の道を隔てていても、無関係という訳にはいかなかった。

 

 このイスラエルの戦争に感化された、一部の過激派たちが、“空飛ぶ火の車”を完全に再現する――兵器として完成させようという動きを起こした。

 

 太平洋戦争末期に帝国軍が置いた大本営、そこに残された重火器や建築材、そして東北から運搬した黄金などで、“空飛ぶ火の車”をでっち上げたのである。

 

 「と、まぁ、そういう事よ……」

 

 そう言って、ふと視線を巡らせたマヤが、

 

 「あら」

 

 という顔を作った。

 

 その視線の先を追ってみると、克己が、ガイストと二人で作っていたアポロガイストの雪だるまに手を加えて、ショッカーのエンブレムに作り替えていた。

 

 「あッ、か、克己!」

 

 ガイストが、側頭部のフレアを翼に、顔を大きく削って鷲の胴体に挿げ替えてしまっていた克己の傍に、駆け出して行った。

 

 「こいつ、人の力作を!」

 

 そう言って、克己にヘッド・ロックを掛けた。

 しかし、克己はつるりとガイストの腕を擦り抜けてしまい、スリップして顔から雪に突っ込んだガイストに手を差し伸べた。

 

 「おいおい、お前たち……」

 

 呆れている黒井であったが、唇が、優しく持ち上がっている。

 

 「良い出来ね」

 

 マヤが、じゃれている克己とガイストの傍の、ショッカー・エンブレムの雪だるまを見て、感想を述べた。

 

 「写真でも撮りましょうか」

 「ん?」

 

 マヤは、克己に言ってカメラと三脚を撮りに行かせると、タイマーをセットして、雪だるまの前に四人で並んだ。

 

 マヤが、雪だるまの左側。

 その外側に、克己。

 雪だるまの右には、ガイスト。

 彼と黒井が、肩を組んでいる。

 

 ぱしゃりと、シャッターが切られた。

 

 

 

 

 

 皆守山山頂――

 

 ゾゾンガーは、ひっきりなしに、右肩から生えた大砲を、空に向かって撃ち出していた。

 

 伸び上がった生体砲弾が、弧を描いて山中に落下する。

 落下地点には、トライサイクロンとアポロクルーザーがある。

 黒井とガイストは、その砲弾の雨から逃げ回っていた。

 

 鷹爪火見子が、“火の車”を起動させるまで、彼らに邪魔をさせる訳にはいかなかった。

 

 火見子の姿は既にそこにはない。

 山頂にある沼に飛び込んで、それなりの時間が過ぎている。

 

 その沼は、皆守山の地下まで続く入口であった。

 沼の底へ底へと沈んでゆくと、やがて、通路に出る。

 通路を更に下ってゆくと、重力が弱まっている空間がある。

 山の形が拉げている原因と言われている空洞だ。

 

 この時点で、登って来た以上の距離を下っている事になる。

 

 その空洞に、集結した火の一族たちによって建造された“火の車”が隠されている。

 

 “火の車”を起動させるのに、石室から持ち出した御影石――十戒石板の片方と、五振りの霊剣が必要だ。

 この起動に、時間が掛かる。

 

 幸いな事に、“火の車”が隠されている空間は周囲を頑丈な岩の層で覆っている為、スカイサイクロンで空中から爆撃したり、アポロクルーザーで潜行したりするなら、かなりの時間が掛かってしまう。

 

 “火の車”の許へ向かうには、山頂の沼から飛び込むしかない。

 

 こうして、ゾゾンガーが砲撃を続けている限り、黒井とガイストは、“火の車”が動き出すより早く山頂に着く事は出来ない。

 

 “火の車”さえ起動してしまえば、愚かにも自分たちドグマに歯向かう仮面ライダーたちを木っ端微塵に粉砕する事は、造作もない……

 

 ゾゾンガーは、地獄谷道場で共に改造人間となる為の訓練を重ね、しかし、ライダーに挑んで敗れた同胞たちの仇を討てる事を、愉しみにしているようであった。

 

 と、その脳内に、同じく五人衆の一人、大虎竜太郎――クレイジータイガーの声が響いた。

 

 ――象丸、砲撃をやめろ⁉

 

 何か⁉

 

 そう思って、爆撃をやめた。

 顔を山の斜面に向けた。

 

 暫くして、トライサイクロンが、ゾゾンガーの横手の茂みから飛び出して来た。


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