仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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後3回程、“火の車”釈は続きます。


第三十一節 宝闥

 空は、蒼く澄み、大地は、銀の煌きを放っていた。

 その白い河原に挟まれて、透き通った川がゆるゆると流れている。

 川の両岸を繋ぐように、くねりながら、点々と、大きな石が並んでいた。

 石の表面には、流れる水が浮かび上がって張り付き、その気温の為に凍て付いている。

 

 だのに、その滑り易い、ぶつ切りにされた石の蛇の上を軽やかなステップで渡る者があった。

 

 「よっ、ほっ……っとと」

 

 と、甘い掛け声を発しながら、右足、左足、両足、と、凍て付いた石の上に乗せては跳ね、乗せて跳ねを繰り返す。

 岸を渡り終えたら、もう一度、同じようにして反対側まで渡ってゆく。

 

 つるりと靴が滑りそうになるそのたびに、コートの裾が翻り、するりとした長い脚が、ストッキングに包まれているのが除く。

 

 マヤであった。

 

 黒い髪が、冷たい空気の中を、すぅっと駆け抜けてゆく。

 樹から樹に飛び移る蛇のように尾を引いて、マヤに追い付いていった。

 

 「危ないぞ、マヤ」

 

 と、美貌を僅かに歪めるのは、黒井であった。

 

 積もった雪が照り返す陽光に眉を潜めながら川岸に立つ黒尽くめの美男子は、写真に収めたくなる程の色気を纏っていた。

 泥のような炎を孕んだ眼の奥に、けれども、青白く光る日本刀のような、鋭利な香りが漂っている。

 雪の夜が明けて、青空が覗いた、まさにこの場所と同じような雰囲気が、衣装の為に引き締まった長身からまろび出ている。

 

 「平気よ、っと」

 

 とん、

 とん、

 とんっ、

 

 と、マヤが素早く飛び石を渡って来た。

 

 黒井の前に立って、子供のように、にっこりと微笑んでみせる。

 二〇センチは下にある異国の女の、いつもの蛇の笑みとは違う表情に、黒井は少し戸惑った。

 

 「あら、楽しそうじゃない」

 

 マヤが、黒井の肩の向こうを覗き込んで、言った。

 

 振り返ってみれば、ガイストと克己が、雪を掻き集めて、積み上げている。

 雪だるまを作っていた。

 

 「子供じゃないんだから……」

 

 呆れて白い息を吐く黒井に、ガイストが、

 

 「遊び心は、忘れちゃいけねぇぜ」

 

 と、言った。

 

 大雑把に積み上げた雪を、手や、拾って来た大き目の石などで削り、形を作ってゆく。

 

 出来上がろうとしているのは、どうやら、アポロガイストの仮面らしい。

 両脇に太陽のフレアを思わせる飾りのある兜だ。

 Xライダーの前に敗れた彼が、ショッカー基地にて蘇生された時、黒井ライダーは彼と戦っている。

 

 「どうよ」

 

 と、胸を張るガイスト。

 

 父である呪博士の事は忌み嫌っていても、脳改造が為されていたとは言え忠誠を誓っていたGOD機関や、自分が改造された姿であるアポロガイストには、愛着があるらしい。

 

 大文字山を背に、太陽神の化身の兜が、悠然と存在していた。

 

 「さて、残りの話を聞かせて貰おうか」

 

 満足げに、かつての自分を眺めた後、ガイストがマヤに言った。

 

 「“空飛ぶ火の車”を、ドグマの手から守り、手に入れろってんなら、そいつが何処にあるのか、教えて頂きたいのでね」

 「ええ、勿論」

 

 マヤが頷いた。

 

 これまで――

 

  “空飛ぶ火の車”は、イスラエルの秘宝ロスト・アークである、

  “火の車”を日本に持ち込んだのは、火の一族である、

  火の一族とはイエスの直弟子エルサレム教団の一部である、

  火の一族はシルク・ロードを経由して、やがて日本へやって来た秦氏である、

  “火の車”を目覚めさせるには、三種の神器が必要である、

  三種の神器とは、日ユ同祖論に基づく、

   アロンの杖=草薙剣

   マナ=八尺瓊勾玉

   十戒石板=八咫鏡

  である、

  この内の勾玉は、源義経によって中国大陸に運び去られた、

 

 という事が、明かされている。

 

 この、遥かなる龍の記憶を手に入れる事を、ドグマのテラーマクロに命じはしたものの、彼には渡さないというのが、マヤ、ひいてはショッカー首領の判断であった。

 

 しかし、“火の車”が何処にあるのか分からねば、守りようがない。

 

 昨夜は出来なかったその話を、しようとしている。

 

 「皆守山よ」

 

 マヤが告げた。

 

 「皆守山というと……」

 「確か、長野県にある山だったな」

 

 黒井が言った。

 

 「松代群発地震の震源地だ」

 

 松代群発地震とは、一九六五年から一九七一年に掛けて起こった、長期に渡る地震の事である。この時の地震は、その皆守山直下で起こったという。

 

 皆守山は、標高六七九メートルと六四二メートルの二つの峰から成っており、その間の部分がへこんだようになっている山だ。

 

 その地下には、縦三キロ、横に一・六キロ、深さにして四〇〇メートルの空間が存在したとされ、山の形が拉げているのは、この空間が潰れてしまった為であると言われている。

 

 中腹には、天岩戸と言われる、古墳のような石室がある。

 

 又、山頂には広い台地の中程に熊野神社があり、その近くには底なし沼と言われる沼があった。

 

 先の松代群発地震以降、一般に知られるようになった山であるが、太平洋戦争中には、日本帝国軍により、山中に大本営の施設が掘られている。総帥部や、皇族を疎開させる為に計画したものである。

 

 「そこに、“空飛ぶ火の車”が封印されているのか?」

 「そうよ」

 「だが、何故?」

 「“火の車”を守る一族が、その麓に住んでいるわ」

 「ほぅ?」

 「正確には、東北にいた火の一族たちが、移り住んで来たのよ」

 

 パレスチナからシルク・ロードを経て中国に入り、朝鮮海峡を渡って日本へとやって来た火の一族たちは、現地を支配していた、古代イスラエルの系譜を同じくする者たちと合併し、大和政権を樹立した。

 

 その後、ひとたびは抹殺され掛かったその血筋を、平安京遷都によって取り戻したが、東北の鬼・悪路王、即ち阿弖流為討伐の為に、イスラエルの秘宝・アークの力を利用される事を嫌い、迫害を受ける事になる。

 

 この時、火の一族たちは、朝廷に追いやられて東北へと逃げ、蝦夷と合流する。

 

 征夷大将軍となった坂上田村麻呂は、阿弖流為の怨念と共に、彼らを東北に封印した。

 

 この時点で、先ず、封印に使われた北斗七星の刀である七支刀・草薙剣・アロンの杖は、東北に遷された事になる。

 

 それから更に時は巡り、源氏と平家の争いが開幕する。

 源平合戦を勝利に導いたのは、鴉天狗の弟子であり、東北とも縁が深い武将、牛若丸・遮那王・源九郎義経であった。

 

 義経は、鴉天狗、つまり賀茂氏と交流を持っており、賀茂氏は、火の一族こと秦氏と婚姻関係にあった故にユダヤの秘宝を預かっていた。

 

 この鞍馬天狗より授けられた勾玉の力で以て、義経は、平家を討ち滅ぼしたが、自らの命令を無視した弟を許せぬ源頼朝によって、朝廷の敵として追放される。

 

 鞍馬天狗の裏には秦氏がおり、彼らは、義経に預けた勾玉を守る為に、義経を平泉まで逃げ延びさせ、大量の黄金と共に、再度、海を渡って中国大陸に足を踏み入れる。

 

 ここに、勾玉・マナが、中国にある旨の説明が為されている。

 

 では、アークを起動させる為の、エネルギーの中継地点であるという十戒石板・八咫鏡は、何処にあるのか。

 

 「もう一つの京都……」

 

 マヤは言った。

 

 「もう一つの⁉」

 「いえ、小京都と言うべきかしらね」

 「金沢⁉」

 「まぁ、金沢ではないけれどね」

 「しかし、石川県という事か」

 「ええ。石川県に、宝闥山という山があるわ」

 「ほうだつさん?」

 「ここも、古代ユダヤ教と、深い関わりのある場所よ」

 「と、言うと?」

 「青森に、キリストの墓があるという話は、したわね」

 

 この事は、かつて、鉄玄が樹海に語っている。

 マヤも亦、同様の事を、黒井たちにも教えていた。

 

 「この石川県にも、イスラエル教に関わる人物の墓があるのよ」

 「それは?」

 「すぐに教えちゃ、つまんないわ」

 

 マヤはぱちりとウィンクをすると、

 

 「ヒントをあげる。皆守山の十戒石板は、元は、そこにあったものよ」

 

 と、言ってから、

 

 「ああ、そうじゃないな。十戒石板そのものが、かつては、そこにあったのよ」

 「すると、石板に関わりを持つ人間の、墓が?」

 「ええ」

 「いや、しかし……」

 

 黒井が、その人物に思い当たったようで、だが、首をひねる。

 

 「……まさかとは思うが」

 「言って御覧なさいな」

 「モーセか?」

 

 まさか、という顔をガイストがすると、マヤは満面の笑みで、

 

 「ぴんぽーん」

 

 と、黒井の前に指で作った丸を見せた。

 

 「どういう事だ?」

 

 ガイストが訊く。

 

 「その宝闥山とやらには、モーセの墓があるというのは、何故だ。モーセは、ヨルダン川を渡る前に死んだのではなかったのか」

 「イエスの例があるわ。カバラの正しさを証明したイエスは、磔刑の後に復活し、東へと旅立った。つまり、この日本に、よ。そうして、青森県で遂に命を終えた」

 「モーセも、それと同じである、と?」

 「『竹内文書』には、そう記されているわ」

 

 『竹内文書』は、朝廷の命令で記述された『古事記』と異なった歴史、即ち“超古代史”、“古史古伝”を記した古文書である。

 

 『古事記』や『日本書紀』を勝者の歴史であるとすれば、これらは歴史から抹消された闇の日本史という事になる。

 

 偽書であり、資料的価値はないと学界では判断しているが、それらは他の資料とのすり合わせから下された判断であり、事実がどうであるかを証明する事は、出来ない。

 

 『竹内文書』では、シナイ山に登ったモーセは天浮舟で能登にやって来て、天皇に謁見し、十戒を授かったとされる。

 

 ユダヤの民を導いた後には、ナイル川産のメノウ石を持って再来日し、その後はイタリアでローマを建国して、三度日本へ訪れ、宝闥山で妻と共に永眠したという。

 

 『竹内文書』の内容を信じるのであれば、モーセが十戒を刻んだ石板を授かったのは、シナイ山ではなく、能登の宝闥山であるという事になる。

 

 「むむ……」

 

 ガイストが首をひねった。

 

 「おかしいな、それは」

 「どの辺りが?」

 「火の一族は、アークを“火の車”として改造し、日本に持ち込んだのだよな。つまり、日本に持ち込まれた時には、三種の神器の全てが揃っていた訳だ。それが、坂上田村麻呂の蝦夷討伐と、義経の追放の際に、それぞれ都から離れたのだろう。だが、宝闥山に石板があるのなら、義経が都を追われた時には、もう、石板はなくなっていたという事か?」

 「十戒石板・八咫鏡は、都にあったわ。それを、義経と一緒に逃げた火の一族が、やはり勾玉と同じように持ち出してしまったのよ」

 「では、その持ち出した石板を、モーセの墓であるという宝闥山に運び込んだと?」

 「それも、些か異なるわ」

 

 こういう事情があったの――と、マヤ。

 

 「義経と共に東北に向かった火の一族……言うなれば、蝦夷と合流した者たちに次ぐ第二陣。彼らは、都から八咫鏡を持ち出した。それから彼らは、一度、能登に向かい、その後で信州に進んだのよ。東北へは、その後」

 「では、何故、能登へ?」

 「石板は、エネルギーを注ぐ事が出来れば、それ単体で、オーヴァー・テクノロジーの一端を使う事が出来るからよ」

 「む……?」

 「陰陽師たちも、ベースは道教。石板さえあれば、“火の車”の力を再現出来る……それを使わせてしまっては、義経と共に勾玉を国外に逃がそうと、意味がないわ」

 「ま、待て……」

 「言いたい事は分かるわ。でも、これを聞けば、納得するのではないかしら」

 「――」

 「十戒石板は、二枚あるのよ」

 「二枚⁉」

 

 十戒石板は、二枚で一対である。

 

 「ええ。都にあったもの……所謂、八咫鏡と呼ばれる事になるものは、義経の逃亡と時を同じくして、運び出された」

 「では、それとは別の、もう一枚の石板が、宝闥山にはあった、と」

 「そうよ」

 「それは、いつ、日本へ?」

 「十戒石板が、八咫鏡となったそれよりも後……」

 「――」

 「八咫鏡とは、全く逆のルートを通って、二枚目の十戒石板はやって来たわ」

 

 マヤは言う。

 

 「逆だと」

 「そして、その宝闥山の十戒石板は、八咫鏡よりも先に、イスラエルから消えたわ」

 

 

 

 

 

「……ト」

「……スト」

「……イスト」

「……ガイスト!」

 

 脳内に響く黒井の声で、ガイストは眼を覚ました。

 

 「聞こえているか、ガイスト」

 「うむ……」

 

 と、身体を起そうとしたが、何かに圧し掛かられているように、動かない。

 

 どうやら、落盤に巻き込まれたらしい。

 皆守山中腹の、天岩戸――御影石こと十戒石板が隠されていた石室で、地獄谷五人衆の一人・ゾゾンガーが大砲をぶっ放した。

 それで洞窟が崩れ落ち、降って来る岩に、危うく生き埋めにされる所であった。

 

 深海の水圧にも耐え得るボディとは言え、それらを弾き返すには、パワーが足りない。

 

 「俺の位置が分かるか、黒井」

 

 ガイストは、通信で呼び掛けた。

 

 「分かる。今、掘り起こしてやるぞ」

 

 黒井が返信し、それから間もなく、ガイストの身体の上から岩が退かされた。

 月のない空を背にして、仮面ライダー第三号の黄色い眼が、ガイストを見下ろしていた。

 

 「平気か?」

 「問題ない」

 

 黒井が差し伸べて来た右手を、同じく右手で掴み、身体を起こす。

 

 瓦礫から抜け出すと、黒井が山を切り開いて登って来たトライサイクロンの脇に、ちゃっかりとアポロクルーザーが停まっている。

 

 「こいつめ、主人を置いて行きやがって」

 

 潜水潜陸機能を持つアポロクルーザーならば、ガイストを掘り出す事も出来たであろうが、それをしなかった事について、ガイストは言っていた。

 

 「それより、済まん、黒井。御影石――石板は奪われた」

 「構わない。奴らが“火の車”を発動させる前に、止めれば良いだけの話だ」

 

 そう言って、自分のマシンに乗り込む二人。

 すると、克己からの通信が入った。

 

 ――“火の車”が起動した場合に備え、俺はスカイサイクロンで待機して置く。

 

 との事であった。

 

 「ゆくぞ」

 「応」

 

 三号ライダーとガイストライダーは、黄色と緑の視線を交わし合い、愛機を発進させた。

 

 アポロクルーザーの前方に取り付けられたガイスト・カッターが、アームによって持ち上がり、電動のこぎりのように回転して、往く手を阻む木々を伐採してゆく。

 

 その後を、トライサイクロンの巨体が進んで行った。


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