仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第七節 双嵐

チーター男が、仮面ライダーに襲い掛かって行く。

 

爪――

 

ライダーが身を躱すと、空気が唸った。

その風の流動を、仮面ライダーはエネルギーとする。

 

仮面ライダーのパンチが、チーター男の胸元を打った。

岩を砕く一撃だ。

 

しかし、チーター男は、打撃を受けて後退するばかりで、効いた様子がない。

 

仮面ライダーは、パンチや蹴りを、次々と繰り出して行く。

 

効かない。

効かなかった。

 

ライダーのパンチが顔を叩こうと、蹴りがボディを叩こうと、ダメージを受けている様子がないのである。

 

仮面ライダーは、パンチやキックをやめて、手刀を作った。

 

指を揃え、若干、指先を折り曲げる――

 

右手の小指の付け根が、チーター男の肩口に喰い込んでいた。

見るからに、敵の肉体の中に、ライダーの手刀がめり込んでいる。

 

だが、チーター男は牙の間から笑い声を漏らし、ライダーの腕を掴んだ。

肘を極めながら、投げ飛ばそうとする。

 

仮面ライダーはチーター男の腕を払い除けると、左の拳を、チーター男の顎に打ち付けて行った。

 

宙に浮かび、一回転するチーター男。

だが、砕いたと思った筈の顎は、無事なままだ。

 

着地したチーター男が、不気味に笑っている。

 

「無駄だ、仮面ライダー」

「何⁉」

「俺の身体に、お前のパンチやキックは効かん――」

 

そう言うと、チーター男は、ライダーに爪を向けて来た。

 

カウンターのパンチを当てようとするが、チーター男は直前に動きをキャンセルして、ライダーの背後に回っていた。

 

「ぬぅっ!」

 

と、背後に踵を持ち上げる仮面ライダー。

鳩尾に突き刺さる。

 

しかし、チーター男の身体は、ゴムのような弾力を発揮して、蹴りの威力を掻き消してしまった。

 

仮面ライダー・本郷猛は、チーター男の肉体の秘密に気付いた。

 

猫科動物特有の、人間などと比べると遥かに柔軟な筋肉が、衝撃を受け流してしまうのである。

 

又、チーター男の骨格も、一本一本が蛇腹になっている。

ライダーチョップが鎖骨を破壊しなかったのは、フレキシブルに可動する特殊な骨格が衝撃の形に変形した為であった。

 

チーター男が、四つん這いになる。

身体を撓ませて、一気に突撃して来た。

 

――速い!

 

仮面ライダーの胴体に、怪人が抱き付いて来る。

そのまま、押し倒そうとして来た。

 

ライダーの背中が、地面に着く。

 

チーター男は、馬乗りになって、ライダーに一方的な攻撃を仕掛けようとしたのだろう。

 

しかし、チーター男の頭部が持ち上がる事はなかった。

仮面ライダーの両腕が、チーター男の頸部に絡み付いている。

 

フロント・チョークだ。

 

改造人間の力と鉄のレガートで、上下から頸を圧迫されれば、改造人間であっても鉄の頸骨は破壊される。

戦闘員などであれば、頭蓋骨が頸椎から外れているだろう。

 

だが、この相手はチーター男である。

超柔軟人工筋肉と、特殊な蛇腹の骨格が、絞めを極めさせなかった。

頸動脈を押さえる事も、難しいのである。

 

「ぬぅ――」

 

仮面ライダーは呻きながら、チーター男の腰に両脚を回した。

胴体を締め上げる。

 

それも、出来ない。

 

チーター男の身動きは封じているが、仮面ライダーも同じく、攻め切れない。

 

仮面ライダーは、チーター男が頸を持ち上げる事を妨げていた左腕を、持ち上げ、肘を怪人の頭部に叩き込んだ。

 

頭蓋骨にも、あの骨格が採用されている。

 

――だが、脳となれば!

 

そう思った本郷であったが、不意に、視界が翳った。

 

顔を切り付けられたハリケーン・ジョーが、地面に寝そべっている二体の改造人間を、見下ろしていた。

 

足を持ち上げる。

鉄のブーツ。

 

あれで、二、三度踏み付けられても、ライダーのマスクはどうという事もない。

だが、それが、一〇にも、二〇にもなると、流石にダメージが蓄積される。

 

不味い――

 

とは思うが、ここでチーター男を解放するのは更に不味い。

 

今で言う総合格闘技のマウント・ポジション――その概念は、まだない。だが、本郷猛が、戦いに於いて馬乗りになられる事が、どれだけ不利なのか、分からない筈もない。

 

ハリケーン・ジョーが、仮面ライダーの顔を踏み付けた。

ヘルメットの背面が、地面に打ち付けられる。

 

ハリケーン・ジョーは、二度目の踏み付けを敢行する。

地面が、ライダーのマスクの形に抉れる。

 

三度目。

四度目。

五度目。

 

ライダーの力が緩んだ。

チーター男が、頭を引き抜こうとする。

 

怪人の頸を絞める力を、強めた。

 

ストンピング。

六度目だ。

七度目。

八度目。

九度目。

 

又、チーター男が、腕の中で身体を動かす。

 

頸を、絞め……

 

踏み付け。

踏み付け。

踏み付け。

踏み付 。

 み付け。

踏 付け。

 み け。

チーター男。

頸。

ハリケーン・ジョー。

踏 付 。

マスク。

仮面。

チーター男。

締め。

腕。

 

 

 

 

 

「悪いな――」

 

ドスの利いた声が、上から降って来た。

 

ハリケーン・ジョーの影が、仮面ライダーの視界から消えた。

 

咄嗟に腕を解いたライダーの顔の前を、緑色の靴底が走り抜けた。

チーター男の顔面を蹴り上げる。

 

「遅くなった、本郷」

 

仮面ライダー第二号、一文字隼人が、仮面越しに、第一号を見下ろしていた。

 

「立てるか?」

 

仮面ライダー第二号が、仮面ライダー第一号の手を取り、立ち上がらせた。

 

「勿論だ」

 

と、本郷猛は頷いた。

 

二人の仮面ライダーが、ショッカーを睨む。

 

「一文字隼人……」

「久し振りだな、ハリケーン・ジョー」

 

第二号が言った。

このハリケーン・ジョー、かつて、仮面ライダー第二号と渡り合った事がある。

 

「今度は、お前さんを逃がしやしないぜ」

「――チーター男、やってしまえ!」

 

ハリケーン・ジョーに命じられ、チーター男が駆け出す。

 

「一文字!」

 

仮面ライダー第一号が、Oシグナルを輝かせた。

第二号の眉間のランプも、同じように光を放つ。

本郷が、一文字に、チーター男のデータを送ったのだ。

 

「OK、本郷――やろうぜ」

 

切り付けて来たチーター男を、左右に展開して回避するダブルライダー。

 

本郷が、横からチーター男を殴り付ける。

同時に、一文字の鉄拳が、反対側から、チーター男の顔を挟むようにして、放たれた。

 

怯むチーター男。

 

しかし、すぐに、手の爪で反撃を開始する。

 

本郷も、一文字も、両腕のレガートで、斬撃をガードした。

そうして、同時にパンチを繰り出す。

 

本郷の拳が、チーター男の頬を掠めた。

一文字は、チーター男のボディを擦り上げている。

 

毛皮の奥から、血が溢れた。

打撃としてのパンチではなく、皮膚を擦る事で切り裂くやり方であった。

 

「おのれ!」

 

チーター男が、後方に跳ねた。

ハリケーン・ジョーよりも、後ろに下がって行く。

 

「な、何をしている、チーター男⁉」

 

ハリケーン・ジョーが声を上げた。

 

チーター男は、そのまま、サイクロン号をも振り切る速度で、逃げ出してしまった。

 

ハリケーン・ジョーが、

 

「うぬぅ」

 

と、唇を噛んでいた。

 

だが、自分がやるべき事を思い出したように、仮面ライダー第一号と第二号に向き直った。

 

腹の底からエネルギーを湧き出させ、生身ながら、ライダーたちに立ち向かって行く。

 

向かって来るハリケーン・ジョーにパンチを向けようとした一文字を、本郷が制した。

 

「があああああぁぁ~~~~っ!」

 

吼えるハリケーン・ジョー。

 

本郷――仮面ライダー第一号は、ハリケーン・ジョーの腕を掴むと、彼の身体を腰に乗せて、大きく投げ飛ばした。

 

ハリケーン・ジョーの巨体が、地面に沈む。

 

見事な投げであった。

 

ハリケーン・ジョーは、背中の痛みに、顔を歪めていた。

暫くは、呼吸も出来なさそうであった。

 

「――逃げられたな」

 

一文字が、ぼつりと呟いた。

ヘルメットを外している。

本郷とは形状が異なるが、彼の顔にも、手術の痕が浮かんでいる。

 

逃げられたというのは、チーター男の脳波を、Oシグナルが感知出来なくなったという事だ。

 

「うむ……」

 

本郷は、ハリケーン・ジョーの腕を捩じり上げた。

 

「お前たちの目的は何だ?」

 

問う。

 

しかし、肩を外されそうな痛みに耐えて、ハリケーン・ジョーは、自らの舌を噛み切った。

 

閉じた唇や、口と繋がった鼻から、口腔に溢れた赤い液体がこぼれ出した。

にたり、と、ハリケーン・ジョーが笑みを浮かべる為に口を開くと、その中から、ぼてりとした肉塊が、地面に落下して行った。

 

本郷の腕の中で、ぐるりと黒目を裏返らせて、ハリケーン・ジョーは絶命した。

 

失血ばかりではなく、刃に仕込まれていた毒液が、噛み切った下の傷口から体内に入り込み、ハリケーン・ジョーの全身を侵したのである。

 

ショッカーの情報を漏らすまいとした、幹部らしい最後であった。

 

 

 

 

 

立花レーシング――

 

「お、おお、猛!」

 

と、立花藤兵衛が、一文字と共にやって来た本郷を迎えた。

 

本郷は、少し照れ臭そうに笑いながら、

 

「お久し振りです、おやっさん」

 

と、言った。

 

その本郷の肩を、滝和也が叩く。

二人は、多くの言葉を語らなかったが、固い握手を交わした。

 

「待っていたぞ、さ、入れ――」

 

藤兵衛が、本郷を事務所に呼び、ソファに座るよう促した。

ひろみが、コーヒーを入れてくれる。

 

「やけに準備が良いですね」

 

と、本郷が言った。

 

「あ、一文字、お前だな」

 

そうやって、笑い掛ける。

 

どうやら、炙り出しの手紙の事らしい。

一文字――改造人間でなければ分からないような、ほんの微かな匂いの炙り出しを、藤兵衛たちにばらしたのが、という事だ。

 

少しの茶目っ気も、本郷は持っていたらしい。

 

一文字は、軽く肩を竦めながら、コーヒーを飲んだ。

 

「所で、おやっさん」

 

本郷が話を始めた。

 

「ん?」

「さっき、ショッカーとやり合いましてね」

「何だと⁉」

「黒井ですよ」

 

一文字が言った。

 

「黒井?」

「奴ら、黒井響一郎を拉致しやがったんだ」

 

質問する滝に、一文字が言った。

 

「黒井の住んでるマンションに乗り込んで、彼を連れて行っちまったんだ。俺は、丁度黒井の奥さんと子供に、マンションの前で会ってね、事情を聴いたのさ。そうしたら、本郷が、ショッカーの改造人間と戦っていたんだ」

 

と、語った。

 

「そうか」

 

頷く滝。

 

「でも、何で連中は、黒井を?」

「さぁな……」

「――改造人間……」

 

本郷が、小さく漏らした。

 

「何だって?」

「若しかしたら、連中は、黒井響一郎を、改造人間にしようとしているのかもしれません」

「――あり得るな」

 

一文字が頷いた。

 

強化型改造人間第一号・第二号の素体となった、本郷猛と一文字隼人だからこそ、分かる。

 

本郷は、知能指数六〇〇を誇り、又、運動能力に関しても抜群であった。

一文字は、カメラマンや新聞記者であるが、空手や柔道の段位を持っている。

 

体力・知力共に優れた人材を、ショッカーは求め、自分たちの配下である改造人間部隊に加えようと、常に暗躍を繰り返していた。

 

本郷も、亦、モトクロスではトップに近い人間であり、フォーミュラ・カーの世界で頂点を目指して走り続ける黒井は、改造人間の素体としては、申し分なかった。

 

「そんな事は、絶対に、させん――」

 

本郷が、強い調子で、言葉を吐き出した。

脚の間で組んだ拳に、力が込められていた。

 

本郷は、改造人間にされた事で、人間としての様々な幸せを奪われている。

 

身体の殆どを機械に変えられ、常人以上の力を手に入れてしまった。

水道のバルブを、紙を千切るように、壊してしまう。

子供をあやそうとすれば、その小さな手を握り潰してしまいそうになる。

傷の治りも、異様に速い。

 

事情を知らない者から見れば、本郷猛は、遠い宇宙からやって来た遊星人にも見えるだろう。

 

その事を、特に気にしていた。

 

「――」

 

それは、一文字隼人も同じであった。

 

一文字が改造人間として目覚めた時、傍には、本郷がいた。

 

仮面ライダーが、本郷猛だけであった頃、ショッカー基地に潜入し、そこで、改造手術台の上に横たえられた一文字隼人の姿を見たのだ。

 

本郷と同じ姿であった。

 

強化型改造人間第二号――

 

ショッカーを探っていた一文字は、逆に組織に捉えられ、その運動能力と、ショッカーに立ち向かおうとした気位を買われて、死神博士の手で、改造手術を施されていた。

 

本郷の侵入で混乱していた基地内で目覚めた一文字は、手術台に自分を拘束していた枷を引き千切り、脳改造前という事で抑え付けようとしたショッカーの科学者たちを、腕を軽く振るうだけで殺してしまっている。

 

身体は怪物同然にされながら、心は人間のままという地獄を、本郷と一文字は、味わっている。

そして、心までも改造された者たちを、二人は何人も斃して来ていた。

 

黒井が、その改造人間の一人となれば、ショッカーに従って人間に害ある行動を取るようになるのならば、二人は、彼を倒さなければならなくなる。

 

そうして残される、彼の妻や子供が、余りにも哀れであった。

 

絶対に、防がねばならない事であった。

 

「しかし、だとすると、急がなくちゃならんな……」

 

藤兵衛が呟いた。

 

「奴らの拠点を探さなくちゃな」

 

滝が言う。

 

「良し――」

 

と、一文字が立ち上がる。

 

「一旦、家に戻って、資料を揃えて来よう。何か分かるかもしれない」

「おう、頼んだぞ」

「俺も行こうか」

 

本郷が立ち上がり掛けるのを、一文字が制した。

 

「いや、俺とお前が一緒に行動して、その時にショッカーが現れると不味い。お前は、おやっさんたちと一緒にいてくれ」

「分かった」

 

そうして、立花レーシングから出て行く一文字。

 

と、その時、彼のツナギのポケットから、小瓶が落ちて来た。

急いでいたのか、気付かなかったようである。

 

滝が、その瓶を拾い上げた。

 

「何だ、こりゃ?」

 

追おうにも、一文字は既にバイクを走り出させてしまっている。

 

「香水かね。へへっ、色気づきやがって」

 

にやにやと笑いながら、蓋を開ける滝。

 

「おい、悪趣味だぞ」

 

と、キセルに火を入れながら、藤兵衛。

 

瓶の中の液体の匂いを嗅いだ滝であったが、怪訝そうな顔をした。

 

「どうした?」

「いや……ただ、これ、何なんだろうな」

「何?」

「香水にしちゃ、匂いがないぜ。しかし、水でもないみたいだ」

「――貸してみろ」

 

本郷が手を伸ばした。

 

 

 

 

 

黒井が、眼を覚ました。

 

マヤに、犯されるようにして、気を失った後から、記憶がない。

頭が痛かった。

 

冷たい床の感触を感じた。

 

ここは、何処だ?

 

辺りを見回す。

薄暗い場所であった。

光が、天井の、小さな窓から射し込んでいるだけだ。

 

と――

 

黒井は、そこに、自分以外の人間がいるのに気付いた。

男が、床に寝そべっている。

 

「おい、君――」

 

と、声を掛けた。

 

肩を揺すってやると、

 

「ん……」

 

と、息を漏らしながら、眼を覚ました。

 

何度か眼をぱちりとさせた後で、男が、がばっと身を起こした。

 

「君は――」

 

黒井が、驚いたように眼を開いた。




一文字のくだりは『仮面ライダーSPIRITS』より。

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