東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第84話 ギア

「光撃『眩い光』!!!」

 咄嗟に強い光を生み出し、幽香を怯ませる。すぐに『飛拳』で距離を取った。

(指輪が全く通用しない……多分、PSPも駄目だ)

 紫になってスキマで逃げるのも手だが、きっとスキマを開けている隙に殺されるだろう。

(やっぱり、あれか? 玉砕覚悟で行くしかないのか?)

 それならまだ手はある。でも――。

「もう少し、周りを見ながら考え事をしましょうね?」

「のわっ!?」

 気が付くと幽香が傘を横薙ぎに払って来ていた。出鱈目にインパクトしてその場を離れる事で躱し、一命を取り留める。

「全く……あんな光じゃ5秒も時間稼ぎ出来ないわよ? そのせいでほら。私に傘を拾わせる時間を与えてしまった。もう、諦めて死んだら?」

 微笑みながら幽香が忠告してくれた。

「死にたくないからな。最期まで悪あがきさせてくれよ。霊術『霊力ブースト』」

 スペルを宣言すると俺の体から赤いオーラが発せられた。

「ふふふ……本当に面白い子だわ。貴女」

「――ッ!?」

 いつの間にか体の右側が消滅している。幽香を見れば傘の先を俺に向けていた。どうやら、あそこからレーザーでも撃ったらしい。幽香の口がニヤリと笑った。

「……へぇ」

 だが、その笑みの意味が2秒で変わる。勝利の確信から感心へ。

「想像以上ね……本当に」

 何故なら、消滅したはずの俺の体が時間を戻したように再生したからだ。『霊術』を使ったので少しは再生スピードが上がるとは思っていたがまさか、ここまでとは思わなかった。

「妖術『妖力ブースト』!」

 赤いオーラと交互に黄色いオーラも俺の体を覆う。

「まだ楽しませてね!!」

 幽香が必殺パンチを繰り出す。

「それは御免だよ!」

 こちらも同じように拳を作り、幽香の拳に合わせて突き出した。少し前の俺なら右腕ごと吹き飛ばされていただろう。でも、今は違う。

「「……」」

 衝撃波が地面に生えた向日葵を襲った。ギリギリとお互いに拳を押し合うが全く動かない。

「なるほど……ギアを上げているのね」

 一発でばれた。そう、『霊術』や『妖術』は普通の肉体強化とは違う。重ね掛けする事によって相乗効果を得る事が出来るのだ。

「なら、早めに仕留めないといけないわ」

「出来るものならやってみな……神術『神力ブースト』!」

 赤、黄色、白の順番にオーラの色が変化する。少しずつ俺の拳が幽香の拳を押し始める。

「まぁ、デメリットもあるみたいだけど?」

「ッ!?」

 その束の間、気付けば俺は向日葵畑に出来たクレーターに倒れていた。あの状況から押し返されたのだ。

「一つ。連続で唱える事が出来ない」

 俺が立ち上がった頃になって幽香は地面に降り立つ。

「余裕だな」

「まぁね。二つ。唱える度に貴女への負担が大きくなる」

 本当に化け物だ。強さだけじゃない。戦い慣れている。

「三つ。戦っている相手が悪かった。死になさい」

 『魔術』を発動出来るまでまだ、時間が必要だ。でも、こっちには『霊術』で手に入れた超高速再生がある。しかし、幽香はそれを見ていたはずだ。なのに何故、あれほどまでに余裕でいられる。

(……そうか、こいつ)

「さっきは大部分を残しちゃったからダメだったのね」

(何も残さないように俺の体を消滅させる気かっ!)

 『飛拳』で上空に逃げる。

「また逃げるの?」

「くそっ!」

 それでも幽香はついて来た。このままでは本当に殺される。

(どうする……とにかく、時間を稼ぐんだ)

 でも、どうやって? 逃げても戦っても殺されるのだ。他に方法は――。

「……あった」

 俺は本当に運がいい。まさか、こんなに早く使う時が来るなんて思わなかった。スペルカードを取り出して幽香の目を見る。

(決まってくれ……)

 そう、祈りながら俺はスペルを宣言した。

 

 

 

 

 

「?」

 逃げながら万屋はこちらを見ている。その手にスペルを持っているからもう少しでギアを上げる事が出来るみたいだ。

(その前に追い付くけど)

 その証拠にもう、彼女の背中に傘を突き刺せる距離まで近づいている。

「そーれっ!」

「がッ!?」

 躊躇いもなく背中に傘を差して、エネルギーを込めた。

「体の内側から爆発すればどうなるのかしらね?」

「や、やめろ……やめろおおおおおおおおおっ!!」

 恐怖で顔が青くなった万屋がもう一度、私の顔を見る。その時、私は違和感を覚えた。

(でも……何に?)

 気にしていても仕方ない。充電したエネルギーを一気に放出。万屋が断末魔を上げながら消滅した。

「……まぁ、楽しめたかしら?」

 期待通りだった。手に持った傘を開いて溜息を吐く。

(……あ)

 わかった。何故、私は気付かなかったのだろう。さっき、万屋の目。

「そう言うこった」

「!?」

 私の後ろで万屋の声が聞こえる。振り返る前に羽交い絞めにされてしまった。

 

 

 

 ――バサッ!

 

 

 

 顔だけ後ろを見ると漆黒の翼が目に入る。万屋にあんな翼は生えていなかった。なら、万屋の味方だろうか。

(いや、違う……)

 それなら最初から呼んでいるはずだ。今になって駆けつけるのはおかしい。

(やっぱり、あれが何かを握っているの?)

 私の目には万屋の目――紅い右目が映っていた。

 

 

 

 

 

「狂眼『狂気の瞳』……これがこの右目の名前だ」

 困惑している幽香に説明する。

「少しだけお前を狂わせてもらった。まぁ、幻覚を見せた程度だけど」

「幻……覚? 私にそんなもの効くはずが」

「こちとら、本物の狂気を使役してるもんでね」

『使役って……私はお前の魂を借りてるだけだ』

 脳に狂気の文句が響いたが無視。今はそれどころではない。

「こんなのすぐに」

 羽交い絞めにされている幽香は逃れようと腕に力を入れた。

「あ、ぐぁっ……」

 ブチブチッと俺の両腕が千切れて行く。なんて言う力だ。激痛が全身を迸る。

「でも……」

 『霊術』の効力で元に戻る。

「そ、そんな」

 それと同時に解けそうだった拘束も時間が遡った。幽香の顔が引き攣る。

 俺は『狂眼』で幽香に幻覚を見せる。そして、半吸血鬼化(それと女体化)したので今までより力が増した体で幽香を拘束。引き千切ろうとしてもすぐに再生。再び、拘束。これで時間を稼げるはずだ。

「分身『スリーオブアカインド』!」

 急いでスペルを唱える。実はこの体では『魔術』を使えないのだ。しかし、永琳から貰った元の体に戻す薬(『狂眼』の効果で半吸血鬼化した場合にのみ有効)を飲むにしても幽香を拘束しているので出来ない。ならば、分身に飲ませて貰えばいい。

「よし! パス!」

 分身1が俺のポケットからスキホを取って、薬を出してから分身2に投げた。

「ほれ! 口を開けろ」

 俺の傍にいた分身2が受け取り、錠タイプの薬を口の中に放り込んでくれる。それを噛み潰して一気に飲み込む。

「ごちそーさん」

 女だった体が元の男の体に戻った。半吸血鬼化している時にしか使えない分身はポンッと音を立てて消える。

「でも、大丈夫? ギアを上げても私には勝てないわよ? それにその効力って短いんじゃない?」

 確かに『ブースト』系の制限時間は短い。その事を幽香は言っているのだろう。

「じゃあ、それ以外の目的だとしたら?」

「……何を?」

 目を細める幽香を無視して、最後のスペルを唱えた。

「魔術『魔力ブースト』!」

 俺の体が何とも言えない色をしたオーラが溢れる。その色に名前はない。だが、とても幻想的だった。

「見せてやるよ……最期の悪あがきだ! 魂絶『ソウルバースト』!!!」

 『霊術』、『妖術』、『神術』、『魔術』を順番通りに発動する事によって初めて唱える事の出来るスペルカード。

 

 

 

「いっけえええええええええええええええええっ!!!」

 

 

 俗に言う――自爆だ。

 

 

 その日、曇り空だった幻想郷は急に快晴になったそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 『魂絶』は体の中にある全ての力を爆発させる。自爆スペルカード。使う事になるとは思わなかったが、これは幽香も一溜りもないだろう。因みに俺の体は傷一つ付いていない。爆発によって傷ついた所も『霊術』が治してくれたからだ。

(でも……動けないんじゃ意味ないな)

 まず、『ブースト』系のデメリットの一つである。使用後に力が使えなくなる効果。それを全種類に使っているのでもう、俺は人間以下だ。それに『魂絶』のデメリット。力の全放出。動けと言う方が無理だ。その代わり、地形を変えるほどの威力を誇る。そのはずなのに――。

「ふぅ……さすがに吃驚したわ」

 これだけの事をしてもあの化け物は倒れなかった。地面に倒れた俺を見下すように幽香がそう呟く。服が少し、破けているだけで傷なんてものはどこにもなかった。

「さて、これからどうしてやりましょう? この服、結構気に入ってたのに」

 背中に何かが走った。

「……喋れもしないの?」

 そりゃそうだ。今の俺に出来る事は考える事と息をする事だけだ。

「そう。動かないほどつまらない玩具はないわ。仕方ない……もう少し、熟してからにしましょう」

(……え?)

「確か、半年前に来たばっかりなのよね……なら、これから強くなるかもしれないし」

 何を言っている。この化け物は俺をどうするつもりなのだ。わからない。

「でも、このまま置いて行ったら妖怪に食べられるかも……よし」

 何かを考えた幽香は笑顔で頷くと俺を担いだ。

(何? 何が起きてるの? え? ええ? ええええええええ!!?)

 動けない俺は成り行きに任せるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてこうなった……」

「よかったわ。やっと、喋れるようになったのね」

 幽香の家でお茶を飲んでいる俺(いや、動けないので飲ませて貰っている)に微笑みながら幽香が言う。

「まぁ、喋るだけなら……あっつ!」

「あら? ごめんなさいね。ふーふーしないといけないかしら?」

 先ほどとは違う笑みで幽香。絶対、今のわざとだ。

「でも、なんでこんな事まで?」

「さっきも言ったでしょ? 妖怪に襲われないようによ」

 俺を殺そうとした本人が何を言うか。

「それにしても……貴女の回復スピードはすごいわね。まさか、自分の体以外の物も再生できるなんて」

 不意にそう呟いた幽香。

「この服の事? これは違うぞ?」

 紫にそう言った機能を付けて貰った事を説明する。だが、幽香の眉間にしわが寄った。

「なら……その指輪は?」

「え?」

 そうだ。あの時――幽香に体の右側を消滅させられた。右手の中指にあったこの指輪もなくなっていたはずだ。それなのに今もその場所で輝いている。

(本当に……時間が戻った?)

 体が動くようになるまで俺はずっと、その事について考えたが全くわからなかった。

 


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