東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第83話 最凶

「ふぅ……」

 今日は仕事がない。いや、本来ならあったのだ。その為に幻想郷に来たのだから。しかし、急にその依頼が取り消されたのだ。キャンセル料は貰えたが暇になってしまった。

「どうすっかな」

 時間がかかりそうな依頼だったので望たちには遅くなると言ってしまった以上、今すぐ帰るわけには行かない。

「ん?」

 曇天に覆われた幻想郷の空を適当に飛んでいるとたくさんの向日葵(冬なので枯れている)が鎮座した丘を発見した。スキホで調べると『太陽の畑』と言う場所らしい。

「よいしょっと」

 何となく、その地に降り立った。でも、やはり向日葵は枯れており寂しさを醸し出している。夏は向日葵が咲き誇って黄金の絨毯を敷いてくれるだろう。

「あら?」

 その景色を思い浮かべていると後ろから女性の声が聞こえる。

「あれ? 人里で道を教えてくれたお姉さん?」

 振り返ると一番、最初に寺子屋までの道順を教えてくれた傘を差したお姉さんがいた。

「久しぶりね。まさか、こんな所で会うなんて思わなかったわ」

「それはこっちもです。大丈夫なんですか? 人里から離れたらいつ、妖怪に襲われるかわからないんですよ?」

 俺がそう言うと何故か、お姉さんが優雅に笑う。

「本当にね。いつ、妖怪に襲われるかなんて誰にもわからないわ。襲われる方も襲う方も」

「は?」

「久しぶりにここの様子を見に来たら、ね?」

 意味が分からなかった。呆ける俺を無視してお姉さんがこちらに近づいて来る。

「さて……一度ぐらいなら聞いた事あるんじゃないかしら?」

「な、何を――ッ!?」

 ズブリ、と腹にお姉さんの腕がめり込む。比喩表現ではなく本当に。大量の血が吐き出された。

「風見 幽香。私の名前よ」

「かざ、み……ゆうか!?」

 その名前には聞き覚えがある。1週間ほど前、みすちーが言っていた名前だ。つまり――。

「くそっ!?」

 震える手を幽香に向けて出鱈目に混ぜた力を爆発させる。幽香は首を傾けてその爆風を躱した。爆発と言っても範囲は掌の大きさなので小さい。だが、その反動のおかげで俺の体は幽香から離れる事に成功した。まぁ、そのせいで余計に腹の穴は広がったが霊力で塞ぐ。

「あらあら? 荒療治ね」

「何もしないよりはマシだけどな」

 額に汗が流れる。冬なのに体が熱い。

「大丈夫? 汗がすごいけど」

「誰のせいだ。誰の」

 余裕な顔で幽香。力を出し惜しみしていると負ける。いや、殺される。

「いいの? 考え事なんかしてて」

「ごっ……」

 思い切り、傘で腹を叩かれた。その瞬間、視界が白くなる。体の感覚から地面を何バウンドもしているらしい。威力が桁違い過ぎる。

「これで終わりだと思ってる?」

 ブレる視界の中、幽香のチェックのスカートが目に入った。今の俺にはそれが絶望にしか見えない。

「――っ」

 悲鳴すら出なかった。幽香は自分の踵を鳩尾にピンポイントで落としたのだ。呼吸が出来ない。地面に埋もれたまま、酸素を求める。

「……何だ。噂では相当、強いって聞いたのに」

 どうやら、幽香は俺の噂を聞いて攻撃して来たらしい。顔は丁度、空を見上げていたので幽香の顔が見えた。

「ッ!?」

 台詞とは裏腹にその口は惨酷なほど緩んでいる。まるで、玩具を見つけた子供のようだ。

「死ね」

 

 

 

 ――ドスッ

 

 

 

 動けない俺の腹に向かって傘を突き刺す。みすちーが言っていた事は本当だった。冷酷すぎる。

「まぁ、最初の一撃で死ななかったからご褒美としてその傘、あげるわ」

 そう言い残して幽香は歩いて離れていく。

「ふ、ざけ……んな」

 こんな最期があってたまるか。家で望と雅が待っているんだ。まだ、過去の記憶を全て取り戻してないんだ。

「り、み……った、か……いじょ」

 薄れる意識の中で俺は指輪を3回、指で叩いた。

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 先ほど、殺したあの万屋。噂ではなかなかの手練れと聞いていた。少し、戦うのを楽しみにしていたのだ。だが、実際は弱かった。私は溜息を吐いて歩みを進める。

「開放『翠色に輝く指輪』……」

「あら?」

 突然、後ろから眩い緑色の光が私を照らす。

「魔法『探知魔眼』……拳術『ショットガンフォース』……神鎌『雷神白鎌創』……」

 振り返ると万屋がふらふらと立ち上がっている所だった。その左目は青色に染まり、両手には黄色のオーラを纏い、左手に真っ白な小ぶりの鎌を持っている。

「霊盾『五芒星結界』……」

 お札を何十枚も空中に放った万屋。すぐに右手の人差し指と中指で印を結んだ。すると、星型の結界が10組ほど出来上がる。

「まだ、楽しませてくれそうね」

 傷が癒えていく万屋の目を見て私は微笑みながら呟いた。

 

 

 

 

 

「雷輪『ライトニングリング』!」

 両手首に雷で出来た輪っかを出現させ、幽香の懐に一瞬にして潜り込んだ。移動の途中で引いていた右腕を思い切り、突き出す。

「――」

 ところが、幽香は慌てるわけもなく左手で受け止めた。

「っ!」

 その刹那、幽香が後方に吹き飛ぶ。『拳術』を発動させたからだ。俺も幽香の後を追って走り始めた。

「これは面白いわ!」

 飛ばされているのにも関わらず、そう呟く幽香。『雷輪』の効力で吹き飛ぶ幽香と並走していた俺の口元が引き攣った。

「雷音『ライトニングブーム』!」

 左手に持っていた鎌を縦に振って、雷の刃を飛ばす。

「お返しするわね」

 それを幽香は右腕を振っただけで撃ち返して来た。だが、こちらも『五芒星』を使って防いだ。その隙に幽香が地面に着地する。

(次……)

「霊転『五芒星転移結界』!」

 10枚の『五芒星』を操って幽香の周りをぐるぐると旋回させる。

「いっけ!!」

 右手の人差し指から小さな雷の弾を『五芒星』に撃ち込む。

「?」

 幽香が首を傾げた途端に10枚の結界から1つずつ、俺が撃ち込んだ雷の弾が吐き出された。

「これで弾幕って言うのかしら?」

 ニヤニヤしながら10個の弾を躱した幽香だったが次の瞬間、初めて顔を強張らせた。10個の弾は10枚の結界に吸い込まれ、それぞれの結界から10個ずつ、弾が吐き出されたからだ。

(いつ見ても……鬼畜だな)

 幽香も気付いたのだろう。苦虫を奥歯で噛んだような表情で100個の弾を躱した。また、結界に飲み込まれる弾幕。

「……まぁ、簡単ね」

 10枚の結界から100個ずつ吐き出されようとした時、幽香が掌を1枚の結界に向けた。

「元祖『マスタースパーク』」

 掌から撃ち出された極太レーザーは『五芒星』を紙のように突き破る。更に体ごと回転させ、レーザーの軌道を変えた。数秒にして10枚の結界が破壊されてしまう。

「そんな……」

 驚愕で俺に一瞬だが、隙が出来てしまった。幽香はそれを見逃すはずなく、一気に距離を詰めて来て右ストレートを放つ。

「神箱『ゴッドキューブ』!!」

 ほとんど本能的に『神箱』を発動。そこに拳がぶつかった。

 

 

 

 ――ピシッ!

 

 

 

「ッ!?」

 今まで、皹すら入らなかった『神箱』に亀裂が走る。

「神撃『ゴッドハンズ』!」

 神力を使って巨大化させた右拳を幽香に向かって突き出す。指輪の制限は解除されているので『拳術』に制限時間はない。この二つのスペルを組み合わせればきっと――。

「甘い」

 『神箱』を粉砕した幽香の拳がそのまま、俺の拳を破壊してしまった。

「なっ!?」

 インパクトはきちんと成功していたし神力も強度を最大にしていたのだ。それなのにこんな意図も容易く。その時に気付いてしまった。

(こいつのパンチ、まだっ!?)

 威力が一切、落ちていなかったのだ。このままでは俺の体はただの肉となってしまう。

「白壁『真っ白な壁』!」

 俺と幽香の間に白い壁が出現。これで幽香の視界を塞いだ。

「飛拳『インパクトジェット』!!」

 その隙に両手を真下に向けて空高く舞い上がる。

「合成『混合弾幕』!」

 壁を粉々に砕いた幽香がこちらに気付いた時にはもう、逃げる場所がないほどの密度の濃い弾幕が展開されていた。それと同時に俺の体もとうとう、悲鳴を上げる。『雷輪』のデメリット。筋肉が破壊されたのだ。

「ぐっ、あ……」

 何とか絶叫するのを抑え、霊力を流し込んだ。この痛みだけはまだ慣れない。

「あら? もう、おしまい?」

「え?」

 筋肉が完全に再生した時、目の前で幽香が笑っていた。

 


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