東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第76話 狂気の瞳

「へっくち!」

 学習しない俺は幻想郷の上空で大きなくしゃみをした。やはり、制服だけではこの寒さには耐えられない。

「明日、コート着よ」

 そう決心しながら、今日の依頼を熟す為に空を飛ぶ。その時、下の森から甲高い悲鳴が上がった。

「ん?」

 その声に反応して目を凝らすと女の子が必死に走っているのが見えた。外の世界ならどうしたんだろうと不思議に思うが、幻想郷では違う。

(妖怪かっ!)

 即座に急降下し、女の子の元へ急ぐ。

「誰か! 助けて!!」

「ガルルッ!」

 どうやら、女の子を追いかけているのは妖怪ではなくただの狼のようだ。

(……いや、普通の狼じゃない?)

 何だが、不思議な力を感じる。それより、今は女の子を助けなくてはいけない。

「神鎌『雷神白鎌創』!」

 右手に小ぶりの鎌を出現させ、女の子と狼の間に突っ込む。

「雷音『ライトニングブーム』!」

 女の子を背にし、狼の前に降り立った俺はすぐに鎌を横に払って、刃から帯電した白い衝撃波が生み出す。その衝撃波は狼に直撃し吹き飛ばした。

「こっち!」

 女の子の方に手を伸ばし、叫ぶ。

「……は、はい!」

 放心状態だった女の子だったが、我に返り俺の手を握った。

「バウッ!!」

「なっ!?」

 女の子を抱えた時、狼が俺の懐に潜り込んで来る。あの『雷音』を食らったはずなのにここまで復帰が早いとは思わなかったのだ。狼は大きな口を開けて俺の胸元に噛み付いた。

「ぐぁっ――」

 鋭い痛みが全身を駆け巡り、目の前が歪む。だが、何とか持ち堪えた俺は狼に合成弾を食らわせ上空に避難した。

「はぁ……はぁ……」

 霊力を流して胸の傷を治す。

「お、お兄ちゃん……大丈夫?」

 その様子を見ていた女の子が心配そうに聞いて来た。

「あ、ああ。大丈夫。じゃあ、人里まで送るよ」

 きっと、人里に帰る途中だった所であの狼と遭遇したのだろう。女の子の体が少し、ずれたので抱え直す。

「違うの。今から永遠亭に行くの」

「え、永遠亭?」

 予想とは全く別の場所を言ったので驚いてしまった。実は今日の依頼は永琳からなのだ。

「はい……あそこにしかない薬があるので」

「誰か病気なの?」

「はい……母が」

 そう言って俯く女の子。少し、デリカシーのない質問だった。聞いてから俺は気付く。

「すまん」

「いいえ。なので、すぐに永遠亭に行かなくちゃいけないんです」

「なら、一緒に行くよ。俺も行くつもりだったし」

「え? いいんですか?」

 目を丸くし、女の子はこちらを見上げて来た。

「おう」

 女の子を胸に抱いて、永遠亭がある『迷いの竹林』を目指して移動を始める。ちらりと下を見ると先ほどの狼がこちらを睨んでいた。

「ん?」

 その狼の口に何かが咥えられていた。真っ白い紙のようだ。

「あ!?」

 狼が咥えているのは俺が持っていた白紙のスペルカードだった。取り返そうにも女の子がいるこの状況では難しい。

「どうしたの?」

「い、いや……」

(諦めるか)

 白紙なら困る事もあるまい。気を取り直して、飛翔する。

(あれ?)

 その途中で俺は一つ、疑問を抱いた。

(どうして……俺の事、『お兄ちゃん』って言ったんだ?)

 今までの経験上、あり得ない事だった。しかし、聞くのもあれなんでスルーする事にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷いの竹林はその名の通り、一度入ればすぐに迷ってしまう竹林だ。その竹林の奥に俺たちが目指す永遠亭がある。普通なら永遠亭に行く事は不可能だ。しかし、これにはある裏ワザがある。

「ほら、着いたぞ」

 『上から行けばいいのよ』、と霊夢のアドバイス通り、上から魔眼を使うと大きな建物が竹林の中にある事を察知。すぐに永遠亭だとわかった。

「あ、ありがとうございます」

 永遠亭の入り口付近に着陸し、すぐに女の子を降ろしてあげる。

「おう、いいって事よ」

「では、急いでるのですみませんがこれで!」

 大慌てで女の子が永遠亭の中に入って行く。

「……まぁ、いいか」

 様子がおかしかったが女の子がいない今、どうする事も出来ない。諦めて俺も永遠亭の扉を開けた。

「ちわーす。万屋でーす」

 声をかけるも誰も出て来ない。

「?」

 首を傾げながらも俺は靴を脱いでズカズカと廊下を歩く。

(それにしても……広いな)

 これは魔眼を使い続けないと帰り道がわからなくなりそうだ。俺の魔眼には『察知』以外に『記憶』と言う能力がある。これは一度、見た物を忘れないように出来る能力だ。しかしこれにも限界があり、溜まった記憶のデータがキャパを超えると古い記憶から消えていくのだ。

 魔眼を持続しつつ、廊下を進む。

「……」

 そして、所々に隠されたスイッチらしき反応を察知する。罠だろうか。

(家の中なのに?)

 踏まないに越した事はない。スイッチを踏まないように慎重に廊下を突き進む。

「チッ……」

 後ろで舌打ちのような音が聞こえたが、気のせいだろう。

「そこの貴女!」

「……」

 そろそろ、うんざりしてきた頃になって第一住人を発見。うさ耳ブレザーだった。

「え、えっと……こんにちは」

「あ、こんにちは……じゃなくて! どうやって、入って来たの!」

 少し、天然さんらしい。

「玄関から」

「迷いの竹林は?」

「上から」

「罠は?」

 やっぱり、あのスイッチは罠だったようだ。

「魔眼」

「不法侵入者!」

「何故!?」

「ここまで、対策していると言う事はこの永遠亭に何かを盗みに来たのね! 師匠の研究の邪魔はさせないわ!」

 早苗を凌駕するほど人の話を聞かない人――ウサギだ。一つ、溜息を吐く。

「俺をどうするわけ?」

「倒して師匠の所に連れて行く。そして、実験動物にしてあげる!」

 永琳ならしそうだ。それだけは避けたい。

「じゃあ、逃げる」

「逃がさない!」

 姿勢を低くし、一気に距離を詰めて来るうさ耳ブレザー。スペルカードを取り出し、カウンターを狙う。

「拳術『ショットガンフォー「終わりよ」

 うさ耳ブレザーがニヤリと笑い、俺と目を合わせてそう言った。その瞬間、体の奥――魂に異変が起きる。

(な、何っ!?)

 目の前がぐるりと一回転。いや、違う。周りの景色が歪んでいる。

「何だよ……これ」

 困惑している俺。その前で勝ち誇ったような表情を浮かべるウサギ。

『バカウサギ。狂気に狂気で勝てるかっての』

 すると、頭の中で狂気の声が聞こえた。

「狂気?」

『お返しだ』

「えっ……」

 うさ耳ブレザーは目を見開く。しかし、それからすぐにその場に倒れた。

(お、お前……何を?)

『いや、ただ向こうから響を狂わせて来たから跳ね返しただけだ』

 どうやら、うさ耳ブレザーの目には人を狂わせる効果があったようだ。

(あ、ありがとな)

『……ゴメン』

「は?」

 活躍したはずの狂気だったが、去り際に謝る。意味が分からず、首を傾げた時にやっと謝った理由がわかった。

「おいおい……」

 見るからに視線が低くなっている。声も高い。下を見れば胸が膨らんでいるし、背中に何か大きな気配――自分の翼を感じる。これは、あれだ。

「う、嘘だろ!?」

 半吸血鬼化&女体化。

『あらあら~。狂気ったら、跳ね返した時に響の魂波長も狂わせちゃったようね。困ったわね』

 言葉の割には全く、困った様子ではなく逆に嘲笑っている吸血鬼が説明してくれる。

「は、波長?」

『そう、貴方にはいくつかの魂波長があるの。まず、自分の波長。それから私たち3人の波長。そして、半吸血鬼化&女体化した時の波長。あのうさ耳ちゃんは人を狂わせるだけじゃなくて波長も狂わせる事が出来るみたいなのよ』

「で、でも……最初は何ともなかったぞ?」

『そりゃそうよ。向こうはこちらの魂波長を狂わせるつもりなんてなかったんだから。でも、狂気が跳ね返した時に手違いで魂波長も跳ね返しちゃったの。コインを思い浮かべてみて。表だったものを狂気が裏にしたのよ』

 吸血鬼の例えに少し、引っ掛かる所がある。

(じゃあ、どうしてお前たちの波長にはならなかったんだ?)

『私たちは別のコイン。つまり、貴方のコインの表には普段の魂波長。そして、裏には半吸血鬼化&女体化の魂波長しかないの』

「必然的になったって事か。狂気をいじめておけ」

『りょーかい』

 嬉しそうに承諾した吸血鬼。

「さて……どうするかな」

 とにかく胸が目立つ。どこかで晒を巻きたい。それに背中から出た翼もどうにかしたい。この制服は破けるとすぐ再生する性質を持っている。背中に翼が現れてその部分が破れてもすぐに再生し、翼が表に出てしまっているのだ。

「とにかく、永琳を探すか」

 仕事の効率を上げる為、俺は意図的に3人に分身した。宿題を片づける時に大いに役に立つ。満月の日、限定だが。

「見つけたら、スキホによろしく」

「「おう」」

 こうして、永琳捜索作戦が始まった。

 


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