「……」
「ほら! 呆けてると怪我するよ!」
上からフランの声が聞こえ、咄嗟に結界を貼ってフランの攻撃を防ぐ。その間に思考を巡らせる。
(どういう事だ? どうして、こんな物が……あ)
「ゆ、ゆかりいいいいいいいいっ!!」
縁側で酒を飲んでいる紫を睨む。向こうはキョトンとしていた。本当に知らないらしい。
「どうしたの? そんな事してると死ぬよ?」
結界を迂回して来たフランがスペルを取り出した。
「禁弾『スターボウブレイク』!」
七色の矢を放つ。スピードもそうだが、貫通性がある矢だ。結界では防げない。
「すまん。マジでイライラして来た……」
指輪で妖気を合成し、右手に纏わせる。そして、一時的に魔眼を発動して矢を右手で掴んだ。
「うわ……」
自分から放っておいてフランは少し、引いていた。
「どうして引くんだよ?」
「お兄様はもう、人間じゃないなって……」
「はい、ぶっちんしました~! お前、倒します!」
兄に向かってその口の聞き方はなんだ。少し、お灸を据える必要があるようだ。右手に持っていた矢をそのまま投げ返す。
「うおっ!?」
かなりのスピードだったがフランは紙一重で躱す。その隙に真下に急降下。地面に降り立つ。
「逃げるの?」
「逃げるか。ドアホ。助っ人を呼ぶ」
もう一度、紫を睨んで俺はスペルを構えた。向こうにはスペルを通して合図してある。その為に俺はあの場に留まったのだ。
「まさか……あの時からだとわな」
『そうだね。私自身、驚いてるよ』
スペルから声が聴こえた。俺にしか届かない声。その声には嬉しさがにじみ出ていた。そもそも、こうなったのはあの時の乾杯のせいだ。
「じゃあ、行くぞ?」
『いつでもどうぞ』
フランは俺の様子がおかしい事に気付き、急降下して来る。その周りには魔方陣が多数。『クランベリートラップ』だ。
「仮契約『尾ケ井 雅』!」
そして、俺はスペルを地面に叩き付けた。
「うお……」
その瞬間、体から力が抜けて地面に倒れてしまう。スペルを発動する為に力を使い過ぎたのだ。
「させないよ!」
そこでフランが大量の弾幕を魔方陣から撃ち出す。その弾幕は俺に向かって真っすぐ突進して来る。このままでは直撃だ。
「あの時とは逆だね」
しかし、弾幕は俺を襲う事はなかった。
「まぁな。フランが敵でお前が味方で」
「ど、どうして……」
フランが目を大きく見開き、驚愕していた。
「そりゃ決まってるでしょ? 私は響の式神になったんだよ」
――雅の翼が俺を守ってくれたからだ。
「仮、だけどな」
地面に倒れながらそう呟く。
「う、うるさいな~! いいじゃん、こうやって役に立ったんだし」
フランの通常弾を躱す為に俺に翼を巻きつけて飛び上がりながら雅が言った。
「バカ野郎。お前を呼び出すだけで回復10回分の霊力を使ったぞ。燃費悪すぎだ」
「仮ですから~」
燃費を良くしたかったら本格的に契約を結べ、と言いたいらしい。
「さて……状況はだいたい、わかったよ。酔っ払いに絡まれたんだね?」
「ご名答。作戦は一応、あるけど……もう少し、時間がかかりそうだ。てか、お前のせいで伸びたわ」
作戦には大量の霊力が必要となるのだ。
「そりゃわる~ござんした」
「罰として時間を稼げ」
「禁忌『フォーオブアカインド』!」
その時、フランが4人に分身する。
「……それまであれを何とかしろと?」
雅の額に冷や汗が流れた。
「頑張れ。仮式」
「略すな!」
4人のフランがバラバラに突っ込んで来る。雅は6枚の翼を器用に操って、フランを弾き飛ばす。
「ああ!? もう! 6枚じゃ足りないよ!」
そう叫んだ雅は一気に急降下し、地面すれすれで急上昇。その時、指先で地面にタッチしていたのを俺は見逃さなかった。雅の後を黒い粒子が付いて来る。まるで、磁石に引き寄せられる砂鉄だ。
「禁忌『禁じられた遊び』!」「禁弾『カタディオプトリック』!」「禁弾『過去を刻む時計!』「禁忌『フォービドゥンフルーツ』!」
上昇している途中でフランが同時に4枚のスペルを発動。こちらに向かってめちゃくちゃな弾幕が視界を埋め尽くす。
「少し、衝撃に気を付けて!」
黒い粒子を操り、翼の数を10枚に増やした。雅は翼を慣れたように組み合わせ、俺たちを覆う。それは外から見れば黒い球体だろう。少しして、球体の外で爆発音が何度も炸裂した。
「今の内に何をしようとしてるか教えて」
「おう」
「……」
フランは黒煙が消えるのをじっと待っていた。自分自身で出した弾幕が響と雅にぶつかったと思ったら、何故か発生したのだ。このままでは攻撃する事は出来ない。因みにまだ、泥酔である。その顔は紅いがとても幸せそうな表情が浮かんでいた。響と弾幕ごっこ出来た事がよほど、嬉しいのだろう。
「およ?」
煙が晴れたがそこには誰もいなかった。気配は微かにするのでこの境内のどこかにいる事は分かっている。しかし、どこまでかは分からない。
「下!?」
下から風を切る音がしたのでそちらを見ると雅が響を連れて突進して来ていた。まだ、響は動けないらしい。
(まずは~、あの~、翼を~)
ニヤニヤして右手を突き出す。思考がおかしいのは酔っているせいである。
「させるか! 白壁『真っ白な壁』!」
10枚の翼にある『目』を右手に集めようとしたが、フランと雅の間に白い結界が現れる。響が指輪を使って生み出したのだ。これでは『目』を集める事が出来ない。見えないのだから。
「なら、その壁から!」
右手を握って白い結界を破壊する。
「隙ありっ!」
白い破片を翼で弾きながら雅がフランの懐に潜り込んだ。しかし、フランは落ち着いてスペルを唱える。
「秘弾『そして誰もいなくなるか?』」
雅が伸ばした翼はフランが消えた事によって空振りに終わった。
「き、消えた!?」
目の前でフランが消えて、雅が慌てている。
(もう、少し……)
「全方向から弾幕!」
右手の人差し指と中指を立てて、霊力をそこに集中させながら俺は短く忠告した。前に見た事があったのだ。
「なら、またさっきのを!」
翼で自分たちを覆うために雅が翼を動かした時だった。
「キュッとしてドカーン!」
「きゃっ!?」「うおっ!!」
消えたはずのフランの声がした刹那、雅の翼が爆発。俺と雅は別々の方向に吹き飛ばされた。
「お兄様へドーン!」
「きょ、響!」
雅が飛ばされながら俺の名前を叫ぶ。きっと、こちらに突っ込んで来ているフランを見たからだろう。
(来た!)
必要な霊力が回復した。フランの方に体を向けて、懐から5枚のお札を宙に投げる。人差し指と中指を伸ばし、5枚のお札を頂点して星を形作る。そう、『五芒星』だ。
「霊盾『五芒星結界』!」
「むぎゅ! にゃあ!?」
目の前に星型の結界が現れ、フランが顔からそれにタックルした。そして、思い切り後ろに吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる。
五芒星は陰陽道で魔除けの呪符として伝えられている。その印に込められた意味は陰陽道や魔法の基本概念となった『木』、『火』、『土』、『金』、『水』の元素の働きの相克を表したものであり、この五芒星はあらゆる魔除けの呪符として重宝されたらしい。式神についてパソコンで調べた時、安倍清明と言う陰陽師が出て来てこの事を知ったのだ。
フランはあのような外見だが、れっきとした悪魔。魔除けの呪符に阻まれただけでなく弾かれてしまったのだ。霊力が足らず、最後の『五芒星結界』の印を結ぶのに時間がかかった。でも――。
「これで完成した」
『五芒星』を傍に漂わせながら俺は呟く。
「いたた~……」
頭を撫でながら立ち上がるフラン。
「じゃあ、フラン。覚悟はいい? 後戻りは出来ないからね」
「いいよ。お兄様。もっと、遊ぼうよ!」
俺とフランはお互い、笑い合い。ほぼ同時に移動を開始した。
「で? あのお札は?」
「私があげたのよ」
「嘘おっしゃい。彼が使えるはずがないでしょ」
星形の結界を引き連れてフランから『逃げる』響を見ながら紫がそう言って来た。
「嘘じゃないわよ。貴女は知らないの?」
「何の事?」
「彼、私たちの服を着て私たちのスペルを使える。でも、通常弾は使えない」
「それぐらい知って――」
少し、ムッとなった紫の言葉を遮って私は言葉を紡ぐ。
「でもね? 私の時だけ使えるのよ。お札を投げる事が出来るの」
本人から聞いた。早苗も涙目になって『霊夢さん以外からあんな攻撃されるとは思ってもみませんでしたよ……しかも、相手はあの響ちゃんだったし』と言っていたから本当だ。それに私の勘もそう告げている。
「そんな事って……あのお札は!」
紫は目を見開いていた。
「そう、あのお札は博麗のお札。普通なら博麗の巫女しか使えないお札よ」
そして、響はそのお札を使って私とは全く違う結界を貼った。その事があのお札を自分の力で使っている証拠となる。私の力なら私の結界しか使えないからだ。
「でも、どうしてそんな事が?」
「私にも分からないわよ。本人もお札を渡した時、半信半疑だったし」
溜息を吐きながらコップの中身を飲み干す。卓袱台の上にあるお酒の入った瓶を手に取るがやけに軽い。
「あら? お酒、もうないじゃない。新しいの取って来るわ」
「え? ちょっと! まだ、話は終わってないわよ! それに響の戦いは見なくてもいいの!?」
「いいわよ。だって――」
空を自由に飛んでいる響を見ながらぼそっと呟いた。
「――フランは、もう彼の罠にはまってるから」
紫の声を無視して私は台所に向かった。