何とか体育を終えた俺は再び、冷や汗を掻いていた。
「じゃあ、響? 出来るか?」
「ちょっと待て!」
今はLHR(ロングホームルーム)。交換して貰った廊下側の一番前の席で俺は教壇の上にいる悟を制止させた。
「何だよ? お前、手品師なんだろ?」
「ちげーよ!」
議題は『文化祭の出し物』。悟はどうやら、文化祭実行委員だったらしい。
「確かに前、俺が舞台に立つとか聞いた。でも、俺は承諾した覚えはない」
「響が一人で舞台に立つ事に賛成の人ー」
悟が手を挙げながら言い放つ。俺以外の全員が同時に手を挙げた。
「今の質問がおかしい事に気付け!! どうして、舞台なんだ!? 模擬店とかあるだろ!?」
立ち上がって文句を言う。
「何でって……お前、忘れたの?」
「へ?」
「3年生は全クラス、舞台で何か出し物をするんだよ。今年からそうなったって言ってたじゃん」
「初耳だわ!?」
思わず、叫んでしまった。きっと、夏休み前に俺が幻想郷で寝込んでいた頃に話し合った事なのだろう。
「あれ? そうだっけ? まぁ、そうなんだよ」
「で? なんで、俺一人なんだ? 普通、劇とか発表とかクラスメイト全員でやるでしょ?」
「俺たちだって黙って見てるつもりはねーよ。舞台に立つ人の他に衣装やら小道具、舞台に置く背景を作る人だって必要だ。だから、皆がそっちに力を入れられるように舞台に出る人数を減らしたいんだ」
悟が黒板に係りの名前を書きながら説明する。確かに多い。
「でも、一人はないだろ?」
「人数が微妙なんだよ。劇をやるにしては少ないし、何か発表するには時間がない。発表するクラスは夏休みの間に資料を集めたり、アンケートを作成したりしてんだ。でも、俺たちは夏休み前からお前の一人舞台にすると決めていたから何も用意してない」
「何で本人がいないのに決めるんだよ!?」
「そりゃ……選ばれたのが響だったからだよ」
悟の発言に皆が頷く。これもいじめではないのだろうか。
「……ああ、もう! わかったよ! やればいいんだろ!! やれば!」
確かに俺が幻想郷に行ってなければこんな事にはならなかったはずだ。俺にも落ち度はある。
「でも……何で手品?」
「それはさっきの分身を見たからだよ」
「……」
やってしまったようだ。両手で顔を覆って溜息を吐く。
「あれ? もしかして、もう出来ないの?」
不安そうに悟が聞いて来る。
「あ、ああ……今回ので使う物、全部なくなったから」
苦し紛れに逃げる。文化祭も女体化するなんて御免だ。
「じゃあ、俺たちで集めるよ」
悟が黒板に『材料集め係』と書き足した。だが、俺はまだ諦めない。
「それがな? 結構、大変なんだよ。必要な物、集めるの」
「例えば?」
「えっと……大きな鏡とか」
それっぽくて簡単には手に入りにくい物をチョイスして言う。
「はい! 私の家、家具屋だからお店にたくさんあるよ!!」
そう叫んで立ち上がったのは河上さんだ。
「後、蜃気楼を作る為に液体窒素」
さすがにないはずだ。
「両親、研究員だから聞けばあるかも?」
西さんが言いながら恐る恐る手を挙げた。余計な職に就いている親たちだ。
「でもな? さすがに分身だけじゃ見せ場がなさすぎるだろ?」
「ああ、それは確かに」
逃げられそうになかったので問題点を指摘する。悟も納得してくれたようだ。
「他に何が出来る?」
「ほ、他? そうだな……」
ふと思いついたのはPSP。そして、幻想郷。
「早着替え……」
ぼそっと呟いてしまった。
「よし! それで行こう」
「しまったああああああああああっ!!」
悟が黒板に『早着替え(コスプレ)』と書き加えたのを見て俺は頭を抱えながら叫んだ。
「……って、何でコスプレなんだよ!?」
「ファンサービスだよ!」
「誰のっ!?」
悟が意味の分からない事を言ったのでツッコんでしまった。
「因みにコスプレは東方関連な? それ以外は認めん!」
腕組みをして言い張る悟。
「なら、いいか……」
(普段、してるし)
逆にそれしか出来ない。
「……え?」
俺の呟きを聞いた悟は目を点にする。
「ん? コスプレしなくていいの?」
「い、いや! コスプレは絶対だ!」
「仕方ないか……でも、許可が下りたらな。国家機密なんだ。先生、電話して来るわ」
「おう」
そう言ってスキホを持って教室を出た。急いでボタンをプッシュし、紫に電話する。
『もしもし』
「いい?」
『ばれなきゃいいわ』
「さんきゅ」
『いえ~』
ここまで僅か5秒。紫の事だ。満月の日、半吸血鬼化と女体化した俺を覗き見ている。そう、踏んでいたのだ。教室に戻る。
「いいってさ。でも、国家機密だからお前たちにはタネは教えられないけど……いい?」
≪コスプレを見れるなら喜んでっ!!≫
クラスの皆がそう、叫んでいた。
「そ、そうか……悟。2~3つほど係り、増やせるか?」
「もちろんだぜ!」
「じゃあ、『編集係』と『作成係』を頼む」
「? いいけど、具体的には何をするんだ?」
チョークを手にして悟が問いかけて来た。
「東方はBGMが良いだろ? だから、曲を再生させてそのBGMのキャラの服を着る。その為に曲を短くする為に編集する人がいて欲しい」
「おお! それはいいな! じゃあ、『作成係』は?」
「まず、この中で東方知らない人?」
俺の質問に大半のクラスメイトが手を挙げる。
「う、嘘……だろ?」
この現状に悟が絶望していた。
「東方はあまり、認知されてないみたいだな。きっと、見に来るお客さんだってそうだ。だから、キャラの外見とそのキャラの説明を書いた何かが欲しい。例えば、パソコンでそう言った物を作っておいてスクリーンに映し出すとか。そうすればお客さんだって俺が誰のコスプレをしているかより深く分かるはず。まぁ、この係は悟だろうけどな?」
「おう! このクラスじゃ俺以外に詳しい奴はいない! で、どれくらいだ?」
「全員」
そりゃそうだろう。俺のPSPには全員分の曲があるのだから。
「……え?」
「頑張れ」
「い、いや! お前、何人いると思ってんだよ!?」
「知らん」
一蹴。
「無理だって! 一人じゃさすがに死ぬわ!!」
「影野がやらないとコスプレ見れないぞ!」
一人の男子が文句を言うとクラスメイト全員が悟を責め始める。
「ああ、わかった! わかったから!」
「じゃあ、そう言う事で『作成係』は悟に決定」
悟からチョークを奪って『影野 悟』と書く。
「それじゃ、次に『編集係』!」
「ちょ! 俺の仕事を取るなああああああああああっ!?」
悟の絶叫が教室に木霊した。
「はぁ……」
ここは旧校舎の男子トイレ。幻想郷に向かう為にここまでやって来た。
「大丈夫かな?」
俺は今、半吸血鬼化している。このまま幻想郷に行ってもばれはしないだろうか。スキホからヘッドフォンを取り出し、頭に装着。次にホルスターを出して左腕に取り付けた。
「えっと……今日の依頼は、と」
幻想郷に行く前に仕事の内容を確認する。今日は5件だ。
「移動『ネクロファンタジア』!」
スペルカードを取り出し、唱える。
「……あれ?」
いつもならすぐに紫の服に変わる。だが、おかしい。何も変化がない。
「移動『ネクロファンタジア』!」
何も起きない。
(も、もしかして……能力が――)
どうやら、俺は満月の日に幻想郷に行けないらしい。まぁ、俺の存在が変わってしまっているのだから当たり前だ。そう言う能力なのだから。
「どうすっかな……」
幻想郷に行けないのでは仕方ない。スキホを取り出して受け取った依頼を全て、キャンセル。ちゃんとキャンセルした理由もでっち上げた。さすがに『今日は外から幻想郷に入れなかった』と書けない。紫に口止めされているから。
「帰るか……」
そう言って鞄を掴んでトイレから出た。
「……」
きっと、これが最後の関門だ。俺はそう思い、唾を飲み込む。
「お兄ちゃん? まだ、入ってない? 洗濯物、干したいんだけど」
ドアの向こうから望の声が聞こえた。
「す、少し待っててくれ!」
――そう、風呂だ。
まず、制服は全部、脱いだ。後はパンツとさらしのみ。だが、朝に見た通り、胸がある。そして、俺は男だ。抵抗があるに決まっている。
(ま、まずは……いや、どっちも脱げない!!)
下も下で恥ずかしい。お風呂に入らなければいいがそうすると望と雅に怪しまれてしまう。
「お兄ちゃ~ん! 早く~!」
「し、しばし待たれよ!」
上を向きながら入れば胸も下も見なくて済む。
「よ、よし……」
上を向いてからパンツとさらしを脱ぐ。さらしで押さえつけていた翼が勢いよく元の位置に戻った。手探りで下に落ちたさらしを掴み、望に見つからないように隠してから手拭いを持ってお風呂場へ。
「望~! いいぞ~!」
ドア越しに翼が見られないように注意して望に声をかけた。
「もう! 何があったの?」
少し怒った様子で望が入って来る。
「うわ~、汗かいたね~」
放置していたジャージを洗濯機に入れながら望が呟いた。
「ドッジボールをやってな」
今、動けば翼が望に見えてしまう。その為、シャワーも浴びずに浴槽にも入らずにじっと立っていた。
「……よし! 終わったよ~」
そう言って望が出て行った。安堵の溜息が漏れる。
「これでゆっくり……」
そう言いながらシャワーを出して、体を見ないように浴びた。
「いっでええええええええええええええええっ!?」
吸血鬼は流水に弱い。半吸血鬼である俺も例外ではない。永琳にもきちんと注意されていたのにも関わらず、俺の絶叫がお風呂場に響き渡った。
半吸血鬼化について
・満月の日、太陽が昇ってから約24時間ほど半吸血鬼化&女体化する。
・体が女の子になる。背中から黒い翼が生える。目が赤くなる。牙が生える。
・太陽に当たっても灰にはならないが、少し体調が崩れる(後々慣れて平気になる)。
・流水に当たると痛みが走る(後々慣れて平気になる)。
・普段の能力が使えなくなる。指輪も使えない。