東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第55話 シンクロのデメリット

「……やばっ!!」

 紅い銃弾は妖怪少女の胸――心臓を射抜いている。このままでは妖怪でも死んでしまう。急いで駆け寄り、体を起こして傷の具合を確かめた。

「あれ?」

 だが、妖怪少女の胸からは一滴も血が流れていない。それどころか服すら破れていなかった。

「でも、確かに銃は貫通したはず……っ!?」

 困惑しているとどこかで電話が鳴る音が聞こえる。

「携帯?」

 俺の携帯とスキホを確かめるが鳴っていない。

(なら、何が鳴ってるんだ?)

 妖怪少女は携帯を持っていないようだ。本当にどこで鳴っているのだろう。

「……頭?」

 そう、どうやら俺の頭の中で鳴り響いているようなのだ。しかし、どうやって出ればいいのか分からない。

「えっと……」

 頭で黒電話を想像し、受話器を取るイメージを思い浮かべる。

『も、もしもし? お兄様?』

 ダメ元で試したが成功したらしい。

(その声……フランか?)

 受話器は頭の中なので声に出さず、応答する。

『うん! フランだよ!』

 話が出来るとわかったのかフランが元気よく返事をした。

(えっと……どうやって会話してるんだ?)

『ああ、それはお兄様の部屋にあった電話を使ってるの』

 初めて魂に入った時の事を思い返し、あの時から電話があったのを思い出した。

「あれ……こうやって、使う物だったのか」

 吸血鬼たちは知っていたはずだが、俺に気を使って今まで使って来なかったのだろう。

(聞きたいんだが、妖怪少女はどうしちまったんだ?)

『敵の魂に吸血鬼たちを送り込んだの。私を装填した時に彼女たちの魂の一部も一緒だったから』

 すごいでしょ~、と笑っている風景が思い浮かぶ。

(……フラン?)

『ん?』

(お前って……悪趣味だな)

 あの3人を送り込むなんて。

『策士って言ってよ……で、大丈夫?』

 急にトーンを低くしてフランが聞いて来た。

(……正直、言って限界だ。急いで家に戻るよ)

『わかった。じゃあ、また後でね』

(おう)

 電話を切ってシンクロを解除する。最初に来ていた制服に早変わり。

「移動『ネクロファンタジア』」

 それからすぐに紫の服を着て、扇子を使ってスキマを開く。ふと、倒れてる妖怪少女が目に入った。

「……はぁ~」

 溜息を一つ、吐いてから妖怪少女をお姫様抱っこした。翼は立ち上がった衝撃でその場に落ちる。今、妖怪少女を見ても妖怪だとは思えない。

「好都合か……」

 抱え直してスキマを潜り抜けた。

「ただいま~」

 片手でスキホを使ってヘッドフォンとPSPをスキマに転送し、足を器用に使って玄関を開けた。

「お帰り~! おそかった……ね」

 居間のドアが開いて望が出迎えてくれるが俺の腕に抱かれた妖怪少女を見て言葉を失う。

「あ~……望? 少し、話が長くなるんだが――」

「み、雅(みやび)ちゃん!?」

「へ?」

 俺が妖怪少女の事を説明しようとしたが、予想外に望はそう叫んでいた。

「お兄ちゃん! 雅ちゃんに何が起きたの!?」

「えっと……もしかして、こいつの名前?」

「尾ケ井(おがい) 雅ちゃん。夏休み明けに私のクラスに転校して来たの」

 妖怪少女――雅の顔色を伺いながら望が説明する。

「それで雅ちゃんに何が!?」

「お、落ち着け!」

 そう言ってから靴を脱ぎ、居間まで移動。すぐに雅をソファに寝かせる。

「望。毛布、頼む」

「う、うん!」

 俺の指示に従い、別の部屋にある毛布を取りに行った。

(さて……どうやって、説明するか?)

 肝心な事を忘れていた。

「ぐ……」

 急に胸が苦しくなる。シンクロのデメリットが近づいているのだ。急がなければならない。

「お兄ちゃん! 持って来たよ!」

 毛布を抱えて居間に戻って来た望。それを雅にかけてあげる。

「で? もう、話してくれるよね?」

 望はもう一度、雅の様子を確かめてから俺の方を見る。

「お兄ちゃん? 大丈夫?」

「あ、ああ……」

 顔色が悪いのに気付かれてしまったようだ。

「実はな――」

 路上で誰かに襲われている所を助けた。しかし、気絶してしまっていて家が分からない。仕方なく、ここまで運んで来た。そう、説明する。

「そうだったんだ……」

 望は雅をちらっと見てそう呟いた。

「ん?」

 だが、その表情は何だか疑っているように見えた。本人も疑っている事に気付いていないような。そんな感じだ。

「でも、良かった。雅ちゃんが無事で。家には誰もいないらしいから今日はこのまま寝かせてあげようか」

 望が雅の頭を撫でながらそう言う。やはり、妖怪なので家には誰もいないらしい。

「そうだな」

 望がいる前で暴れたりはしないだろう。それに俺も限界だ。

「じゃあ、俺も寝るわ」

「え? 晩御飯は?」

 驚いた様子で望が振り返る。

「すまん……ちょっと疲れて」

「そう……お仕事、お疲れ様」

「明日は起こさないでくれ。休み、貰ったから……お前とも遊びたいけどな」

「ううん。気にしないで。その気持ちだけでいいよ! じゃあ、おやすみ」

「悪いな。おやすみ」

 望を居間に残し、俺は自分の部屋に入った。

「……ふぅ」

 制服から着替えず、そのままベッドに入って目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「……」

 目を開けると魂の俺の部屋にいた。

「あ、おはよう。お兄様」

 俺に馬乗りになるような恰好でフランが挨拶して来た。

「お前はそこで何をしてんだ?」

「え? お兄様の寝顔を拝見」

「……とにかく降りろ」

「は~い」

 素直に俺の上から退いてくれたフラン。体を起こして部屋の様子を確かめる。

「あれ? 吸血鬼たちは?」

「ああ、まだ妖怪少女の魂の中だと思うよ?」

「まだやってんか?」

「多分ね~。で、私はいつ自分の体に?」

 シンクロのデメリット。それは魂固定だ。シンクロを解除しても半日もの間、フランの魂は俺の魂の中に依存し続ける。紫が言うには魂が24時間以上、体から離れていると体の方は死んでしまうらしい。

「そうだな……10時間、ぐらい?」

 シンクロを解除してから2時間が過ぎた。

「え~。そんなに?」

「これでもましな方だぞ? 俺の魂が特別じゃなきゃ、2日間もここに居続ける事になるんだから」

 つまり、死。

「……そうなの?」

「そうなの。それに俺だってお前が帰るまでここに居なくちゃいけないし」

 そう、あの胸の苦しみは俺の意識が魂の中に引き込まれそうになっていたからだ。何とか我慢して耐えたが危ない所だった。もし、途中で力尽きていたら望を心配させる事になっていただろう。

「へ~……シンクロって危ないね」

「だから、あまり使いたくなかったんだよ。てか、お前も紫の説明、聞いてたろ?」

「いや、あの時はフラフラでほとんど聞いてなかったよ」

「聞けよ!!」

「いいじゃん! こうやって、お兄様だって無事だったんだし!」

 フランはとびきりの笑顔でそう言う。

「……はぁ~」

 片手で顔を半分、覆い溜息を吐く。フランの言う通り、シンクロがなければ雅に殺されていた。

「まぁ、出来るだけ使わないようにするから」

「え~! もっと、お兄様と戦いたい!」

 共闘なのか戦闘なのか聞かないで置いた。

「そう言えば、吸血鬼たちと会ったんだろ? 何、話したんだ?」

「えっとね? 私の事とお兄様の事」

「俺の?」

「うん」

 嬉しそうに頷くフラン。一つ、思い当たる節があった。

(フランを装填した時に聞こえたあの声……)

 その中に60年前に俺と会った。人間を知って苦しくなったと言っていた。そして、その時の台詞――。

「なぁ? フラン?」

「ん? 何?」

「今、好きな人っているか?」

 あの時の叫びを思い出して気になったのだ。

「ええっ!?」

 フランが俺の問いかけに目を見開いて驚く。

「きゅ、急に何? ど、どうしたの?」

 目はキョロキョロ。顔は真っ赤。翼は忙しなくパタパタと動いている。

「あ~……いや、気になっただけだ。何でもない」

「そ、そう……」

(これは……間違いない)

 フランには好きな人がいる。きっと、俺に会った後に紅魔館に訪れた人間だ。実は幼い頃の記憶が戻ったと言っても紅魔館を去るまでの短い期間のみ。その後の記憶はまだ戻っていないのだ。あの頃の俺は小さかったし、さすがに俺に恋はしていないはず。

「お、お兄様?」

「ん?」

「……何でもない」

 でも、どうしてフランは俺の方を見ないのだろう。さっぱり、分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 響は人一倍、恋に疎い。学校であんな扱いを受けているからそれに慣れてしまい、これが当たり前だと勘違いしているのだ。つまり、鈍感。いや、もうそう言った感覚が皆無だ。彼に恋した女の子は大変、苦労する事だろう。

 

 

 

 

「まぁ、後10時間は暇だから何かして遊ぼっか?」

「うん!」

 元気よく頷いたフランを見ていると口元が緩んでしまう。こんな小さな妹が増えたのだ。この後、吸血鬼たちが帰って来るまで俺はフランと遊び続けた。もちろん、平和的に。

 


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