東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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EX32

 それからしばらく俺たちは地面に座って無言のまま、空を眺めていた。きっと、お互いに気持ちの整理をする時間が必要だったのだろう。響に言葉をかけた桔梗は腕輪に変形して俺の右手首に装着されている。自分の姿を彼女に見せると色々と思い出させてしまうと思ったのだろうか。

「……さて、そろそろ時間かな」

 不意に響の声が聞こえ、そちらを見ると空から視線を外して俯いていた。

 蓬莱の薬を飲み、死ねない体になってしまった響は一体、どんな経験をしたのだろう。

 蓬莱人になったはずなのにあの右腕や左目はどうして復活しないのだろう。

 彼女だったかもしれない俺を見守った彼女はこれからどうするつもりなのだろう。

 俺だったかもしれない彼女を見ながら様々な疑問が脳裏を過ぎるが、その全ては俺にとって関係のないこと。あくまで己の世界を飛び出した彼女は観測者にすぎない。読者(部外者)の気持ちを考える登場人物(当事者)などいないのだから。

「満足したのか?」

「……どうなんだろうね。今のこの気持ちが本当の気持ちなのか。それとも、自分自身にすら気持ちを誤魔化してるのか。それすらわからなくなっちゃったから」

 響はどこか悲しげに苦笑を浮かべる。その表情を見ても『未来を見出す瞳』は反応しなかった。それが彼女の疑問の答えになっているのだが、それを言ったところで彼女自身、それを自覚しなければ意味がない。

「でも、これだけは言える」

 伝えるか伝えまいか。どうするか悩んでいる間に彼女は立ち上がってもう一度、空を見上げた。その立ち姿に迷いはない。

「少しだけ苦しくなったよ。何もかも諦めてしまった私だったけど、久しぶりに胸が引き裂かれそうになった。どうして、私は()じゃなかったんだろうって」

 『だからこそ』と響は首から下げられている蒼い宝玉を左手でそっと握りしめた。これ以上、皹が広がらないように慎重に、優しく、愛おしそうに。

「もう少し旅をしようと思うんだ。もうほとんど失ってしまった私だけれど、この子はまだここにいてくれるからね。そろそろこのお寝坊さんを起こしてあげたくなっちゃったのさ」

 あの宝玉はすでに機能を停止している。『未来を見出す瞳』ですら宝玉を直す方法は見つけられなかった。つまり、『未来を見出す瞳』すら見つけられない希望()がなければあの宝玉は一生、あのままということになる。

「……それが治ったら体、作ってやるよ。これでも幻想郷に住んでる人形使いに驚かれるほど人形作りには精通してるんだ」

「そりゃ、ありがたい提案だ。これで体の作り方を教えてくれる先生を確保できたってわけだ」

 作り方を教えてくれる先生。それを聞いて俺は思わず笑みを零してしまう。ああ、そうだった。お前は俺だった。きっと、俺だったら宝玉だけでなく、体も自分の力でどうにかしたいと考える。すでに同一人物か疑ってしまうほどかけ離れてしまった俺たちだが、根底にある何かは変わっていないのだろう。

「なら、俺が死ぬ前に来いよ? お前と違って俺は死んじゃうんだからな」

「ふふっ、そうだね。きっと、間に合わせてみせるよ。そして、この子が起きたら一緒に『弾幕ごっこ』をやろう」

「ああ、そうだな。約束だ」

 俺も立ち上がって彼女に手を差し伸べる。彼女と再会するのはおそらくずっと未来の話だ。もしかしたらないのかもしれない。だから、別れの握手をしようと思ったのだ。

「……」

 しかし、響はその手をジッと見たまま、動かなかった。いや、何か言うのを躊躇っている。一応、その内容も穴に該当するので『未来を見出す瞳』を使えば筒抜けなのだが、さすがにそれをするのは憚れる。

「どうした?」

「あ、うーん……今、ちょっと思いついたことがあってね。思いついたというか、お願いというか……」

「なんだ、はっきりしないな。言ってみろよ」

「……私はね、本当に嬉しかったんだ。君がこの結末に辿り着いたことが、ね」

 そう言って響はずっと浮かべていた笑みを消し、真剣な表情で俺を見上げる。今更、彼女が男にしては身長の低い俺よりも小柄な体形なのだと気づく。そして、そんな小さな体でずっと世界を飛び越えていたという事実に少しばかり心が締め付けられた。

「もちろん、私が見てきた1万以上の世界の中で君ほどではないけれど、ハッピーエンドに近い結末を迎えたこともだった。それでも、私が求めていたのは、君の物語だった」

「……」

「だから、さ。残して欲しいの。どんな形でもいい。言い伝えとして、漫画として、小説として、アニメとして、ゲームとして……どれでもいい。どんなに拙いものでもいい。そして、それを持って……旅に出たい。いつでも君の物語を思い出せるように」

「……そうか」

「あ、もちろん、君自身が残さなくてもいいよ? 誰かに委託してもいいし、むしろ、並行世界の誰かに書かせたっていい(・・・・・・・・・・・・・・・・)。君の物語が形として残った世界に私が飛んで、勝手に持っていくから」

 つまり、旅の途中で『『音無 響』の物語を誰かが形として残っている世界』に寄って回収するつもりなのだろう。簡単に言ってくれる。響と違い、俺はまだ『時空を飛び越える程度の能力』を完璧にコントロールできているわけではない。それができるようになるまで相当な時間がかかるだろう。

「なら、俺も簡単には死ねないな」

「じゃあ――」

「――ああ、わかった。お前の願い、叶えるよ。いつになるかわからないけどな」

「いいや、それだけで十分さ! 一体、どんな物語になるのか今から楽しみだよ!」

 響は満面の笑みを浮かべて俺の手を握った。具体的にどうするかはまだ決めていない。だが、今すぐに決めなくてもいいだろう。響に比べたら些細なものだが、俺も疑似的な不老だ。いつか、彼女と同じように並行世界に飛べるようになるはずだ。だって、俺だったかもしれない彼女が実際に世界から世界へ渡り歩いているのだから。

「じゃあ、そろそろ行くよ」

 俺の手を離した響は後ずさるように数歩だけ距離を取る。世界を渡る際、特に特殊な儀式や機材は必要ないらしい。

「あ、そうだ……最後にとっておきの秘密を教えてあげる」

「秘密?」

「うん、最初にも言ったけど私はね。君が必ず最良のハッピーエンドを迎えると確信してたの。その根拠を、ね」

 にしし、とどこか悪戯めいた笑顔を浮かべながら響は左手を挙げる。そして、友人とお別れする子供のようにブンブンと左右に振って叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、また会おう! 私から見て一万一千八百七十四番目(・・・・・・・・・・・)()!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、彼女はこの世界から忽然と姿を消した。まるで、最初からそこにいなかったように。

「……」

「……行ってしまいましたね。それにしてもマスターが必ず最良のハッピーエンドを迎える根拠って一体、なんだったんでしょうか? 言う前に行ってしまいましたけど」

「……ふふ」

「マスター?」

「く、くくく……はは、ははは!」

 いつもの人形の姿に戻った桔梗は首を傾げているが、俺は込み上げる笑いを抑えるのに必死で答えられなかった。あの女、最後の最後にとんでもない爆弾を置いていったのである。

「あ、あの? マスター? いかがされましたか?」

「い、いや……ぷっ。あー、駄目だ。これ、おさまらなっ」

「こ、こんなに大笑いしているマスターを見たのは初めてです……あの差し支えなければその原因を教えていただきたく!」

「あーっはっはっはっはっは!」

「マスターってば!」

 だって、こんなの笑わずにはいられない。本当に、おかしくてたまらない。

 母親である『博麗 霊魔』は未来予知にも似た直感で子供である俺が行き着く未来を定め、罪悪感に苛まれながらも手助けをした。

 そんな母親の想いを受け、確実に過去の俺をその未来に辿り着かせるべく、最愛の人や親しい友人たちの歴史から己を消滅させ、『未来を見出す瞳』を駆使して見守った俺。

 母さんと俺はそれぞれ辿り着く未来を知っていたからこそ、行動することができた。言ってしまえば、辿り着ける確信がなければあんな無茶はしなかっただろう。

 しかし、俺だったかもしれない彼女は違う。たった一つの世界しか知らない母さんや俺よりも『音無 響』という存在をよく理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(だからってそんな曖昧な根拠で、確信できるなんて思うわけないだろ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始まりの響。1万を超える並行世界の中で、唯一蓬莱の薬を飲んで蓬莱人となった響。

 彼女が観測した世界の数は一万一千八百七十四。

 そう、11874。11874(いいはなし)

 彼女はただの語呂合わせで俺の本能力、『象徴を操る程度の能力』が発動し、最良のハッピーエンドを迎えると確信したのだ。

「本当に……馬鹿だなぁ」

 まぁ、本当ならそれぐらい適当でよかったのかもしれない。俺は一向に収まらない笑いを堪えることを止め、しばらくその場で笑い続けた。この笑い声が終わりのない旅を始めた彼女に届けばいいと願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから俺は家族と共に幻想郷で平和な日々を過ごしていた。縁側から見える桜は少しばかり散り始め、青々しい葉っぱが生え始める頃だ。

「……」

 いつも傍に居る桔梗は元気真っ盛りの双子の姉妹に連れられ、紅魔館に遊びに行っている。今日はフランと遊ぶ約束をしているそうだ。フランとレミリアには定期的に太陽の光を浴びても大丈夫なように影を操って固定させるのだが、最近はその仕事も霊亜がしている。影操作のいい練習になるらしい。この前、その固定が甘く、太陽の光を浴びたレミリアの右翼の先端が燃えたが。

 霊夢も霊夢でちょっと異変が起きそうだからとお祓い棒を持ってどこかに飛んで行ってしまった。俺の『未来を見出す瞳』は特に反応していないのでさほど大きな異変ではないとは思うが、一応いつでも出かけられる準備だけはしておこう。

 そんなこんなで珍しく俺は博麗神社の母屋にある自室で一人、机に向かっていた。

「……こんなもんか」

 小さな半紙にさらさらと筆を使って文字を書き、その出来に首を傾げる。俺はこういったことをしたことがなく、勝手がわからない。やはり、誰かに委託した方がいいかもしれないとため息を吐いた。

(でも、これだけは自分で決めたいよな)

 机に置いた半紙と睨めっこして他に案がないか考えるが、特に思いつかずに最終的に『これでいいや』と半紙を放り投げてしまった。まぁ、あくまでこれは仮なので委託した人が気に食わなければ勝手に変えるだろう。

『きょ、響! 聞こえる?』

 その時、唐突に外の世界にいるはずの雅から式神通信を通して連絡が来た。普段なら『今日、こっち来るの?』ぐらいにしか使われていないが、彼女のあまりの剣幕に些か緊張してしまう。

『どうした?』

『あの子が……奏楽が、目を――』

「ッ!」

 たったそれだけで俺は雅からの通信を切り、外の世界へと飛んだ。

 ああ、どうやら、今日はとびっきりのお祝いをすることになりそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響が去った部屋に一枚の半紙が落ちている。

 そこに書かれていた文字はたったの五文字。きっと、それを見ただけではその言葉の意味を理解することはできないだろう。

 だが、見る人が見れば話は違う。もしかしたら、これを読んでいる君たちならわかるかもしれないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――東方楽曲伝

 

 

 

 

 

 

 

 

 では、再び伝説を読みにいこう。もしかしたら、想像以上に拙い出来かもしれないけれど、私は何度、読み返してもこの胸の高鳴りを抑えることはできないはずだ。

 だって、これは誰よりも私が待ち焦がれていた物語なのだから。




後日談を投稿し始めて、早1年。
これにて東方楽曲伝、完結でございます。
全体で9年にも及ぶ投稿となりました。
ここまで読んでくださった読者様、大変お疲れさまでした。
そして、ありがとうございます。
響さんの物語はこれでおしまいですが、もしかしたら別の世界に渡った彼から依頼があったら書こうと思いますのでその時はぜひお付き合いください。



後書きですが、気分が乗った時にでも書いてそっと投稿しておきます。


それでは、本当にお疲れさまでした!



































 とある世界。とある時代。とある国のとある地域のとある場所。
 そこに一人の男が倒れていた。
 全身傷だらけで特に腹部に深々と大きな切り傷があり、どくどくと夥しい量の血が流れている。きっと、あと数分とせずに彼は死んでしまうだろう。
「ぁ……っ!」
 しかし、それでもなお、彼は死に抗っていた。周辺に散らばった機械のパーツを集めようと必死に手を伸ばす。だが、伸ばすばかりでパーツには一向に近づいていない。
「――? ――!」
 その時、彼を近所に住んでいるであろう少女が発見し、叫び声をあげた。そのまま、彼の傍へと駆け寄り、必死に声をかける。
「ガっ……ぐっ」
 男は声にもならない悲鳴をあげながらもその手を動かすことを止めない。彼を動かすのは死への恐怖か、誰かに対する怒りか、憎しみか。
「――――――! ―――、――。――――!!」
 少女は泣きそうになりながら男に何かを言い残し、どこかへ走り去ってしまう。それでも男は止まらない。少女の言葉は彼にとって未知の言語であり、そもそもその声すら届いていなかったのだから。
「お、と……なしッ!」
 男は止まらない。思い浮かべるのは髪の長い女にしか見えない男の顔。それを思い出した瞬間、彼の視界が真っ赤に染まり、体がゴキリと嫌な音を立てた。
「ぜ、ったい……こ、ろすッ」
 そう、誰にともなく宣言した男の手はもはや使い物にならないほど破損した機械のパーツに届いた。

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