東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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EX31

「……」

 知り合いの妖精や妖怪に軽く挨拶しながら飛び続けること数十分。『未来を見出す瞳』が反応を示した場所に到着する。ふわりと着地して周囲の様子を窺うが、人影はおろか苔むした大きな岩以外に特に目立つようなものはない。

「……そこにいるのはわかってるぞ」

 だが、俺の『未来を見出す瞳』はきちんと穴を見つけていた。苔むした大きな岩の上に誰か座っている。本当ならその姿もはっきり見えるはずだが、どういうわけかシルエットぐらいしか見えなかった。そのことを内心、疑問に思いながらも岩の上に座っている人物に声をかける。

「やっぱり、君のその瞳は誤魔化し切れなかったか」

 クスクスと可愛らしい声で笑いながら岩の上に座っていた人影はその姿を現す。

 その小さな体に合わないぶかぶかの高校の制服。

 黒くてどこかくすんだ長い髪を一本にまとめ、愛くるしい笑顔を浮かべる顔。

 しかし、その人形らしい一面を崩壊させるかのように欠損している左目と右腕。

 なにより、目立つのが胸元で輝くビー玉よりも二回りほど大きい、罅割れた蒼い宝玉を施したネックレス。

「ッ……」

「ど、うして……それが……」

 今も眠り続けているあの子よりも少しだけ大きい彼女に俺は言葉を失い、咄嗟に俺の肩に移動した桔梗も顔を青ざめさせていた。

 きっと、常人であれば――いや、大抵の生物は彼女の姿を見ても何の疑問も浮かばずに接していただろう。だが、俺の『未来を見出す瞳』や『博麗の巫女』特有の直感を持つ者、桔梗のような生物ではない存在にはその認識阻害は通用せず、彼女の異常性を目の当たりにしてしまった。

「やぁ、ずっと会えるのを楽しみにしてたよ」

 そんな俺たちの反応も予想していたのか、彼女はニコニコと笑いながら右手を振った(・・・・・・)。欠損して存在していないはずの右腕を動かして。そう、『未来を見出す瞳』や『象徴を操る程度の能力』の副産物である『干渉系の能力無効』さえも貫通して認識をずらされた俺は思わず口元を片手で覆う。

 ああ、気持ち悪い。あの笑顔も、姿も、存在も、何もかも。

「あ、ごめんね。さすがにやりすぎたかな? どうも、誤魔化すことばかり上手くなっちゃったせいで意識しないと認識阻害を止められなくて」

 彼女がそう言うと嫌悪感がスッと消え、初めて呼吸が乱れていることに気付く。桔梗も何とか正気を取り戻していつでも戦えるように構えを取った。

「おっと、戦う気なんてないの。そんな怖い顔をしないで欲しいな」

「……お前、自分がどんな存在かわかってて言ってるのか?」

「もちろん、君が私の正体に気づいてることもね」

 笑顔を浮かべて言い切る彼女は岩から降りて俺たちへと近づいてくる。だが、それは長く続かず、俺たちから数メートルほど離れた場所で立ち止まった。

「さっきも言ったでしょ? ずっと、会いたかったんだ。君たちに」

「……」

 ああ、そんな目で見ないで欲しい。そんな声で話しかけないで欲しい。その姿を見せないで欲しい。今すぐにでもこの場から離れたかったが、その前に彼女がとうとう、その言葉を口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずっと、ずっと……待ってたんだ。何秒、何分、何時間、何日、何か月、何年、何十年、何百年、何千年、何万年……ずっと、その頂に辿り着く――あったかもしれない私たち(・・・)に出会うのを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――こいつは、俺だ。並行世界の、『音無 響』なのだ。何もかも失った、失敗した、あったかもしれない俺たち(・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、会いに来た?」

「だって、ずっと見守ってたから。君たちなら必ず(・・)その頂に辿り着けるとわかってたけど、少しばかり手助けが必要だったみたいだし」

「手助け?」

「……あ、その反応ならあの子たちは約束を守ってくれたみたいだね。うんうん、お姉さん、嬉しくなっちゃうよ」

 そう言って()は愛おしそうにネックレスの宝玉を撫でる。罅割れているはずなのにその原型を留めている歪な珠。それは、今も俺の肩で彼女を警戒している俺の大切な家族の――。

「その右腕と左目はどうした? 吸血鬼の『超高速再生』で治るはずなのに」

「未だに失明したままの君には言われたくないけどね。その答えは簡単だよ、私には吸血鬼がいないから。最初からね」

「何?」

 俺は父――吸血鬼になりかけていた『時任 凉』と母――博麗の巫女である『博麗 霊魔』の子供だ。二人が出会ったからこそ、俺は産まれ、吸血鬼を宿していた。だから、『音無 響』であるのなら吸血鬼がいなければならない。

「つまり、私は『吸血鬼の力を宿さなかった音無 響』なんだよ。並行世界だからね、この世界とは違う要素がいくつかあってもおかしくはない。まぁ、私からしてみれば……『音無 響』からどんどん離れていったのは君の方なんだけどね」

「何を言って……ッ!?」

 今、なんと言った? 離れていったのは俺の方?

 確かに俺は本来、女として産まれるはずだった『音無 響』に比べれば異質な存在だと言える。でも、それは他の並行世界を知っていなければならず、それに加え、今の言い方をするには最初の『音無 響』を知っていなければ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お前、最初の、『音無 響』、なのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『東 幸助』の絶望を見せつけられた俺はいくつもの並行世界を観測した。何万回と繰り返したそれらでも必ず、始まりが存在している。そう、それこそ『東 幸助』が妻を殺され、紫に復讐を誓った直後に紫本人に殺害された『最初の死』を経験した世界。その時、紫に殺される直前、『東 幸助』は――仕事の関係で『音無 響』と出会っている。そもそも、紫に封印されたはずの記憶を取り戻したのは『音無 響』と会ったからだ。

 その『音無 響』が悲惨な姿になって何万回と繰り返し、最良の結末を迎えることができた俺に会いに来た。

「そう、繰り返していたのはあいつだけじゃなかったってこと……私の場合、繰り返したというよりも世界から世界へ渡り歩いていただけだけど」

「なんで、そんな姿に……」

「『魂喰異変』で魂を打ち込まれたでしょ? 私もそれを受けて……でも、吸血鬼はいないから『超高速再生』で治療もできなくて絶体絶命の大ピンチ!」

 そう言って両手を広げながら響はクルリと俺たちに背中を向ける。その姿はまさに演劇女優。いや、子役か。悲劇を語りながらも嬉々とした声音に俺はどこか恐怖心を抱いた。

「しかし、このまま死ねば『魂喰異変』を解決できる人がいなくなる。そこで主治医であった月の頭脳は禁じ手を使うことにした」

「……蓬莱の薬」

「あら、正解を導くのが早いんじゃない?」

 蓬莱の薬。言ってしまえば飲んだ者を不老不死にしてしまう薬だ。その薬を作ったのは永琳であり、作った張本人なら薬を所持していてもおかしくはない。

「こうして、死ねなくなった『音無 響』は何度も死に、生き返りながら仲間たちと一緒に異変を解決し続け、その途中で大切な物を喪った」

「……」

 大切な物。俺と彼女では同一存在と呼んでいいかわからないほど何もかも違うため、その具体的な物を思い浮かべるのは難しい。ただ、彼女の胸で輝いている蒼い宝玉は俺も一度、失いかけた大切な物だ。俺は運よく取り返し、今もなお、隣で笑ってくれているが、彼女はそのまま失ってしまったのだろう。

「失って、喪って、うしなって、ウシナッテ……私の結末はバッドエンドもいいとこ。本当に、ろくでもない終わり方をした」

 彼女の物語はそこで完結した。バッドエンドを迎えた。

 だが、彼女は蓬莱の薬を飲んだ不老不死。俺の翠炎による疑似不老とは違う。自分の意志で死ぬことができない、生き地獄だ。

「たまたま物語の途中で世界から世界へ渡る術を持っていた。だから、私は世界を渡った。私とは違う、最高のハッピーエンドを迎える物語を探して」

 それから彼女はどれほどの世界を渡ったのだろうか。いや、その答えは知っている。その数は皮肉にも最初の世界ではたった一度だけしか会話していない『東 幸助』と同じ。

 妻を妖怪に殺されてその復讐のために何度も死に戻った『東 幸助』とバッドエンドを迎え、死ぬに死ねず、ただ何の意味にもならない救いを求めて何度も世界を渡った『音無 響』。

 この二人に一体、どんな違いがあったのだろう。ハッピーエンドを迎えた俺にはわからなかった。

「私はある程度、渡る世界を指定できたの。言ってしまえば、『もしも、こんな世界だったら?』と仮定の世界へ飛ぶことができた。そして、最初の跳躍で決めたのは『音無 響が蓬莱の薬を飲まずに済む世界』――それが君が吸血鬼を宿すきっかけ。『音無 響が吸血鬼の力を宿して産まれる世界』だった」

「……」

「それから何度も試行錯誤を繰り返した。少しでもいい世界へ、少しでもいい結末へ、少しでもマシな損害で、少しでも理想に近い最期へ。飛んで、跳んで、トんで、とびつづけた」

 そこで彼女は再び俺たちへ顔を向ける。響は笑っていた。でも、流していないはずの涙が見えたのは俺だけだろうか。

「……マスター」

 ふと俺の肩から重みが消えた。構えを取っていた桔梗がふわりと浮かび、ゆっくりと目の前で笑って(泣いて)いる彼女へと近づいていく。響を見ながらしっかりと『マスター』と呼びながら。

「マスター、か。久しぶりに呼ばれたよ。慰めてくれるのかい? でも、残念ながら君は私の知る彼女ではない。何度も世界を渡ったから知ってるの。もう、期待する方法すら忘れてしまったほどにね」

「ええ、そうだと思います。だから、これは慰めではありません」

 桔梗は響の前まで止まると手を伸ばす。彼女が触れたのは響ではなく、彼女が首から下げているネックレスの宝玉だった。

「私はただのメッセンジャーです。こんな姿になっても、決して離れることのなかった()の」

「え?」

「この子があなたとどんなお別れの仕方をしたか。それはわかりません。でも、どんなお別れをしたとしても……彼女はきっと、こう思うはずです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――最期の最後まで不出来な従者で申し訳ありません。でも、あなたを守ることができて私は幸せでした。どうか、これからのあなたに幸せが待っていますように。

 

 

 

 

 

 

 

 それを聞いた俺は、それを初めて聞いた気がしなかった。いや、きっと俺もその言葉を聞かされたのだ。本来であれば永遠の別れになったはずのあの時に。

「……そっか。うん、そうだね。あの子ならそう思うはずだ」

「はい、だから……この子のためにも幸せになってください。それがどんな世界でも、あなたの手で産まれた私たち(・・・)の気持ちです」

 桔梗の言葉を噛み締めるように響は目を閉じる。もう、彼女の顔に涙は見えなかった。




初めの響さんですが、たった一度、しかも数行だけ登場しています。

ぜひ、探してみてください。

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