「えーい!」
「……お返しです」
ひらひらと桜が舞い散る中、きゃあきゃあと騒ぐ女の子の声が響く。それは誰が聞いても楽しそうに遊ぶ子供の声であり、微笑ましい光景を想像するだろう。実際、俺の隣でお茶を飲みながらそれを眺めている霊夢は『怪我に気を付けなさいよー』と呑気に声をかけていた。
「……」
確かに子供が笑顔を浮かべて遊ぶ姿は見ているこちらがほっこりすることには賛成だ。だが、それは子供らしい遊びをしていた場合に限る。彼女たちのようにその辺りにいる妖怪が見たら顔を青ざめさせるほどの激しい弾幕ごっこを繰り広げていたらほっこりするどころか、俺のようにドン引きしてしまう。
「……なぁ、霊夢」
「何?」
「いつもああなのか?」
少々情けないかもしれないが僅かに声を震わせた俺は霊夢に声をかけた。話には聞いていたが、想像以上に激しい弾幕ごっこを見せられて動揺しているのである。俺の肩に乗っている桔梗はあんぐりと口を開けて驚愕していた。
「今日は特別、激しいわね。まぁ、あなたがいるからでしょうけど」
「……桔梗。一応、いつでも助けられるように準備しておいてくれ」
「は、はい!」
俺の指示に慌てたように返事をした桔梗がふわりと飛び、彼女たちの傍へと向かう。その姿を見ながら手に持っていた湯飲みを縁側に置いてため息を吐いた。
「どうしたのよ、さっきから様子がおかしいけど」
「いや、だって……あれは駄目だろ」
霊夢の質問に俺は彼女たちを指さしながら言う。丁度、同時にスペルカードを使ったようで弾幕が激突し、凄まじい爆風が俺たちを襲った。それに対して霊夢は慣れた様子で湯飲みを傾けながらお札を投げ、簡易的な結界をはり、爆風から俺たちと博麗神社を守った。なお、桔梗はその爆風をもろに受けて悲鳴を上げ、どこかへ吹き飛ばされてしまう。
「それじゃ……そろそろいっくよー!」
「……こちらもいきます」
彼女たちは再びスペルカードを構え、同時に宣言した。元気な声と落ち着いた声は対照的だが、そのスペルカードに込められた霊力の大きさはほぼ同じ。
「『夢想封印』!」
「……『影狂い』」
片方の女の子からは八つの巨大な霊弾が、もう片方の女の子は足元の影を操作して巨大な波を作り出し、巨大な霊弾ごと飲み込まんとする。だが、その波に真正面からぶつかったいくつかの霊弾は弾けるように炸裂して波を吹き飛ばした。
「ッ……『影斬り』」
影の波を突破されながらも影を使った子は冷静に次のスペルカードを使用。飛ばされた影を巧みに操って斬撃に変形させ、飛来した残った霊弾を細切れにする。その斬撃を霊弾を放った女の子はひょいひょいと飛び跳ねるように躱してやり過ごした。
「くっそー! なら、次は――」
「……決めます。これで――」
「はいはい、ストップストップ」
これ以上、続けていたら怪我するかもしれないのですぐに二人の間に割って入り、弾幕ごっこを中止させる。いきなり、現れた俺を見て二人はキョトンと可愛らしく首を傾げ、俺が観戦していたことを思い出したのか、すぐにスペルカードを手放して駆け寄ってきた。
「マ……
「おか……
「……よしよし」
ニコニコと笑いながらこちらを見上げ、手を上げる女の子――『
『婚姻異変』から数年、俺と霊夢は約束通り、無事に結婚した。それに加え、幸運にもこうして双子の姉妹を授かることができた。因みに『婚姻異変』の勝敗は――姉妹の苗字で一目瞭然である。
姉の霊華は霊夢に似ており、妹の霊亜は俺のような幼いながらもクールな顔立ちをしている。
「それにしても……霊華はもう『夢想封印』を打てるのか」
「うん、なんかできた!」
「そして……霊亜の方は影を操ってたな」
「……はい、おとーさまが使っているところを見たらしぜんとできるようになりました」
「……」
もしかしたら、俺の子供たちは俺や霊夢を超えるほどの天才なのかもしれない。特に霊亜は影操作を何となくではなく、本当に一度だけ見ただけでその原理を理解し、きちんとコントロールしている。霊華よりも俺の血を濃く、受け継いでいるのだろうか。
また、霊華も霊華で霊夢のように博麗の巫女の力を強く受け継いでおり、『夢想封印』はもちろん、弾幕ごっこのセンスも高く、先ほどの戦いを続けていればおそらく霊華が勝っていただろう。それほど霊亜の『影斬り』を躱した時の身のこなしは華麗だった。
「れいあはすごいね! わたし、かげなんてあやつれないもん!」
「おねーさまもさすがです。れーあではあんな大きなたまを作れません」
色々な意味で姉妹の将来を心配していると霊華と霊亜はお互いに褒め合い、くすくすと笑っていた。弾幕ごっこではあれほど激しく争っていた二人だが、普段は仲の良い姉妹らしい。事情があったとはいえ、二人の成長を見られなかった期間があったことが悔しかった。
「……きっと、二人はもっと色々とできると思うから一緒に練習しような」
「うん!」
「はい!」
ポンポンと頭を軽く叩きながら提案すると霊華と霊亜は満面の笑みを浮かべて頷き、俺の足に抱き着いてきた。やはり、少しの間とはいえ、父親に会えなかったから寂しかったのだろう。
「どうだった? すごいでしょ」
「ああ、想像以上だった」
抱き着いてきた二人をそれぞれの腕で抱き上げて、縁側に戻れば霊夢がどこか誇らしげに微笑んだ。おそらく、姉妹に弾幕ごっこを教えたのは彼女なのだろう。次世代の『博麗の巫女』の教育は順調に進んでいるらしい。
「マスター……」
「おかえり、大丈夫か?」
「はい、メイド服が木の枝に引っかかってどうなるかと思いましたが無事に帰ってまいりました」
フラフラと帰ってきた桔梗を迎えるために手を伸ばそうとするが、姉妹を抱えていることを思い出して動きを止める。そして、その直後、霊華と霊亜が飛んできた桔梗を同時に捕まえた。
「ききょー!」
「……ききょうさん」
「わわっ、お嬢様たち! そんな強く引っ張らないでください!」
弾幕ごっこは激しくても霊華も霊亜もまだ幼い女の子。桔梗のような可愛らしい人形が好きなようで隙さえあれば今のように桔梗を捕まえてもみくちゃにしていた。
「……それで、そっちの用事はもういいの?」
「ああ、無事に終わった」
霊華と霊亜の分のお茶を淹れながら霊夢が問いかけてきたので素直に頷く。『婚姻異変』の後、霊夢と結婚した俺は幻想郷に永住することを決め、博麗神社に住んでいた。
しかし、外の世界で少しばかり厄介な事件が起こり、それを解決するために数か月ほど外の世界に戻っていたのだ。その間に霊夢は霊華と霊亜に弾幕ごっこを教え、今日、戻ってきた俺に披露してくれたのである。
(それにしたって……影、か)
『婚姻異変』の時にはすでに俺は影を操れるようになっていたが、操れるようになるまで相当な努力をした。そもそもあの影操作は能力ではなく、いくつもの術式を組み合わせて発動させる技術だ。一度見ただけで簡単に身に付くものではない。
「ああ、そういえば、霊亜、魔眼持ちらしいわ」
「……は?」
「? れーあの話?」
「霊亜がすごいって話よ」
「……むふー」
霊夢の言葉に思わず声を漏らしてしまう俺と突然、自分の名前を呼ばれた霊亜が首を傾げる。霊夢は霊亜に小さな湯飲みを渡しながら褒めると彼女は表情を変えずに鼻息を荒くした。どうも霊亜は表情を変えるのが苦手らしく、よく見なければその変化を見分けるのは難しい。
「魔眼?」
「ええ、『解析の魔眼』。それのおかげで影操作をすぐに覚えたらしいの」
『私もすぐに影操作を覚えたことが気になって魔法使い組に診せたのよ』と言い終えた霊夢は霊華にも湯飲みを渡した。霊華は目を回している桔梗を俺の肩に置いてそれを受け取る。湯飲みからお茶が零れないように二人を縁側に座らせて呻き声を漏らしている桔梗の背中を撫でながらため息を吐いた。
「魔眼かぁ……完全に俺の才能が遺伝してるな」
「因みに霊華は吸血鬼っぽい能力を発現させつつあるわ。この前、真夜中に霊華に起こされた時、目がワインみたいに真っ赤だったもの」
『トイレ~』と目を擦りながら起こす目を深紅に染めた霊華を想像して頭を抱える。霊夢が子供を授かった時、紫にも言われていたのだ。俺の能力――『象徴を操る程度の能力』が産まれてくる子供に何か影響を与えるかもしれない、と。
子供は親から遺伝する。その『遺伝する』という概念が俺の場合、強く出たのだろう。
「レミリアの話では発現したとしても響よりも吸血鬼の力は発揮されないそうよ。目が赤くなったり、八重歯が鋭くなったり、人よりもちょっとだけ身体能力が上がったり」
「んー? どしたのー?」
霊夢の話を聞きながら霊華に視線を向けると彼女は不思議そうに俺を見上げ、ニッコリと歯を見せながら笑った。確かに霊亜に比べて八重歯が鋭い。今までは八重歯が特徴的な子だと思っていたが、それが俺の遺伝の影響だと考えると何とも言えない気持ちになってしまう。
「何でもないよ」
「そう? んふふ」
「……おとーさま、れーあも」
「はいはい」
誤魔化すように霊華の頭を撫でるとそれを羨ましがった霊亜がずいっと頭を差し出してきたので二人の頭を撫でる。この数か月、寂しい思いをさせた分だけ今日はうんと甘えさせてあげ――。
「――ッ」
「……響?」
「……悪い、ちょっと行ってくる」
「遅くなりそう?」
「いや、1時間もかからずに終わると思う」
そう答えた俺の目を霊夢はジッと見つめ、『行ってらっしゃい』と一言だけ呟いた。そんな母親の姿を見たからか、霊華と霊亜が何事かと不安そうに俺を見上げる。
「大丈夫、すぐに戻ってくるよ」
「ほんと?」
「ああ、帰ってきたらさっき言ってた練習、一緒にやろうな」
「……はい、おとーさま」
二人が笑顔を浮かべたのを見て彼女たちの頭から手を離し、俺は立ち上がる。その頃には桔梗もすっかり調子を取り戻し、腕輪に変形して俺の右手首に装着されていた。
(さてと……一体、誰なんだか)
『未来を見出す瞳』が反応したのは――こまち先生と修行した、腰かけるのに丁度いい大きさの苔むした岩がある場所だ。そして、あそこで出会い、一緒にいると約束したあの子は、まだ目覚めていない。
「……」
今日は寂しい思いをさせた双子の姉妹をうんと可愛がると決めているのだ。願わくば、面倒事ではないようにと思いながら気持ちを切り替えて俺は飛翔する。