東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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EX28

 『夢想天生』。

 私の能力、『主に空を飛ぶ程度の能力』を最大限に発揮させたスペルカード。

 空を飛ぶ、ということは宙に浮くということである。

 そして、『浮く』という動詞は『浮遊する』という意味の他に『遊離する』――つまり、周囲のありとあらゆるものから離れるともとれる。

 そう、簡単に言ってしまえば私は世界から浮いた。文字通り、プカプカと世界との繋がりが完全に断たれていた。

 だから、この状態になった私は世界と繋がりのある存在からは干渉されない。そう、響の放った無数の矢がたった今、私の体をすり抜けたように。

 もう響は私を倒せない。次元がズレた私に触れることはできない。まさに卑怯なスペル。ああ、だから使いたくなかったのだ。これを使えば私は勝ってしまう。子供の喧嘩に鬼がしゃしゃり出てきて何もかも滅茶苦茶して去っていくようなものだ。真剣勝負では使ってはならない禁じ手。

「ッ……」

 しかし、響は私が『夢想天生』を発動させた直後、全力で後退した。まるでこの後の展開を予期しているように。

(でも、それは無駄)

 たとえ、私から離れようと何も意味はない。私は世界から浮いているのだ。世界の事象を全て無視することができる。そう、それは距離も例外ではなかった。

 響は私から離れようとしているが、一向に私との距離は変わらない。上に、下に、右に、左に。縦横無尽に動き回り、私から逃げようとするが私は一定の距離から離れない。

「やっぱ、駄目か!」

 『夢想天生』の性質は知っていたのか、彼は声を荒げて再び『風弓』に魔力の矢を番えた。そして、魔力を込める。込める。込める。込める込める込める。凄まじい量の魔力を込められた矢は普段なら目が眩むほどの光を放っていた。

 また、私の体を素通りした無数の矢も風の力を使い、彼の後ろに移動し、そのまま待機。遠隔で魔力を注いでいるのか、その矢たちも少しずつ輝きを増していく、

 なるほど、やはり彼は『夢想天生』を知っているのだろう。きっと、あの矢も私に攻撃する他に『夢想天生』用に調整されていたのだ。

 だが、関係ない。この勝負に勝つのは私だ。

「……」

 私の周囲に無数のお札が出現する。少しずつ、少しずつその数を増やしていき――それは増え続け、止まらない。お札がお札に重なっても、私の体に当たっても、増える。増える。増える。増える。

 『夢想天生』。

 世界から浮いた私ごと、広範囲の空間全てをお札で埋め尽くし、相手を確実に満身創痍へと追い込む私にしか使えない博麗の巫女の奥義だ。

 一応、『博麗奥義集』にも載せたが能力を頼った奥義なので誰も使えないだろう。まぁ、歴代の博麗の巫女が編み出した奥義の大半が私と同じようなものなので気にしなかった。むしろ、誰にでも習得できる奥義はほとんどなく、その上、修得難易度が高いことが多い。私が修得できたのも一つ(・・)しかなかったぐらいだ。

 

 

 

 

 

 

 閑話休題(もう終わらせよう)

 

 

 

 

 

 

「……行って」

「ッ――」

 私がお札にそう告げるのと彼が太陽のように輝く風の矢と待機させていた矢を放ったのはほぼ同時だった。お札と矢がぶつかり合い、風の力によってお札が弾け飛んだ。あれだけ魔力を込められた矢に霊力で強化されていたとしてもお札が勝てるわけがない。だが、それが一枚だった場合だ。

 風の力を得た矢たちが次々にお札を吹き飛ばしていく。しかし、それでもお札は一向になくならない。むしろ、矢を覆いつくさんとばかりにお札が矢たちを飲み込み、やがて矢に込められていた魔力が霧散する。

 お札を邪魔するものはなくなった。あとはお札の洪水に飲み込まれるだけ。

「神箱『ゴッドキューブ』!」

 響は即座に神力で編まれた箱型の盾を創り出し、お札の洪水から身を守った。だが、それも長くは続かないだろう。世界から浮いている私はお札を無視して響の様子を確かめることができる。『神箱』にはすでに皹が走っていた。

「桔梗!」

「はい!」

 しかし、響はまだ諦めていなかった。箱の中で『風弓』から人形の姿へ変わった――桔梗と呼ばれた小さな女の子が響と手を繋ぎ、その姿を変える。

 鋭く尖った指先とその右手に持つ紅い鎌。

 両手、両腕を守るようにそれらを覆う漆黒の装甲。

 腰には二丁の拳銃。

 足は分厚い白い装甲に包まれ、一歩踏み出せばその重さで地面が割れてしまいそうだった。

 また、彼女の背中には翼のようなものが生えている。

 鳥でもなく、蝙蝠でもない機械染みたそれは片翼に4つの筋のような部分――計8つの筋の先端は尖っていた。

 そして、胸には桔梗の花が彫られた装甲。

 彼の変身が終わった直後、『神箱』が崩壊する。お札の洪水が彼らを襲った。

「【盾】五連!」

 だが、洪水に飲み込まれる前に彼らの前に白黒の巨大な盾が5枚ほど展開され、お札を受け止め――凄まじい衝撃波を放った。あの盾と同じ性能なのだろう。しかし、確かあの衝撃波を放ち続けば赤熱していき、使えなくなるはずだ。

 『夢想天生』は確かに無敵の性能を誇っているがあくまでも私の霊力が続く限りの話である。それでもあの盾が使えなくなる方が先――。

「『五芒星結界』」

 少しずつ赤熱していく5枚の盾と彼を包む機械仕掛けの鎧。しかし、彼はまだ諦めていなかったようで星型の結界を作り、守るように自分の後ろに配置した。白黒の盾ですら守り切れないのに今更、『五芒星結界』1枚で守り切れないことぐらいわかっているはずなのに。

「『五芒星結界』」

(2枚目?)

 数で勝負する気なのだろうか。いや、それも意味がない。先ほどの矢のように全方位から飲み込めば一瞬で処理できる。それがわからない響ではない。それに盾と鎧の赤熱も酷くなっていくにつれ、彼の表情が険しくなっていく。もしかしたら、鎧の熱によって全身に火傷を負っているのかもしれない。彼は吸血鬼の血によって(・・・・・・・・・)傷はすぐに治るが痛みはなくならないはずだ。むしろ、治った傍から火傷を負っていくので痛みはずっと消えないだろう。

(早めに終わらせなきゃ)

 これ以上、長引かせても意味がない。白黒の盾ごと潰すつもりで少しばかり霊力を込め、お札の勢いを強めた。それと同時に衝撃波の音が更に大きくなる。

「『五芒星結界』」

 響は3枚目の結界を作った。駄目だ、わからない。どうして、無駄に長引かせるのか。火傷を負いながらも抵抗する理由がどうしても思いつかない。彼は何を狙っているのだろう。

(まさか、私の霊力切れ?)

 『夢想天生』を突破する唯一の方法と言ってもいい私のガス欠を狙っているとしたらあまりに無謀だ。私の霊力が底を尽きるより彼の鎧が使えなくなる方が圧倒的に早い。

急速冷却(クイック・クーリング)!」

 だが、そう思った直後、彼の鎧から凄まじい量の水蒸気が噴き出し、盾と鎧が元の色に戻った。一気に冷やした、のだろうか。それでも間に合わない。

「『五芒星結界』」

 4枚目。やはり、彼は私の霊力切れを狙っている。しかし、先ほどの光景を見ているとそれでも彼の鎧が使えなくなる方が先だ。いや、ここで油断してはいけない。おそらく、盾と鎧で切り抜けようと思っていないのだろう。ならば、彼の目的はあの星型の結界。あれで何かする気なのだ。

「こ、のっ!」

 このまま野放しにして手遅れになったらおしまいだ。『夢想天生』は私の奥義であり、切り札だ。これを突破されたらもう勝つのは絶望的。

 霊力を更に注ぎ、お札を強化する。衝撃波の音は最高潮に達し、盾と鎧が急速に赤熱していく。これで、終わりだ――。

 そして、その時は訪れる。

 ポン、と効果音が付きそうなほどあっけなく、鎧は元の人形へと戻った。人形の女の子は蒸気を吹き出しながら力尽きたように落ちていく。だが、響はその前に人形の女の子を手で広い、空間倉庫へと放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

「影囲み」

 

 

 

 

 

 

 その直後、影が蠢き、彼の体を覆いつくしてしまった。影を操った? それも彼の能力の一つだろうか。いいや、今はそんなことどうでもいい。あれほど薄い影ならすぐに突破できる。そう思っていたのだが、予想以上に頑丈な影だったようで彼は数秒だけ耐えた。

 

 

 

 

 

 

 

「『魂同調』」

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、勝負ところだよ、キョウ君!」

 その間に彼は新しい力を使う。彼の背後に可愛らしい少女の幽霊が現れ、響の体へ吸い込まれていく。そして、彼の体が透き通り、私と同じようにお札が彼の体をすり抜けた。おそらく、時間制限のある無敵スペルカード。まだ倒し切れないのか。なら、彼を倒す前にあの結界を――。

「『五芒星結界』」

 ――それを実行する前に彼は5枚目の結界を完成させた。透き通る体のまま、結界を操作し、5枚の結界を更に星型に配置する。

「鉄壁『二重五芒星結界』!」

 彼の前方に5枚の星型の結界で形成された五芒星結界がそびえ立つ。それが完成するのと彼の体が元に戻るのはほぼ同時だった。これが、『夢想天生』を突破するために彼が準備した手札。

(でも、その結界は前面しか守れない)

 わざわざ凝固な結界を突破する必要はない。お札を迂回させようとするが、結界を通り抜けようとした瞬間、お札は何かに弾かれたように周囲に散らばった。まさかの事態に思わず思考が停止してしまう。五芒星は魔避けの効果がある。その効果も増幅されているのだろうか。少なくともあの結界がある以上、お札は彼には届かない。

 だが、あの結界はまずい。まずいから使ったのだ。私の直感が悲鳴を上げ、急かす。

(あれを壊すには……私も霊力を全力で注がなきゃならないっ)

 それでもギリギリかもしれない。いや、ギリギリだったとしてもやるしかないのだ。ここで彼を倒さなければ私は――。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ぁ、ああああああああああああああ!」

「う、ぉ、おおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

 

 

 

 

 

 気づけば私と彼はスペルに、結界にありったけの霊力を注ぎ込む。

 行け、行け、行け、行け行け行け行け行け行け! 行け! 行け!!

 私たちの絶叫はお札と結界がぶつかる音で掻き消える。ビリビリと大気が震え、世界から浮いていなければ余波で巫女服がビリビリに破けていただろう。

 それでも私たちは死力を尽くして相手を倒さんと全力を注ぐ。この技で、この一撃で、これで、終わらせるッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――。


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