東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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EX25

 鋭い刃が日差しを反射してキラリと光る。角度は私から見て左から右への一閃。急上昇しても、急降下しても、前に出ても、後ろに下がっても必ず当たる必殺の一撃を彼は無表情のまま、放つ。まるで、当たることを確信しているように。

 躱せない。

 避けられない。

 運命からは逃れられない。

「……」

 当たることがすでに決められた未来なら、当たればいい。結局のところ、これは弾幕ごっこ。最後まで飛んでいた方が勝ち。言ってしまえば、この戦いは私と響の我慢比べなのだ。

 袖の下に仕込んでおいたお札を起動させ、簡易的な結界を貼り、迫る鎌の刃へ裏拳の要領で結界に包まれた左腕をぶつけた。

(次はッ……)

 ガキン、と刃と結界がぶつかる甲高い音を聞きながら本能的にその場で宙返り。腕をぶつけることで何とか稼いだ時間をフルに使い、空中で逆さまになることで響の鎌をやり過ごした。

(まだ!)

 だが、再び私の背筋を襲う悪寒。

 何が来る?

 どこから来る?

 いや、考えるな。とにかく動け。全てを勘に委ねろ。響の動きを読もうとするな。自分がどう動くべきか。それだけに専念しろ。

 そう自己暗示をかけながら逆さまになった状態で左右に通常弾(ショット)を出鱈目に放つと左右からほぼ同時に小さな爆発音が轟く。

 何が起きた?

 何をされそうだった?

 知らない。確認している暇すらない。来る。また悪寒だ。

 いつ?

 何が?

 どこから?

 どんな風に?

 そんな疑問を浮かべる前にすでに私はコマのようにその場で回転しながら連続で薄い結界を張る。そして、そのまま、その結界を上下へ伸ばし、筒を作った。

 まだ何も起きていない。でも、悪寒は止まらなかった。先ほどの悪寒はすでに消えている。だが、今度は僅かに程度の違う悪寒が私の背筋を2回、首筋を1回撫でた。

「―――――――」

 クルクルとその場で回転しながら目の端に響の姿を捉える。やっと彼は鎌の一閃を振るい終わったところだ。すぐには動けないはず。動けない? そんなわけがない。だって、彼の魂には――。

 

 

 

 

 

(――魂には?)

 

 

 

 

 

 

 何がある?

 誰がいる?

 そもそも魂がなんだ?

 わからない。わからなくていい。今はこの悪寒を処理するべきだ。

 じゃあ、どうする?

 何をすればいい?

 結界でできた筒の中を急上昇しながら右手にスペルカードを1枚。左手で早苗のアミュレットにお札を装填する。悪寒が1つ消えた。もしかしたら、確認していなかったが早苗のアミュレットのお札が切れそうだったのかもしれない。

 その時、私の周りに張った結界が突然、罅割れる。一か所ではなく、全体が満遍なく、一斉に。

 何をされた?

 いや、今重要なのは結界の筒がなければ私は先ほどの攻撃で負けていたこと。大丈夫。直感が働いている。まだ、戦える!

「宝符――」

 クルクルと回転する。罅割れた筒の中を逆さまの状態のまま、上昇する。この動きに何の意味があるかわからない。でも、こうするべきだと頭の中で何かが叫んでいる。

 残った悪寒は2つ。その内の1つがガンガンと警告を出すように激しさを増す。まだ解消できていないのだ。

 今使おうとしているスペルカードでは解消できない? いや、おそらくこのスペルカードは残った悪寒の方。じゃあ、他には何が――。

 

 

 

 

 

 

 

 ――その答えを導く前に私は左手に持っていたお祓い棒に全力で霊力を注ぎ込み、そっと手放した。たったそれだけでスッと、残った全ての悪寒が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「必中――」

 まだ何とか原型を留めている筒の外から響の声が聞こえる。ああ、なるほど。向こうもスペルカードを使うつもりだったのか。それはわからなかった。

「――『陰陽宝玉』!」

「――『二つの銃口』」

 『宝符』は陰陽玉の形をした巨大な弾を出現させた場所に停滞させるスペル。その場所は私の足元。これで筒の上部は陰陽玉が、下部はお祓い棒で蓋をすることができた。

 その時、回転する視界の中、鎌を振るった状態のままだった響の姿が消える。

 そして、陰陽玉は弾け、落としたお祓い棒は何かにぶつかったのか、私の方へ弾き返ってきた。それを認識する前にお祓い棒は左腕の結界に激突し、筒を突き破って外へ。私の体も回転していた影響で反対側へ吹き飛ばされる。幸い、筒はお祓い棒が外へ飛んでいった時に崩壊していたため、結界に体を強打することはなかった。

 その直後、先ほどまで私がいたところで銃弾同士がぶつかり合い、火花を散らせた後、それぞれあらぬ方向へ弾かれる。

「……ッあ! は、ぁ………はぁ……」

 左腕の結界の破片がぼろぼろと落ちていくのを見ながら呼吸が止まっていたことに気付き、慌てて酸素を供給した。今、私は何をされて、何が起きて、どう切り抜けた? 全ての出来事が私の認識外で起きたせいで無事であったにもかかわらず、未だに心臓が爆発しそうなほど鼓動を打っていた。

「へぇ、あれを無傷で切り抜けられるとは思わなかったわ。響は視えてた?」

「まぁ、途中からだけど」

「響が、2人?」

 そして、何より――目の前で狙撃銃を構える2人の響がいることに私はすっかり混乱してしまっていた。いや、瓜二つだが、違う。右の響は本物だが、左は別人だ。

「あなたは、誰?」

「あら、まだ思い出してなかったの? さっき何かわかったような反応したと思ったんだけど気のせいだったかしら」

 狙撃銃の銃口を降ろしながら首を傾げる左の響。狙撃銃のせいで見えなかった膨らんだ胸を見て女だとわかった。背も少しだけ右の響の方が大きいし、まさに左の響は響を女にした姿だと言っても過言ではなかった。

「私は吸血鬼。よろしくね」

「吸血鬼?」

 女の正体を聞いたのに何故か種族を教えられた。私に名前を名乗るつもりはない、ということか? そもそも、彼女は一体どこから現れた? 彼女も響の式神? いや、違う。彼女は――。

 

 

 

 

 

 

「――魂の住人」

 

 

 

 

 

 

 そうだ、思い出した。響の魂構造は特殊で様々な魂を宿していた。その中の一人が目の前で笑っている『吸血鬼』。どうして、今まで思い出せなかったのか、と自分の正気を疑ってしまうほど次から次へと魂の住人について思い出していく。

「ふふ、少しずつ思い出してるみたいね? だから、言ったでしょ? 最初に会いに行くべきなのは霊夢だって」

「……うるさいな」

「そんなに後悔してるならやらなければよかったのに」

 呆れたように笑っていた吸血鬼だが少しずつ体が透けていく。やはり『必中』の効果で呼び出したのは吸血鬼だったらしい。

「あ、時間切れね。それじゃ、霊夢。またあとで」

「……ええ。色々と話を聞かせてもらうから」

「それは響にお願いね? 私は止めたんだから」

 『くわばらくわばら』と言いながら吸血鬼は消えていった。それと同時に響の手にあった狙撃銃も消滅し、再び私たちだけが取り残される。

「……よくやり過ごしたな。まるで、未来が見えてるようだった」

「正直、今でも何が起きたからほとんど理解してないわ」

 おそらく、衝撃波のような攻撃を受けた後、『必中』で吸血鬼を呼び出し、上と下から同時に銃撃を仕掛けた。だが、その銃弾は陰陽玉とお祓い棒にぶつかり、一瞬だけその動きを止め、その間に弾かれたお祓い棒が左腕の結界と激突。そのままお祓い棒は筒を破壊し、私の体は筒の外へと放り出されたのだ。

「でも、あの衝撃波は何だったの?」

「そもそも衝撃波じゃない。神拍『神様の拍手』っていう技なんだけど」

 そう言って響は頭上に巨大な両手を出現させ、パン、と勢いよく拍手する。なるほど、筒の全体が一斉に罅割れたのはあの両手で挟まれたせいだったのか。

「……あなた、攻められる側なのに私を叩き潰そうとしたのね」

「そもそも変則的な弾幕ごっこだろ? どんなことをしても、されても恨みっこなしだ」

「……そう、ね」

 響が微笑みながら答え、思わず目を逸らしてしまう。ああ、そうか。ばれていたのだ、何もかも。そして、私の気持ちを汲み取ってフォローしたのだ。

(……でも、私にだって譲れないものがある)

「それじゃあ、再開しましょうか。正直、色々と思い出してきてだんだん腹が立ってきたのよ」

 少なくとも私が響を忘れたことに関しては絶対に許さない。たとえ、どんな理由があろうと一発殴るまで私は止まらないだろう。

「……はぁ」

 最初からこうなることがわかっていたのか、彼は諦めたように鎌を構える。そして、ほぼ同時に私たちは相手に向かって突撃した。


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