『博麗の巫女』として様々な異変を解決してきた私だが、出生は外の世界である。それも両親は死んだのか、はたまた幼い私を捨てたのか。外の世界での私の立場は孤児だった。
そんな私を紫が『博麗の巫女』になる素質があると言って引き取った。正直、引き取ったというよりも拉致したと思う。彼女ならそれぐらいのことなら何の躊躇いもなく、やるだろう。むしろ、紫が私を連れ去っただけで今も私の両親は外の世界で生きているかもしれない。もちろん、両親の記憶を弄り、私のことを忘れさせた上で、だ。
まぁ、今となってはそんなこと、どうでもいい。今の私は『博麗 霊夢』であり、『■■■ 霊夢』はもうこの世には存在していないのだから。
大事なのは幼い私が『博麗の巫女』としての素質を見込まれ、紫に引き取られたこと。
そして、修行させるのはあまりにも幼すぎた私は4歳になるまで外の世界の博麗神社で暮らすことになったこと。
その博麗神社には私と同い年の師匠の子供が住んでいたこと。
その子供が男の子だったこと。
それが『博麗 霊夢』を語る上で知っておけばいい事実である。
周囲に漂う焦げ臭い匂い。不死鳥の抱擁を彼もろとも受けた私は全身に大火傷を――負っていなかった。それどころか被弾らしい被弾もなく、彼に抱きしめられている現状。そっと顔を上げてみれば目を閉じている
「……無茶、するな」
「え?」
自分のことでいっぱいいっぱいだった私は彼の言葉を聞き逃してキョトンとしてしまう。まさか呆けられるとは思わなかったのか、響は目を開けて私を見下ろした。至近距離で目と目が合い、お互いに言葉を失ってしまう。
(……綺麗)
彼の美貌もそうだが、私が見惚れたのは彼の瞳だった。『火鳥』を使うまでは普通の目だったはずなのにいつの間にか響の目には『薄紫色の星』が浮かんでいた。いや、『薄紫色の星』が浮いているだけのように見えただが、どうやら黒目が限りなく白に近い灰色らしく、その灰色の瞳の中に『薄紫色の星』が存在していた。
まだ私は彼のことを思い出したわけじゃない。それどころか、やっと名前で呼んでいたと自覚しただけだ。
でも、彼の目を見ていると胸が苦しくなる。
綺麗な星がキラキラと瞬く度に自己嫌悪に陥る。
きっと、この星は彼にとっても、私にとっても何かの
(あぁ……本当に、綺麗)
だからだろうか。私は思わず右手を彼の頬に当ててしまう。このまま何かに触れていなければ、彼の
隠したい。
捕まえたい。
消し去りたい。
触れたい。
抉りたい。
見たくない。
見ていたい。
そんな相反する感情が次から次へと胸の奥から湧き上がり、ぐちゃぐちゃに混ざっていく。どうして、相反する感情は打ち消し合ってくれないのだろう。相殺してくれたらこんなに苦しくないのに。
「霊夢?」
「あ、れ……どうして」
気づけば私は涙を流していた。音もなく、頬を伝うそれに触れ、言葉を漏らしてしまう。
さすがに間近で泣いたからか、正気に戻った響が心配そうに私を見ていることに気付き、慌てて彼から離れてすっかり乾いた巫女服の袖で涙を拭った。
落ち着け、今は彼との弾幕ごっこの最中だ。集中しなければすぐに落とされる。
そう思いながら響に視線を戻すと彼の制服がボロボロになっていた。それに加え、彼の両腕が酷く爛れている。不死鳥に抱擁されてもほとんど無傷だったのは彼が私を庇ったからだとやっと気づいた。
「……どうして、庇ったの?」
「元々あんな下手くそなスペルを作った俺が悪いしな。それにあんな終わりじゃお互い納得しないだろ」
そう言った後、彼は制服に霊力を注ぐ。すると、ボロボロだった制服は一瞬で修復され、それと同時に彼の火傷も全て治ってしまった。あの翠色の炎とは違う力で体の傷を治したようだ。
だが、『朱雀』を突破した。『麒麟』に該当する式神は寝坊しているようなので『
「……やっぱり、慣れないことはするもんじゃないな」
ここからどう攻めようか考えていると響は突然、ため息を吐き、右手首に装着されていた白黒の腕輪をそっと撫でた。あの腕輪は『
「慣れないことって?」
「気づいてるだろ。俺がスペルを作るのに慣れてないことぐらい」
「……」
「正直、今まで普通の弾幕ごっこをほとんどやったことがないんだよ。変則的か……もしくは――」
その時、彼が撫でていた腕輪が輝き、その形を変える。細長い柄と湾曲した刃。まさに首を狩るためにデザインされた歪な武器。
「――
「霊符『夢想封印 散』!」
彼の手が得物を掴んだ瞬間、気づけば私は全力で後退しながらスペルカードを使っていた。私が放った弾幕が響へと迫るが、直撃する前に彼は手に持っていた武器――白黒の鎌を横に一閃。その瞬間、私の弾幕が両断された。そう、文字通り、全ての弾が真っ二つになったのである。あれだけ乱雑に散りばった弾を一つ残らず。
「ッ――」
あまりの事態に茫然としていると首筋にゾクリと悪寒が走り、咄嗟に首を傾けた。そして、私の側頭部の髪が数本、何かに斬られたように落ちる。
(何が……)
彼は鎌を一度だけ振るっただけだ。それなのに私の弾幕を両断しただけでなく、直接、私に攻撃してきた。今、何をしたのか。何をされたのか。あまりにも次元の違いに私は生唾を飲み込んでしまう。
「……っと、ちょっと強すぎたか」
何より、当の本人はさも当たり前のように今の行動の分析を行っていた。そう、今の出来事は彼にとって当然のこと。それだけの力がある。
(何が弾幕ごっこに慣れていないよ! 完全に
少し前まで『今度は私の番だ』とか思っていた自分が恥ずかしい。
彼は私や魔理沙と同じように様々な事件に巻き込まれ、解決してきたのだろう。いや、弾幕ごっこで争っていた私たちと同列に扱うのはあまりに烏滸がましい。
響は人間の身でありながら妖怪相手に弾幕ごっこではなく、全力の戦いを挑んだ。そんな戦いの中で身に付けた能力や技術が弱いわけがない。むしろ、弾幕ごっこ用に調整することに四苦八苦するほど強力なものばかりなのだ。
それがあの歪なスペルカードの正体。私が勘違いしてしまった原因。
「でも、なんとか合わせられそうだ」
鎌を振って力加減を調整している響を見て私はグッと拳を握りしめる。これほどまでに彼との力の差があったのかと。
(……関係ない。これはあくまで弾幕ごっこ。私のフィールドだ)
響がどれだけ
彼が
「行くわよ!」
「ああ、かかってこい」
そして、私たちの弾幕ごっこは次のステージへと移る。まだ彼のことは思い出し切れていない。