東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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EX22

 収縮する火球。

 壁から放たれ続ける火球。

 私を捕まえようと炎の翼を伸ばす『万屋』。

 火球の収縮速度から不死鳥に抱きしめられる(・・・・・・・)まで1分と少し。

 もちろん、火球が小さくなるということは壁との距離も近くなる。つまり、火球が射出されてから着弾するまでの時間が短くなるのだ。

「ッ!」

 そこで後ろから飛んできた火球を急上昇して回避するために思考を中断する。それから数秒ほど躱すことに専念し、なんとか思考する隙を探す。

(本当に、厄介なスペルばっかり!)

 『模造(レプリカ)憑依』もそうだが、戦い始めてから彼が使用するスペルは攻略するのが難しいものばかりだ。一つ一つがラストワード級の難易度。それをポンポンと使われてはたまったものではない。

 しかし、それでも彼のスペルはどこか手加減(・・・)しているように見える。いや、手加減というよりも無理やり弾幕ごっこ用へ出力を落としている、と言った方がいいか。だからこそ、『深泳』はどこか理不尽な難しさがあった。

 これまでのスペルもそうだ。一見、弾幕ごっこのために作られたスペルのように見えるが、違う。元々、彼が使う力を強引にスペルとして形にしているだけ。下手をすれば『万屋』はスペルカードを即席で作っている。おそらく、彼は弾幕ごっこに慣れていないのだろう。

「……」

 彼に比べ、私は色々と劣っているかもしれない。彼ほど様々な力を持っていないし、怪我も一瞬で治らないし、不思議な炎で治療もできない。たくさんの仲間だっていやしない。

 

 

 

 

 

 

 それでも、弾幕ごっこ(これだけ)は彼には負けない。だから――。

 

 

 

 

 

 

「散霊『夢想封印 寂』」

 ――教えてやる。あなたのスペルカードは美しくない(・・・・・)、と。

 私がスペルを使用すると私を中心に無数のお札と霊弾が弾けるように飛び散った。

 火球がお札に当たって火の粉を散らし、伸ばされた炎の翼は霊弾によって千切れ飛ぶ。

「もういっちょ!」

 私のスペルはまだ持続している。何度もお札と霊弾をばら撒く。これで考える時間は稼げる。だが、不死鳥が両翼を閉じる(火球が収縮し切る)よりも『散霊』がブレイクする方が早い。ほんの数秒だけ私は無防備な状態で炎の海へと飛び込むことになるだろう。

 だから、考えろ。あと十数秒という短い時間でこの美しくないスペルをブレイクする方法を探し出せ。

 スペル名は火鳥『不死鳥の抱擁』。自身と相手を火球の中へと閉じ込め、炎の壁からは火球を、『万屋』本人は炎の翼を飛ばして攻撃してくる。彼曰く、これは耐久スペルではない。また、火球は時間と共に収縮し、最終的になるか――想像は難しくない。

 彼のスペルはスペル名に意味を持たせることが多い。今回の場合、火球を『不死鳥』に見立て、収縮するのを『抱擁』と比喩しているところだろうか。私としては燃える鳥になど抱き着かれたくはないが。

 しかし、いくつか違和感を覚える点がある。

 一つ、火球が飛んでくる前、『万屋』がわざわざ耐久スペルだと断言したこと。

 二つ、不死鳥は『火球』なのに『万屋』も火球の中にいること。

 三つ――。

 その時、お札と霊弾の隙間を縫って飛んできた火球を右へ飛んで回避する。その火球の行方を眺めているとその先にお札と霊弾を躱している『万屋』がいた。

「っと」

 ひょいひょいと踊るように躱していた彼は火球も危なげなく体を回転させるようにやり過ごす。それを見て私は確信した。

 ――自身で発動させたスペルなのに火球の当たり判定は『万屋』にも存在している。

 スペルが大規模になった際、スペルの使用者にも弾幕が当たるような軌道を描くことがある。だが、その場合、使用者には当たらないように仕掛けを施している場合が多い。だが、躱すのに必死で彼のことをよく見ていなかったが、今回の場合、火球は『万屋』にも当たる。

 それがわかればやることは一つしかない。さぁ、ここからは私が攻める番だ。

 

 

 

 

 

 

 その号砲は派手に行こう。魔理沙だって『マスタースパーク』を使ったのだ。私もそれに倣うとしよう。

 

 

 

 

 

 

 『散霊』を発動してから十数秒が経った。とうとう、スペルがブレイクする。その刹那、私は無数の火球に囲まれていた。

 炎の壁がもうすぐそこまで迫っている。逃げ場はない。

 熱い。熱い。熱い。今にも焦げてしまいそうなほどの熱気。

 厚い。厚い。厚い。炎の火球はもはや弾幕を超え、弾壁となり、その壁は強引に突破するにはあまりにも厚かった。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、それがどうした。

 

 

 

 

 

 

 今の私には周囲の火球も、今まさに私を抱きしめるために両翼を閉じようとしている火球(不死鳥)すらも目に入っていない。ただ、目の前でこちらを見ている『万屋』――響

しか眼中になかった。

 伸ばせ。届け。掴め。私が一番欲しかった人が目の前にいる。

「響!」

「ッ!?」

 まさか名前を呼ばれると思わなかったのか、彼は薄紫色の星が浮かぶ瞳を大きく瞬かせ、すぐに炎の翼を伸ばそうと行動する。

 その判断は正しい。だが、ほんの一瞬だけ遅かった。

「ぐっ……」

 私は『散霊』がブレイクした直後、真後ろへ1枚のお札を投げていた。たっぷりと私の霊力を注ぎ込んだ、起爆札。それが今まさに炸裂した。爆風が吹き荒れ、いくつかの火球が弾き飛ばされ、彼の炎の翼が激しく揺らめく。

 もちろん、こんな小細工でこれだけの火球を処理し切れるとは思っていない。私の目的は爆発によって発生した爆風のみ。爆風は私の背中を押し、加速。そのまま、炎の翼の間にある僅かな隙間へと体を滑り込ませ、彼の懐へと潜り込んだ。

 近くで見ると彼のオレンジ色の着物はところどころ破れていた。どうやら、私のショットも少しはダメージを与えられていたらしい。

「……え?」

 そして、そのまま彼を強く、抱きしめる。もう離さないと言わんばかりに、強く、強く。

「霊、夢?」

「――ばーん」

 その直後、私と彼を無数の火球ごと、不死鳥が優しく包み込んだ。


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