これからも『東方楽曲伝』をよろしくお願いします。
凄まじい熱気。
目が眩むほどの焔。
その姿はまさに炎の化身。
それが『
彼の言葉通り、私の衣服はすっかり乾いてしまっている。それほどの熱量がいきなり目の前に現れたのだ、私が言葉を失っても仕方ないだろう。
「火鳥――」
もちろん、その間も事態は動く。『万屋』がすかさず1枚のスペルカードを掴み、宣言したのだ。慌ててこちらもスペルカードを用意するが、僅かに遅かった。
「――『不死鳥の抱擁』」
「ッ!?」
彼のスペルが発動した瞬間、私は太陽の中にいた。いや、巨大な火球の中に閉じ込められてしまったのである。
(これも、耐久?)
「いや、耐久じゃないぞ」
こちらの考えを読んだのか、私の目の前にいた『万屋』がそう答えた。周囲の変化に気を取られて一瞬だけ彼から意識が外れていたらしい。もし、その隙に攻撃されていたら対応しきれなかっただろう。
「あら、スペルの内容を教えてもいいの?」
「別にお前ならすぐに気づくだろ」
動揺を悟られないように軽口を叩くが黒いマスクを付けているせいで少しだけこもった声で一蹴されてしまった。正直、今の状態で彼に口で勝てる気がしない。
「そんなことよりさっさと始めるぞ。火傷しないように気を付けてな」
それが合図となり、私と彼を包み込んでいる炎の壁から凄まじい量の火球が飛んでくる。それも四方八方から、スペルを使用した本人ごと私を焼き殺そうとするように。
「ちっ」
まずは様子見。取り出したスペルカードを左手に持ったまま、最初に飛来した火球を
避ける。しかし、避けた先にも火球が飛んできたため、流れるように回避。
「追撃だ」
炎の壁から絶え間なく襲い掛かってくる火球とは別に『万屋』も炎の翼を伸ばして攻撃してくる。やはり、火球とは違い、範囲は広い。その分、避ける際の動作も自然と大きくなる。
火球による点の攻撃と炎の翼による面の攻撃。その激しさは今までの『
だが、あまりにも単調すぎる。弾幕の量は凄まじいものの、結局それだけだ。これまでの傾向を考えれば何か仕掛けがあってもおかしくない。
(それに……)
彼のスペルカードが発動してからずっと頭に引っかかる違和感。ほんの僅かに直感が掴みかけた異常。それのせいもあって私は回避しながらも『万屋』から目を離せなかった。
そんなことを考えながら火球を避け、額に流れる汗を袖で拭う。『深泳』でずぶ濡れになった衣服は彼の熱気で乾いたが今度は私の汗でぐっしょりである。これでは結局、風邪を引いてしまいそう――。
「……」
そうだ。汗だ。私は汗を掻いている。いや、これだけ熱いのだから汗を掻くのは当たり前なのだが、その汗が
変身した後、衣服に染み込んだ水は一瞬にして蒸発した。そして、火球の中に閉じ込められている今、普通であるなら水が蒸発した時よりも周囲の温度は高いはずだ。だが、汗は一切、蒸発せずに衣服に染み込んでいる。
(でも、どうして温度が低い? 熱さで倒れないため?)
次から次へと襲い掛かってくる火球と翼を躱しながら思考を巡らせ続けた。どんなことでもいい。些細なことだって構わない。何か、手掛かりを探し出すのだ。今までの『
「……」
相違点。それは『万屋』が明確にこのスペルカードは『耐久ではない』と否定したことだ。果たして、あれは私の疑問にただ答えただけだろうか? それに『耐久スペル』ではない場合、普段、私は何をしていた?
(その答えは――)
気づけば私は早苗のアミュレットに霊力を流し、炎の翼を伸ばしてきた彼に向かって弾幕を放っていた。スペルカードではない、ただの
もちろん、彼も黙ってそれに当たるわけもなく、躱そうと移動するが残念ながら私の
弾幕ごっこでは何度か弾幕を当てると相手のスペルをブレイクすることができる。今までの『
どうせ大きく動けないのなら躱す意味はないと判断したのか、『万屋』はこちらのショットを無視して私を攻撃し始めた。私が反撃したせいか、周囲から飛んでくる火球の数も増え、炎の翼も少しずつその勢いが強まっていく。
しかし、やはり周囲の温度はさほど変化はない。私からしてみれば温度が高くなれば意識も朦朧とするだろうし、弾幕ごっこどころではなくなってしまうのでありがたい話だが。
「……ああ」
本当に今日の私はどこかおかしい。これは弾幕ごっこだ。相手を火球の中に閉じ込めて熱さでダウンさせるなど言語道断。相手が熱でやられないように仕掛けを施すのは当たり前である。
早苗のアミュレットからお札が飛んでいくのを見ながら改めて『火鳥』の内容を確認する。
このスペルは相手と『万屋』本人を火球の中に閉じ込め、炎の壁からは火球を、『万屋』本人からは炎の翼を伸ばして攻撃するスペルカード。
そして、私がショットを撃ち始めて気づいたことがある。それはスペルのブレイクを近づくほど火球と炎の翼の激しさと威力が増すことだ。その光景は必死に抵抗する不死鳥そのもの。さしずめ、私は不死鳥である『万屋』を討伐する役なのだろう。
でも、これでも私の違和感は拭いきれていなかった。まだ、何かある。もっと思考回路を巡らせろ。手遅れになる前に気づけ。
「っ……」
考えることに集中しすぎたのか、後ろから飛んできた火球を避けるのが一瞬だけ遅れてしまい、右頬を掠った。ちろりと炎が私の頬を焼き、ひりひりとした僅かな痛みが走る。
それでも私は思考を止めない。止めてはならない。『万屋』の使用するスペルは全てに意味がある。それこそスペル名もそうだった。だから――。
「……抱擁」
――今回ばかりは私もすぐに気づくことができた。
3つの火球と炎の翼を体を回転させながら急上昇して回避し、僅かな隙が生まれる。その間に私は周囲をぐるりと見渡した。
(火球が……小さくなってる)
そう、これこそが
不死鳥は『万屋』ではなく、私たちを閉じ込めた火球そのものだったのだ。