東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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EX20

 3度目の蛇、水の刃をやり過ごし、少しばかりのインターバルを得た私は左手に3枚のスペルカードを用意し、深呼吸する。

 正直、3枚のスペルカードを使用してもあの蛇の群れを突破できる自信はない。しかし、このインターバルの間に何か思いつかなければ無策のまま、蛇の群れへと突貫することになる。それでは駄目だと私の勘が警告を発していた。

(でも、特に思いつかないのも事実)

 1枚目のスペルは『巌窟王』という話を基に作られていたから突破方法を思いついた。

 2枚目のスペルは単純な物量に頼った弾幕だったので最後さえ油断しなければ被弾せずに済んだ。

 だが、今回の『深泳』は名前に『竜宮城』と付いているが『浦島太郎』要素は全くといってない。いや、一応、今の回転している亀の甲羅と水しぶきは竜宮城へ向かうシーンに似ているような――。

「……」

 ああ、そうか。そういうことか。このスペルも“特殊な突破方法”があるのだ。

 浦島太郎は虐められていた亀を助け、そのお礼に竜宮城へと案内される。そのまま、彼は竜宮城で楽しい時間を過ごし、お土産の玉手箱を抱えて地上へと戻った。地上ではもう何年も経っていることを知らずに。

 このスペルカードは浦島太郎が亀に乗って竜宮城へ向かうシーンをモチーフにしている。そうでなければ『竜宮城への誘い』とは名前に付けないだろう。

 問題は私の立ち位置だ。現状、回転している亀の甲羅の横を飛んでいるがおそらく私が浦島太郎なのだろう。そして、時間が経てば経つほど竜宮城へと近づく――つまり、深海へ潜ることになる。それを甲羅の回転速度と勢いの増す水しぶきで表現。

 では、蛇は? 『浦島太郎』には一切出てこない蛇は一体何を表しているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 それは『死と生』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛇は脱皮をすることから『死と再生』を連想させ、『生と死』の“象徴”と呼ばれている。それが『浦島太郎』とどのように繋がるのか。それは浦島太郎が玉手箱を開け、老人になった後、鶴へ姿を変えたという伝説に関係するのだろう。

 このまま前に――深海へ潜れば私は竜宮城へ辿り着き、浦島太郎と同じ結末を迎える。そう、鶴に生まれ変わる(・・・・・・)。それを蛇という形で警告していたのだ。この後、人間として死に、鶴として生まれるのだ、と。

 そこまで考えると目の前に水の刃が見えた。あと1周すれば何かが起きて私はそこで終わる。しかし、この考えが合っている確証もない。

 

 

 

 

 

 

 ――そもそも今までの異変もちょっと迷惑だからって碌な理由もないのに、手当たり次第にぶっ飛ばしてただろ。私からしてみれば今更何言ってんのって感じだわ!

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 不意に魔理沙の言葉が頭を過ぎった。ああ、そうだった。何を悩んでいる。私は『博麗の巫女』。何度だってこの勘を頼りに異変を解決してきたのに、それを信じないでどうする。

 さぁ、帰ろう。地上へ。生憎、私は浦島太郎でもないし、竜宮城に興味すらない。

 すぐにその場で急ブレーキをかけ、水の刃から逃げるようにUターン。回転速度が上がっていても私の方が早いらしく、水の刃は甲羅の向こうへ消えていった。

 更に一つ前に躱した水の刃もその上に飛び越え、難なくクリア。3度目の蛇もどう攻略しようか悩んだものの、まるで私のことが見えていないように襲ってくる様子はない。どうやら、深海へ潜ろうとする奴だけを攻撃するような仕掛けになっていたらしい。

 私の不安は杞憂だったらしく、それから水の刃と蛇の傍を通り過ぎ、やがて亀の甲羅がその動きを止めて消滅する。あっけなくブレイクしたスペルに茫然とした後、少し離れたところで浮遊していた制服姿の『万屋』を睨みつける。

「はぁ……はぁ……な、なんてスペル作るのよ」

「普通、1巡目の蛇の群れの時点で逃げるか、逃げなくても蛇に噛まれないように後ろへ下がるだろ。その時点で蛇が動きを止めて気づくはず、だったんだけどな。飛ぶのが上手いせいでスペルの難易度が上がるのはお前らしいけど」

 ずぶ濡れの私を見てどこか呆れたように笑う『万屋』に思わず舌打ちしてしまう。それでは私が優秀だったせいで難易度が跳ね上がったような言い方ではないか。

(……本当に、やりにくい)

 攻略法はなんとか思いついたものの、本来の私なら最初の蛇の群れを見て何となく『深泳』の攻略の仕方がわかっていたと思う。つまり、私の直感が鈍っている。それは事実らしい。

「でも、確かに……ちょっと難しすぎたかもしれないな」

 そう言った『万屋』はゆっくりと私に近づいてくる。一瞬、お札を構えようとするが向こうに敵意がないことに動きを止めてしまう。

「ちょっと動くなよ?」

 そう言った彼は右手に翠色の炎を灯し、私へと手を伸ばす。炎が灯っている手を近づけられているのに何故か私は反撃しようとも、逃げようともせず、それを受け入れた。彼の右手が私の右肩に触れる。

「逃げないんだな」

「だって……優しい炎だったもの」

 炎で炙られているのに全く熱さを感じないことに驚いていると『万屋』が質問してきたので逃げなかった理由を答えた。

 生物は炎に対して本能的に恐怖を覚える。幻想郷では炎を操る妖怪はいくらでもいるが私は人間なのだ。この翠色の炎でなければ拒絶していただろう。

 でも、この炎は――どこか、温かかった。だから、逃げる必要はないと思っただけである。

「……そう言ってくれるとこいつも喜ぶよ」

 『万屋』はまるで自分が褒められたように嬉しそうに呟き、私の方から手を離した。結局、何がしたかったのだろうと首を傾げるが、すぐに右肩の突っ張ったような感覚がなくなっていることに気づく。

「これは……」

 右肩の怪我が治っている。いや、治っているというより、最初から怪我がなかったと言わんばかりにスムーズに動かせるようになっていた。

「さっきのスペルのお詫びだ。これで勘弁してくれ」

 グルグルと右肩を動かしていると彼はどこか悪戯が成功したように微笑みながら私から離れていく。あれだけ強力なスペルを使える上に摩訶不思議な回復手段まで持っているとは規格外すぎて逆に感心してしまう。

(それにしても……)

 式神はいいとして、彼の力は多種多様で予測できない。それこそ相手は『万屋』一人だけのはずなのに複数人相手をしているような――。

「……」

 チリ、と頭にノイズが走る。それはすぐに消えてしまったが、初めて『万屋』のことを思い出しそうになった。彼のことを思い出すきっかけを掴み始めたのかもしれない。

「それじゃあ、次だな」

 だが、そのきっかけが何だったのか確認する前に『万屋』が動き始めてしまう。慌ててお札を構えるが、どういうわけか彼は取り出した2枚のスペルカードを使わなかった。

「……どうしたの?」

「いや……本当だったらこの子の出番なんだけど、まだ寝てる(・・・)んだ」

 寝ている? おそらく式神のことだと思うが、寝坊でもしたのだろうか。しかし、寝坊という割には彼の顔はどこか悔しそうだった。それこそ詳しい話を聞くことを躊躇うほど、奥歯を噛み締めていた。

「それじゃ、改めて……式神『音無 雅』」

「やっと出番だね。待ちくたびれたよ」

 『万屋』が新たに取り出したスペルカードで呼び出されたのは黒髪のセミロング(・・・・・)の少女だった。だが、油断してはいない。彼女からは今まで彼が召喚した式神の中でもダントツに強大な妖力を感じる。

(あれ……でも……)

 しかし、どうしてだろうか。彼女の真っ黒な左腕からは彼女の体から感じるそれとは違う気配を感じる。言葉にし辛いが、頭に浮かんだ言葉は『紛い物』。

「……あ、もしかして気づいた?」

 私の視線が彼女の左腕に集中していたからか、新たな式神――雅は左手を振る。動きは特に変ではない。なら、この違和感は何なのだろうか。

「どうせ『模造(レプリカ)憑依』するから関係ないけど、これ義手なの」

 彼女がそう言った瞬間、彼女の左手が黒い粒子に分解され、周囲に漂い始める。まさか分解するとは思わず、顔を引き攣らせてしまう。

「あはは、やっぱビックリしちゃうよね。ちょっとした手品みたいなものだし」

 雅は私の反応を見て笑った後、黒い粒子を集めて再び左手を構築する。彼女の能力によって生み出されたもの、ということまではわかったが『万屋』がもう一枚のスペルカードを掴んだのを見てすぐに構えた。

「さて、霊夢もそのままずぶ濡れの状態じゃ風邪を引いちゃうだろうから暖まろう」

「でも、火傷には気を付けてよね!」

 2人は最初から打合せしていたように私にそう言った後、スペルカードを使用した。雅の体が粒子へと変わり、彼の体へと吸い込まれていく。

模造(レプリカ)憑依『雅―朱雀―』!」

 その瞬間、凄まじい熱波が私を襲い、巫女服が一瞬で乾いた。見れば、彼らがいた場所に巨大な火球が浮いている。雅は四神最後の朱雀の力を使うらしい。もしかしたら寝坊した子が『麒麟』だったのかもしれない。

 そんな呑気なことを考えている間に向こうの変身も終わったようで火球が弾け飛び、中から橙色の丈の短い着物を着た黒髪の毛先だけオレンジ色に染まっている『万屋』が現れる。彼は鼻と口を黒いマスクで覆い、背中には漆黒の翼とその何倍もの大きさを誇る炎の翼が生えていた。

(暖まるって……限度があるでしょうに)

 彼から放たれる熱に私の額に一筋の汗が流れる。

 『模造(レプリカ)憑依』最後の戦いが始まった。

 


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