「ッ――」
大量の水しぶきが舞う中、私へと迫る大蛇の群れ。ギラリ、と大きな口を開けた口から覗いたのは鋭い牙。きっと、あれに噛まれたら最後、たとえ弾幕ごっこだとしても大怪我は免れない。いや、そもそも――。
(――負けたくない!)
先頭の蛇をバレルロールですれ違うようにやり過ごし、左手に持っていたお札を投擲。投げられたお札は小さな結界となり、次の蛇の頭と激突する。凄まじい勢いでぶつかったからか、結界は粉々に砕け、蛇も頭から血をまき散らし、巨大な牙が宙を舞った。更にその蛇を迂回するように左右から迫った2匹のそれらを早苗のアミュレットが牽制。その隙に再度、お札を投げて爆破させ、前で渋滞を起こしている蛇の頭をまとめて吹き飛ばした。
「……は、ぁ」
なんとか蛇の群れを突破した私は呼吸が止まっていたことに気づき、慌てて酸素を取り込んだ。呼吸を忘れるほど集中していたのだろう。
さて、状況を整理しよう。次の水の刃を難なく躱しながら私は思考を巡らせた。
玄武は亀の胴体に蛇の尻尾を持つ四神である。そのため、先ほどの蛇の群れは尻尾を表しているに違いない。
つまり、盾を巨大化させ、両手両足、頭、尻尾を引っ込ませた亀の甲羅を表現し、尻尾以外からは水の刃。そして、尻尾の部分だけ蛇の群れが私を襲う。それがこのスペルの全貌だ。もちろん、『万屋』の姿はないのでこれも白虎の時と同じように耐久スペルなのだろう。
「よっ」
手、頭、手と水の刃が連続で私へと迫るがそれもすいすいと回避。やはり、このスペルの最大の難所は蛇の群れだ。しかし、前の攻防を鑑みるに絶体絶命というわけではない。
(……本当に?)
すぐ目の前に現れた水の刃を躱しながら私は心の中で首を傾げる。1枚目と2枚目の
なら、玄武だってまだ隠された何かがあってもおかしくない。そう思いながら水の刃を躱し、濡れた顔を服の袖で拭う。とにかく次は鬼門の蛇の群れだ。
「……は?」
そう思った矢先、甲羅の向こうに蛇の頭が見えた。しかし、問題はその大きさ。前の蛇たちも私からしてみれば大きかったが、この蛇は桁違いだ。それこそ今も回転を続けている甲羅とほぼ同じ大きさである。
(こんなの、どうしろって!)
突破? 駄目だ。質量が違いすぎて蚊に刺された程度のダメージしか与えられない。
回避? これも却下。普通の弾幕ならまだしも、相手は巨大な蛇だ。上に逃げれば急上昇されて体をぶつけられる。下に潜るように躱しても急降下からの踏みつぶし。左右も同様に避けた方へ体当たり。
ならば、方法は一つしかない。
「夢符『夢想亜空穴』!」
私がスペルを発動させると私に噛みつこうとしていた蛇の真上に転移した。急に消えた蛇は不思議そうにしていたがすぐに真上にいる私に気づいたのか、胴体を持ち上げ、体当たりを仕掛けてくる。
だが、それも当たる直前に蛇の真下へ転移して躱す。蛇も私の後を追うように急降下。今度は右側。次は左側。次から次へと転移して巨大な蛇を翻弄し、とうとう蛇の胴体を通り過ぎた。
「っとと」
だが、そのすぐ後に襲ってきた水の刃を慌てて躱して一先ず、小休止。足から手へ、手から足へと移動する際、少しだけ休憩できるのはありがたかった。スペルカードを使わされたが、そもそも『夢想』は『万屋』相手ではあまり効果はなさそうだったのでさほど痛手ではない。
問題は1回目と2回目で蛇の形態が違ったことだ。あと何周するかわからないが、その度に蛇の形や数が変わるのであればパターン化することができない。
「――ッ!?」
この後の方針を決めようと思考回路を巡らせていると予想以上に早く水の刃が私を襲い、寸前のところで躱す。
今躱したのは亀の部位で例えるのなら右手だ。この後に頭、左手の水の刃が襲ってくる。だが、前に比べて水の刃の到達が早すぎた。
しかし、その疑問に関して考察する前に頭の水の刃が襲来。バレルロールの要領で躱し、その後の左手の水の刃もやり過ごす。
再び訪れるインターバル。左足の水の刃が来る前に急いでこの違和感の正体を探らなければならない。
意識を集中するために顔に付いた水滴を袖で拭おうと左腕を持ち上げるが、すでに全身がずぶ濡れになっていたことを思い出し、諦めようと腕を降ろす。
(……水?)
そして、降ろし切る前に違和感の正体に気づいた。そうだ、水だ。水の刃の影響で常に私に降りかかる水の勢いが少しずつ強まっているのである。
到達の早い水の刃。
強まる水の勢い。
この二つから導き出される答えは――。
(――甲羅の回転速度が上がってる!)
「ッ!」
私の答えを裏付けるかのように左足の水の刃はすぐに私を両断しようと姿を現した。水の刃はまだいい。問題は蛇の群れだ。ただでさえ1回目と2回目で蛇の形状が違ったのにその上、速度まで上がるとなると難易度が跳ね上がる。
しかし、これは耐久スペルだ。どんな形であれ私が生き残ればいつかブレイクできる。
「回霊――」
左足の水の刃を躱して左手に握り込んだスペルカードに霊力を注ぐ。水の刃が撒き散らした水はもはや豪雨のように私へ降りかかり、3度目の蛇の群れが大きな口を開けた。
(形状は……1回目と同じ)
まるで1つの餌を奪い合うように無数の蛇たちは上下左右、また前後からも襲い掛かってくる。逃げ道はない。ならば、迷う必要はなかった。
「――『夢想封印 侘』」
私がスペルを使用すると周囲にお札がばら撒かれ、全ての蛇に向かって一斉に射出される。蛇にお札がぶつかると小さな爆発を起こし、蛇たちの頭がかち上げられた。その隙に蛇たちから少しでも距離を取る。
私の使う『夢想封印』にはいくつか種類がある。その中で『回霊』を選んだのは同じように追尾性能を持つ『夢想封印 集』よりも威力が高く、一度に投げられるお札の枚数も多いからだ。
次から次へと現れる蛇をお札が阻害する。もちろん、『回霊』で捌き切れるほどの甘くはないので早苗のアミュレットもフル稼働だ。
「でも……」
しかし、それでも足りない。あと一手、足りなかった。
1回目は通常の蛇の群れだった。
2回目は巨大な蛇だった。
そして、今回は――蛇の群れ。それも1回目とは比べ物にならないほどの大群。
『回霊』がいくつもの蛇の頭を叩き、早苗のアミュレットから射出されるお札が左右から迫った蛇を追い払い、私の行く手を阻むように無数の蛇がその顎を開けた。
「神霊『夢想封印 瞬』」
私は何の躊躇いもなく、追加のスペルカードを使用した。
本来の弾幕ごっこではスペルの同時使用は基本的にしない。弾幕と弾幕が干渉し合い、詰みになる可能性が高いからだ。
しかし、この戦いは変則弾幕ごっこ。『万屋』だってスペルの重ね掛けはしているし、これぐらいなら許してくれるだろう。
スペルを宣言すると目の前の蛇たちは何かに弾かれるように吹き飛んだ。その隙に蛇の群れを突破する。
「……」
蛇の群れを超え、難なく水の刃もやり過ごした私は横目で回転する甲羅を見上げる。
何となく、あと1回転でこのスペルがブレイクすることを予感していた。
もちろん、このまま何も対処せずに突っ込めば私は確実に負けることも。