右肩に広がる鈍痛。それを知覚すると同時に私の体を凄まじい衝撃が襲った。
(まずっ――)
幸いにも右肩に当たったのは小さな星弾な上、威力も弾幕ごっこ用に抑えられていたからダメージは気絶するほどのものではない。だが、問題は
小さな星弾は『万屋』の衝撃波によって勢いが付いていたし、私も吹き飛ばされないように踏ん張っていたため、衝撃を上手く逃がすことができなかったのだ。そのせいで私の態勢は大きく崩れることになった。
もちろん、私が被弾したとしても彼のスペルはブレイクしない。弾幕は待ってくれない。
痛みでチカチカと瞬く視界の中、こちらへ迫る巨大な流星弾。弾幕ごっこ用に調整された弾でもあれに当たれば
「ぉ、あ、ああああああああああ!」
小さな星弾が当たったせいで仰け反っていた体を強引に動かす。ゴキリ、と右肩から嫌な音がしたが、構わない。このままここで終わるより、はるかにマシだ。
「夢符――」
右腕を前に突き出し、その手に握られていたスペルカードを解放する。ああ、悔しい。あと数秒耐えればブレイクできたのに。
「――『封魔陣』!!」
だから、せめてもの抵抗に目の前の流星弾以外も吹き飛ばしてやる。
いつも以上に霊力を込めて放たれた私のスペルカードは思惑通り、流星弾ごと周囲の弾幕を一掃した。そして、それから数秒後、『万屋』の姿が人間のそれに戻る。
「……大丈夫か?」
「弾幕を放った本人が聞く?」
心配そうにこちらを見つめる彼の質問に皮肉を込めて答えた。
しかし、彼が心配するのも無理はない。右肩に走る激痛で私は脂汗を流し、左手で押さえているからだ。
被弾した右肩を強引に動かした挙句、『夢符『封魔陣』』を右手のすぐ近くで使ったのだ。想像以上のダメージが入ったらしい。しばらく右腕は使えないだろう。さすがに血は流れていないが、服は右肩から先がなくなっている。
だが、負けていない。まだ戦える。この戦いにおいてそれがもっと重要である。
「……そうか。なら、次だ」
強がる私を見て何故か、微かに笑みを浮かべた『万屋』はスペルカードを2枚、取り出した。おそらく次も式神を使用した『
「式神『霙』」
「私の出番ですね! 霊夢さん、容赦はしませんよ!」
『万屋』が1枚目のスペルを唱えると彼の隣に長身の女性が姿を現した。真っ白な長い髪。黄金色の瞳。そして、獣耳とふさふさの尻尾が生えていた。
「……」
「ん? どうしたんですか? 私の顔に何か付いてます?」
「何でもないわ」
別に気にするほどのことでもないが、どうして彼の式神は女しかいないのだろうか。いや、弾幕ごっこ中に考えることではないのはわかっている。しかし、何というか、気に喰わない。ただそれだけ。
「霙、頼む」
「はい、了解であります!」
『万屋』の指示に元気よく返事をした女性――霙はその場でクルリと一回転。すると、その姿はいつの間にか大きな狼へと変貌していた。それもあの狼から神力を感じる。まさか、神狼?
「前なら『猫』と『魂同調』しなきゃできなかったが……行くぞ、四神憑依」
まさか神狼を式神にしているとは思わず驚愕している間に霙が粒子となり、『万屋』の中へと吸い込まれていく。
「
白い毛皮のコート。二股に分かれたふさふさの狼の尻尾。コートの袖は長く、彼の両手をすっぽりと覆い隠し、ずれないように手首部分に黒いベルトが装着されていた。なにより目立つのが左腕の巨大なタワーシールド。玄武は亀の胴体に蛇の尻尾を持つ。タワーシールドの模様も亀の甲羅に見えるが、蛇要素は見当たらなかった。
「深泳『竜宮城への誘い』」
彼はスペルカードを使用すると左腕のタワーシールドを前へ射出する。射出されたそれは次第に巨大化していき、ゆっくりと回転し始めた。
「ッ!」
どんなスペルなのか、じっくりと巨大化したタワーシールドを観察していると嫌な予感がして咄嗟にその場で急上昇。先ほどまで私がいた場所を水の刃が通り過ぎていった。まさかと思い、周囲を見渡せば、タワーシールドから大きな水の刃が飛び出していることに気づく。タワーシールドが巨大すぎて全貌がよく見えず、気づくのが遅れてしまったのである。
まだタワーシールドの回転は遅く、水の刃が迫ってから躱すのは容易い。そう思いながらとりあえず、刃の軌道上から逃れようと上昇を続ける。
だが、私の動きに合わせてタワーシールドも傾き、必ず私を刃の軌道上にいる状態を保っていた。
「ちょ、っと!」
タワーシールドの動きに気を取られている間に次の水の刃が迫っており、慌ててバレルロールで緊急回避。先ほどよりもギリギリのところを通過。水しぶきがかかって僅かに巫女服が濡れた。
つまり、このスペルは水の刃の軌道上から逃れられず、タイミングを合わせてそれを躱すしかない。タワーシールドの周囲を回るという方法も考えたが、タワーシールドが巨大すぎて全力で飛んでも水の刃に追いつかれてしまうだろう。
「よっ……へぁ!?」
だが、水の刃を回避するだけなら難しくはない。3回目の水の刃も難なく躱し――すぐ目の前まで迫った次の水の刃に大きく目を見開いた。咄嗟に急降下して何とかやり過ごす。
「またっ!」
そして、5回目の水の刃。タワーシールドの回転速度は見たところ変わっていない。なのに、1回目と2回目に比べ、3、4、5回目のスパンが短すぎる。5回目の刃も開始しながら動く度に痛む右肩を押さえ、考える。
(確か、タワーシールドは亀を模してた……だから、水の刃も亀に関係してくるはず)
もし、あのタワーシールドが亀の甲羅だとしたら、亀が頭、手足、尻尾を甲羅に引っ込めている状態とも考えられる。その場合、甲羅には穴の数が6つ。そして、穴の位置は両手と頭、両足と尻尾が近い。つまり、3、4、5回目は手、頭、手。もしくは足、尻尾、足の穴から飛び出した水の刃ということになる。
(でも、それなら矛盾する)
6回目の水の刃を躱しながら首を傾げる。今の推測が正しいのであれば1回目と2回目の間にも穴があったはずだ。しかし、実際には何もなかった。その穴は頭か、尻尾。
(……尻尾?)
玄武は亀の胴体に、蛇の――。
「ッ……」
すっかりずぶ濡れになってしまった私は目の前に迫る
なにが、竜宮城だ。『浦島太郎』に蛇は出てこなかったでしょう!
心の中で悪態を吐きながら迫った7回目――水の刃の代わりにいくつもの巨大な蛇の頭が鋭い牙を見せながら私に襲い掛かった